このページは数あるニコニコ歴史戦略ゲー動画の登場人物について、各動画内での列伝をまとめていくものとして用意しました。
主役級の活躍を見せた人物はもとより、名脇役、好敵手からネタ☆キャラまで幅広く紹介されるページになることを願います。
ここでは信長の野望・太閤立志伝の人物について扱います。

参考用リンク先(需要のありそうなものがあれば随時追加推奨)

武将別伝(戦国)
ア行
ア2
ハ行
カ行 マ行
サ行 ヤ行
タ行 ラ行
ナ行 ワ行
史実姫

西園寺実充 (さいおんじ さねみつ)

(1510~1565)伊予西園寺氏は公家の西園寺家から南北朝時代に分かれた一族。実充は黒瀬城に拠点を移し、家臣や影響下にあった国人領主をあわせて「西園寺十五将」と呼ばれる勢力を伊予南部に築いた。
「革新」では「渋い笑顔」とも「にやけ顔」とも言われる顔グラ。西園寺家は良将揃いで、四国弱小大名プレイが多い動画では登場の機会が多い。「実」を「リアル」と見立てて「リア充」と呼ばれることもある。

革新  統率 68 武勇 61 知略 71 政治 70 義理 64 弓B,計略B,水軍B,内政B
天道  統率 68 武勇 61 知略 71 政治 70 義理 64 足軽B

+ 一条家(→今川家プレイヤー勢力)途中加入。紙芝居登場、著しいキャラブレイクあり。おJAL。
一条家(→今川家プレイヤー勢力)途中加入。紙芝居登場、著しいキャラブレイクあり。おJAL。
紙芝居には11話前編に初登場。高性能だが能力制限にかからない実充はいろいろ活躍しているはずだが、紙芝居でのホモキャラが強烈で、ダメ方向の香りがする。最近は元家臣の土居清良にはつれなくあしらわれる。

+ 河野家(プレイヤー勢力)途中加入。
河野家(プレイヤー勢力)途中加入。
紙芝居には第六幕で登場。平岡房実の説得により河野家への合力を決意。口調は普通。

+ 長宗我部家(プレイヤー勢力)途中加入。
長宗我部家(プレイヤー勢力)途中加入。
おじゃる言葉の公家として登場。長宗我部家の計略を見抜くが戦力に乏しくあっけなく吸収されてしまう。
降伏後は便利な内政家として裏方に徹するが、気づけば家宝を下賜され、四国の留守番役という大役を任せられているもう一人の出来人。

+ 西園寺家(プレイヤー勢力)隠居。
主人公・西園寺世界の父。
第1話冒頭で世界に家督を譲った。おじゃる口調。

+ 西園寺家当主
西園寺家当主だったが、序盤の誰も気づいていないうちにチルノに家督を譲ってしまった。
第三章のログをよーく見ていると「氷帝チルノに家督を譲った」というメッセージがちゃんと見て取れる。
これはチルノの能力がオール99という、全てにおいて優れたものであったためと思われるが、
そのあまりにも早すぎる当主交代劇は神CPUの存在と共にチルノ補正の匂いをもうかがわせるものである。



斎藤龍興 (さいとう たつおき)

(1548~1573)美濃の戦国大名。義龍の子。素行が悪く重臣たちに愛想を尽かされ、斎藤家は滅亡する。暗君のイメージがあるが、三好家や越前朝倉家を頼って各地で信長との戦いに生涯を捧げた人物であり、その聡明さは三好にいた時に宣教師をうならせたとされる。漫画「センゴク」では謀略家としての龍興が登場する。
「革新」でのチュートリアル担当。

革新  統率 23 武勇 26 知略 14 政治 40 義理 29   
天道  統率 23 武勇 26 知略 14 政治 40 義理 29   
太閤5 統率 21 武力 29 智謀 17 政務 41 魅力 26   

+ 一条家(プレイヤー勢力)に途中参入。斎藤家の足枷。
一条家(プレイヤー勢力)に途中参入。
第三話で エロゲの主題歌 を歌いながら登場、父に勘当を通告された。第一話で次回「美濃の馬鹿息子、現る」と予告されていたがなかったことにされ、その後も加入を期待させながら先延ばしにされた。龍興マニアをやきもきさせた待望の加入は第十四話で達成された。一人称「僕」。

+ 斎藤家(プレイヤー勢力)大名。変態チュートリアル動画。
斎藤家(プレイヤー勢力)大名。変態チュートリアル動画。
竹中半兵衛に頭痛をもたらす、フリーダムなダメ殿。他人の話を聞いてはいると主張しているが、従うことはまずない。
実は彼のしている「ぶっ飛んだ行動」には全て理由があったのだが・・・

