毎●放送版うろたんだー1話後編

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匿名ユーザー

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註:このSSは後編に当たります。前編はこちらです。

 

 

      【以下本文】

 


 ドーナツ専門店「UROTAN」から、少し離れた小さな通り。
 そこに、小さなカフェがある。
 『Grazioso』と銘を掲げたその店には、俗世と離れた空気があった。

 天窓から差す柔らかな日差し。
 対照的な、歴史を感じる黒檀の柱。
 観葉植物は淑やかに、流麗な音色がさりげなく。
 古びた調度に派手さは無いが、しかし落ち着いた存在感が。
 緑に飲まれた廃墟に似ている、此処は本来そんな場所だった。
 ……だったのだが。

「ほらぁハクちゃん、呑め呑めぇ!」
「いや、あの… 今、まだお昼ですし…」
「な〜に固いこと言ってるの。
 お昼に呑んじゃいけないって言う決まりは無いでしょーに!」

 格好良い美女のイメージは何処へやら。
 酔っ払いと化し、はしゃぐメイコのせいで台無しである。
 大声で笑い、酔いの勢いでハクの肩をばしばし叩いてたり。
 正直な話、騒がしい事この上ない。
 他の客が居たら文句の一つや二つ飛んできそうである。

「…ごめんね、ミリアム。
 こんな騒がしいの連れてきちゃって」

 苦笑混じりでカイトは、顔見知りの店主に軽く謝った。
 彼も、こうなったメイコに構うのが嫌いだからである。
 なのにどうしてこうなったのかというと。

『じゃ、カイト。あたしお金ないから、酒奢りなさい!』
『は!? 何でそうな…』
『ミクへの電話はすぐ出来るわよ?』
『実の弟に脅迫!?』
『いやねぇ、交渉と言いなさいよ』
『選択権無いよねコレ!?』

 ……そんな感じの会話があって。
 泣く泣く彼女に連れてこられたからなのである。
 何かもう、不憫過ぎて可愛いぞ兄さん。
 先払いさせられた財布の軽さに涙して、ダッツが数ダース買えるなぁ、と遠い目の彼。

「…まぁ、お酒飲んだら……みんな…こう、なるし……もーまんたい」

 その彼に、死語を用いて返す女性。
 ……艶が有るのと無いのが入り交じった銀色の長髪に、細い顔立ちと高い鼻。
 寡黙な雰囲気がして、少し伏目がち。
 メイコと同い年かと思われる彼女は一瞬天井を仰ぎ、あ、と何かを思い出した。

「…カイト。ちょっと……留守番、お願い」
「え、どうしたの?」
「……お昼ご飯…火、掛けっ放し…」
「ちょ、すぐ行きなさいっ!」

 明らかにカイトより年上なのだが、彼に急かされて走るミリアム。
 寡黙なアホの娘設定なのでしょうか、素晴らしいですね(←

 とまぁ、そんな風に彼女を見送り。
 メイコの方を見て、カイトは溜息を吐いた。
 ハクに絡む彼女の傍らには、6本もの空瓶。
 安いも高いも関係なく、一滴残さず呑み尽くされている。
 壁掛け時計は意外にも、此処に入ってから十数分しか経っていない。
 つまり、彼女はそんな時間でこんなにも大量の酒を呑んだことになる。
 …普通に急性中毒になる勢いなんですが、何で大丈夫なんですかメイコさん。

「…あの、めーちゃん?
 嫌がってる人に無理やり呑ませるのはどうかと…」
「ん?ならあんたが付き合う?」
「あのねぇ、注意してるのに冗談はよそうよ…」

 苦笑するカイトに、しかしメイコはニヤッと笑う。
 それはまるで、悪魔の微笑。
 それを見て、カイトは不吉な気配を感じた。

「……冗談。冗談、ねぇ。
 カイトぉ? 私がお酒の事で冗談言った事、あったっけ?」
「……あ、あはは…な、無い、ね…」

 嫌な予感を感じ、彼は逃げようとした。
 けれどメイコはカイトの足を蹴り、席から立つ事を制止する。
 逃げられないという恐怖ゆえ、蒼白な顔をするカイト。
 酒のせいか、頬を真紅に染めているメイコ。
 おぉ、互いに顔色がイメージカラー。
 んな悠長な事言える状況じゃないですね、すいません。

