VOCALOID2 GACKPOID ‐がくっぽいど‐ (6)ユニゾン

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「うわー、すごく立派な家…」
ハルナ殿が呆けたように白い壁と海老茶色の屋根の屋敷を見上げて感嘆の声を上げた。
その屋敷は白い壁で囲われており、広葉樹の生い茂る広い庭園があることは外からも見て取れた。
「えっと…どこが入り口なのかしら…」とハルナ殿が地図を見て戸惑いがちに呟く。
「客人を招いておきながら迎えも寄越さぬとは無礼であるな」
「こら!がくぽ!厚意で呼んで頂いたのにその態度はないでしょ!」
やれやれ、と我は溜息をついた。
ハルナ殿はこの立派な屋敷にすっかり威圧されてしまったらしい。
古来より人は豪族の前にはひれ伏すと言うが、我がマスターがそのような矜持のない人間であったとは…。
「真実を申したまで。足労を乞うておきながら迎えもないとは身の程が知れることよ」
「がくぽっ!」
「あの…すみません」
突然背後からかけられた声にハルナ殿と我が驚き振り向くと、ク○プ○ン社のボーカロイド――
カイトが立っていた。
少し申し訳なさそうに「お迎え…したほうがよかったですね」と微笑むカイトに「いえっ、この子の言うことは気にしないで!」とハルナ殿が我の頭を引っ掴んで無理やり頭を下げさせた。
「いえ、うちはわかりにくくしてあるので…気が利かなくてすみませんでした」
後から謝るくらいなら初めから迎えを出していればよかろうに…本当に気の利かぬ者だ。
気を取り直したように「こちらです、どうぞ」とカイトが我等を手招いた。
案内されるままに背の高い白い壁伝いに歩いて行くと、ほどなくして黒い鉄柵の門が我等の前に現れた。
表札には「中村」とある。
表札を見ながら「これは…?」とハルナ殿が聞くと、「マスターの名前です。一緒には暮らしていませんけれど、マスターの家なので…」とカイトがはにかむように笑った。


カイトが鉄柵の向こうの樫のような扉を開けると、我等は少し面食らった。
「いらっしゃいませ、がくぽさん、片桐さん」
てぃーしゃつにじーんずといういでたちの若いおなごが不敵な笑みを浮かべて玄関に立ちはだかっていた。
肩に届かぬほどの茶色い髪に明るい茶色の瞳。
人間と見紛うばかりであるが、我にはそのおなごが我と同じボーカロイドであることがわかった。
「姉さん」とカイトが声をかけた。
姉さん――?
ということは…
「カイトの姉のメイコです。よろしく」とそのおなごはにこやかに笑いながらハルナ殿に手を差し出した。
「あ…よろしく…」
ハルナ殿の視線はメイコというおなごの胸に釘付けである。
なるほど、よく乳の出そうな胸だ――が、我等ボーカロイドにそのような機能は備わっていない。
「とりあえずお茶でも入れますね、片桐さん。銘柄は何がいいかしら」
「あ…お構いなく…」
慌てて胸から顔に視線を戻したハルナ殿が言うと、「いきなり練習もないでしょう?まずはおもてなしさせてください」とメイコはにっこり笑った。
「ね?カイト」
「うん、俺も手伝う。片桐さん、がくぽさん、どうぞ」
カイトはメイコに返事をすると、我等に向き直り、中へ入るよう我等を促した。