+ 紙芝居主役。「竹中半兵衛の憂鬱」続編、変態チャレンジモード。
紙芝居主役。「竹中半兵衛の憂鬱」続編、変態チャレンジモード。
「謎の軍師」に扮し、半兵衛とともに他国の戦略に介入。
「システム」と「史実ネタ」を掌握してしまったメタな存在・龍興を止められるのは、半兵衛にもムリ。

+ 主人公。
主人公。本動画は、国を滅ぼされた織田家の軍門に下ったところからが本編。
叔母上と珍道中を繰り広げ、憲法先生との武者修行に励む。

+ 主人公。
主人公。この動画では商人として天下を目指している。
己のできること、できないことを的確に判断しつつ
頼れる部下たちに支えられながら一歩一歩確実に歩みを進めている。
なぜか十河存保と仲が良く、しばしば城を訪れては茶席をしている。
第15話で、のれん分けによって独立。屋号は「星龍屋」。



斎藤道三 (さいとう どうさん)

(1494?~1556)美濃の戦国大名、信長の義父。一介の油売りから成り上がった下克上の代名詞のような人物として知られる。通称「美濃の蝮」。歴史学の研究によって見方が変わってきている。詳細はwikipedia参照。
「武将風雲録」で初登場。野望・知謀系の評価が高いが、義理が1しかない「ギリワン」の一人。

蒼天録 統率 76      知略 87 政治 87 義理 1,野心98
革新  統率 85 武勇 70 知略100 政治 95 義理 1 足軽S,鉄砲B,計略S,兵器B,築城A,内政A
天道  統率 85 武勇 79 知略100 政治 95 義理 1 足軽S,鉄砲B,兵器B

+ 斎藤姓になる以前の状態。長井規秀ですらなく西村正利と名乗る若き俊英
東方キャラ輝夜の正体に興味津津。今回の騒動の裏に潜んでいるものにも何かしらの心当たりがあるらしい。

+ 美濃国の大名、松永とは黒いもの同士繋がりを持っていた
美濃国の大名、松永とは黒いもの同士繋がりを持っていた。弾正からの手紙にしたがい、息子の義龍が謀反を起こす前に追放。国主としての地位を守りつづけている。
観音寺城をハイエナ狙いに登場した際には、視聴者から「さすがマムシ」との歓声が上がった。

関連動画――――



斎藤義龍 (さいとう よしたつ)

(1527~1561)美濃の戦国大名。道三の子で、父を討ち家督を奪取するが数年後に急死した。大柄な体格だったようで、影で六尺五寸殿と呼ばれたり、当時の小柄な馬に乗ると足が六本になる、などといわれた逸話がある。
「戦国群雄伝」から登場。元々有能だったが、近作では戦闘面で道三を上回るようになった。

革新  統率 91 武勇 93 知略 75 政治 60 義理 11 騎馬S,計略B,兵器B
天道  統率 91 武勇 93 知略 75 政治 60 義理 11 騎馬S,兵器B

+ 斎藤家当主→姉小路家(プレイヤー勢力)家臣。「戦はパワー」。
斎藤家当主→姉小路家(プレイヤー勢力)家臣。姉小路家の前に立ちふさがる強敵として登場。激戦ののち捕らえられたが、姉小路良頼の大器に触れて家臣となる。以後一線で活躍。
通称「ヒゲダルマ」

+ 斎藤家当主。「足枷がなくなった斎藤家」。
斎藤家当主。ダメ息子・斎藤龍興を勘当した。第三話の紙芝居では、戦国に向かない息子の運命を滅び行く斎藤家とともにさせない父親の愛のようだ。しかしこの動画ではCPUがレアな勢力の伸ばし方をしており、斎藤家が畿内一帯を席捲する一大強国になってしまった。タグでも「足枷がなくなった斎藤家」というネタが見られる。



佐久間盛政 (さくま もりまさ)

(1554~1583)柴田勝家の甥。電撃戦を得意とする猛将で、若くして織田家の北陸方面で活躍。その武勇から「鬼玄蕃」の異名をとった。賤ヶ岳の戦いでは先鋒として奮戦するが、前田利家の裏切りを受け敗北。戦後、信長・勝家への忠義から秀吉への帰順を拒み、処刑された。
一般的に猪武者のイメージがあるが、実際は敵の情報を察知した上で速攻を掛けるなど頭脳を駆使した面も多い。「天道」では知力が大幅強化、一線級の武将に評価が見直された。

革新  統率 73 武勇 90 知略 24 政治 18 義理 69 騎馬A,兵器B
天道  統率 73 武勇 90 知略 64 政治 18 義理 69 騎馬A,兵器B

