チョコレート

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vocaloidss

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 この作品は、2008年度の初音ミクの誕生日企画「ボカロSS投稿所PS企画”Miku Hatsune”」に投稿された作品です。

 作者名は、人気作品アンケートが終了するまで非公開とさせて頂いております。


 放課後の教室で、私は鞄の中に入ってる手紙とチョコレートの入った小さな紙袋の存在を確かめる。
頭の中で、昨日から散々やってきたシュミレートをもう一度繰り返す。
彼は今、部活に精を出している。
それが終わった後に毎日教室に戻ってくることは調査済みだし、荷物が教室においてあることも確認済み。
だから彼が戻ってくるのを待って、紙袋を渡せばいい。
「甘いもの嫌いだったりする? 」
と、わざわざ遠まわしに尋ねてチョコレートは好きだということも聞き出したし、下調べはきちんとできているはずだ。
好きですとか、そういうことは全部手紙に書いてあるからわざわざ言わなくても良いし。
というか、本人を目の前にして言える自信は全く無いから何度書き直しても、必ず自分の気持ちは文字で書いた。
とりあえず教室に戻ってきた彼にかける言葉は決めてある。
「部活お疲れ様」
そう笑っていってそれとなく紙袋をバックの中から出す。
そしてそれを差し出しながら
「よかったら、これ食べて」
と言ってそのまま帰る。
これで完璧、のはずだ。
時計を見て、今の時刻を確認する。
彼の部活が終わるのは六時過ぎで、今はまだ五時位。
それまではまだ、時間があるから大丈夫だと自分に言い聞かせて一つ深呼吸する。
「髪とか、変じゃないかな……」
誰も居ないのに、わざわざそう呟いて私は手鏡でもう一度入念にチェックする。
スカートの丈はいつもより気持ち短めにしてる。
朝、遅刻ぎりぎりまで悩みいつものツインテールではなくポニーテールにした髪は、さっき結びなおしたばかりだから全然崩れてない。
制服のリボンがちょっとよれてるから、本日十一回目の結びなおしをする。
チェックが終わると、手持ち無沙汰になってしまい教室中に視線をさまよわせて結局自分の鞄に視線を落とす。
中にある紙袋には、綺麗にラッピングしたチョコレートと手紙が入っている。
パタン、と机に顔を伏せながら私は昨日のことを思い出す。
 
 目の前にあるのは、開かれた一冊の本と作りかけのチョコレート。
本によるともうそのチョコ、ショコラは固まってるはずなのだが、一向にその気配はない。
「絶対出来るチョコ」という題名を信じてこの本を買ったのに、と思いながらもう一度じっくりと読み直す。
「え、あれ。もしかしてこれ全部㎎なの? 」
材料のところを見返して、決定的な間違いに気づいて、私は途方にくれる。
そもそも、お菓子作りなんて初めてだからまともに出来るわけが無かったんだ。
湯煎しようとしてお湯を思いっきりぶちまけたり、調理器具を出そうとして落として危うく壊しそうになっても認めなかった事実を、屈辱ながら私はようやく認める。
手紙の内容だって全く決まってないのに、どうすれば良いんだろう……。
やはり、全く固まる気配の無いチョコレートを睨みつけながら私は悩む。
「誰かに手伝ってもらったら良かったのかな……」
呟いた直後に、私は首を横に振って自分の言葉を否定する。
そんな恥ずかしいことが出来るんだったら、自分ひとりでしようとする前にとっくに助けを求めている。
お菓子作りの得意な友人には心当たりがある。
でもその子に助けを求めたら、誰相手なのかとかいつ好きになったのかとかを根掘り葉掘り聞かれるに決まっている。
チラリと壁にかかってるカレンダーと時計に目を走らせるが、どんなに見てもバレンタインデーは明日だし、時間も刻々と過ぎてゆく。
「うー……」
いっそのこと、明日伝えるのは諦めようかとも思う。
けれども、この機を逃すと次にいつ自分の決意を固められるかが分からない、と思ってしまうと諦めきれない。
パラパラと他のチョコレートの作り方を眺める。
「いっそのこと、生チョコって言い張れないかな、無理だよね」
ブツブツと呟きながらなんとかならないか必死で考えるも、妙案は全く浮かんでこない。
とりあえずラッピング用の紙とかリボンとかを引っ張り出してくるが、このショコラもどきをどう飾り付けするべきかも全く思い浮かばない。
「えーっと、どうしよう……」
そう呟きながら私は台所の机の上に手を置く。
その時、ふいにその腕に湯煎に使っていたボウルが当たる。
ありがたいことにお湯はもう捨てていたが、キッチンに本日何度目かも分からないものが落ちる音が響いた。
「とりあえず、手紙の内容でも決めようかな……」
私はそう呟いて、いったん現実逃避をすることを決めてエプロンを脱ぐ。
どのレターセットを使おうか、とか文章はどんな感じに書こうかとかを悩みながら私は自分の部屋へと向かう。
結局その現実逃避も三十分と経たない内に行き詰ってしまったのだけど。
                                              
 結局その後どれだけ時間を置いてもショコラは固まらず、無理やりラッピングをして紙袋の中に入れた。
学校でも何回か手紙を書き直して入れ替えたりはしたけど、ショコラを作り直すわけにはいかず、昨日のまま。
教室の中はシン、としていて私が少し椅子を引くだけでその音が響く。
「び、びっくりしたー」
その音に驚いた私はそう独り言を呟いた。
「何が? 」
急に後ろから声をかけられて私は、文字通り飛び上がって、後ろを振り向く。
教室のドアの所には、私がまさにチョコレートを渡そうと思っていた相手が普通に立っている。
「え、あ。え、えと、ぶ、部活は? 」
混乱した私は、シュミレーションしたことなんて全て忘れて、そう尋ねる。
聞いた後、もしかしてもう六時かと思い時計に視線を向けるが、まだ五時半。
どう考えても部活が終わってるわけ無い。
「あぁ、今日は何か早く終わったんだけど……。初音は、なんで残ってるんだ? 」
いきなり確信をつかれた私はビクリ、と体を強張らせる。
なんで今日に限って! と叫びたかったけどそういうわけにもいかない。
「あ、えと、その……」
しどろもどろになりながら、私は鞄からチョコレートを取り出す。
いや、取り出そうと思ったのだが引っかかってなかなか上手く出てこない。
「え、あれ? ちょ、ちょっと……」
慌てて更に強く引っ張るが、出てきそうに無い。
というか、これ以上強く引っ張ると紙袋が破けるかもしれない。
「ちょ、ちょっと待って」
そう言って私は鞄の中をのぞく。
後ろのほうで、彼が少しいぶかしんでる様子が伝わってくる。
どうも適当に入れた筆箱が邪魔をしてみたいで、それを横にどけて今度はそっと紙袋を取り出す。
ちょっとしわがよってるけど、破れてないし大丈夫、だよね?
自分の中で確認しながら汚くなった部分を整えて彼のほうを向く。
大丈夫、と自分に言い聞かせながらチョコを渡そうとしたとき、チャイムが鳴る。
その音にびっくりして、朝からずっと悩んで決めた言葉は吹っ飛んで、頭の中は真っ白になる。
私は目をぎゅっとつぶって手に持っているものを差し出した。
口の中はもうカラカラで、たぶん今まで生きてきた中で一番緊張しているだろう。
自分の思いを全てこめて私は口を開く。
ちょっと声が裏返った気がするが、そんなことを気にする余裕は無い。

「あ、あの。その……。こ、これ、あげるっ! 」

 

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