「何よぉ、変な顔しちゃって♪
 呑めない訳じゃないのは知ってるわよ?
 この前私が作ってあげた酒アイス、嬉し泣きして食べてたじゃない」
「あ、あれはめーちゃんが勝手に混ぜただけじゃ…っ!!」
「……勝手に?あら、じゃあアンタ、あれが不味くて泣いてたんだ?」
「ひっ!!?」

 これぞ墓穴というやつか。
 メイコの瞳に、嗜虐の光が灯った気がした。
 思わず涙を浮かべるカイト。
 その右頬にそっと触れる、黒い微笑を浮かべたメイコ。
 これだけだと姉弟の絡みというファンサービスにも思えます。
 でもメイコさん、逆手持ちで酒瓶握ってる時点でアウトです。
 おそらく殴るのではなくて、注ぎ口をカイトの口に突っ込むのでしょう。
 危うしカイト。
 予想通り、振りかぶられるその酒瓶。
 まさに危機一髪というその時。


「…あ、あの……メイコ、さん…」

 ぱしりと、酒瓶を掴む手があった。
 メイコとカイトの姉弟の視線は、奇しくも同時に手を辿り、

「あら、ハクちゃん。呑むの?」
「……は、はい…っ!」

 こくりと頷く、存在感の薄かったハクへと至った。
 それを見たカイトは、思わず叫ぶ。

「や、止めろ!死ぬぞ!?」
「何言ってんのよカイト。
 お酒呑んだ程度で死ぬ人なんか居るわけないでしょ〜?」

 …いや、下手したら死にますって。
 しかし、ハクはカイトの忠告に笑顔で返した。

「…だ、大丈夫です。下戸、ですけど…。 お、お酒には…な、慣れてますから…」
 いや、あの、声引きつってますけど!?
 言いかけたカイトの目を見て、彼女は微笑む。
 助けてもらった事への恩返しと、只食いした事への謝罪。
 それをするのはまさに今なのだと。
 そう、ハクは自らスケープゴートになることを選んだのだ。
 ああ、何というお人よし…。
 しかし『( ;∀;)イイハナシダナー』と見逃すほど、呑んだくれというものは甘くはない!

「何だ、お酒飲みなれてるの?
 じゃあ大丈夫!はい、どうぞーっ!!」

 酒を瓶ごと手渡して、メイコは一気呑みコールを掛け出した。
 手渡された酒の銘柄を、ハクは一度も見たことがない。
 けれど、ここでやらないというのなら。
 いつ、また会えるとも限らない彼に、恩返しなど出来るというのか――。



「……えいっ!!」

 カイトに制止する時間を与えず、意を決して瓶を煽る。


 ――直後、ぐらりと角度を変える世界。
 目を刺す痛みは日光のせい。
 窓の向こうには雲もあるが、その色彩は美しい。
 ああ、何て青い、何て綺麗な空なんだ――、
 そんな事を思ったままハクは、


 頭から椅子に倒れこんだ。


 真っ二つに割れた椅子。
 倒れた衝撃で、転がる酒瓶。
 その中にハクの呑んでいた物があった。 その銘柄は、スピリタス。
 それは事実上世界最強の、アルコール平均96%の酒である。

「……は、ハク――ッ!!」

 カイトの叫びが、虚しく青空に響き渡った。


   /


「……?」

 何かを感じて、ミクは振り向いた。
 当然、何も見えないので気にせず前を向き直す。
 その方向でカイトが叫んでたのは、きっと何らかの偶然だろう。多分。

「……ふぅ。それにしても、どうしよう」

 昼時だからか、いやに閑静な住宅街の路上。
 そこで彼女は溜息を吐きつつ、手に持っていた携帯を開いた。
『富士山麓をジャスティスが清掃』とかいうニュースを画面下に流す黄色いそれ。
 それは、ネルがトラックの後ろから落とした物だった。
 それが顔に当たったせいで、トラックを逃したわけなのだが。

「……はぁ、連絡しようにもこの携帯、一回も使われてないし。
 警察の人に任せるべきなのかなぁ」

 勝手にアドレス帳を見てしまった事を少し後悔するミク。
 仕方なかったとはいえ、人の事情を見てしまった事には変わりない。
 真っ白なアドレス帳が意味する所は、決して嬉しいものではない。
 空は少しずつ雲量を増し、青が白へと飲まれゆく。
 夕暮れは臨めなさそうなものの、穏やかそうな天気の町に、地響きが鳴った。
 震動に対して音は大きく、腹へと響く。
 地震とは明らかに違う、異様な揺れ。
 それの原因を探して視線を巡らせた彼女は、地平線近くに不思議な物を見た。