+ 織田家(プレイヤー担当勢力)初期武将。
信長の危機に叔父・勝家と共に駆けつける。
勝家の死後、前田利家を討ち取るなど活躍し。「柱となる古参武将を増やしたい」と言の理由からうp主から家宝・官職で強化される。



佐竹義昭 (さたけ よしあき)

(1531~1565)佐竹家17代当主。佐竹義篤の長男。宇都宮家・上杉家と共闘して結城家を下し、小田氏治と戦う。常陸統一を押し進めたが、統一目前にして急死した。
あの義重の父親と言うことからか、作品を重ねるごとに知力が上昇している。

革新  統率 77 武勇 59 知略 74 政治 87 義理 63 足軽B,内政B   
天道  統率 77 武勇 59 知略 74 政治 87 義理 63 足軽B 足軽強化



佐竹義重 (さたけ よししげ)

(1547~1612)佐竹家18代当主。常陸金山の豊富な資金を駆使して強力な鉄砲隊を作り上げた。自ら陣で采配をふるい、一撃で七人の北条兵をぶった切るなどの活躍より「板東太郎」「鬼義重」の異名を持つ。
小田・白河氏を降して勢力を拡大し、北条氏政・伊達政宗という二大勢力を相手に戦い続けた。秀吉に従って常陸54万石の支配権を得、有力国人を謀殺して父の代からの悲願である常陸統一を達成した。

革新  統率 94 武勇 86 知略 88 政治 89 義理 75 足軽B,騎馬S,計略A,兵器A,築城B,内政A   
天道  統率 94 武勇 86 知略 88 政治 89 義理 75 足軽S,騎馬B,兵器A 鬼槍

ニコニコ大百科 『佐竹義重』

+ 古河公方家(プレイヤー担当勢力)中途参加。 ※純プレイ動画
古河公方家(プレイヤー担当勢力)中途参加。
一門衆となっており、晴氏の没後家督を譲ろうかという話も持ち上がった。

+ 佐竹家(プレイヤー担当勢力)隠居。 ※純プレイ動画
佐竹家(プレイヤー担当勢力)隠居。キャーオヤジー
寿命を越えて生きており、人外化、化け物化などと、うp主からさんざんな言われようをされている。
病を患い視聴者をハラハラさせたこともあったが、結局1628年の全国制覇(同盟ED)まで生き延びた。
次作「衰亡録」では、ゴジラ、ビオランテなどと共に岩出山より発生した怪物の一人、と梅津政景は書き残す。



佐竹義宣 (さたけ よしのぶ)

(1570~1633)佐竹家19代当主。小田原攻めの前に父から家督を譲り受ける。父に劣らぬ勇猛で知られた。
石田三成と親交があり「七将三成襲撃事件」の際には三成に「治部が死んでは生き甲斐が無くなる」と言い放ち家康に助命を嘆願、関ヶ原では西軍に味方した。父・義重が東軍寄りの行動をとったために辛うじて改易は免れ、戦後は出羽20万石に転封。財政難の羽後国を重臣と共に開拓し、近世秋田藩(久保田藩)の基礎を築いた。家康は「困った程の律儀者」と評したという。
古田織部の弟子であり、茶の湯なども嗜むという文化人的側面も持った、父とはまた違った名君。

革新  統率 86 武勇 84 知略 66 政治 80 義理 86 足軽B,騎馬B,鉄砲B,兵器B,築城B,内政A
天道  統率 82 武勇 71 知略 66 政治 86 義理 86 足軽A,鉄砲B,兵器B

 ゲスト。その9で登場。
 秋田転封後の「川井事件」を描いた名作漫画を紹介。

+ 佐竹家(プレイヤー担当勢力)当主。 ※純プレイ動画
佐竹家(プレイヤー担当勢力)当主。トノサマン
「太閤の恩」純プレイ動画。圧倒的な徳川に囲まれた関東地方でがんばっていたが、太田城を失ってしまう。
「関東地方で頑張ってみる」→「関東地方を取り返してみる」→「関東地方から羽ばたいてみる」と逆境からの飛躍を果たす。
次第に壊れていくうp主や「梅津日記」でも注目を浴びた。

+ 主人公。
岩出山の櫓が炉心融解し、怪物大量発生したことに対し責任をとわれ、父の義重によってカリブの小島へ島流しにされた。
家臣の渋江政光に酷いことを言ったり、地元海賊の統領と一緒にビール飲みオヤジに対してグチをぶちまけたりと色々自重しない。

