千年の約束

最終更新:

vocaloidss

- view
メンバー限定 登録/ログイン

  この作品は、2008年度の初音ミクの誕生日企画「ボカロSS投稿所PS企画”Miku Hatsune”」に投稿された作品です。

 作者名は、人気作品アンケートが終了するまで非公開とさせて頂いております


♪そっちは元気でいますか 
 
 距離なんてもう感じない 
 
 距離なんてもう本当はない 
 
  
 
「永遠にも思える時間を旅してきた。あの人に再び会うため。ただそのためだけに・・・・」 
 
  
 
連邦宇宙考古学星間遺物報告書 3108 M193924- TE8-N4 
 
発見された遺物は22世紀のボーカロイドと判明。 
 
星間葬に付された遺体と思われる。回収して調査を開始する。 
 
  
 
その「遺体」を見た時、ふと懐かしい思いが生じたのはなぜだろう。 
 
運ばれてきたのは古代のアンドロイド。22世紀、まだ、地球が500もの国に分かれ互いに争っていた時代の遺物。私が扱った中では最古のものになる。 
 
芸術、特に音楽の方面で活躍したタイプのボーカロイドと呼ばれるもので、意識覚醒体の最初期の型、当然まだ有機変換体以前のものだった。それでも当時の人間は持てる技術の粋を集め歌を歌わせるためだけの「機械」を作った。そんな「健気さ」から懐かしく感じたのだろうか。 
 
「遺体」は長い間宇宙線に曝され絶対零度と恒星熱射の繰り返しで激しく損傷していた。 
 
私は同タイプのデータと照合して分解と解析作業の開始を指示する。 
 
作業室にアナウンスが入った。また遺物が発見されたようだ。私は部屋を後にした。 
 
  
 
「マスター、僕はどこに行くのですか。マスターと離れてしまうのですか」 
 
砲声がすぐ近くまで来ていた。僕はマスターの顔を見つめて答えを待った。 
 
「いや、君とはまた会える。それまで君は静かな所へ行って休むんだ」 
 
頭に接続された何本ものコード。そこから無数の歌が流れ込み僕の記憶領域に蓄積され続けた。そして「全データ、転送完了しました」との声。 
 
「うむ。では、ミク、これで一時の別れだ。心配するな。必ず君を迎えに行く」 
 
マスターは僕の名を呼び、そう言って一瞬僕と目を合わせてから脊を向けた。 
 
僕を乗せた寝台はすぐに地下回廊の扉へと運ばれる。 
 
「約束ですよ!マスター!絶対に約束ですよ!」 
 
僕の声はマスターには聞こえなかったかも知れない。部屋の扉を開けた途端、もの凄い轟音が響き出したから。でも、右手を上げて大きく振ってくれたマスターを僕は確かに見た。僕はその画像を最重要領域に保存した。 
 
  
 
♪無限の暗闇に離された 
 
 二人はなにを想う 
 
 せめて短冊に 
 
 約束の日の晴れを願う 
 
  
 
「このボーカロイドの名前は・・・ミク・・・ハツネ、っと。へー、所長。製造年が2108年ですよ。この年に地球ではあの最終戦争が勃発したんじゃなかったでしたっけ。製造地は日本・・・」・・・日本か。私の祖母が日本人の祖先がいると言っていた。ミクがあの大戦の年に作られたのなら旧世界の最終タイプと言うことになる。地球は壊滅的な破局を迎え、人類は火星や金星の植民都市に暮らす1000万程度の人口に縮小した。日本は最初に戦場となった地域だ。ミクがその日本にいたなら造られてすぐに隔離された事になる。 
 
「所長、これはひょっとすると世紀の大発見になるかも知れませんよ。膨大な音楽データが保存されているようです。さながら22世紀からの歌の方舟といったところですかね」 
 
  
 
同星間遺物報告書・・・・・・遺物は損傷が激しく全的再構成は不可能と判断。 
 
  
 