「……へ?」

 その疑問の内容が何かは解りかねるが、その対象は誰の眼にも明らかだった。
 ビルの合間に立つ、小さい人型。
 百メートル近く離れていれば、そう見えるのも道理である。

「……っ!」

 不意に、それの方へと走り出すミク。
 豆粒のようなビル群と背丈を同じくするその人型は。
 遠めにも明らかに、破壊の限りを尽くしていた。


    /


 目的は、銀行の襲撃と金銭の強奪。
 けれども、それだけをするのはその巨体には難しく。
 自然、未熟な操縦者に操られるロボットは市街地を破壊する事になる。
 逃げようとした結果行き詰まり、乗り捨てられた車をロボは踏み付けた。
 ガソリンに壊れた電線の火花が飛び込み、その車は脆くも爆発する。
 飛び火は街路樹を巻き込み、木造の建物へ、ビルへと移っていく。

「酷い……っ!!」

 凶行を続けるロボットの中で、悲痛な表情をしてネルは叫ぶ。
 彼女は今、全く身動きが取れない状態だった。
 足と手を荒縄で縛られ、シートベルトで席の一つに据え付けられている。
 身動ぎさえ不自由な彼女は、暗いコクピットの後部席に座らされていた。
 斜め左前には、彼女を捕らえたヤクザの幹部のような男。
 そして左には、彼女を監視している部下。
 抵抗すら許されないようなその場所で、しかしネルは叫ばずには居られなかった。 畳ほどはあるディスプレイを見て笑っていたボス格の男は、答える。

「抗争よりゃ、人的には少ねぇ被害じゃねえか。
 仮に何か居たとしても、逃げない方が悪いんだよ」
「なっ……」
「狙ってやってるんじゃないんだ。
 十分逃げる時間があるのに、俺のせいにされたら困ったもんだぜ」

 極道の礼儀にすら反するのではと思うほど自分勝手で、慈悲の欠片も無い言葉。

 罪悪感も何もなく、ただ自身の望みだけを叶えようとする。
 そんな、あまりにも自分勝手な論理を振りかざす男。

「……昔のカシラも同じ事を言ってたな。
 仁義すら分からん者に継がせる組は無い、か。
 はっ、んなもんがあって儲けなんて考えられるかってんだ。
 家族に怨みを持たれるとろくな事にならねぇって事すら、ウチの親父は知らなかったんだよなぁ」

 片手でロボの操縦桿を動かし、もう片方で彼は拳銃を弄ぶ。
 意味が無さそうなその行動を見て、ネルは一つの結論に至った。
 しかし、あくまで一般人の彼女には、それを理解出来ても納得できない。

「ひっ……人でなしっ!!」
「言ってくれるねぇ、嬢ちゃん。……けどお前、今の状況分かってんのか?」

 銃が回転を止め、ネルの額へと向く。
 その銃孔は、奥行すら分からないほどの黒色に満ちている。
 それを見た瞬間、ネルは呼吸をすることすら止め、思考を真白く塗り潰された。

「……ボス、警察がバリケードを構えていますが」
「パトカー数台でバリケード気取りか。
 そうだな、あいつらでアレの試し撃ちをするぞ、用意しろ」
「はい、ボス」

 ボス格が気を取られたお陰で銃を降ろされ、混乱したネルの思考は少しずつ戻っていく。
 その合間に、彼らの準備は終わったらしい。

「対象指定、装填完了。発射できます」

 少し混濁が残る意識で見たモニターには、投降勧告をする警察官。
 そして、十台ほどのパトカーに一つずつ。
 その奥のビルに重ね掛けされた照準のようなマーク。

「ロックオンミサイル、発射ぁ!!」

 いやに楽しげな声を出して、ボスは手元のボタンを押し込んだ。
 それと同時にロボの胸部が展開し、間髪を入れず、火を吹く何かが放たれる。
 直後、その照準全てが炎を噴いた。
 爆発による火柱、舞い上がる車体。
 逃げる警察官の背後で、粉塵を撒き上げながら崩れ落ちるビル。
 それに得も言われぬ苦しさを感じ、しかし何も出来ない無力さがネルには悔しかった。


    /


 阿鼻叫喚。

 それに尽きる光景が、ありふれた日常を駆逐していた。
 倒れる街灯、折れる街路樹。
 爆発する自動車に、崩落する建造物。
 それらの爆風や轟音によって、混乱が街に生じていた。
 泣き叫ぶ子供、子を見失い狂乱する親。
 鞄を捨てて走る会社員と、それに押されて倒れる老人。
 津波のような人の群れ。
 それを追いかける様に、街を壊しつつ歩くロボット。
 その足踏みで、老朽化した家屋や店が崩れる。