+ 古田織部の茶飲み友達。
茶会に招かれ、古田織部が作った新作茶器に感激していた。
同作者の番外編、古田織部のひょうきん南国統治( 動画 )でも登場。織部に対し愛のある意見を述べていた。



佐々成政 (さっさ なりまさ)

(1536?~1588)織田家臣。織田軍の遊撃隊を率い北陸戦線で活躍した。治水や人心掌握に長け、彼の越中統治は評判が良かった。小牧・長久手の戦いでは徳川方に付くも、豊臣秀吉に富山城を包囲され降伏。
豊臣家の九州征伐後に肥後一国を与えられたが、そこで国人衆の一斉蜂起が発生し、鎮めきれず切腹を命じられた。
歴戦界隈では「さらさら越え」の故事から「 登山家 」の一人として知られる(異説あり)。「太閤立志伝V」では、豊臣秀吉プレイ時のライバルに設定されるため、イメージの面で割を食うことが多い。

革新  統率 79 武勇 84 知略 33 政治 66 義理 61 鉄砲A,内政A
天道  統率 79 武勇 84 知略 33 政治 66 義理 61 鉄砲A
創造  統率 75 武勇 80 知略 59 政治 65 義理 7級



里見義堯 (さとみ よしたか)

(1507~1574)安房の大名。天文の内訌と呼ばれる内紛を制して当主の座につき、里見家の全盛期を築いた。2度にわたる国府台合戦や三船山の戦いなど、北条氏康と南関東の覇を競った。里見家は実在の大名でありながら後世のフィクションで有名になってしまい、「八犬伝で有名な」と枕詞を付けられる、ある意味気の毒な一家。
「革新」では北条氏康の嫌悪武将の一人。北条との死闘を運命付けられており、人気のある大名のひとつ。色黒の顔グラがつけられており、腹黒ではない意味での「黒い人」と呼ばれたりもする。

革新  統率 82 武勇 71 知略 80 政治 57 義理 57 足軽B,騎馬B,計略B,水軍A,築城B
天道  統率 82 武勇 71 知略 80 政治 63 義理 57 足軽B,騎馬B

+ 里見家(プレイヤー勢力)大名。※純プレイ動画
里見家(プレイヤー勢力)大名。※純プレイ動画
革新無印S1(1555年)上級。2007年8月初出の、初期の革新動画。
岩付を奪取し対北条戦の基地とする序盤展開を紹介、11話にわたって北条と争った。
正木時茂・土岐為頼・太田資正などの名将が「地黄八幡」北条綱成を翻弄する兵1内政は豪華。
長尾家と衝突する中盤では、強力な水軍を遠征させて北から日本海側に侵攻、「十三港大海戦」(23話)において技術力の違いで敵を圧倒、手薄になった東北を電撃戦で制覇した。
最終話(30話)は後半のダイジェスト。1575年12月、全国統一。

+ 里見家大名。
里見家大名。
関東南部に勢力を持っていた大名。下総まで南下した魚介乃家と干戈を交えた。
動画中最多の4回捕縛・解放記録を持つ敵大名。銀による「釣り」戦術の相手になったり、
銅が仕えていたりと目立つ役どころ。魚介乃家に降伏後は内政に当たっていると思われる。

+ 里見家大名。
悪の秘密結社・サトミ一族総帥。
関東の正統な支配者である古河公方に対して様々な謀略活動をおこなっている。その悪辣ぶりは、公方家の功臣・大田原さんを寿命で死に至らしめたり、公方領に凶作をもたらしたり、収録環境に被害をもたらしたりするほど。



真田信繁/幸村 (さなだ のぶしげ/ゆきむら)

(1567~1615)真田昌幸の子。大坂の陣で活躍し「真田日本一の兵(つわもの)」と讃えられた豊臣家の将。史実で確認される名は「信繁(武田信玄の弟、武田信繁より)」で、「幸村」は講談・小説などで流布した名。大坂の陣での「真田幸村」は、 毛利勝永の活躍を横取りした架空人物 でしかない。
様々なメディアを通じて人気のある武将であるが、史実に造詣の深い人々からは「キングオブ過大評価」と評される。
「信長の野望」では「戦国群雄伝」以来「幸村」で通しているが、「幸村」の名前は歴史好きからすると失笑ものなので使用は控えよう。
「天翔記」からは真田十勇士も登場。「革新」の嫌悪武将は徳川家康。
史実を愛する人からは「毛利勝永と能力値を入れ替えるべき」との声が多い。
革新  統率105 武勇100 知略 89 政治 36 義理 99 足軽A,騎馬S,計略B,兵器B,築城S 乗崩
天道  統率 98 武勇108 知略 89 政治 36 義理 99 足軽A,騎馬S 影突