・・・地球標準年3108 位置確認 航行距離25.3光年 ベガ星系第23惑星 居住区NI5-25 
 
視覚機能損傷。これより電脳接続にて情報収集を行う・・・。 
 
僕は目を覚した、と言っても見えるわけではなく、知覚起動してこの星の知能圏に接続し情報の収集を開始したと言うことだけど・・・。 
 
そこは地球から25光年も離れた星で僕がマスターと別れてから千年が経っていた。人の寿命は300年。マスターはもうこの世にはいない。いや、地球の文明が存続していれば、寿命はもっと伸びて今でもどこかで生きているかも知れないと一瞬は思った。 
 
でも、そんな淡い希望はすぐに消えた。僕がマスターと別れた直後、地球は大戦争になり、人類の大半は滅亡した。よほど運が良くなければマスターは・・・。 
 
・・・・・・僕はあの時のマスターの姿を開こうとした。でも、一瞬躊躇し、そして結局は止めた。破損していたデータを直し、マスターから託された歌を保管庫に置いた。 
 
使命を終えた僕の世界は再び静寂で満たされる。 
 
僕はシステムを、終了した。 
 
  
 
修復不能と判断された例のボーカロイドが博物館に展示される事になった。私は館長と打ち合わせを行い、それが済むとまだ準備中だった展示室に立ち寄った。 
 
ガラスケースの中の初音ミクは綺麗に修復されていた。足元まで伸びた緑色の長い髪、長い足。小柄で華奢な体、そして無垢な顔。当時の人は「彼女」のどんな声に聞き惚れたのだろうか・・・と、そこに所員が慌てふためいて部屋に駆け込んできた。 
 
「所長!大変です。ミクのデータが修復可能と判明しました!」 
 
それからは私の周囲は大騒動になった。幾億もの楽曲データの解読に追われ、展示会は世紀の一大イベントとなった。音楽のみならず、歴史、言語、社会、あらゆる分野で22世紀以前の文化についての新発見が相次いだ。 
 
  
 
僕は再び目を覚ました。いや、むりやり起こされた。 
 
目は修復されて見えるようになっていた。多くの人が取り囲んでいた。皆好奇の目で見ていた。僕をあちこち連れ回し色んな事を質問した。所長は疲れた僕を労わってくれたけど。      
 
そんな日々が過ぎて行き、やがて僕に託された歌たちは美しい響きとなって再び世界に飛び出して行った。全てが僕の居た地球と似ていた。ただ・・・マスターがいない事を除いては。そして僕が独りであることを除いては。 
 
  
 
♪音もなく 独りぼっち 
 
 今にも泣き出しそうなときに 
 
 そっと 差し込んできた 
 
 一筋のあなたからの光 
 
  
 
数カ月が経ち騒ぎが少し落ち着きを見せ始めた7月のある日、ミクが失踪したとの報告を受けた。有機化された「機体」はそのままだったが、「中身」つまり自我認識領域、彼女の意識だけが消えていた。そしてその当日、彼女は私にコンタクトして来た。 
 
「あなたのとの出会いが希望の光を与えてくれました。勝手に生体情報を調べたことはお詫びします。でもその結果、あなたにご協力をいただければ僕の探している人が見つかるかも知れないと分かったのです」 
 
「君はこの世界に大きな宝を持って来てくれた。ささやかな恩返しのつもりで出来るだけの協力をしよう。その人は私とどういう関係があるのかね」 
 
「あなたの先祖の一人です。あなたの生体中枢に入る事をお許し下さい。もちろんあなたに危険はあるのでバックアップからでかまいません。そうすれば過去に戻ってその人のことを調べる事が出来ます。もしどこかに転写記録が残っていれば、あなたを通じて彼を再生させる事も出来るかも知れません。そこで記録を探すため星間航行の許可もいただきたいのです」 
 
「わかった」私は情報省の友人に連絡を取った。 
 
全連邦を挙げてミクへの協力が始まった。 
 
  
 