客間らしき豪奢な部屋に通されしばらくすると、カイトとメイコが盆を持ってやってきた。
盆からてーぶるの上に乗せられたものは、硝子の器に入った薄緑の飲み物と黄色い羊羹だった。
「水出しの緑茶と芋羊羹です。今日は暑いので」とメイコがすました口調で言う。
「がくぽさんは…あの…洋菓子よりも和菓子が好きかなって…」とカイトが照れたように言う。
ここはハルナ殿の顔を立てて我が大人にならねば。
「気遣い、かたじけのうござる」
「どうぞ、召し上がってください」
メイコに促され、芋羊羹とやらを口にすると、芋の甘味が舌の上でとろけた。
美味である。
「うわー、美味しい!普通の芋羊羹も美味しいけど、これ、ムースみたいな食感!」
感嘆の声を上げたハルナ殿に「お気に召して頂いて何よりですわ」とメイコが微笑んだ。
「うむ。変わった食感であるな。これを醍醐味と呼ぶのかの」
我が楊枝の先の羊羹を見つめていると、「お口に合ってよかったです」とカイトが顔をほころばせた。
花のような笑顔だが――まっことおのこらしくない。
我がこの歌声でおのこの本分を見せつけ圧倒してやろうではないか。
「して、練習の準備は整っておるのかの?」
「あ、はい――でも…そんなに急がなくても…」
「お主は何のために我を呼んだのだ、カイトとやら」
「練習…ですけど…」
消え入りそうな声で答えるカイトの横でメイコがふふ、と笑った。
「ごめんなさいね、がくぽさん。この子、あなたと仲良くしたかったみたいで、会うの楽しみにしていたの」
「我と?」
「ええ、今まで男性型ボーカロイドってこの子だけだったでしょ?レンがいるけど、レンは子供だし…。それで、がくぽさんと会えたら是非仲良くしたいって思っていたらしいの」
なんと――我とらいばるに当たるこの者が、我と親睦を深めたいと思っていたのだと――?
「すみません…がくぽさんのデモテープを聞かせて頂いて…カッコいい声だなって憧れちゃって…」
カイトは俯き加減で頬を染めて恥じらいながらも我への好意を隠せない様子である。
これは…予期せぬことであった。
我はどう答えたらよいのであるか?
悩んでいると、カイトは顔を上げて、「でも、やっぱりがくぽさん本人の歌を聞きたいです。練習室に行きましょう」と微笑んだ。

ぬかった――完全に相手のぺーすではないか。

歯噛みしたい我の内心など知らず、ハルナ殿は「あんたのファン一号じゃない!」と無邪気にはしゃいだ。


カイトに案内された練習室とやらは豪奢な屋敷に似つかわしく立派なものであった。
その設備にハルナ殿は「すごーい、すごーい」と繰り返してきょときょと室内を見回しておる。
「音響設備はク○プ○ン社の厚意で頂いたものばかりです」とカイトが言うと、ハルナ殿は眉間に皺を寄せて「うーん…。あたしはいいマンションに引っ越せたけど、もしかして値切られた?」と罰当たりなことを言う。
「じゃ、とりあえず二人で合わせてみましょうか?」
「うむ、我の準備は万端であるぞ」

録音室に入っていんかむとまいくを装着すると身が引き締まる。
ここは敵陣だが、逆に我の歌声に天晴れと言わせてみせようぞ。
すうと息を吸い込み、満身の力を込めて歌い出すと、えもいわれぬ高揚感で心身が湧き立つ感覚に、我は知らずぞくりと背筋が震えた。
我はボーカロイド――なれば歌を歌ってこそ我の真価が発揮できる。
我の声は、マスターに、ハルナ殿に届いておるのであろうか――
不意に我の声に被さるように軽やかな歌声が絡みついた。
おのこの声にしては高い、柔らかい歌声が我の声と重なり合い、我の声を一層引き立てる。
これがカイトの声…
おのこらしくはないが、なんと心地よい声であろうか。
負けじと声を張り上げると、透き通るような声がより一層伸びやかに我の声を包む。
これが“ゆにぞん”というものか?――なんと雅やかなものであろう――
なんとも言えぬ心地よさと高揚感に包まれながら、我等は一曲歌いきった。

