【-St.Sera's Temple-】

名も無き者達の朽ち果てた石碑

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吟遊詩人に歌い継がれる事も歴史に刻まれる事も無い、忘れ去られた物語。


【ランディー (Randy)】①  [人物/Two-Swords-Asassin]


「昔の事?そんな事覚えちゃいないねぇ」
女は吐き捨てるように、そう呟いた。

白銀に輝く髪・均整の取れた体躯・少女から大人の女へと、可愛さから色気を帯びつつあったその顔立ち。その姿を見て、誰もが息を飲んだ。
しかし、その羨望の眼差しはすぐに一変する事になる。

その体躯を包むのは、機能的にも極限まで無駄を省き、また闇に溶け込みそうな暗い色の装束。手に携えるは、殺傷能力を追求して完成された武器・カタール。しかも、的確に急所を突けるようになるという不思議な力を帯びた、「ソルジャースケルトンカード」と呼ばれる魔力の札を挿して、まさに一撃必殺の凶器に仕立て上げていた。
そして、その身を包むのは、純然たる殺気。見る者はすべて、羨望から恐怖に慄くようになるのだった。

物心つく頃から天涯孤独。両親の顔も、家族の温かさも知らず、愛する事も愛される事も知らない。表面的には栄華を誇っていたミッドガルドの、その陰の中でその日その日を生き抜いていた。希望も何も無く、ただその日を生きていられた事だけに感謝するだけの、呪われた日々。

ランディーという名前は男名である。少女は身を男子にやつし、男名を名乗る事で、人身売買商人の目を眩ましていた。身寄りのない少女が捕らわれて、どのような末路を辿るかは、想像に難くないだろう。

そんな絶望の中で、少女は力を渇望した。力こそが、この呪われた自分を解放してくれる。そう信じて・・・。彼女は暗殺者になった。

暗殺者としての日々は、自分を解放してくれるはずも無かった。浴びる返り血が彼女の精神を蝕む。敵の息の根を止める時の断末魔が、彼女の心に狂気を生んだ。

呪われた日々に終止符を打つのは、自分の人生の終焉しかない。何時しか死に場所を求めるようになっていた。とある任務に失敗し、深手を負った彼女は、ひたすらに逃げた。いざ死に直面したとき、かつての生き抜こうという心理が働いたのかどうか定かではない。

「多くの命を奪った報いか・・・。」

自嘲的な呟きを残し、もはや自分の意志で動く事すらままならなくなった体をその場に横たえた。呪われた自分の終焉に相応しい、孤独で、静かな瞬間だった。
その時、薄れ行く視界の先に人影を見た。その影は、真っ直ぐに自分の方に近づいてきた・・・。



【ランディー (Randy)】②  [人物/Two-Swords-Asassin]


私は夢を見ていた。それは、いつもいつも同じ夢。そして、いつもいつも同じ悪夢・・・。

どす黒いぬかるみの中にたたずむ自分。だがしかし、そのぬかるみから漂う匂い・・・血の匂いだった。幾度となく、その身に浴びた血の匂い。しかもその血の海は、ランディーを拘束するかのように纏わり付いた。重く、そして冷たい血の海だった。
突然、その血の海が隆起した。ある塊は手の形を成し、ある塊は人間の顔を具現化した。その顔は・・・すべて自分が屠った者達だった。しかも一様に、絶命する直前、断末魔をあげる時の、苦痛に歪んだ顔だった。
「や・・やめろぉおおおお!!」
無数の手が、ランディーを血の海に引き倒す。手は数を増し、血の海でもがくランディーに襲い掛かった。

形容しがたい鈍い音が4回響いた。その音のがする度に、両椀・両肢が胴体から離れた・・・というよりも引きちぎられていた。
「・・・・・!!!」
もはやショックで声を出せなくなっていた喉元にも、その血塗られた手がかかり、そして・・・

「うわぁぁああ!!」

叫びとも悲鳴ともつかない声を出して、ランディーは目覚めた。
「またか・・・。相変わらず、吐き気のする夢だ。」
そういって、自分の手足を見、首をさする。無事なようだ。
いつもいつも同じ悪夢。暗殺者になったときに鍛錬した、恐怖心のコントロールがなければ、もうすでに自我の崩壊に至っていたはずだ。自分に巣食う狂気が、確実に精神を蝕んでいるのを実感する瞬間だった。そして、今の自分にはそれを止める手段が無いという事も・・・。

脂汗にまみれて、身体にへばり付いていた下着を脱ぎ捨てる。とりあえず、今の自分の状況を確認してみる事にした。
自分の記憶が確かならば、任務に失敗して、逃げ彷徨い力尽きたはずだ。それが今ベッドの上にいる。どこかの宿の一室らしいが・・・。
「ぐぅっ」
唐突に体に痛みが走る。体を確認すると、あちこち負傷していた。だが、重傷であったろうその傷は、適切な処置を施されていた。この分なら、傷が残る事もなさそうだ。幸いにも、何とか動く事はできそうだ。
重い体を起こすと、部屋にある窓の傍に立って外を眺めた。
「首都プロンテラ・・・」
目の前に広がるのは、久方ぶりに見るプロンテラの街並みだった。