♪光のスピードを手に入れ 
 
 寂しさに涙流さなくなった 
 
 それでもまだ会いたい 
 
  
 
僕は彼の中枢に入り時を遡った。彼の親、その又親へと。 
 
人は死から甦り、若返ってはこの世から消えて行った。僕が眠っていた間の風景が物凄いスピードで流れ去って行った。数多の星々、様々な都市、そして時代。 
 
やがて景色は殺風景なものになり、光が途切れ始め、ついには暗闇になった。最終戦争後の時代に入ったのだ。長いトンネルを出る直前、とてつもなく大きな耳をつんざく爆音・・・・・・。そして辺りは急に明るくなった。 
 
研究棟の冷たい寝台に乗った僕。その隣にはあの時代のあの人。 
 
そう、ついに僕のマスターが見えた。嬉しくて思わず声を掛けそうになってしまったけれど、まだ喜ぶのは早い。見えている姿はビジョンに過ぎないのだ。今度は時間を進めてその後のマスターを追って行かねばならない。 
 
僕の寝台は運ばれて行き、マスターは部屋を出て行った。 
 
すぐに戦争が始まった。でも彼は戦争では死んでいなかった。間一髪で戦場となった日本を脱出し、荒廃した地球に残って仲間たちを助けた後、僕を探しに旅に出ていた。僕が眠っていた間中ずっと僕を探してくれていたのだ。その命を終えるまでの彼の200年間、 
 
追跡を続けながら何度言葉を交わせたらと思ったことだろう。遺された転写記録は日本の移民たちと共にアルタイル星系に移されていた。 
 
そこから記録を持ち帰り所長のバックアップに生体転写してマスターとの再会に賭ける。僕はすぐアルタイルに向かった。 
 
  
 
ミクはなすべき事を全て終え、今カプセルの中にいる。この小さな体のどこにそんな力があったのだろう。 
 
何十光年もの旅を終えて持ち帰った記録を私のバックアップに注入すると、自分もカプセルの中に入り静かに目を閉じて横になった。 
 
私もバックアップを介してミクと繋がっており、状況は完全に知覚出来た。不思議な感覚だった。私に重なってもう一人の男が生きていた。私は自分の意識を持ちつつその男とも意識を共有していた。 
 
ぼんやりと視界が開け目の前に[私]をみつめるミクがいた。その見開かれた瞳はやがてゆるみ、そしてゆっくりとミクの口が開かれた。 
 
「マスター。やっと会えましたね。ずっと待っていたんですよ。この日を」 
 
「私もだよ。ミク」男の言葉は[私]の声となってミクに向かった。 
 
「マスターが来てくれないからあちこち探し回ったじゃないですか」 
 
「すまん。約束を果たせず」私の顔を見たミクは可笑しくて仕方ないという風に笑う。 
 
「冗談ですよ。マスターの方こそ僕を長い間探してくれたじゃないですか。見て下さい。マスターの創った僕の歌。ほら、千年後の今でも鳴り響いているでしょう」 
 
「そうだね。やっぱり君は私のボーカロイド、私の宝だよ」 
 
「今日は何の日か知っていますか。古代の伝説で七夕と言って、一年に一度だけ慕わしい人と会える日なんです。マスターが居たアルタイルは彦星、このベガが織姫星」 
 
「千年かかってしまったがね」 
 
「ええ、でもそのかわり」ミクに満面の笑みがこぼれた。 
 
「千年の後もずっと一緒でいて下さい。こんどこそ約束ですよ」       
 
ミクは一つの歌を歌い始め、私も一緒にと促した。 
 
  
 
♪もしも遠く 遠く 
 
 この空の果て 
 
 散りばめられても 
 
 15光年を超えて 
 
 ひたすら光を送るよ 
 
  
 
 ずっと ずっと 
 
 遠い星から 
 
 見上げた景色で 
 
 重なる様に 
 
 一つになれたら 
 
 それでいい             終り 

 

目安箱バナー