「きゃあっ!?」

 当然、そういう物に不意に襲われる事も多々ある事で。
 とある女性の頭上には、巨大なコンクリート片が迫っていた。
 条件反射のせいで屈み込むも、それは明らかに逆効果でしかない。
 それに彼女も気付いたが、行動を変えるにはあまりに時間が足りなかった。
 もう駄目だ、と目をキツく瞑る。
 ……だが、瓦礫は彼女を挟むように横に落ちた。

「っ、ふう……大丈夫ですか?」

 戸惑う彼女が聞いた声の先、そこにはネギを握るミクさんが居ました。
 風切り音をたて、ネギを振るう。
 ……もしかして、それで岩を斬ったんでしょうか。
 いやあの、瓦礫の断面、鏡みたいに綺麗なんですが。
 驚きすぎて逆に冷静になってしまったその女性は、すぐ近くに迫るロボに気付く。
 その目線を感じ、ミクもロボの方に向き直る。

「危ないですから、逃げてください!」

 ミクに言われ、焦って逃げ出す一般女性。
 それを足音で感じつつ、ミクは真剣な眼差しでロボを見据えた。
 ……黒金の光を放つその背後には、黒い煙が満ちている。
 サイレンがあちこちで鳴り響き、しかし人の気配が少しも無い。
 その元凶である、武骨な巨体は、徐々にミクへと迫っている。

 ――ミクは、自分の手にあるネギを見た。
 それを両手で振りかぶり、ミクはロボへ向かって走り出して。
 二歩目で、視界に空を映した。
 走り出したはずなのに、前からではなく後方から風を受ける。
 その予想外な事態に戸惑い、思わずネギを手放す。
 そうして直後、勢いよく、彼女は後頭部から地面に叩き付けられた。

「っひあ!!?」

 予想外の痛みに情けない声を上げつつ、倒れたままミクは自分の髪を見る。
 そこには、先程斬った瓦礫がのし掛かっていた。
 なるほど、これでは動けるはずがない。
 髪を掴まれているのと同じわけだから。

「まずっ…!」

 ほんのすぐ傍にロボの足が落ちたのを見て、初めて彼女は焦りを見せる。
 石に足を置いて踏ん張り、髪を引っ張るが動かない。
 ネギで瓦礫を斬ろうにも、転んだ拍子に手元を離れた。
 万策尽きるとはまさにこの事、ほんの少しの手すら無し。


 遂にロボの足は、ミクの頭上に持ち上げられ――、


    /


 刺すような冷気と水気を感じて、呻きまじりにハクは目を覚ます。
 するとその目の前には、横に90度回ったミリアムの顔が在った。

「……ぐっもーにん…」
「……えと、おはようございます…」

 頭の前後両方から鈍痛。
 しかも起きたてなせいで胡乱な頭で、ハクは少し考えた。

 どうも、体は横たわっているようだ。
 ミリアムさんに膝枕してもらってるようだ。
 それでもって吐き気とか頭痛とかがして、頭を冷やしてもらっている。


「……私、倒れてました?」
「……おぅいぇー…」

 ……何とも気の抜ける会話である。
 まるで外の狂騒などが夢か何かであるようだ。
 しかし、地響きで落ちた酒瓶は、それを夢ではないと知らしめる。
 当然、何も知らぬハクは驚いて体を起こし、


 ぱりん。


 震動で落ちてきた、飾り物の陶器を頭に受けて再びぶっ倒れた。
 弱音すら吐けないハクに意味はあるのか、いや、無い(酷)

「ミリアム、今の音、大丈夫!?」

 ハクの頭にでも乗せる予定だったのか。
 濡れタオル(穂音さんじゃない意味で)を手に持ち、メイコが現われた。
 が、ぱっと見ではさっきと全く代わらない状況。

 故に、メイコはハクが泡を吹いているのには気がついていなかった。

「うわ、陶器がこんな近くに…。
 ミリアムに当たらなくて良かったー…」

 ハクが体を起こしてくれたお陰ですね!
 不憫な娘やで、ほんまに…。
 そして、メイコは次に酒棚へと目線を映した。
 2割ほどを残し、全ての瓶が地面に叩きつけられている。
 零れた酒は混じり合い、およそ呑めたものではない。