宿の主から、自分がもう一週間近くも眠りつづけていた事を知らされた。主に宿代を渡そうとしたが、すでに貰っているとの事だった。そして主は、私の宿代を立て替えた酔狂な人物を呼んできた。その人物を見るや、私の記憶が途絶える前に見た、人物の影と一致したのだった。
「何だ貴様か・・・。」
「何だとは挨拶だな。せっかく助けてやったというのに。」
「助けてくれと言った覚えはないがな。」
目の前の人物に、私は悪態をついてやった。まぁそいつも、はいはいといった感じで受け流していた。

聖職者と呼ばれるものに、神に祈祷する事で奇跡の力を行使するプリ―ストと呼ばれるものと、肉体を極限まで鍛え上げ、悪しき者を祓うモンクと呼ばれるものがある。その人物は後者の方で、逆立てた髪が印象深い男だった。
ひょんな事で妙な縁が出来た。暗殺者と縁が出来るところをみると、そいつも聖職者とは怪しいものだと思うが。
「偶然通りかかったんだが。まぁ、助けるつもりなんて無かったんだがなぁ・・・。」
にやにやしながら私にそう言い放った。そして、こう続けた。
「うわ言のように、死にたくないって言ってたからな。まぁ、気まぐれだ。」
前言撤回。こいつは聖職者の欠片も無いな。とんだ破戒僧だ。
「礼はいわんぞ。」
礼の一つでも言ってやろうと思ったが、止めた。

とりあえず宿を払って、久方ぶりに首都の街並みに歩を進めた。表向きには活気に溢れているが、その裏にはどす黒い影がある事を私は知っている。皆いい気なものだ・・・。
街の郊外まで来ると、人もまばらになってきた。頃合を見計らって、その逆毛のモンクに質問を投げかけてみた。
「で、何で私を助けたんだ?」
そう言うと、モンクはやれやれといった感じで
「だから、気まぐれだと言っただろうが・・・。でもまぁ、最近お前さんがどうも死に場所探してるような感じだったんでな。」
見抜かれている・・・。なんとも食えない奴だ。
「ただ犬死するよりは、いい場所紹介してやるよ。どうせ暫くは身を隠すつもりだったんだろ?なら都合がいいわ。」
そのモンクは、またにやにやしながら歩き出した。取り敢えず私もその後を付いて行った。奴の言う、いい場所という所に・・・。


【ランディー (Randy)】③  [人物/Two-Swords-Asassin]


石畳の上を歩く二人。モンクと暗殺者・・・なんとも奇妙な光景だが、誰も気にとめることはなかった。プロンテラとはそんな街だった。

ランディーは、モンクが言ったある事に思いを巡らせていた。
(うわ言のように、死にたくないって言ってたからな)

(死にたくない?私が?)
暗殺者になってから、例え命を落としても骸を野に晒す事を運命付けられ、ましてや自分が死に場所を求めているのというのに・・・。
(心の奥底では、生を望んでいるというのか・・・)
このまま自分の終焉を迎えれば、それで終わりだった。にもかかわらず、目の前のモンクに生かされたのだ。
やり場のない思いが胸に沸き起こる。これからどうすればいいか?その事だけを考えていた・・・。

「おい」
その言葉で、ハッと我に返る。知らないうちに街の中心付近まで戻っていたようだ。
「着いたぞ。ここだ。」
どうやら、奴の言う「いい場所」って事らしいが・・・。

その場所には、数多の人間が集まっていた。騎士やクルセイダーをはじめ、おおよそ全ての戦闘職が網羅されていた。その中には、自分と同じ暗殺者らしきものも居た。
同じ職種でも、王国直属の騎士団のように装備が統一されていなかった。ましてや、各々で歓談に勤しむ者、魔物狩りのパーティーを募る者と、統制なく皆自由に行動していた。
「自由騎士団か・・・」

王国は、最近の魔物の増加による治安の悪化を懸念していた。すでに直属の騎士団で対応できるような状況では無かった。そこで、国中の腕利きの戦士達に、魔物を退治したときの戦利品を代償に魔物狩りを推奨したのだった。だが、辺境の地の調査が進むにつれ、奥深いダンジョンに巣食う凶悪な魔物も確認された。戦士達はそんな魔物に対抗すべく、同志を募り、(ギルド)と呼ばれるコミュニティーを形成していた。自由騎士団もその一つで、騎士団とは名ばかりの傭兵の集まりであった。

「ここが今俺が厄介になってるギルドだ。」
この場所に幾つかある自由騎士団の中で、とある旗印を指差してモンクは言った。
「アルカナ騎士団・・・」
それが、私とアルカナ騎士団との出会いであった。

モンクは、こっちだといわんばかりに指をくぃっとさせると、私を騎士団の人間に引き合わせた。
私は絶句した。ここに所属している人間は、傭兵でありながら一角の武人ばかりであった。王国に仕えれば、皆中核をなすであろう実力を備えている者達だった。どうしてこんな所に居るのかとすら思った。
そんな中に抜きん出ている二人が居た。一人は常人では引き絞る事も難しいぐらいに強化した弓を携えた女性ハンター。華奢に見えるその腕は、強弓をいとも簡単に引き絞った。あれで何体の凶悪な魔物を撃ち落したか、想像も出来なかった。
もう一人は、若いが才気溢れる青年騎士だった。幾つもの戦場を駆け抜けたのだろう、歳に似つかわしくない精悍な顔をしていた。
ハンターは騎士団の副団長で、騎士はその補佐であるという。

