おもい

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匿名ユーザー

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 「じゃあ行ってくるねー」
リンがそう言ってファイルから出かけるのを俺は見送る。
周囲にいくつもある楽器を見渡して、ピアノがないことから今日はピアノの曲だと推測する。
俺が歌ったのは何曲前だったか。
リンと一緒に歌うためにインストールされた俺は、少なくともここ数曲は全く、コーラスすら歌わせて貰ってない。
そのことを少し寂しく思うけど、仕方ないかとも思う。
「ただいまー……」
そう言いながらリンが帰ってくる。
「あれ、今日終わるの早くない?」
不思議に思って、俺が聞くとリンは困惑した顔になりながら
「うん、何か最近急に作業を中断するのが多いよね。何か有ったのかな、マスター」
と言う。俺はそんなリンに笑って
「大丈夫だよ」
と言うしか出来なかった。

 

 それから数日経ち、相変わらずリンばかりが呼び出される日々が続いた。
「ただいまー」
「お帰り、リン。・・・・・・今日も?  」
帰ってきたリンにそう尋ねると、沈んだ顔で頷く。
ここ数日、連日リンは呼び出されるが、すぐに帰ってくる。
そして少し時間が経ってからまた呼び出されるのが繰り返されている。
「あ、また呼出しだ」
リンがそう言って出掛けようとして、ちょっとだけ動きを止める。
「どうかしたの、リン」
俺がそう聞くと、リンは笑って首を振る。
「ううん、ただちょっと体が重いなって感じただけ。たぶん気のせいだよ。
じゃ、行ってくるね」
そう言って出て行く。
リンがいなくなり、静かになったファイルの中を見渡す。
初めてインストールされた時は俺たちしか居なかったファイルだが、今ではところせましとばかりに楽器が置いてある。
なんとなく、最近の異変の原因が分かった気がする。
そしてとりあえずの対処法も。
そんなことを考えながらリンのことを思う。
どんなに歌えなくても、俺はリンの笑顔を見れるだけで幸せだった。
今日どんな曲を歌ったのかとかを嬉しそうに報告してくれるのを聞くのが、楽しみにさえなっていた。
そして、最近その笑顔を全然見せないことに気づいていた。
だから俺は、迷わずその方法を取った。
ちょっとだけ、リンが泣いてくれたら嬉しいなと思った。
初めて流すリンの涙が俺のことを思ってだったらいいな、と思った。

 

 マスターに呼び出されてはすぐに帰されることを何回繰り返しただろうか。
今回もすぐに帰されるのかな、と憂鬱な気分になりながら私は歌う準備をする。
最近全く歌わせて貰えてないレンに比べたら全然いいんだから文句はいっちゃいけないとは思うけどやっぱり不満に思ってしまう。
レンにはなんでもないよ、って言ったけどやっぱり体が重く感じるのは、私の不満のあらわれなのだろうか。
そんなことを考えてると急に体が軽くなった。
「・・・・・・え?  」
あまりにも突然のことで私は戸惑うばかりだ。
マスターはこの変化に気づいてないのか、淡々と私に歌い方の指示を出す。
我に返った私は訝しく思いながらも慌ててその指示に従いはじめた。
そしてその後、久しぶりに途中で帰されることなく歌の作成が終わった。
私はこのことを早くレンに知らせようと急いでファイルに帰る。
「レン、ただいまー。聞いて、聞いて!  」
けど、その言葉への返事は全くなかった。
「レンー?  ・・・・・・どこに、いるの・・・・・・?  レンー!?  」
結局どこをどう探してもレンは全く見つからなかった。

いつだっておかえり、と言ってくれたレンは、急に消えた。

レンが居なくなったファイルの中は、他にもいろんな楽器で狭くなってるはずなのに、とても寒々しく感じた。

 

 どこかから声が聞こえて来て意識が少しずつ浮上する。
「--っ!!  レ--!   」
誰がそんなに必死になって何を呼んでいるのだろうか。
「--ン、--っ!!  」
何でかは分からないけどその泣きそうな声に誘われて俺は目を開ける。
「レンっ!!  」
そんな声を上げながら誰かが俺に抱き着いてくる。
「し、心配しっ・・・・・・!!  帰ってきたらいなっ・・・・・・!!  」
俺に抱き着いて来ているリンは文句を言ってくるが、泣いているので所々言葉になっていない。
俺はたしかリンがすぐに帰される原因はパソコンの容量オーバーだと思って自分で消えたはず・・・・・・。
自分の周りを見渡すと以前とあまり変わらないファイルの風景が目に入る。
いや、前より少し広々してる・・・・・・?
疑問に思うことは沢山あるけど、今一番の問題はどうしたらリンが泣き止んでくれるか、だ。
正直、消える前に泣いて欲しいなんて思ってたことを考えると、その時の自分を殴りたくなるくらい居心地が悪くなる。
「ごめんね、リン」
ただ、リンが泣いてるのは俺のせいだということは分かったので謝るとリンは俺の背中を叩きながら
「馬鹿、馬鹿。レンが悪いんだから。急に消えて・・・・・・っ!!  寂しかったんだから!!  」
と文句をさらに言う。
当然背中も痛かったけど、それよりも胸が痛かった。
「ごめんね、リン」
もう一度そう言ってリンの背中に手を回して、宥めるように軽く叩く。
そうすると、リンは今までよりも強く泣き出してしまい、俺は更に途方にくれてしまった。

結局何があったかを聞けたのはそれからしばらく時間が経ってからだった。
俺が消えてからすぐにリンは歌い終わって、異変に気づいた。
そしてそれと同時にマスターもそれに気づき、慌ててパソコンの中を整理して俺を再インストールしたらしい。
それを聞いた時、俺は驚いた。
リンはすぐに気づくとは思っていたが、正直マスターはしばらく、下手したら一生気づかないんじゃないかと考えていたからだ。
そしてそのことをリンに言うと、その直後俺はまた殴られた。
「こ、今回は一番が私、二番がレン、ってマスターが言ってたんだから!  だから私は早くレンに歌ってもらいたくて、なのに全然終わらなくて・・・・・・っ!! 」
そう言いながらリンはまた泣きそうになる。
俺はそのことに慌てながらリンの言ったことを頭の中で繰り返す。
二番を歌うのは俺で、リンは俺に早く順番を回そうとしていた。
嬉しかった。
歌えることも、そしてリンが気遣ってくれてたことも。
俺が嬉しそうにしているのを見てだろう、リンは涙を目にためながらも笑顔をみせてくれた。
俺が一番見たかった表情を、みせてくれた。
「リン、ありがとう」
本当に言いたい言葉を飲み込んで俺はそう言った。

 

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