「……うわ、大損害じゃない。
 カイトのやつ、私には残るように言ったくせに、一体何を手間取ってるんだか…」
「…うん。メイコ、ちゃん……かわいそ、なの…です……」
「……ちょっと待って?何か、今の文脈おかしくなかった?」

 何か不吉な予感を抱き、ミリアムに聞くメイコ。
 その目を見つめ返し、ミリアムは慰めるような声音で言った。

「……あれ、全部…ね。…全部、メイコちゃんの…キープ、ボトル…」

 なの、と言い切ると同時に、再び震動。
 そして酒棚の瓶は全てが全て、砕け散り中身をぶちまけきった。
 ……気まずい沈黙に目を逸すミリアムに、メイコは一言尋ねた。

「……ミリアム、この前上げた掃除機、何処にあるか分かる?」

 ミリアムは、メイコの表情を見て思った。
 あぁ、何て壊れた笑い方だろうと。


   /


 巨人に打たれた打楽器のように、地面が低音を響かせる。
 放射状にひび割れたコンクリート。
 樹液を路上に垂らしている、ぐちゃりと潰れた街路の緑。
 固い樹木がそうなのだから、人だったなら助からなかっただろう。
 その様子を見て、カイトは安堵したように息を吐いた。

「ミク、大丈夫?」

 そう言って、彼は傍らにへたりこんだ少女を見た。
 土汚れが少し服に付いている。
 カイトが岩を跳び蹴り退かし、勢い余って転んだからだ。
 本当に紙一重な所で、ミクは命拾いしたのである。
 ……死にかけた恐怖ゆえか、ミクの見開かれた瞳孔がゆっくりと彼の方を向く。

「カイト……兄さん?」

 潤みかけた瞳を隠すように、彼女はへなへなと俯いた。
 それを見てほっとしながら、カイトは自分の右足を隠した。
 準備運動無しで岩を蹴飛ばし、うっかり挫いてしまったらしい。
 自分のせいで、と思わせないようにする優しさからの行動。
 けれどロボの歩みで地面が揺れて、カイトは思わず足踏みをした。

「っ…」
「あ…。兄さん、足……!」

 電流のような痛覚を誤魔化せるはずもなく、呼吸の乱れで悟られた。
 耳が良いなぁと苦笑して、側にあった瓦礫に寄り掛かる。

「大丈夫、これぐらいならすぐに直るよ」
「……私の不注意のせいで」
「いや、それを言うなら僕があんな事をしなきゃ…」

 そう言った直後、俯いたミクから突然黒いオーラが湧き出始めた。
 視覚化された、蛇のように蠢く禍々しさ。
 んー、ぶっちゃけると殺気。
 それを感じて、カイトは慌てて行動した。

「……そ、その…。
 み、ミク、こんな時に言う事じゃないとは思うんだけど。
 昨日は、液体窒素に入れたネギを粉々にして……その、すいませんでした…っ!」

 それは何という、見事なまでのジャンピング土下座。
 コンクリートで、しかも足を痛めているのに土下座。
 三つ指ついて、額を地面に付ける完全な謝罪の土下座。
 あまりに見事過ぎて、もはや兄の威厳なんざ何処にもねえのである。

「……兄さんは、本当に卑怯ですね」
「……ごめんなさい」
「……こんな時に謝られたら、怒れるわけなんて無いじゃないですか」

 そう言って、ミクはカイトの頭をぺしっと叩いた。

「ぎゃっ」

 地面にくっつけてたから、砂利が少々痛い。
 それが原因なのか何なのか、少し涙目なのが情けない。
 全く、カイトは可愛いなぁ(←

「今ので許してあげます。
 兄さん、もうしないって約束してくれますか?」
「う、うん、はい、しますっ!!」

 ぱぁっ、と満面の笑みで喜ぶカイト。
 情けないにもほどがありますが、そこが良い。
 ……むしろ、それが(ry
 そんなカイトを見て苦笑し、恐怖が吹っ切れたミクはふと疑問を尋ねる。

「でも、何で兄さん、今みたいにすぐ謝らなかったんですか?」
「……あー、そのー…。
 ……い、今はそれよりもアレを止めるのが先だっ!」

 振り向いて、カイトはロボへと走り出す。
 今の会話の間にも歩んでいたロボは、すでにかなりの距離をカイトたちから取っていた。
 どうにも煙に巻かれた気がしてならなかったが、正論ではあったのでミクはカイトの後を追う。