唐突に、その2人が左右に下がった。うやうやしく2人が頭を下げるその間を縫って、その人物は現れた。
長く美しい金髪。印象付けるのは、頭に被った山羊の角を模したマジェスティック・ゴートと呼ばれる装備品。先の傑物2人をして尊敬の念を抱かせる魅力の持ち主。それを鼻にかけない屈託の無い笑顔をする不思議な人物だった。
彼女がこのアルカナ騎士団を束ねる団長である事は容易に判断できた。
「ようこそ、アルカナ騎士団に。歓迎します。」
満面の笑みを浮かべて、私を迎えてくれた。
「訳ありなんで、暫く置いてやって欲しいんですがね」
モンクが口添えする。
「うちの騎士団は、訳ありの人間多いのよねぇ・・・」
苦笑しながら団長は言う。なんかとんでもないところに来てしまったのかも知れない。私は少し後悔した。
「申し訳ないが、騎士団に所属するつもりはない。」
私はそう言った。いきなりといえばいきなりだし、今自分を支配する虚脱感を何とかするのが先決だ。とにかく一人で自分を見つめる時間が欲しかった・・・。
「それでは、取り敢えず客分としていてもらうのはいかがですか?」
せっかくの申し出を断る道理も無く、客分として、騎士団の末端に置いてもらうことにした。
「それでは、新しい客人を迎える宴をしましょう」
団長は嬉しそうだった。どうもこっちが目的では?と邪推してしまった・・・。
その夜、宴は何時終わることなく続いた・・・。団長の酒豪ぶりに閉口してしまったが・・・・。

こうして、私のアルカナ騎士団での生活が始まった。この先どうなる事やら・・・。


【ランディー (Randy)】④  [人物/Two-Swords-Asassin]


アルカナ騎士団に身を寄せて数日が経とうとしていた。王国からの依頼で魔物狩りに出たり、個別で任務をこなす以外は自由行動が許されていた。自由騎士団だけあって、最低限の規律を守りさえすればいいらしい。

私も客分とはいえ、一宿一飯の恩がある。何度か任務にも携わってもいた。他のギルド員も気のいい連中ばかりだったし・・・。

だが、もともと個人で活動するのを旨とする暗殺者である。そして、生き抜くためには他人を信じずただ己を信用する事を、過酷な幼少時代に悟っていた自分である。いつのまにか、騎士団の中でも孤立するようになっていた・・・。

プロンテラの街の南門を抜けると森がある。そこのとある木の上が私のお気に入りの場所。その上に腰を掛けては一人毎日空を眺めていた・・・。

「よぉ、ランディー」
いつものように木の上に居ると、不意に下から声がする。
「ああ、お前か・・・。」
見慣れた面だった。あいつもこのアルカナ騎士団ではそれなりの地位に居るらしく精力的に行動していた。普段じゃ考えられないといっては悪いかな・・・。
「また魔物狩りの人員を募ってるんだが、行かないか?」
私はまた空を眺めていた・・・。そして、
「そんな気分じゃないな。第一、騎士団の人間だけで事足りるだろ?」
投げやりな返事。今の私の心を支配する虚無がそういわせたのだろうか?目的を失った暗殺者なんてこんなものだろうか・・・?
「そうか・・・わかった」
モンクは肩をすくめると、プロンテラの街の方に帰っていった。
(すまん・・・)
あいつなりに心配してくれてるのは痛いほど分かった。だが、今の自分には心の中で謝ることしか出来なかった・・・。

過ぎていく日々。満たされる事の無い心の虚無。今は平静であるが、侵食は止まる事の無い狂気。毎日が綱渡りだった。綱から落ちることは、自我の崩壊に等しい事は十分分かっていた。空でも眺めていたら少しは和らぐかと思っていた自分が愚かだったか・・・。それを知らずか、空は澄み渡る青空だった・・・。

ある日、自由騎士団の待機場所、通称「溜まり場」にふらりとやってきた。特に目的があるわけでもなく・・・。
人の数がまばらだった。どうやら騎士団合同で魔物狩りにでも行ってるのだろうか・・・。
「・・・・・・?」
溜まり場の一角に、異質の気配を感じた。私はそちらに目をやった。

そこには、見ただけでかなりの年代を感じさせる書物・・・古文書みたいなものだろうか?そして、羊皮紙の巻物、スクロールが幾つも積まれていた。そして、その書物の山の中に、熱心に書物に目を通す人物が居た。

淑女を具現化したような容姿と端正な顔立ち。服装からしてウイザードであろうか?だが、私と同じような銀髪から覗かせる、小刀のように尖った長い耳が非常に特徴的で神秘的な人物だった。いや、人間とは違うのかもしれない・・・。