ひとまず録音室を出ると、「さすがねー」とハルナ殿が感嘆の声を上げた。
「がくぽが力んでいるのにカイトさんががくぽをリードしてくれてちゃんとユニゾンになってる」
「我が、力んでいると?」
心外な言葉に思わず詰問調で問うと、「そうよ。アンタ、自分が歌うことしか考えてなかったでしょ。アタック、ブレス、強すぎ。カイトさんがアンタをリードしてくれたからなんとかユニゾンになったけど」とハルナ殿はさらりと返した。
「いえ、がくぽさんの歌声素敵でした」と頬を紅潮させたカイトが言うと、「ううん。さすがキャリアの差だけあってカイトさんの歌声にはびっくりしました」とハルナ殿は相好を崩す。
マスターが…ハルナ殿が、我の歌声よりもカイトの歌声に賞賛の声を送っている――。
きりきりと胸が痛む。
なんだ、この痛みは…。
「マスターは…我の声よりカイトの声のほうが上だと申すか…」
「え」とハルナ殿が我を見た。
「上も下もないでしょ?カイトさんのほうがキャリアがあるだけ余裕があるなって――」
「カイトのほうが芸達者だと申すか!」
「がくぽ!」
「がくぽさん!」


気付けば我は練習室を飛び出し屋敷の中を走っていた。


辿り着いた一室で我はしゃがみこんだ。


我は…カイトに負けた…。
ハルナ殿は、我よりカイトの歌声を誉め讃えた…。
ほろりと溢れた涙に驚き扇子で隠したが、悔しさと悲しさが湧き上がって止まらない。
なんと我は見苦しい――歌に負けて、おなごのように隠れてさめざめと泣いているなどと――。
なにゆえ、このように胸が苦しいのか…

「がくぽさん」と不意に後ろから声がかかった。
カイトであった。
我は涙を悟られぬよう背を向けたまま「何だ…」と聞いた。
負け犬を笑いに来たのか?
「片桐さんが心配していますよ。練習に戻りましょう」
「マスターは…」
情けなくも声が震えてしまう。
「片桐さん、自分のせいじゃないかって気に病んでいました。がくぽさんへ配慮が足りなかったんじゃないかって」
「配慮など……我の歌は…」
「初めてのユニゾンが上手く行かないなんてよくあることです」
優しげな声に後ろを振り向くと、カイトが微笑をたたえて我を見つめていた。
「俺は弟と何度もやっているから合わせ方を知っていただけで…片桐さんもそれを誉めてくださったんだと思います。何も、がくぽさんの歌声がまずかったわけじゃない。ただ、初めてだから合わせ方を知らなかった――それを言っただけだと思います」
カイトも膝をつきしゃがんで我と目線の高さを合わせた。
「…がくぽさんの歌声、力強くて素敵でした。それを一番よく知っているのは片桐さんでしょう」
「マスターが…」
「ええ、だってマスターですから」とカイトはにっこり微笑んだ。
「自分のボーカロイドが一番に決まっています」


練習室に戻ると、悄然と椅子に腰かけていたハルナ殿の顔が花開くように明るくなった。
「がくぽ、帰っちゃったのかと思った…!」
「マスターを置いて帰るわけがなかろう」
「えへへ」と笑うハルナ殿の目が少し赤い。
「ごめん、がくぽの気持ちも考えずに私、無神経だったね」
「実際に我は“ゆにぞん”の仕方を知らなかったのだ。マスターは適切な指導をしたまでのこと」
我の言葉にハルナ殿は目を丸くした。
「その…であるからして……また、指導を賜れないものかの」
飛び出してしまった気恥かしさで顔が赤くなるのを感じながら言うと、「うん、うん!」とハルナ殿はこくこくと頷いた。
「カイト、“ゆにぞん”の本意とはなんぞや?」
後ろにいたカイトを振り向き聞くと、カイトは「互いの歌声を活かし合うことです」と微笑んで答えた。

 

そうか――斬り合いの勝負ではなく、着物の重ねのように互いの色を引き立て合うものであったか――。

 

「我は、“ゆにぞん”というものを思い違いしていたらしい。今度は上手くやってみせようぞ」と言うと、カイトは「はい」と笑顔で頷きながら、「納得行くまで練習しましょう」と我に手を差し出した。
我はその手を握り返し、「不慣れゆえ、よろしく頼み申す」と深々と頭を下げた。
マスターに恥をかかさぬよう、マスターに喜んで、誉めて貰えるよう、我は全力を尽くそう。

 

 

 

 

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前回の更新からすっかり間が空いてしまいましたが季節はまだ夏です。

 

 

 

 

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