或る少女の初恋

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※このSSは、がくぽ×リンのカップリングSSです。

 苦手な方はご注意ください。
 
 -----前編【或るサムライの不覚】を読んでいない方はこちら

 

 

 
 【或る少女の初恋】
 
 
 
  鏡音レンの好物は、一般的にバナナとされているが、実際は「バナナに限らず果物は皆好き」だと彼は言う。
 そして、言いながら、バナナを食べる。他の果物を食べているところは、未だに目撃されていない。
「リンも食う?」
  双子という設定の少女に差し出すと、リンはありがとう、とぽつり言って受け取った。
  レンは雑誌から顔を上げて、リンの顔を遠慮なく見た。隠れて見る必要はない。なぜなら、少女はぼんやりと右の壁を見たまま、レンが渡したバナナも剥かず、その前に渡した牛乳も飲まずに、ずっと壁を見つめているからだ。
 10分以上も隣にいるレンを見たのは、牛乳とバナナを渡した時だけだ。
 けれどレンは特に気を悪くしたふうでもなく、黙ってバナナを食べ牛乳を飲んだ。
「…………」
 リンはぴくりとも動かない。ソファに腰かけて、ほんの少し猫背に、両手をお腹の前で合わせて、頭は右斜め下にロックオン。
 その体勢で固まってから、はや10分。
 レンは音も立てずに溜息をついたあと、なにげなく、
「……がくぽ、メイコ姉に何の用なんだろうな」
  そう言った。……聞こえるように。
 
「!!」
 
  案の定、リンは雷に打たれたように震えると、勢いよく振り返って叫んだ。
「そ、そんなこと、どうだっていいでしょっ!」
 顔を真っ赤にしながら、リンは壁から視線を剥がした。べりっ、という音が聞こえるようだった。
 狼狽しきった目を見て、「流石にこれ以上は意地悪だよな」とレンは思う。
 思ったから、それ以上話を続けるつもりはなかったのだが、
「な、何の用があるとか、そんなこと私たちには関係ないし! なんか、変に勘繰ったりしないほうがいいよ、いいに決まってる! そんな、きっと、大切な話とかそーいうんじゃなくて、ただの相談だって言ってたし、気にはなるけど、あ――ううん、気にならないけど! 気にしてないから! だから! ね!」
  自分から墓穴をどんどん掘り下げていく片割れを見ているのは、心が痛い。
 レンは無表情のまま、リンの前に置かれたままだったバナナを取って、リンに向かって投げた。
「――うわ。なによ、レン!」
 反射的に受け取ったバナナに向かって、リンは話しかけた。
 リンが見ているバナナを見ながら、レンは言った。
「食えよ。お腹すいてるとマイナス思考になるんだって、カイトが言ってたぞ」
 リンはきょとん、としてレンを見たあと「ぷはっ」と笑った。
「あはは。すごく、バカイトっぽい」
  アイス馬鹿のバカイト、と呟いて笑う。リンの気が明るい方向へ逸れたのがわかり、レンはこっそりと安堵の溜息をついた。そして同じようにこっそりと「バカイトもたまには役に立つんだな」とか、失礼なことを考えていた。
  笑い終えたリンは、ぱくぱくぱくと元気にバナナを食べた。
 が、牛乳をちびちび飲み始める頃には、また右側の壁を見ていた。壁というか、その向こうにいる誰かを。
 レンは興味のない素振りで自分のぶんの牛乳を継ぎ足し、一口飲んだ。
 ――と、まさにその時、レンが牛乳を飲みこもうとした瞬間、リンが一言つぶやいた。

「……がくぽ、メイコ姉が好きなのかなぁ……」

 レンは「鼻から牛乳」を回避するために、素早く落ち着いて口の中の牛乳を飲んだ。が、変なところに入って、背中を丸めて咳き込む。リンが驚いて振り返った。
「え、やだ、ちょっと、レン! どうしたの!?」
「――いや、何でも……ないっ……」
 前が向けないため姿は見えないが、走り寄ってくる気配と、背中をさする手の感触はわかった。
  心配させられている片割れに、逆に心配されて、レンは情けない気持ちになった。

  なんでだよ、もう。なんで俺が気まずくなってるんだよ。
 なんで俺がこんな、損な役回りなんだよ。間違ってる。絶対まちがってるぞ、こんな。
 
 ぐるぐる回る思考に頭を痛めていると、リンが顔を覗き込んできた。軽く睨みつけて、
 ――何言ってんだよ、察しろよ。
 ――がくぽは、リンが好きなんだよ。
 ……思い浮かんだセリフを、咳と共に飲み込む。
 そう言えたら、どんなに楽かと思う。すっきり爽快、胸のつかえも取れて良く眠れる――だろうとは思うが、実行することはない。というか、できない。
 リンがそれに対して、どんなに繊細で、感じやすい想いを抱いているか、知っているから。
 誰が見ても、さっきの反応を見れば予想がつこうというものだけれど、そんな生半可な想像で知ったような気にならないで欲しいと、彼は反論するだろう。
 誰よりも深く、知っている。どんな関係、どんな繋がりより、誰よりも近いと自覚している。そういう自負とプライドがあるから、鏡音レンは何も言わない。
 双子という設定。誰がつけたのかも知らない、かりそめの事実。
 それに不満はない。それでいい、何でもいい、大切なのは彼自身が自覚している意志だった。
 
 ――何からも、誰からも、守りたい。
 ――ココロさえ、守ってやりたい。
 
 騎士を気取るつもりもなかったけれど――自然に、そう思えてしまうのだから仕方ないと、レンは考えている。
 開き直りと、諦めが混ざった気持ち。
 たぶん初恋なんだよな、と考えて、彼はリンの顔を、より遠慮なく見つめた。文頭につくべき「リンにとってがくぽは」が、なぜか抜けていたが。
 リンに対する、どこか醒めた想いは、確実にもう恋ではなかったけれど、一種の愛ではないかと問われれば、否定はできないような気がした。
  
 ――そんなこと、誰にも、言いはしないけど。
 
 レンがそう思った一瞬の後、リンは、心配そうな表情を一変させて、ふわっと笑った。
 少し驚いたレンが、
「なに、なんで――笑ってんの?」
 息を詰まらせながら聞くと、リンは「残念」と呟き、
「鼻から牛乳、見れるかと思ったんだけどなー。……あ、も1回やってみ?」
  牛乳を差し出し、小首を傾げて笑ってみせるリンの頭を、遠慮なく小突く。それを合図にして、見交わした眼に光が点った。立ち上がったレンが、テーブルに置いてあったバナナの皮を取って振りかぶる。リンが暢気な悲鳴をあげた。
「きゃー」
 投げ付けられる前に、小走りに逃げだす。可笑しそうな悲鳴のあとに、笑い声をくっつけて。

「逃げるなー!」
「やーだよーっ、――うわ」
「っしゃ、ざま――」べしゃ。
「あはははははは」
「――んの、リン、覚悟しろ!」
「そっちこそ、覚悟ぉっ!」

 ――あとでメイコ姉に、どうやってリンの誤解をとけばいいか相談してみよう。ミク姉に、リンの気晴らしを頼んでもいい。

 止まることのない思考を廻らせながら、リンがもう壁を見つめて止まることがないよう考え続けながら。
 レンは酷く楽しそうに、恋する少女と一緒に笑った。


 
 
 
文:Akahara

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