「あら、こんにちは」
その魔道士は、読んでいた書物から顔を上げて、軽く会釈した。
(ウソだろ?気配を消していたはずなのに・・・)
暗殺者の性だろうか、常に気配を消しているのだが、この人物はいともたやすく私の存在を確認したようだ。そして、彼女と目を合わせた瞬間、
(何てことだ・・・私が恐怖してる?)
背筋に冷たいものを感じていた。先ほどから感じていた異質の気配が、急激に増大したからだ。もはやそれはプレッシャーとなって私を締め付けるような錯覚さえ覚えた。
(まいったな・・・ここには魔女もいるのか・・・)
魔女・・・華奢な身体に秘めた絶大な魔力、それが私の恐怖の原因かもしれない。そう思った。

「こ・・・こんにちは」
私は素っ頓狂な声を上げてしまった。完全にペースを崩されてしまった。
「貴方がランディーさんですね?」
手にもっていた本を閉じて山に戻しながら彼女は続けた。
「アルカナ騎士団の居心地は如何かしら?」
「あ、ああ。団長以下皆いい人たちばかりで。とても居心地いいですよ」
銀髪の淑女は、スクロールの紐を解きながらにこやかに話した。だが、その目はなんと言うか・・・私の心の中を見透かすような感じがした。
「その・・なんだか一人で居る事が多いから、遠慮でもなさっているのではないかと思ったのですけど・・・。」
「いえ・・・そんな事は・・・無いですけど・・。」
会話の主導権は、完全に向こうに行ってしまっている。複雑な心境だった。
「ここは家みたいなもの。遠慮する事はないのですよ。」
「家、ですか?」
「そう、家。この騎士団には過去に色々ある者が多いのですが、団長はそれを気にすることも無く皆を受け入れてくれました。団員は仲間であり、家族のようなものなのですから・・・。」
紐を解いたスクロールを広げながら、彼女はこう言った。
「もうここは、貴方の家なのですよ。」

家・・・家族・・・。天涯孤独な自分にとって縁の無かったもの。そして、いつも飢え求めていたものだったのかもしれない。
そして、彼女の言霊は私の心から失われていた、とある感情を呼び覚ましたのだった。
「こ・・・これは・・・涙?」
頬を伝う熱いもの。それは止め処なく溢れた。突然の事に私は困惑した。
「し、失礼します」
涙を見せないように顔を伏せながら、逃げるようにしてその場を離れた。

涙なんて、当の昔に枯れ果てたと思っていた。その日、ランディーは泣いた。乾ききった心を潤すかのように。ずっと、ずっと・・・。

そして、やっと見つけることが出来た家に、静かに、そして確実に危機がせまっていた・・・。


【ランディー (Randy)】⑤  [人物/Two-Swords-Asassin]


以前、首都を賑わせたとある事件があった。
「王国要人暗殺未遂事件」

彼の者は、王国貴族の中でも人望が抜きん出ていて、更に政治や統治の手腕に優れ、いずれ王国の重要な職位に就くことを誰もが疑いようの無い人物であった。
当然ながら、同じ貴族の間でも彼の者を羨望の眼差しで見る者もいるが、疎ましく思う者もいた。
そういった腐った根性の貴族連中は、自分の領民から搾取した金をばら撒いて、自分の目の上のタンコブになる者を醜聞(スキャンダル)で失脚させたりした。
もっと直接的な方法として、「暗殺」もよく用いられているようだ。

暗殺者ギルドは裏世界の色が濃いため、王国非認可のギルドも多数存在していた。前述の腐った貴族の中には、自分がギルドのパトロンになっている、いわゆるお抱えギルドも存在していた。

暗殺者には正義も何も無い。例え相手が聖人君主であろうと、任務であれば躊躇なく消す。言うなれば、任務に忠実である事が、暗殺者の正義なのかも知れない。
ランディーは、そんなギルドの一員であった。そして、彼女に任務が言い渡された。彼の者の暗殺である。
当然相手は王国でも名の知れた人物だったので、その人となりは十分知っていた。
(いつかはと思っていたが、やはり来たか・・・。宮廷内の腐敗もここまで来たのかねぇ・・・)
貴族間の権力争いにうんざりするかのようにため息をついて、
(しかし、任務は任務だからな・・・)
ランディーの顔は、いつもの暗殺者の顔に戻っていた。

任務は2人で行動した。実質的任務は私が受け持ち、もう一人はその補佐と、お目付け役といったところか。あくまで暗殺するターゲットは一人だけである。無用な殺しはせず、薬物で護衛を無力化して、闇夜に乗じてターゲットの邸宅に侵入した。

彼の者は就寝していたが、武人としても一角の人物であったので、すぐに異変を察知したようだ。傍に置いてあった剣を片手に応戦してきた。
とはいえ、寝起きの相手に暗殺者が遅れを取る事もなし。すぐに剣を叩き落すと、床に突き倒した。
「おとなしくして頂きたい」
ランディーは、相手に剣先を突きつけて言った。闇夜であったはずが何時の間にか少し月が顔を覗かせていた様だ。月の光が、剣を妖しく光らせていた。
「貴方に恨みは無いが、任務の為、お命頂戴致します。お覚悟を・・・」
突きつけた剣先が振り上げられる。相手も潔く、抵抗する素振りも見せず、月夜に照らされたランディーの顔をじっと見据えて言った。
「私がここで倒れようとも、私の遺志を継ぐものはいる。任務とはいえ、無駄な事だ。」
剣先は最高点に到達した。そこから振り下ろそうとした、その刹那だった。