「兄さん、こっちもロボを呼ぼう!
 ロボ出し権限は私持ってないし!」
「少し前にやったけど、来ないんだ。
 多分、魅せ用のアレが来ると思う!」
「アレ、まだ大気圏回ってたんですか!?」

 微妙に伏線じみた会話の途中で、ミクが突然立ち止まる。

「……ネギは!?」
「へ?」
「私のネギ、兄さん知りませんか!?」
「いや、全然…」

 振り返って、ミクは先程の場所へと目を向ける。
 そこに緑と白を見出し、そうしてミクは立ち尽くした。
 それが何かをカイトも理解したと同時に、二人の頭上を光線が走った。


   /


 突然の警告音と共に、ロボが異常に傾いた。
 コクピットが傾き、シートベルトにネルの体重が掛かった。
 肩や腹部だけで体が支えられる、、吊されたような奇妙な感覚。

「ひゃふゎい!!?」

 それに驚き変な声を出したが、まだネルは良い方だった。
 シートベルトをしていなかったボス格の男は、転がるようにモニターにぶつかり。
 彼の持っていた銃は手を離れて、ネルの隣の男へと当たって跳ねる。
 そして戻ってきた銃を背骨で受け止め、ボス格の男は苦悶した。

「ぐぁ…!! 何だ、一体何だ!?」

 怒りを露わにモニターを睨む。
 赤い文字の表示と共に、機体の状況が流れてきた。

『バラストパーツ損傷、重心修正中』
『機体後部に異常熱量、外部からの攻撃と推定。貫通しています』
「んなっ、何だとぉ!?」

 彼の驚愕も分からなくはない。
 攻撃を受けたはずなのに、本人は何の異常も感じ得なかったのだから。

「おい、カメラ回せ!後ろだ!」
「りょ、了解ですボス!」

 部下の男は。鼻頭を押さえながら操縦桿を握る。
 そうして向いたその先には小さな通り。
 その片隅にあるカフェテリアの前から――、


「 そ ぉ い ! !」


 突然、紅い閃光が発射された。
 細いその光は、的確にロボの腹部へと吸いこまれる。
 それをモニターで彼が目視した直後、新たな警告表示が出現。
 そこには、ロボの装甲が熔解した事実が映される。
 なるほど、衝撃を感じないわけだ。
 純粋な熱量の攻撃は、重量を伴わないのだから。

「まさか、れ、レーザーだとぉ!?」

 驚愕し混乱した彼は、しかし正確にそれを認識する。
 ――それと同様に。
 その光を放った彼女自身も、砲筒を構えたまま口笛を吹いた。


「試作機、って言ってたくせに性能良いわねぇ。
 流石はうちの技術班、ってとこかしら」


 彼女が構えていた物は――何故か、掃除機の形をしていた。
 銀色のボディに、閃光と同じ紅い塗装。
 既に生産終了済みの●芝製品に似たそれは、しかし単なる掃除機ではない。
 内部構造を改造された、掃除機としても扱えるレーザー砲。

 VC―90XP改。
 それが彼女の得物の名前である。

「……ミクがカイトを追う気持ちを、痛いほどに感じるわ。
 なるほど、これは許しようがないわね」

 呪詛じみた軽口を叩く彼女の瞳は、黒い怨念に満ちていた。
 恋人を殺されたかのように悲痛であり、かつ憤怒の情にも染まっている。
 そんな表情でロボを見据え、彼女は雄叫びを言い放つ。



「――私の酒返せ馬鹿野郎ぉぉぉぉおお!!!」


 ……ちょwwwwww


   /


 逃げようにも、鈍重な足では意味が無い。
 避けようにも、巨体が災いし避けきれない。
 馬鹿でも分かる残った策を、彼は選択することにした。

「ミサイル準備だ!!」
「ちょ……!?」

 ネルは当然、その意味に気付いて声を出した。
 その声を聞かず、ネルの頬に拳が飛んだ。

「っあっ!」

 突然の痛みに涙が出る。
 口の中が切れたのか、鉄の味がした。
 ひりひりと痛みを持続させる頬骨。
 けれどもこの男の前で泣き言を出すのが悔しくて、声を噛み殺して男を睨む。
 けれど、余裕の無い人間が脇見などするはずもない。
 存在価値すらないのかと、ネルは無力への悔しさと共に泣きかけた。

