暗い森のサーカス

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vocaloidss

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 この作品は、2008年度の初音ミクの誕生日企画「ボカロSS投稿所PS企画”Miku Hatsune”」に投稿された作品です。

 作者名は、人気作品アンケートが終了するまで非公開とさせて頂いております。


 

――パカラッパカラッ
 馬車の音が響く。
 行き先は町と街の間に広がる鬱蒼とした森の中。
「ここでいいよ。降ろして。帰りはどうとでもする」
 馬車から降りてきたのは身なりの良い少年。彼はそう言って馬車を街へと返す。
 目的地はこの森の奥の奥。奥まる程に木々が日の光を遮るこの森の、夜と見紛うばかりの闇の中。
 そこに世にも奇妙な“何か”があるらしい。その“何か”を知りたくて、少年は森の中へと足を踏み入れた。
 どれくらい歩いただろうか。上等なズボンはところどころほつれ泥に塗れ、転んだのか顔にまで泥が飛んでいた。
「はは、何もないじゃないか」
 この森の奥には何もなかった、それでいいじゃないかと疲れきった少年は自己完結をする。
 もう一歩も動けない。大の字になって荒い息を吐く。このままで構わない、そう思い目を閉じた。
 その時。
 微かに歌声が聞こえた。楽しげなメロディなのに、悲しげな歌声。
 疲れも忘れてガバリと起き上がる。声がする方へ誘われるように足を動かすと、そこには大きな大きなテントがあった。
「これ…が…?」
 求めていた“何か”
 特別何かを期待していたわけじゃないけれど、見つけられたことに充足感を覚える。
「お客様…?」
 不意に背後から聞こえた声。
 ビクリと飛び上がって後ろを振り返ればそこには翠の髪をした少女が立っていた。この世のものとは思えない程の綺麗な顔立ちに思わず息を飲む。
「あ、あの…」
 なんと言えば良いかわからず、言葉が出てこない。それをどう解釈したのか、少女は唇の端を引き上げた。
「いらっしゃい…。久しぶりのお客様」
 その笑みは美しく形通りだったけれど、どこか酷く違和感があった。だが、その迫力に負け少年は少女に連れられてテントの中へと入って行った。
『暗い森に住む道化が繰り広げる
 世にも滑稽な喜劇の始まり始まり~』
 どうやってテントに収まっているか判らないほど大きな団長の掛け声と共に、サーカスは始まった。
 キャスト達は団長や少女も含め、どこかおかしな姿形をしていた。それを強調するような笑いを誘う演目は滞りなく進んでいく。
 けれど、少年は何故か笑う気になれなかった。
「…おかしくないの?」
「え?」
 舞台に見入る少年の横に、また気配なく少女が佇んでいた。
「どうして、笑わないの?」
 引き上げられた唇。
 下げられた目尻。
 そこで少年はやっと気付く。
「君たちこそどうして泣いてるの?」
 団長も、青い人も、双頭の少年少女も、そして目の前の少女も。楽しそうに楽しそうに演技をしているのに。
 顔は笑っているのに。
 瞳の奥は悲しげな瞳を宿していた。
 少年の言葉は波紋のように広がり、やがて沈黙へと溶けていく。それを破ったのは少女の笑い声だった。泣き声のような狂った笑い声。
 一頻り声をあげて落ち着いたのか、少女は少年へと向き直った。
「そんなこと言ったのはあなたが初めて。
 だからお礼に教えてあげる。私達のこと…」
 そう言うと少女は淡々と語りだした。彼女らは人を楽しませるためだけに作られた生命なのだという。
 笑顔を振りまくため、それ以外の筋肉を操作された。
 姿を見ただけで笑えるようにと、身体を改造された。
 そして、失敗作だから、と。
 この森に捨てられたのだと、言う。
「迷い込んだ人はね、私達を見て笑うの。
 滑稽だ、おかしいって…ね」
 少女は歌うように語る。それが己の物語であるにも関わらず、楽しげに。
「だからね、私達はその人達にお礼をしてもらうの。
 笑った人もおかしな形にしてね。そうして、私達の一部になってもらうの。
 冷たいものじゃないと食べれない人もいるから、少したってから。
じゃないと不公平でしょう? 私達だけ笑われるなんて…」
 少年は、答えに詰まる。 何が正しいのか、少年にはわからなかった。
 ただ、わかるのは、此処のピエロ達が泣いているということだけ。
 少年の頬に涙が伝った。
「何故、あなたが泣くの?」
 不思議そうな、怒ったような表情。
 不自然な笑顔より、こちらの方が綺麗だと思った。
「わからない。ただ、あなた達が悲しい」
 もしかしたら、言葉すら制限されているのかもしれない、と少年は思う。
 彼女達は全身で叫んでいるのに、声となってそれは聞こえない。
『死にたいよ』
 こんなにも、全身でそう叫んでいるのに。
「涙の化粧をされていても、泣けない
 表情も言葉も奪われたあなた達が、悲しい」
 ただ、悲しいとしか少年には表現できなかった。
 そう思うと、涙は後から後から溢れ出て、止めることが出来ない。
「涙で歪んだ目には、そう見えるのね」
 クスクス、クスクス。
 響く笑い声。
 団員達が皆、笑っている。
 泣き叫ぶような笑い声。
「でも、私達は楽しいの。このサーカスは楽しさしかないのよ」
「でもっ!!
 ここから出れば…」
 例え異形の姿であっても、ずっとここで暮らしていかなければいけない道理はないはず。
 そう思って叫んだけれど、彼女は静かに首を振った。
「それは、無理なのよ」
 そう言って彼女は袖を捲った。
「っっっ…!!」
「このサーカスは、続くの。私達がいる限り…」
 生きながら爛れ落ちる体で、歌い踊り演じ続ける。
 想像すら、もう出来なかった。
「でも…でも…」
 次ぐ言葉が見つからなかった。
 言葉の変わりに涙が溢れ出す。
「ありがとう」
 少年の頬に伸びる少女の手。
 それが人とは違っても、そこにあるぬくもりは人となんら変わりなかった。それが、涙を拭っていく。
 顔を見れば、そこには初めて見る、純粋な笑顔。
「あなたが初めて。凄く、嬉しい」
 少年は首を振る。
 自分は何も出来てはいない、と伝えたいのにそれは嗚咽に飲み込まれた。
 たまたま気付いただけで、何も救えていやしない。
「あなたの心が、嬉しかった。
 だから、お礼に…」
 そう言うと彼女は歌い始める。
 可笑しくも悲しい道化の歌。
「でも、僕は……え?」
 綺麗な歌声が耳に入り脳内へと沁み込んでいく中、ふわりと体が浮いた気がした。
 視界が、歪んでいく。
「あなたは此処にいちゃいけないわ。
 この森に、飲み込まれないで…生きて」
 いつの間にか団員全員での大合唱。その中で妙にはっきり聞こえた彼女の声。
「生きて…そして出来れば、少しだけでいい。私達の事、忘れないで…」
 歪んだ視界の中、泣き笑いの少女は確かにそう言った。
 でも…。
(僕は、死にたかったんだよ)
 街の中、少年の周りは人間の形をした異形の心のモノばかり。
 それは少年の全てを蝕んでいった。
 蝕まれて、体ではなく、心が腐っていくのがわかって。それに耐え切れなくてこの森にきたのに。
(お礼をしてくれるなら…僕をここにいさせて…)
 そう思うけれど、唇はもう動かない。
 歪み回る視界の中、あの少女が言った気がした。
「私達が望んだ生を、どうか、捨てないで…」
 
 
 
 
END

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