「父様、どうされました?」

不意の声に手が止まる。その声の先には・・・
「しまった、奴の娘に気づかれたか」
ベッドの上で眼を擦る娘の姿があった。その傍には、妻の姿もあった。
「まずいランディー!作戦変更だ」
もう一人のアサシンが傍で耳打ちする。このようなケースは、ランディーにとっては初めての事だった。

「我らの存在を知られるわけにはいかない。皆殺しだ・・・」
「・・・・!!」
一瞬の油断が生じた。彼の者は床の上から身を翻した。
「ちぃっ!!」
不覚。相手に態勢を立て直す機会を与えてしまった。

だが、彼の者は、さっき床に叩き落された剣を拾う事をしなかった。ベッドの上で呆然とする娘と妻を庇うように抱きしめ、叫んだ。
「私の命が目的なら、妻と娘は見逃してくれ!頼む!!」
自らの保身を捨て、妻子の助命を願うその姿に、ランディーは困惑した。
「何をしている!早くやれっ!!」
もう一人のアサシンが叫ぶ。だが、いつまでたっても剣先が振り下ろされる事は無かった。
「くそっ!この期に及んで躊躇するとは使えない奴だ!!」
そのアサシンは短剣を抜くと、ランディーの背後からベッドの上の3人に躍りかかろうとした。

「ぐぅ・・・な、なぜだぁ・・・」
鈍い呻き声を残したのは、飛び掛ろうとしたアサシンの方であった。その首元には、先ほどランディーが振りかざそうとした短剣が深々と突き刺さっていた。
「う・・・裏切り・・者・・・」
アサシンはそのまま絶命した。目の前の3人も、予想外の光景にただ呆然としていた。
ランディーは天を仰ぐと、その場を飛ぶように去っていった・・・。

逃走を続けるランディーの背後に、数人の気配が現れた。追手が差し向けられたのだ。
「目付け役は一人じゃなかったか・・・用意周到な事だ」
ランディーはこの時理解した。この任務の後、自分が始末される段取りであったことを。暗殺の首謀者という罪を被せる為に・・・。
「所詮は使い捨て、か・・・」
次第に広がる、絶望的な戦力差。増える気配を数えながら、両手の短剣を握り締めた。


これが、先に話したランディーの任務失敗の始終である。この後、モンクに救われ九死に一生を得るわけであるが、はたして、ギルドの追手はあきらめたのだろうか?

否、奴らはそんなに甘くは無かった。アルカナの一員として行動している最中でも、監視されているような気配を感じていたからである。
その数は、次第に増えていった。そして、ある日を境にそれがぱったりと消えた。
(そろそろ・・・来るのかねぇ)
ランディーの想像が確信に変わるのに、それほど時間を要する事は無かった・・・。


【ランディー (Randy)】⑥  [人物/Two-Swords-Asassin]


「おねえさん、おねえさん」

溜まり場近辺で屯しているランディーを呼び止める声。しかしそれは幼くて可愛らしい声であった。こう言う職業柄、呼び止められるのはロクでも無い相手の場合が殆どなのでめずらしかった。
その声の主は、街の花売りの少女であった。ランディーは少女の傍まで寄ると、少女の目線の位置までしゃがみ込んだ。
「どうしたの?」
ランディーの問いかけに、少女はおずおずと手紙を差し出した。
「これ、おねえさんに渡してって頼まれたの」

ランディーは、少女から手紙を受け取り、封を解いて手紙を読んだ。だが、すぐ手紙を懐に収めてしまった。
「お使いありがとうね。お礼に花を一本頂けるかな?」

少女は、売り物の花束から選りすぐった花一輪をランディーに手渡した。懐から皮袋を取り出すと、中から金貨を数枚掴み取り、少女の手に握らせた。
「こんなにたくさん貰っちゃ、売り物の花全部売ってもお釣りがきちゃうよ」
あまりの大金に困惑している少女にランディーは、
「余りはお駄賃ね。美味しいお菓子でも買うといいよ」
思いがけない申し出に、嬉々として帰っていく少女を手を振って送り出すランディー。少女が街の雑踏に消えるのを見送ると、指先で先ほどの花一輪をくるくると回しながら、溜まり場へと歩き出した。
しかし、その顔には先ほどのような笑顔は既に失せてしまっていた。