「っ……」
「ターゲット全部をアイツに定めろ!
 ロックオンミサイル発射だっ!!」

 爆音と共に火が吹き上がる。
 放たれたミサイルは、全て、


「体は葱で出来ている(――I am the bone of my leek.)」


 火の華を空中で、紅く散らした。

「なっ…!?」

 今のはレーザーによるものではない。
 では何が、とモニターが市街地を彷徨う。

「血潮は鋤で  心は土壌(――Steel is my body, and soil is my blood.)
 幾多の農場を越えて不敗(――I have created over a thousand greens.)
 ただ一度の不作もなく、ただ一度の余剰もなし(――Unaware of loss.Nor aware of gain)」


 呟く声と共に、明確な衝撃を以て緑の炎がロボの装甲から立ち上がる。
 ロボへと飛来したのは――ネギ。
 冗談ではなく、それはネギの形をした何かだった。
 先程の掃除機レーザー砲に、おそらくネギ状のミサイル。
 ふざけているとしか思えない形状は、しかし受ける側にとってはかなりの苦痛と化していた。
 敵の得物が、自分をまともに相手にしていないと感じ。
 事実そんな物で翻弄される己への苛立ちと相俟って目が血走る。

 この点で、この男はネルの我慢強さを見習うべきだった。
 意図的にではなくとも撹乱されているというのに、みすみす敵に隙を見せる。
 これを阿呆と言わずして、何をそう喩えればいいというのか。

「そこかぁッ!!」

 モニターが、ミサイルの発射地を見据えた。
 そこには、緑の髪の少女の姿。

「担い手はここに独り(――With stood pain to create vegetations.)
 葱の丘で土を耕す(――waiting for one's arrival)」

 エナメルの輝きを放つ、黒灰の服装。
 所々に配色された色と同じ、緑の長いツインテールは風に靡く。
 彼女は、ネギに乗っていた。
 否、それは、ネギの形をしたジェットエンジン。
 葱の分差した部分をノズルに喩え、緑色の火柱2本で迫る。
 手には、萎れた葱が一本。


 それは、このロボが踏み潰した、彼女の手中の代物だった。


 それを両手で構え持ち、彼女は一つの言葉を紡ぐ。

「ならば、我が生涯に 意味は不要ず(――I have no regrets.This is the only path)」

 瞬間、葱が、斬艦刀へと形を変えた。
 長さはおよそ10メートル。
 質量的にも刀身的にも、明らかに物理に反した逸物である。
 正常な状態ならば、間違いなく振るう事すら不可能だろう。
 だが、今の彼女は、ジェット機と同じ速度なのだ。
 ぶつかるだけで、被る被害は想像し得ない。
 そして、そんな速度の風圧を浴びながら平然と、固定具も無しに彼女は刀を構えているのだ。
 そんな化け物ならば、あれを振るえてもおかしくはない――。

「う、うわぁぁあああ!!!」

 その叫びはもはや、金切声に近かった。
 最後の足掻きとして、彼はロボの腕を彼女へと振るう。
 それを受けていたのなら、彼女は確かに墜ちただろう。
 しかし彼は、ツキの無い事にもう一人の敵を忘れていた。


 空を抉る、真紅の一筋。


 音より速いその一撃が、ロボの腕を『切断』する。
 連続的である以上、上下にずらせば光でさえも波打つものだ。
 削れるような音を立て、メイコの得物は役目を終えた。
 その代償は、確かに在った。
 ロボの胴体へと迫った緑は、声高々と、締めくくる。


「――この体は、無限の葱で出来ていたッ!!!

    (――My whole life has been“unlimited leek works”)」


 一閃と共に、音速の緑はロボとすれ違った。
 零れる刃、傾く体。
 当然、斬ったのと同じ衝撃が、彼女自身にも掛かったわけで。
 衝撃で放り出されないだけ、まだマシだ。
 ロボの方は、しかし何も変わってはいなかった。
 装甲に、目に見える傷は無く。
 センサーにも得てして異常は無い。

「……っ、ははっ!な、何にもねーじゃねーか!!」

 炎天下で日曝しになったかのような、汗の滝を作るボス格。
 犬のように舌を出し、突き出そうなほど瞼を見開いている。
 発狂寸前のその姿は、もはや滑稽ですらあった。

「よくも、俺のロボをこんなにしてくれやがって……。
 今の二人とも、生かして帰るか……ッ!」

 形容しがたい、不快な笑いを喉で鳴らす。
 そうして彼は、抱き付くようにレバーを握り、ロボがずり落ちる音を聞いた。

「うわぁ……」

 それは、呆然と事の成り行きを見ていたカイトの一言である。
 まるで滑り落ちるかのように、ロボの上半身が地に墜ちた。
 その影響で建物が幾つか潰れたが、もう誰も居ないだろうから大丈夫だろう。
 ――何で兄さん、今みたいにすぐ謝らなかったんですか?
 脳裏を過ぎったその一言に、カイトは一人呟く。

