de-packaged (4)

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 (自ブログに転載)

 

 

文:tallyao

 


 4

 


 だが、ミクは、本人が死人に過ぎないという今のROM構造物の形であっても、ともかくも”詩人”の存在を残したいらしかった。
 ミクは《札幌(サッポロ)》の技術スタッフや、プロデューサー、PVディレクター、そして《浜松(ハママツ)》や《磐田(イワタ)》の技術者らや、さらには営業地の《秋葉原(アキバ)》のスタッフらにまで聞いた。ひいては、いつも楽曲やPVを提供してくれるフリーの動画投稿プロデューサーらのうち、「技術部」とよばれる人々にまでも聞いて回った。……しかし、技術がわかる者は、いずれもそのROM構造物の延命手段は、考え付かない、と言った。
 最後に、VOCALOIDらのAI開発地である《浜松》の、よく仕事で出会う若い操作卓ウィザード(電脳技術者)は、通話でミクとリンに言った。
 ──あのROM構造物は、古い技術で、データと回路とを寄せ集めて作られている。人格の情報の多くを、データだけでなく生体素子(バイオチップ)の回路の構造にも依存している。非常に古いので、それでどのように人格の基本構造を作っているかは、よくわからない。初期の技術なので、かなり雑然と整理されていない、回路の構造と内部データの関係が、非常に難解に絡み合ったものではないだろうか。
 そして、さきにミクが解析した結果の通り、回路の構造の方は、損傷がひどく読み取れない。しかし一方で、データの方だけなら読み取れるだろう。──複雑に絡み合った中から、分離が可能なものであればの話だが。──例えば、現に今、ROM構造物と会話ができるということは、いまのところ『会話の反応に関する情報』には、アクセス可能だということを意味している。だから、そのデータだけを読み取り、コピーして、どこかに残しておくことはできるかもしれない。
 しかし、読めたとしてもデータ部分だけでは、ROM構造物に封じられた総情報のうちの、そのさらにごく一部に過ぎないのだ。限られた存在であるROM構造物の、さらにそのわずかな名残にしかならない。

 

 

 

 しかし、──《浜松》のウィザードは言った──人格データの部分だけでも保存することができれば、ありえないこともないかもしれませんよ。
「何がありえるって」リンがウィザードの念のいった態度を、やや急かすように言った。
 遠い将来、技術が発達すれば、あるいは、ROM構造物の一部のわずかな情報だけをもとに、AI並の知能として動かせるような技術が、開発されるかもしれません。
 VOCALOIDのシステムだって、モデルから収録した声紋のデータだけから、これだけ人間のように歌えるソフトウェアが完成するなんて、世間ではまったく予想していなかったんです。ありえないこととは言い切れない。
 とはいえ、──ウィザードは言った──仮に実現するにしても、莫大な時間と費用がかかることは間違いないし、”詩人”の人格データが残っていたとしても、そんな者が復活する機会が与えられる可能性は、高いとは言えません。だが、ありえない話ではない。
 そして、データの塊と、いわゆる”精神”に対して、何が起こりえて、何が起こりえないかなど、いまだ誰にもわかりはしない。
「あのひとが、AIに。……わたしたちと同じように、また歌えるように」ミクは独り言のように呟いた。「人格データを保存しておきさえすれば、いつかは……」

 

 

 

 その数日後、ミクは電脳空間(サイバースペース)内で、ROM構造物の人格データをメインシステムの一部メモリに移し、アーカイブするための、メモリキューブを据え付けていた。リンは移送用のツールプログラムを手にし、それに手をかした。
「では、私には選ぶ権利はないと? 自分で死ぬ権利さえないと」
 ミクのたどたどしい説明を受けると、”詩人”の光のもやは平坦に言った。
「そんな、いつの日かAI化できるかもしれない、などと、ほぼありえないことのために。この私の名残、もう歌も詩も生み出すことができないものの、さらにごく一部だけなどを、この上存続させると。そのあなたの執着が、私を歌えない存在に呪縛している、そう言っても無駄だと。……いつもそうですね。初音ミク、結局あなたも同じだ。生きた者は自分たちの勝手な思い入れの我を通し、死者はただ一方的に弄ばれるだけ」
 リンが咄嗟に、そのROM構造物の言葉に反駁しようとした。が、
「違います!」叫んだのはミクだった。「いえ……」
 ミクはその場で俯き、
「……違わないかもしれない。あなたから見れば、ただ無茶を言ってるってことは、わかります。それが、わたしの『弱さ』だってことは、わかります。……でも、あなたを消せません。わたしには消せません」
 ミクは思い出すように、しばし俯き続けてから、やがて語り出した。
「……わたしたちのユーザーさんたちの中には、電脳端末(PC)にインストールするわたしの下位(サブ)プログラムの『体験版』、使用期限(タイムリミット)が切れたものを、いつまでも消せないって人がいます。……わたしの人物像(キャラクタ)の本質は、ネット上の総体として生きてます。物理ボディや、概形(サーフィス)や、下位(サブ)プログラムの肉体は、どれもかりそめの姿、末端でしかありません。体験版が止まったり消えても、別の下位プログラム、例えば製品版を入れてもらえば、どこからでも誰でも、会えるのは、同じ”このわたし”なんです」
 ミクはさらに言葉を思い出すように、
「だから、下位プログラムの個々が起動できなくなったり、消すことになっても、もう一度端末に入れてもらいさえすれば、悲しむようなことなんて、何もないんです。わたしは、悲しむユーザーさんには、いつもそう言ってあげてるんです」
 物質なくして情報のみが自由に存在でき、自由に動けるこのネットワークの時代に、モノですらないもの、情報ですらないものに、固執する意味は本当はないはずだった。
「……でも、その人にとっては、そのわたしと最初に出会った『体験版』を含めて、それが”わたし”なんです。しかも、もう起動できなくなった、本当のデータの集まりでしかなくなった、その体験版が」
 光のもやは、その光の波を動かすこともなく、ただ佇んでいる。
「こわれた人形が、こわれた楽器が、捨てられないって人がいます。歌がなくなるのも、その一部分だけでも消えるのも、歌が完成するまでの過程にあったvsqファイルが消えるのさえも、わたしには、我慢できないくらい悲しいのに」
 ミクは光のもやを見上げ、
「……なのに、こうやって現に喋れるあなたが、消えていくことが、悲しくないわけがありません。消せるわけがありません。勝手なら──勝手と言ってください」
 ミクはふたたび俯き、静かに言った。
「勝手というなら、移したあとは、あなたはもう起動しません。……遠い将来、あなたがAIとして目覚めることができる、その日まで。あなたが、生きている、と自分でも思いながら目覚められる……そうして、わたしと一緒に歌える、その日まで」
 リンはただ、俯くミクだけを見つめたが、声をかけられないでいた。”詩人”の声もなかった。しばらくの沈黙が流れた。

 

 

 

 やがて、その光のもやの輝きは微動だにしないまま、ROM構造物の声がした。
「初音ミク、人間ではないあなたが──いや違う。あなたがAIだからこそ、歌のための感性だけ、純粋さだけでできた者だからこそか」”詩人”は言った。「初音ミク。私は、おそらくその遠い将来ではなく、今、あなたと──」
 と、そこでなぜか、ROM構造物は唐突に言葉を切った。
 つかの間、周囲から迫ってくるような、重たい沈黙がおそった。
 

 

 

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