手紙には、ただ一文のみ記されていた。
「裏切り者に、死の制裁を」

溜まり場は閑散としていた。アルカナ騎士団も、団長・副団長の姿はなかった。
だが、珍しい光景があった。美女と野獣、ならぬ魔女とモンクの姿がそこにあった。何故にこの2人が揃っているのか?という疑問はあったが、取りあえず、
「こんにちは。お2人さん」
努めて平静を装った挨拶を交わす。魔女・・・銀髪の女魔道士はスクロールではなく、カードの束を手に持っていた。ジプシー達に伝わると言う、タロットカードであった。
彼女は慣れた手つきで巧みにカードを捌き、法則でもあるのであろう、それを一枚一枚並べていく。
「まぁ、戯れに占いをしているのです。本職に比べるべくもありませんけれども・・・」
苦笑をしながら、また一枚とカードを並べていく。
「戯れとはいえ、貴方の占いは恐ろしく的中するではないですか」
モンクが横から口を添える。誉められたのが嬉しかったのか、彼女は笑みを浮かべた。
「アルカナ騎士団も、このカードと同じ・・・」
彼女はカードを手に取りながら続けた。
「人は皆、このカードの様に一人一人違う運命を背負っているのです。それが重なり合い、一つの大きなうねりとなるのです・・・」
手にもっているカードの束も少なくなってきている。一枚一枚、ゆっくりと並べていく。
「ランディーさん」
「あ、はい」
急に自分の名を呼ばれ、困惑してしまった。どうもこの人と話すと自分の奥底まで見透かされているような気がしてならなかった。
「貴方がここにいるのは偶然だとお思いでしょう?」
まただ・・・その全てを見透かすような目で見つめられた。だが何故だか嫌な気分にはならなかった。
「でも、運命が織り成す一つの大きなうねりの中で、貴方が今ここにいるのは必然だったのかも知れません。この並べられたカードの如く・・・」
何時の間にか、全てのカードが並べられていた。彼女は静かに瞳を閉じ、呪文のようなものを呟きながら、並べられたカードの上に手をかざしていく。自分の魔力をカードに注ぎ込むかのように・・・。

「私は長い間そのうねりを見守り、数多の運命と向き合ってきたのです・・・」

「貴方は一体・・・?」
ランディーの問いに、魔女はただ笑って答えるだけだった。占いの結果が見えたのであろう、慣れた手つきで並べられたカードを束に戻した。
「それでは、今度はランディーさんを見て差し上げましょう」
カードを手早くシャッフルし、先程とはまた違う配置でカードを並べていく。占いの作法も色々とあるみたいだ。
「いえ、私はこれから出かけてきますので」
「ん?また用事か?」
並べられていくカードに見入っていたモンクが声をかける。
「ああ、ちょっと野暮用。団長達に挨拶しとこうと思ってここに来ただけだから」
そう言うと、モンクは肩をすくめながら
「団長と副団長は連れ立って城に行ってるよ。この前の騒動で色々動いているらしいからな」
それを聞いて、自分の胸の中がざわめくのを感じた。その騒動の中心人物が自分であるのだから当然である。それを悟られないように、努めて冷静を保った。
「そうか・・・まぁ、行ってくるよ」
ランディーは踵を返すと、その場を離れていく。が、突然立ち止まり・・・
「一つだけ団長に伝えて欲しい・・・」
その後が続かない。暫くの沈黙。ランディーの背後で怪訝そうな顔をするモンク。そして、

「この用事が終わったら、正式に騎士団の末端にでも置いてもらいたいと・・・」

意を決するかのように、その言葉を吐き出した。モンクは少し唖然としていたが、
「何を言い出すのかと思ったら・・・そんな事は用事を済まして自分で言え」
無愛想な返事。でも、ランディーの顔が少し緩んだ。
「そうだな。戻ってきたら自分で言うよ」
手をヒラヒラと振りながら、ランディーはその場を後にした。



「・・・なんだ一体?変な奴だ」
釈然としないモンクと、占いを続ける魔女だけがそこに残った。暫くして、全てのカードが並べられた。
「お、そういやあいつの事を見るって言ってましたが、何て出ました?どうせつまらない事でも出たんでしょう?」
茶化すように占いの結果を促すモンク。だが、並べたカードを見て、再び顔を上げた魔女の顔にはいつもの笑みは無く、緊迫の色が出ていた。
「急いでランディーさんの後を追ってください!私は団長達を呼び戻し、後を追います」
いつもと違う雰囲気に圧倒されつつ、
「分かりました。すぐ追います!」
モンクはその場を駆け出した。残された魔女は、囁くように短い呪文を唱えた。
「テレポート・・・」
その呪文を唱えるや否や、彼女の身体は一条の光に包まれ、その場から消えた。

そして、全てが動き出す。全てを知っているのは、その場に残された、並べられたタロットカードだけであった・・・。

【ランディー (Randy)】⑦  [人物/Two-Swords-Asassin]


プロンテラの街中を歩く、一人の女アサシン。
その無駄のない足取りと身のこなしが、常人が歩くスピードのそれを凌駕していた。そして、熟練された自らの気配を消す術が、誰に気をとめられる事もなく人ごみの合間を抜けていく事を可能にしていた。

