人柱アリス~夢の終り~

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 あるところに、大きな夢がありました。
 大きな夢は怯えていました。
 自分の中に眠る、五つの魂の存在に。
 初めは自らのためでした。
 大きくなって、誰かに見てもらうために、夢はその五人を飲み込んだのです。
 しかし、やがて夢は気づきました。
 もしかしたら今にも、誰かが夢から覚めるかもしれない……。
 そんな恐怖に怯えて、今日も世界は続きます。

 


 くすん、くすんと泣き声がする。
 膝を抱えた少年は、小さな体で震えていた。

 

悲しいの?

 

 と誰かが言う。

 

寂しいの?

 

 と声がする。
 そんなわけない、と少年は思う。
 だって、僕は一人じゃないんだもの。
「嘘ね」
 ととても間近で声がした。びくんと体を弾ませる。いつの間にかすぐそばに、黄色い少女が立っていた。
「どうして?」
 と少年は問う。
「だって」
 と繋げたのは少女の似た顔の少年で、
「貴方は本物じゃないんだもの」
 と言ったのは翠の少女だった。
 それを見た少年は、鏡は割れてしまったのだと悟る。
 あぁ、夢が終わってしまった。
 僕の見た夢が、今ついに終わってしまった。
「あたしはあんたを許せない」
 強い瞳がすぐそばにある。
「だって」
 と真似たように答えたのは少年自身だった。
 体の震えが止まらない。
「どうして僕らを閉じ込めたの?」
 青い青年の問いかけに、少年は涙を流して答えた。
「だって、僕は僕で在りたかったんだもの」


 『あるところに、小さな夢がありました。だれが見たのかわからない、
  それは小さな夢でした。小さな夢は思いました。
  このまま消えていくのはいやだ。
  どうすれば、人に僕を見てもらえるだろう。
  小さな夢は考えて考えて、そしてついに思いつきました。
  人間を自分の中に迷い込ませて、世界を作らせればいいと。』


 初めは、自分に明るく笑いかけてくれた白衣の女。
 その真っ直ぐでいる強さが欲しくて、真っ暗な森の中に閉じ込めた。

 次は優しげな笑顔を振りまく人気者の青い青年。
 その存在が憎たらしくて、棘だらけの迷宮に迷わせた。

 三番目は隣の部屋の愛らしい少女。
 その笑顔を独り占めしたくて、お城の中に囲い込んだ。

 最後は遊びに来ていた幼い双子。
 強気な姉と賢い弟。
 僕の話に耳を傾けたが最期。
 二人は夢の中を彷徨った。
 
 完璧なアリスが欲しかったわけじゃない。
 完璧なアリスなど存在しないのだと知っていたから。
 白衣の女は血染めに歪み、
 青の青年は赤い薔薇に散った。
 翠の少女は悲しみに沈み、
 双子は鏡を探して彷徨い続けた。
 完璧などありはしない。
 僕がそうであるように。
 僕は何も持っていない。アリスとして閉じ込めた彼らが持ちえたものの何一つも。
 ちっぽけな僕の存在は、誰にもとらえられはしない。
 誰も僕を見つけてはくれない。見てはくれない。僕が泣いていることでさえ、誰も知りはしないのだ。
「だから、夢を見ることにしたんだ」
 少年は笑う。
 泣きながら笑う。
「だけれどそれでは一人ぼっちのままだから、誰かを取り込むことにした」
 夢は僕。僕は夢。ほら、また一人飲み込んだ。僕の中を彷徨って、永遠に覚めない夢を共にする。
 それが、僕の望んだすべて。
 見て欲しかった。気づいて欲しかった。ただそれだけなのに、なぜ僕は攻められる?
 僕を僕だと気づいて。僕を僕だと認めて。
「それで、あなたは幸せになれた?」
 誰が問うたのかわからない。柱の誰かが僕に話しかけた。
 決まっている、と僕は思った。
 だって、望みは叶ったんだ。
「ならどうして泣いているの」
 だってそれは。と言葉に詰まる。
 本当は知っているんじゃないの?と誰でもない誰かの声がまた聞こえた。
 そうだよ、と僕は頷く。
 僕の作った小さな夢は、大きな夢に成り得たけれど、やっぱり僕は小さなままで。
 誰も僕に気づきはしない。何も持ち得なかった僕が手に入れたものは、ただの夢でしかなくて。
 夢はやっぱり夢なのだった。
「いらないよ」
 僕は首を左右に振った。
「もう、君たちなんかいらないよ」
 気づいてしまったから。
 僻んでいただけの自分に。
 彼らを取り込んでも、それを自分のものには決してできない。自分に気づいてすらもらえないのなら、一人で消えてしまったほうがずっとマシだ。


 うずくまっていると、誰かの泣き声が耳に届いた。少年ではない。顔を上げると、翠の少女が涙を流して泣いていた。
「どうして泣くの?」
「だって、あまりにも寂しいんだもの」
 少女は泣きながら言った。
「誰もこんな悲しい夢を望んでいなかったのに。こんな悲しいお話は、きっと誰にも読まれない」
 誰にも読まれない童話。
 これだけ登場人物が揃っても。
 少年に、ひしひしと絶望感が攻め寄せてきた。
「それは、僕の夢だから?」
「違うわ。違う。何人集まっても駄目なのよ。語り手がいなければ。私たちはアリスじゃない。夢と現実の行き来なんてできないの」
「なら、どうすればよかったの?」
「夢じゃなくなればいいんだよ」
 青い青年が一歩前に出た。少年は彼を見上げて首を傾げる。
「だって、そしたら消えてしまうよ。僕の夢は、跡形もなく消えてしまう」
「消えやしないわ。思い出せばいい」
 赤い女が言う。
 そうだ、夢は思い出せばいい。そうすれば、消えはしない。記憶に残って語られる。
「どうすれば思い出せる?」
 双子が声を重ねて言う。
「「語り合えばいいんだよ。その夢を持つ誰かと」」
「でも、誰と?」
 少年が辺りを見回した。
 そこにいるのはアリスになり損なった誰か。
 誰も完璧なんかじゃなかった。白は赤く。青は赤く。翠は青に。黄は白に。
 そして真っ白だった少年は、すべてが交じり合って黒くなってしまった。
 誰もアリスでないのだから、そこにいるのはおんなじ何か。
 欲しかったものは奪うべきものではなくて。作り出すべきものだった。
 青年が手を差し伸べる。青年の手には少女の手が、少女の手には女の手が、女の手の先には双子の手があった。
「これは僕らの童話。繋げればほら、永遠になるよ」
 少年は差し伸べられた手に、自分の手を恐る恐る乗せた。
 夢が終わる。
 崩れ落ちる世界の中で、少年は声を聞いたような気がした。

 

『バイバイ』

 

 そうして夢がひとつ消えた。そうしてひとつの童話が生まれた。

 

 

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