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僕が望華蕗中学に来てから2週間。僕はひとまずクラスメイトとも少しずつ打ち解けてこれたんだろうか。転入してきた日の亞北ネルさんの言葉どおり、転校生の僕に嫌がらせをしてくるような人間は今のところこの学校にはいないようだった。僕は休み時間もグラウンドで男女一緒にサッカーやバレーボールをやったり雨が降っても誰かが持ってきたトランプや百人一首かるたに興じたりしている。どこの中学でもあるような暖かい関係に思えるけど、転校生の僕が寂しくないように心配してくれているのだろうか。何かゲームを始めようとすれば真っ先に僕を誘いに来てくれたり、何のゲームをするのか決める時真っ先に僕の希望を聞きに来てくれる。僕は、それがただ寂しかった。人に声を掛けたりするのが苦手な性分もあるんだろうけど、やっぱりこの村はよその人間に気を許さなかった時代の名残があるのだろうか。僕は一本の太い絆が欲しかった。「…しまった」鞄の中を探り、机の引き出しを探り、そしてまた鞄の中を探り、僕は大きな溜息を吐いた。「提出期限は明後日とする」今日の理科の授業の最後地響きのような声色で担当の教師がドリルの提出を命じた。闇音アク先生。女性ながらこの学校でもかなり厳しい教師らしい。授業中喋る者、寝る者に遠慮なく雷を落とすし、宿題を忘れたクラスメイトが胸倉を掴まれている光景も目にした。指導方針が正しいのかどうかはともかく、意気地無しの僕は身の安全のためにも提出日の二日前の今日中に仕上げておこうと、今日の放課後も教室に残り科書を開けていたんだけど…机の中にドリルを入れたまま帰ってきてしまったらしい…。夕食の後テトさんに学校までドリルを取りに行くことをおずおずと切り出すと、外は寒いからと、熱いお茶に入れた肉まんを持たせてくれた。うう、優しい家主さん。僕はこんな気配りができる大人になりたいと思った。寒村望華蕗村。道を照らす電灯は少なく夜道ははっきり言って怖い。畑の脇に朽ち果てた案山子が折り重なるように捨てられているのを見たり、カラスの群れが突然けたたましく鳴きながら飛び立つのを見たり…。自分の上げた悲鳴に耳が痛くなるのを覚えつつ、僕は望華蕗中学の敷地に入る。石の階段を登り、僕はまず正門に向かう。もちろん厳重に施錠されているだろうが、インターフォンでガードマンの人を呼ぶつもりだった。朝登校の時にいつも校門の前で笑顔で立って僕を含む生徒たちに挨拶をしてくれる例のおじさんなら、きっと開けてくれる。それに教室の鍵がしまっているから取りに行きなさい、と職員室の鍵を先に渡してくれるだろうと思って…「…」鼻歌を口ずさみながら正門の前に辿りついた僕は驚いて声を漏らす。校門が開いていた。学校の安全性が叫ばれている今、夜中に開けっ放しというのは許されるのだろうか。その疑問も束の間。ガードマンさんは学校の中と外を見回っていて、行き来がしやすいように校門を開けたままにしているんだ。僕は自分自身に出任せを吹き込む。考えていても仕方ない。怖い夜道を往復する苦労とテトさんの愛情がいっぱい詰まった(と考えるのが礼儀だと思う)肉まんを思えば、開いたままの校門に構わず目的のドリルを持って帰らなければならないだろう。『サンニンメネ』え、今人の声が聞こえなかったかな。周囲を見回すが、人影はない。心臓の鼓動が速くなるのを感じながら、僕は校門の中に足を踏み出した。夜の道も怖いが、夜の学校はある意味それ以上に怖い。静まりかえった廊下にこつこつという靴の音(上履きだが)が響く。いつの時代にか卒業記念として制作されただろう人の顔の並んだ木のレリーフに月の光が当たり浮かび上がる様子。作った方々には失礼だが、闇の中では不気味というほか感想が見つからない。なにより今、僕は無断で夜の学校に入っている。いくら僕たち生徒に普段優しいガードマンさんとはいっても夜中の不法侵入者を構内に見かけたら血相を変えて飛んでくるに違いない。「なんなんだよ…」廊下を歩きながらガードマンさんに誰何されたときどう釈明するか考えているうちに僕はある事実に気が付いた。一般の教室も授業に使う教室も、施錠されていない。いや、教室の扉が開け放たれている。偶然にしては多すぎる程に。…それに、校門をくぐってからこうも気付いた。いくら注意深く周りを見渡しても、ガードマンばかりか校内に自分以外の人影そのものが見あたらない。「っ…!!」僕は自分の教室に急ぐ。どうせどこの扉も開いたままだったら職員室に鍵を取りに行く必要もないだろう。冷や汗がこめかみを伝う。一刻も早く用を済ませて重音家に帰りたかった。いささか乱暴に教室の扉を開け、一直線に自分の机に向かい、引き出しを探る。目当ての物…理科のドリルはすぐに見つかった。念のため、氏名の欄に鏡音レンと書いているのを確認してふぅと息を吐きつつ僕は鞄にドリルをしまう。そして足早に教室の出口に向かい、下駄箱の方へ通じる中央階段の方へ歩を進めようとして…その時だった。僕が立つ自分の教室よりひとつ上のフロア…西側の最上階からか細く物悲しい声が耳に届いてきたのは…『オイデ』『オイデ』『オイデ』TO BE CONTINUED
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