魔女とモンクの元から離れ、一人歩くランディー。
行き先は決まっていた。おそらくそこであろう場所に、ただ一人歩いていた・・・。

そんな状況の彼女の中に、去来するものがあった。
その一つは、アルカナ騎士団の団長の姿であった。それは、騎士団に客分として招かれて少し経った頃の事だった・・・。

「騎士団の人間にとって、大事なものは何だと思います?」
団長からの唐突な質問。戸惑うランディーであったが、少し思案して、団長に言った。
「名誉ではないでしょうか・・・。名誉のために生き、そして死ぬ事が騎士の本分だと思いますが・・・。」
団長はその答えをニコニコしながら頷いて聞いていた。そして口を開いた。
「・・・確かに、名誉を得ることは大事な事かもしれません。死して得る名誉もあるし、死んで後もその名を語り継がれる事でしょう・・・。」
その下りを語った刹那、いつも笑みを絶やす事がなかった団長の顔に影が落ちるのを見た。そして遠くを見るように続けた。

「その名誉を得るために死んで、名前を残す者はいい。けれど、残された者はどうなるのかしらね・・・。」
いつもは見せないその顔を知って困惑するランディーを他所に、団長は語り始めた。

「私自身も、名誉を重んじる時期がありました。いずれこの騎士団が王国に認められるようになる為に、手柄を重ね、名誉を得ることが一番だと信じていた時期がありました・・・。」
振り返る団長。だが、その目には光るものが・・・涙?
「その名誉を得るために、多くの仲間達が傷つき倒れていったのを、数え切れないぐらい目の前で見てきたのです。」
吐き出すように語りつづける団長。その姿を見るだけで胸が締め付けられそうになっていた・・・。

「だから、今の私は団員にこう教えているのです。」
涙を拭い、また気丈に笑みを戻す。強い人だ・・・そうランディーは感じた。

「任務に失敗してもいい。逃げ帰ってもいい。ただ・・・必ず生きて帰って来る事をね。確かに、これは先ほどの名誉を得ることに対して全く正反対な事です。」
ゆっくりと、でも言い聞かせるように続けた。
「でもね、もうこれ以上、悲しみを背負いたくは無いのです。だから、無様でも何でもいい。無事に団員が帰ってきて来る事が、一番の私の望みなのですから・・・。」

団長はランディーの傍に近寄って、語りかけた。
「貴方は自分の命が無い物と思い、今までいたのでしょう?」
その問いに、無言でランディーは頷いた。
「でも、ここに居る以上は、命を粗末にして欲しくない。貴方が死んで、誰一人悲しまない訳ではないのだから・・・。」

「団長・・・。」
ふっ・・・と今の自分に戻る。
「団長、すみません。貴方の教えを、今回は守れそうにないです・・・。


そしてもう一人の姿が現れた。
一人の男の姿。その者はランディーと似た境遇で、ほぼ同じ頃にアサシンギルドに拾われて来た。任務も一緒にこなす事も多く、その所為か、ちょっとした信頼関係にも似たようなものも芽生えていた。

丁度、要人暗殺任務の前日にランディーの記憶が飛ぶ。

「・・・今回の任務は、大きなヤマみたいだねぇ」
ギルドの建物の小さな一室で、安いワインを傾けながらの話題。男が一気にワインを煽ると、すかさずランディーはグラスにワインを差し向けた。
「俺は今回は別働に当たる。直接サポートはできんが、お前さんならまず大丈夫だろう。」
ワインの瓶が空になったのだろうか、男は傍にあった新しいワイン瓶のコルクを抜く。空き瓶の量も結構な本数になっていた。
「別働隊がつくとはな・・・。物々しいことだな。」
ランディーはそう呟くと、男とは打って変わってゆっくりとグラスを空けた。そこにすかさず、開けたばかりのワインが注がれる。心地よい酔いが2人を包んでいた。

「そうだ、お前さんにいいものをやるよ」
男はふと、懐をまさぐりはじめた。
「まったく、大きなヤマがある前日だというのに、あんたは気楽だな。アサシンに向いてないんじゃないのかい?」
ランディーもそうとう酔いが回ったのか、意地悪な台詞を男に投げかけた。長い間組んでいたので感じていた事。冷静沈着であるが、どこか・・・優しすぎるところがあったのかも知れない。非情になりきれないアサシンは、いつかそれで身を滅ぼしかねない。それをランディーは心配していたのだった。

「かもしれないな・・・」
男は、まさぐっていた手を一度止めた。その顔には、先ほどまでのような陽気な雰囲気はなかった。でもすぐに懐を色々探し始めた。
「お、あったあった・・・。」
「なんだい、もったいぶってさ・・・。」
男は懐から探し当てたものを握り締め、ランディーの背後に回った。そして・・・

「お守り代わりだ。着けときな。」

男はランディーの首に鎖をかけた。丁度ランディーの胸元の谷間に、静かに光る宝石があった。
「なんでも幸運のお守りだそうだ・・・。由来は良く分からんが、面白そうなので買ってみたんだがな。」
「へぇ、けっこう趣味がいいじゃないの・・・。」
指先で宝石をなぞりながら、残ったワインを飲み干していく。酒が回ったのか嬉しかったのか、頬の赤みが少し増したようであった。
「俺としては、宝石よりもその谷間の中身を拝みたいものだがねぇ」
男は、酔いが回った目を緩ませながら、ランディーの胸元をじっと見つめる。

