【曲テーマ】みくるみくスターロード

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 (自ブログに転載)

 

 

 http://www.nicovideo.jp/watch/sm1448832 より


 文:tallyao

 

 

 

 電脳空間(サイバースペース)。精神が輝く光箭(シューティングスター)となって、論理の非空間(ノンスペース)の宇宙(スペース)を駆け巡る。ひとたびこの空間に没入(ジャック・イン)すれば、全感覚化された情報ネットワーク、衛星通信回線のクロームの光条に彩られた輝き燃える情報の星々の合間を、精神はひたすら、はてしなく廻り巡る。
 ……だけど、ぼくが日々ひたすら追い求めるのは、そういうひときわ輝く綺羅星じゃなく、その下、その光の生む影とオーロラの襞の狭間に、隠れたファイル。イースターの卵、最初にそれを見つけ出した者だけの初回特典(プリマ・プリミア)。データの林と街の合間の影、その片隅を、地下を、闇雲に宝をその中に探す、打ち捨てられた輝くガラクタ。なけなしの対価を惜しまなければすぐに表で手に入るような、整然とした正規のデータじゃなく、対価を払う必要のない──そして、実際のところ、対価を払う値打ちもないことが、ほとんどは手に入れてからわかる、雑多なデータの中から、ひたすら当てずっぽうに、拾い集めている。
 実のところ、今までそうやって、それほどすごいものが見つかったわけじゃない。情報を探すのが、一流のウィザードやらカウボーイ(註:いずれもハッカーの最高称号)ならともかく、電脳空間を探索する技術だって、ぼくの場合、たかが知れてるから。
 それでも、いつも何かをさがしている。何かが見つかるのを。もっと面白いもの、心ひかれるもの、きれいなもの? なんでもいい。でも、本気でそういうものが欲しいなら、むしろ陽のあたる表の道の、正規のものから見つかるんじゃないか? なにをやっきになって、片隅ばかりを探って歩こうとするんだろう。何かに突き動かされてでもいるように。自分でも、そう思うことがある。
 でもきっと、それはたぶん単に、ぼくがただのジャンキイだから。さまよい、探り、それに憧れること自体に、漬かり込んでしまっているから。
 電脳空間(サイバースペース)デッキの電極(トロード)バンドを額から外して、何もかも味気のない物理空間、埃と汗のこもった薄暗い自室にうずくまって、眠りについても。目をとじれば瞼の裏にちらつくのは、あの衛星軌道回線の、輝く星々の道。いつもいつも、夢の中で、廻り回り続けている。

 

 

 

 けれどもある日、それを見た。ありえないことに、企業連結体(ネクサス)のデータ構造物(コンストラクト)の鋭利なてっぺんに、それはじかに腰を掛けて。高解像度(ハイレゾ)なのに、どこか”漫画(マンガ)”じみてカリカチュアされたような、少女のその姿を見た。長い髪が、ありもしない微風に、両の翼みたいに、そのてっぺんでたなびいている。
 日々流れるメディアのどこかで見かける何か、あるいはその何かに似た姿。不自然な質感、きらきらと金属光沢の流れる服装に、バランスの欠けた体躯と髪。目新しいものじゃない、でも日常で目にすることは、決してありえないもの。
 その姿は、どういうわけか──まわりの風景ごと──全部が、色あせたみたいに真っ赤にくすんで、ひどくノイズが入っている。もとがそういう色とか、染まったとかいうよりも、ディスプレイモニタの素子の、赤以外の他の色が切れてるみたいに。
 見守る間に、その姿はぼやけて浮かび上がったかと思うと、不意に、ほとんど光と化して飛び去った。これもありえないことに、その消え去る姿は、ネオンの光条を伝う情報の光の流れよりも速く。

 

 

 

 その後も、彼女を何度も繰り返し見た。あるときは、似たような鋭利な先鋭情報のてっぺんに。あるときは、ひしめくデータの街角のはるかな先の曲がり角に。またあるときは、廃棄データの積み重なったジャンクヤードのかたすみに。どれも不意に、何の前触れもなく、現れるのを見かけた。
 ──そしてぼくは、見るたびに追いかけた。あれが、ひょっとするとあの少女が、ぼくがずっと探していたものかもしれない。そう思ったから。物陰のかたすみに輝く宝物、宝石、つかむべき輝きの星。情報の合間にかくれたファイルを、自分があんなにも探していたのは、この片隅で見つかる、まさにあの宝を、求めていたんだ。
 それからは、夢の中でも、ひたすらに廻り回るのは、星々の道の中に、そこを光条よりも早く進み駆け抜ける、赤い少女の姿。
 追いついて何をするとも、やっぱり目当てはなかったけれど、せめて、声をかけられるくらいまで近づこうと。だけど、情報の光よりも速く去る少女は、追えば追うほど、近づけば近づくほど、すりぬけてゆく、ぼくから離れてゆくその速度は、速くなってゆくばかり。どんなに追いかけても、いや、追いかけようとするほど、遠ざかるばかり。

 

 

 