「……ミクから葱関連の怒りを買ったら、こうなるからだよ…」

 そうして、下半身だけのロボがぽつんと残った。
 見事に、コクピットの天井は無くなっている。
 ……そう、天井だけが。
 他の配線や動力炉、モニターは、ものの見事に残っていた。

「………」

 当然、ボス格の男もである。
 放心したように空を見上げる男。
 目が逝きかけているのを見て、ネルは思わず同情しかけた。
 何と言うか、あんな目に遭ったのに人間が出来てるね、うん。

「……あ、あの」
「……ひひゃ、ヒヒャヒャヒャヒャヒャ!!」
「!?」

 キモッ!?と叫びたいのを堪えて、ネルは様子を見守った。
 ちなみに、隣に居た部下は口からエクトプラズマを放出中。

「ギャハ、ぐぇほごへっ、やってられっかぁひゃヒャヒャヒャ!!」

 完全に前後不覚な感じの彼は、何も考えず前にレバーを倒す。
 もはや倒れるのも気にせず、ロボは走る。
 このままだと町がまた、とネルが案じたと同時に。

 最後の震動と共に、ロボは倒れた。
 転んだ、というか足を踏まれた。
 シートベルトをしていなかったボス格はモニターに正面衝突。
 そして地面との衝撃で、体を大文字にして横たわる。
 ぴくぴくしてるから、とりあえず生きてるっぽい。

「……」

 放置を決め込み、ネルは体をよじって空を見た。
 真上には、雲に開いた巨大な孔。
 そして、ネルの乗っていたロボを踏んだ鋼の巨人。
 実は、前の方で伏線が張られていた
 それは、彼女の乗っていたロボとは比べ物にすらならないほど、勇壮だった。
 息を呑むとは、まさにこの事。
 彼女は思わず呟いた。

「…ガン……●ム?」

 いいえ、ケフィアです。
 ……エピ●ンとか言ったら、負けです。


 ……こうして概算被害額2億、死亡者重傷者0名という未曾有の騒動は幕を閉じた。


   /


 パトカーや消防車のサイレンが鳴り響く、黄昏の町。
 その真ん中で、警察に保護されたネルは佇む鋼の巨人を見つめていた。
 あれは、あのレーザーや緑の少女と関係があったのだろうか。
 そんな事を思う彼女の肩を、誰かが叩く。

「あ、はい、……!?」
「どうも、また会ったね♪」

 あの、緑の少女がそこに居た。
 その事実に驚愕して、ネルの頭は真っ白になる。
 そんな彼女に微笑みながら、緑の少女は腕を出す。

「はい、これ。もう、落としたりしちゃ駄目だよっ」

 それをネルに手渡して、緑の少女は巨人の方へと去って行った。
 ぽかんとしたまま彼女を見送り、ネルはそれから手にある物を見た。

「! これ…」

 それは、ネルの携帯だった。
 細かな傷や塗装の剥がれが紛れもない証拠である。
 しかし、これがネルの物であると、どうして彼女は知っていたのか。
 ……緑色の髪、超人的。
 そのキーワードが、彼女の脳裏で該当を出す。
 そして、『また会ったね♪』

「あっ…!」

 気付いて、ネルは彼女が去った方角を見る。
 直後、ガン●ムのように飛び立つそれを見送りながら、ネルは呟く。
 その声音には、知らず一つの感情が混じる。

「……正義の、味方?」

 憧憬を込めて見上げる空は、鮮やかな朱色で彩られていた。



     第一部…ごめん、第一話、了。


【後書き】

タイトル→「うろたんだー、地上へ立つ!」
本当に(ロボは)立っただけでした(爆笑)

卑怯分無いです、サーセンwww
無限の剣製とか、そぉいとかで許しては…もらえませんよねorz
個人的に、あくまで卑怯はギミックであって、
本筋は王道……的なイメージを持ってるので、卑怯分が欠如したのだと思います。
二話からは増し増しで行くつもりですよ!(`・ω・´)

……あ、劇中に一回もうろたんだー、って名詞が無い(爆)

 

【書いた人:春夏秋冬 巡(ひととせ・めぐり)】

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