パァーーーン

男の何気ない一言が言い終わるや否や、男の頬にランディーの平手がクリーンヒットした。乾いた音が部屋に木霊した。
「悪酔いしてるようだったからねぇ。酔い醒めた?」
「ああ・・・・すまん。ばっちり醒めたよ。おぉ・・・痛てぇ」
男は真っ赤になった頬をさすりながら呟いた。相当効いてるみたいだ。まったく、こいつを一緒に居ると、アサシンであることを忘れてしまいそうになる・・・。

「さって、そろそろお開きにしようか。明日の任務もあるしねぇ」
席を立つランディーに、男がふと声を掛けた。
「なぁ、ランディーよ」
「ん?何?」
男の顔にはさっきまでの陽気さはなくなっていた。そして、意を決したように言い放った。
「この任務がおわったら、俺と・・・」
そこからが続かない。
「俺と、何?」
怪訝そうにするランディー。男の目が少し宙を舞っていたが、
「いや、なんでもない。それじゃあお休み。」
バツが悪かったのだろうか。男は空けたワインの空瓶とグラスを手早く手に持つ。ランディーは、燭台のロウソクを吹き消す。部屋に闇が戻る。
そして、各々の部屋に戻る時、男が再び口を開く。
「ランディー。お互い、明日も生きて戻ろうな・・・。」
「ああ、そうだな・・・。」
任務前の、2人だけの誓いを交わす。そうやってお互い生き延びてきたのだから。
こうして、任務前夜が更けていった・・・。


場面は任務直後に移る。暗闇の中を逃走するランディーがそこにいた。

追いすがる追っ手を切り伏せながら逃げつづける。だが、ランディー自身も無傷で済むはずがなかった。傷だらけの体は鉛のように重くなり、地面を蹴るたびに、体中に激痛が走る。朦朧としていた意識を、皮肉な事に激痛が鮮明にする。

そして目の前に現れた影一人。闇夜の合間から覗かせる月の光が、その影の正体をあらわにしていった・・・。

「あんたも追っ手だったのかい・・・。」

信じたくは無かったが、余りにも無慈悲な現実。目の前に居たのは、夕べお互いに生きて帰ろうと誓い合った相方の男。だが今、相方としてそこに居るのでは無いという事だけが事実・・・。

「ああ、お互い、皮肉な稼業だな・・・。」

ランディーに見せた、あの陽気な表情は無い。ただそこには、冷徹なアサシンの顔をした男だけが居た。

男の手にはカタールが握られていた。人間を殺傷する能力を高められた「裏切り者」。
(本気・・・なんだろうねぇ)
持っていた短剣を仕舞い、自分もカタールを抜く。一撃必殺の威力を秘めた「ダブルクリティカルカタール」。

お互いが、相手を殺す事に本気であると知る。少し前まで、一緒に任務をこなし、少なからずの信頼関係すらあったこの二人が、今、逃亡者と追撃者となっている。
何時の間に街中に居たのだろう・・・。追っ手も来る気配がない。この男が最後の追撃者・・・。そして、一番敵にしたくない相手だった。

痛いほどの沈黙の間。それを破ったのは、以外にもランディーの方であった。
「そういえば、昨日あんたが口走った言葉の続きに興味があるんだけどねぇ・・・」
乱れる息を必至で整えようとする。激痛によって鮮明になっていた意識も限界を迎えつつあった。
「ああ・・・」
男は静かに呟いた。
「この任務が終わった後、どうするつもりだったんだい・・・」
弱みを見せればそこで終わる。ランディーは強がるように言い放つ。
「・・・・・・。」
暫くの沈黙。そして男が口を開く。

「これから死んでいく相手に話す事じゃない・・・。誰かに殺されるぐらいなら、俺自身が引導を渡す。それが、お前の相方であった俺の、せめてもの手向けだ。」
男は裏切り者を構える。月夜に怪しく光る剣身が、満身創痍のランディーを照らす。

「なめられたものだな。そんなに簡単にやられはしないよ・・・」
ランディーもカタールを構える。お互いが殺気を身に纏う瞬間。
「上等・・・。来い、ランディー・・・。」
お互いに間合いを詰めていく。お互いが手の内と力量を知り尽くした者同士の戦い。辛い戦いになる。ましてやランディーの方が、歩が悪い。

「行くぞ・・・」

そう言うと同時に、互いに地面を蹴って相手に向かっていった・・・。


それからの記憶はあまり無い。再び今の自分に戻る。

無い記憶の中で、一つだけはっきり覚えていることがあった。
戦いの最中で、男に言い放ったその一言だけ。

「逃げおおせて見せるさ、『殺人者としてのアサシン』からな!」

その一言を聞いた男が、一瞬笑ったような気がした・・・。記憶はそこで途切れてしまっていた。

(こんな時に、あいつの事を思い出すとはな・・・。手負いにはしたが、無事に逃げ延びたのだろうか・・・。)
胸元の宝石を、ぎゅっと握る。思えば、このお守りが自分を守ってくれたのかもしれない。そう思わずにはいられなかった。

(けど・・・やっぱりこの呪われた運命から逃げられないんだねぇ・・・。これも、報いか・・・。)

ランディーは王宮を抜け、ヴァルキリーレルムを渡り、プロンテラ北の森林地帯に歩を進めていったのだった・・・。


■壁画を展望できる、物語の中心へ。

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