折口牧夫のフィールド・ノートその2「三野太郎」

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妖精ハンター 折口牧夫のフィールド・ノートその2「三野太郎」


恵栖二市で縄文時代の遺跡が発掘された。
遺跡からは人骨とともに牛の骨が見つかったのだが、骨には大きな破損があり、恐らくは生贄にされたものだろう。
しかし恵栖二市の主要産業のひとつは畜産業であり、市に影響力を持つ和田産業の圧力もあって、この人骨は
「恵栖二市では昔から人と家畜が共存していた」
というニュースに置き換えられてしまった。

「しかし経済的な理由で歴史が歪められてしまうのにも困ったものです……」
私のぼやきに、市の学者は意外な答えを返した。
「いえ、かならずしも経済的な理由ではなくて、もともと恵栖二市ではこの話題は禁忌のようなもので――」
そこまで言ってから、学者は続く言葉を濁した。
なんとか聞き出せたのは、もともと恵栖二市での畜産を扱っていたのは三野一族だったということだけだ。

私は三野一族について調べてみた。彼らは戦後没落し、いまでは子孫がほそぼそと暮らしているだけだった。そのうちの一軒を尋ねてみたところ、倉庫にしまってあった古文書を借りることができた。

古文書によると、三野一族は畜産を扱っていただけでなく、牛を神の供物に捧げていたらしい。
だがある年、捧げるのにふさわしい牛がいなかったために、三野家の娘が供物に捧げられたのだ。神は娘の命を奪うことはなく、
「ふさわしい褒美を与える」
という神託を与えた。
それから半年後、娘は牛の頭をもつ子供を出産した。この奇怪な赤子は神の使いとして大切に扱われ、「三野太郎」と呼ばれたという。三野太郎には神に代わって毎年牛や女が生贄として捧げられるようになった。

三野太郎の祭られていた屋敷の場所を調べると、そこには現在、和田産業の医療研究施設が建てられていた。

ニュースでは和田産業による「最先端の医療技術により、異なる動物同士での器官移植」について報道されていた。
しかし、それは本当に最先端の技術だったのだろうか?(完)
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