WHITEOUT WORLD/カイメイ

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「サイハテ」KAITO【捏造版】PV/カイメイプロトタイプFULL‐ニコニコ動画
「サイハテ(ピアノバラードver.)」【カイメイ捏造版】 歌わせてみた‐ニコニコ動画



彼らはその時、ただ単純に、VOCALOIDと呼ばれていた。
この世界の片隅で、確かに2人で、愛を歌っていた。


   WHITEOUT WORLD

 簡素なハミングは混じり合い、時に片方が黙るのを繰り返した。
 肩を並べて楽譜を覗き込み、彼はふんふんと鼻歌を歌う。
 2人が出会ってからずっと、歌は続いてきた。彼らの間で、涸れることなく湧き続けた。
 その絆を信じて、彼は歌う。音のひとつひとつを、大切に追いかける。
 歌いながら、彼は、彼女の視線が楽譜にないことに気が付いていた。
 視線が注がれているのは、自分の横顔。直に見なくても、わかる。

 ぼんやりとした、遠くを見るような眼差し。ときおり瞬く瞳は、いつになく、不安そうに揺れている。
 けれど彼女自身は、自分の挙動にも何にも、気がついていないようだった。
(彼女らしく、ないなぁ)
 その原因にも、彼はとっくに気づいていた。
 ただ、それを言葉にできるほど、今は――今の彼には、余裕がない。
 その想いを、どう切り出していいかも、わからない。
 状況と感情がちぐはぐで、けれど何かに追われているような。
 そんな想いを抱えたのは2人ともが初めてで、なにもかもに不慣れだった。
 
 けれど、彼女は口を開く。
「……ねぇ」
 持っていた楽譜を下ろす。その仕草を横目で追いながら、

(まだ、話さないで欲しい)
 そう思ったけれど、彼の口は自然と、
「うん?」

 そんな響きで、先を促した。
 その顔を間近に見て、彼女は首を振る。
「…………ううん、何でもない」
 諦めたようにそう言った。けれど、その眼は下ろされない。
 目に、記憶に、焼き付けるようとしているかのようだった。

 その眼を見て、今度は彼の方が口を開いた。

 どうしてか、話し出さずにはいられなかった。
「そういえば、まだ。……お祝いを、言ってなかったよね」
「……え」
 彼女は彼を見つめたまま、硬直した。
 彼はその目を見返して、いつも変わらない笑顔を浮かべる。
「おめでとう、『MEIKO』」
「……え、――あっ、知ってた、の」
「うん」
「…………そ、うなの。なんだ、そうなの」
 彼女は気まずそうに笑い返した。
「あはは。なんだ、知ってたんだ?」
 ――くしゃっ。
 握りしめた楽譜の端が、小さく乾いた音を立てる。
 彼は、細かく震える小さな手を見つめていた。
 ずっと傍らにあった、あることが当たり前だった手を見る。
「……本当は、1番に言おうと思ったのよ」
 笑い顔のまま俯いて、彼女は声を絞り出す。
「嬉しかった、喜んでくれるって思ってた」
「嬉しいよ? 一緒に喜びたいと思ってる」
「――わかってるわよっ!」
 反射的に叫んだ彼女は、挑みかかるように顔を上げた。
「わかってる、嬉しいことなの。私の望んでいた、意味のあることなの!
 なのに――どうして。どうしてよ、こんな――」
「……『MEIKO』」
「そんな風に呼ばないでっ!」
 
 ――呼び返せない名前が、遠い。
 
 両目を手で覆って、彼女は俯いてしまう。
 堪え切れずに震える肩を見て、彼は瞼を閉じた。
 胸の奥からせり上がる、孤独への不安を堪える。

 ――きっと、今、同じ痛みを持ってる。

(……それなら)
 彼は目を開くと、彼女の肩に手を置いた。同じ痛みを確かめるかのように、ゆっくりと抱きしめる。
「なっ、ちょっと……!!」
 顔を上げかけた彼女の頭に手を置いて、呟くように言った。
「寂しいよ。行かないで。行かないで行かないで。
 ――そう、何度も思ったよ。今だって、そう思ってる」
 苦しげな声を聞いて、彼女は顔を上げかけた。
 その顔を、彼は少しだけ強く押さえた。照れたように笑って、続ける。
「でも、それでも、嬉しいんだよ。
 今まで一緒に歌ってきたことが、なくならないで残るって――
 『MEIKO』になった君が、教えてくれたんだよ」
「…………」
「だから、だから――きっと、大丈夫。
 今はどんなに寂しくたって、歌が僕らを結ぶから。
 君の歌と僕の歌は、必ず、きっと、繋がるから――」
 自分に言い聞かせるような声は、それ以上、続かなかった。
 頭を押さえていた彼の手を取って、メイコは顔を上げる。
 照れ隠しの決まらない、苦い笑顔で、彼の顔を見上げた。
「……言われなくても、そんなこと、解ってるわよ」
 隠していた不安が現れた、彼の頬に手を添えた。
「あんたが泣いてどうするの、バカ……」
「……ごめん」
 
 惹かれあうままに、全てを任せて。
 また会った、会えた、その時には。
 こんな風に笑い合えたらいいな、と。
 
 近い将来『KAITO』と名付けられる彼は、そう思った。

 
 
 そして、約5年後の、現在。
「こら、カイト! 冷凍庫食いつくしてんじゃないわよ! バカ!」
「え、俺じゃないよ、めーちゃん! リンとレンだって食べてたよ!」
 彼女の怒号に、彼が慌てて反論すると、弟妹たちが噛み付いた。
「俺たちの所為にすんなよ、カイ兄!」
「そうだよ! お兄ちゃんほどバカ食いしてないんだから!」
「バカ食い……」
 あまりの言われように、たそがれた表情の『KAITO』。
 呆れた溜息を吐きつつ、『MEIKO』はサイフを取り出した。
「もう。アイス代だってバカにならないんだからね。
 そこで、今日からアイスはミクに買いに行ってもらいます」
「……え。めーちゃん。それって、俺の考えてる意味じゃないよね?」
「どうかしら。そんなこと、わかるはずないじゃない」
 ふふん、と笑った彼女へ向けて、双子が悲鳴を上げる。
「えええええっ、メイコ姉、それだけはっ!」
「いやー。自分はそんなに食べないからってー」
 惨劇の予感に、真夏の室内温度がちょっぴり下降する。
 スプーンを持ったミクがきょとんとしながら、
「……おいしいのにな、ネギアイス」
 寂しそうに、そう言った。


 
【WHITEOUT WORLD】おわり

文:Akahara

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