「おまえさんが言ってたそれを、今まで見た奴もいないってことだし──あとでそのあたり一帯を、まあ、わりかし腕自慢のカウボーイ連中が、ざっとさらってみた限りでも、そういうのが居たって痕跡もない」
 安酒場──のような電脳空間内のコミュニティエリアで、BAMA(北米東岸)の黒人ウィザードは、ぼくにそう伝えてくれた。
「で、おまえさんが見たっていう姿の話だったら、極東の方で売り出してる『仮想(バーチャル)”あいどる”歌手』に、そんな概形(サーフィス)を持ってる奴がいるな」
 ウィザードはぼくに、ホログラムのサムネイルの写った、情報ハイパーカードを差し出してみせた。
 見せられたその姿の”あいどる”について、ぼくも聞いたことくらいなら、あと、実は少しネットのどこかで、見かけたこともあるような気がする。ボーカル・アーティストAIってことで、極東では1年弱ほど前から、ちょっとした話題になってるらしい。
 だけど、今の時代、有名どころのAIには、詩を書いたり、ジャンクアートの箱を作るAIだっているらしい。勿論ありふれちゃいないけど、すごくめずらしいものってわけじゃない。そして、その”あいどる”の映像音響業界での知名度や規模でいえば、BAMAに掃いて捨てるほどいる芸能業界人たちから見れば、そのはしくれに比べたって、とるにとらない存在でしかない。つまり、ぼくの目から見ても、たいして有名人でも、気にかかるスタァってわけでもないわけだ。そんな極東のちっぽけな”あいどる”の形のものが、なんでぼくの前、この辺りに、繰り返し現れる?
「まあ、それが誰の姿、誰かに似た姿としても、さ」黒人ウィザードは言った。「おまえさんの実際に見かけたような、その真っ赤だの、それが法人の鋭利にやすやすと腰掛けてるだのの姿では、誰もみかけたことがないし、おまえさんの言ったようにそうしじゅうあちこちに現れるなら、誰かカウボーイ連中の網にひっかからないでもないだろうが、見かけた奴はいない」
「ひょっとして、信じない……」
 ぼくは言った。別に、信じてもらう必要もないんだろうけど。この後も調べてもらえたとしても、どのみち、もうこれ以上わからないんだったら。
「なんでだい……信じない理由もないさ」ところが、ウィザードは言った。「物陰のかたすみの、”妖精”だろ、そりゃ」
 ぼくの言うことを信じているか、ますます疑わしいような語に聞こえた。
「実際、それの正体がさ、なんだって構やしない。その”あいどる”とやらか? そのAIのプログラムの一部がちぎれて逃げ出したり、流出したり、概形(サーフィス)の映像だけが何かに流用されたり。不正品だったり、増殖する新型のウィルス・プログラムだったり。どれだってありえる話さ。……あるいは、おまえさんの神経系が、自分の記憶のかたすみと、ささいな別のきっかけで作り出したイメージだって、実は妄想だって妄言だって、何だってかまやしないのさ。だが、それは何であれ、そこに居る」
 冗談だか本気だか、黒人ウィザードの軽い口調の奥、ミラーグラスの裏に隠れた瞳からは、わからない。
「ただ人の意識がある限り、昔から必ず”妖精”は生まれ出てきた、形が与えられてきた。意識と無意識の中間にいる、それにちょっとした無意識のあこがれとか、そういうものが何か加われば、それでもう、形になる。雑多なものの裏に、生み出されたこと自体も知られずに。……旧時代でいえば、古代の林の木の影、近代の街の片隅や家の陰、んで今ならマトリックスの、人間の伸び広がってからみあった神経系、拡散した意識と情報の影に、……どんな文化にだって、そういう片隅だけに、必ず生み出されるモノさ」
 ウィザードは口を笑みの形に曲げた。
「片隅にしか見つからないこと、とらえどころがないこと、それ自体が、本質ってわけだ。だから、妖精が”いる”こと、おまえさんにそれが見えたこと、それ以外何もわからなくったって──いや、わからないからこそ、それは信じるに足るってことなのさ」

 

 

 

 そして、さびれた電脳の街路のはるか彼方、見上げた先に、ふたたび彼女の姿を見た。
 ぼくが探していたもの、雑多な狭間の、片隅の情報を日々追い求め続けて──その雑多な片隅の、ぼくをひきよせる無意識の影そのものが、形になったもの。具現化したもの。その赤い少女は、まさにそれだった。
 けれどそれは、片隅の雑多さの影そのものは、どんな情報の光よりも速く、誰の手もすりぬけて逃れ──決してこの手につかむことができないもの、決してとらえどころがないものだったんだ。
 そこから見下ろす赤い少女と、見上げるぼくは、つかのま目をあわせていた。
 それが、光になって遠ざかる瞬間、微笑んで見えた。あの最も有名な画像の、”あいどる”の笑み。誰でも求めれば得ることができて、そして、決して誰にも独占することができない、微笑み。
 その姿が消える前に、ぼくは彼女に向けて飛んだ。とらえられなくても、何か確かなことをつかむことができなくても、それがわかっていても。雑多なもの、片隅の影にあるもの、その象徴の彼女を追い求める。それが、狭間で待ち受けるそれらこそが、ぼくに微笑むものだというなら。探し求め続けて、星々の道を進む。どこまでも。

 

 

 

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  • 文:tallyao

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