ニコニコ大百科 『真田幸村』

 ゲスト。その3ではご一家そろって登場。
 世代を越えて読まれるあの作品を紹介。



真田信綱 (さなだ のぶつな)

(1537~1575)真田幸隆の長男。昌幸の兄。武田信玄・勝頼の二代に仕えた。主要な合戦に従軍し、派手な武功こそ無いが、信玄の信任厚い勇将だったと伝えられる。長篠の合戦で討死した。享年39。
実はもう一人、長篠で討死した昌輝という兄弟(昌幸の兄であり、信綱の弟)が居るのだが、「天翔記」を最後にしばらく登場していなかった(「天道」では武将扱いではないものの、諸勢力の代表者の一人として復帰)。

革新  統率 69 武勇 78 知略 50 政治 33 義理 73 足軽B
革新  統率 69 武勇 78 知略 50 政治 43 義理 73 騎馬A



真田信幸/信之 (さなだ のぶゆき)

(1566~1658)真田昌幸の長男。信繁(幸村)の兄。妻は本多忠勝の娘・小松姫。関が原の合戦時には父や弟と袂を分かち、東軍についた。近世松代藩として真田家を残し、93歳の長寿を全うした。
実際には捏造だらけの信繁など比べ物にならない圧倒的な活躍をしたチート武将なのだが、2009年大河ドラマ「天地人」では存在をほぼ無かったことにされており、珍しく名前が出たと思えば、時期的に改名前なのに「信之」表記だったりと散々な扱い。

革新  統率 76 武勇 69 知略 70 政治 86 義理 80 足軽B,弓B,築城A,内政A  
天道  統率 80 武勇 62 知略 75 政治 88 義理 80 弓B,鉄砲A 鼓舞

ニコニコ大百科 『真田信之』



真田昌幸 (さなだ まさゆき)

(1547~1611)信州上田城主。武田氏・豊臣氏に仕えた謀将。2度にわたる上田防衛戦で徳川の大軍を退けた。「真田太平記」などで真田ファンも多い、人気武将の一人である。
大名である場合には、大国に囲まれた不利な立地を武将能力をフル活用してしのぐ中級者向けの勢力で、テクニックを学べる「純プレイ動画」が多い。コーエーにも動画うp主たちにも愛された武将。
上記の幸村と同じく嫌悪武将は徳川家康。

革新  統率 97 武勇 76 知略 98 政治 91 義理 48 足軽S,騎馬B,弓B,計略S,兵器B,築城S,内政A 火牛計
天道  統率 97 武勇 76 知略 98 政治 91 義理 80 足軽S,騎馬A,弓B,兵器B 火牛

ニコニコ大百科 『真田昌幸』

+ 純プレイ動画。S4イベントなし上級。
純プレイ動画。S4イベントなし上級。
1582年開始で本能寺の変が起こらないシナリオの真田家は、織田・徳川・北条の猛攻を少数精鋭でしのぐ展開となる。このため、プレイヤーの「中級者の卒業試験」「上級者への登竜門」と呼ばれている。敵の大軍が領内に攻め込んできているのに内政指示を行えるのは、真田家のチートなメンバーと、よく訓練されたうp主の手腕あらばこそ。うp主による解説の丁寧さでも定評がある。

+ 純プレイ動画。PKS2上級。別名「関ヶ原真田」。
純プレイ動画。PKS2上級。別名「関ヶ原真田」。
不利な状況からの挽回、強力な相手の弱体化など、堅実な教材として評価されている動画である。

  • 覇王の後継者真田家プレイ( リスト ) 【革新PK】
 純プレイ動画。PKS1上級。別名「覇王真田家」。

 純プレイ動画。S4上級。



真田幸隆/幸綱 (さなだ ゆきたか/ゆきつな)

(1513~1574)武田家臣。信玄のもとで戸石城を1日で落とす、村上義清を信濃から締め出すなどの数々の策略によって「攻め弾正」の異名を取り、旧領である信濃の地を奪還した。信玄からの信頼も厚かったとされ、甲府に屋敷を構えることを許された。
子には昌幸、信綱など。「例の一族」の初代。家紋に六連銭を用いた最初の人物、とも言われている。

革新  統率 83 武勇 60 知略 99 政治 84 義理 70 足軽B,弓S,計略S,兵器A,築城A,内政B   
天道  統率 83 武勇 60 知略 99 政治 84 義理 70 騎馬B,弓S,兵器A 八幡之備

ニコニコ大百科 『真田幸隆』





コメント欄

  • 雑賀は「さいか」だ。覚えておいてくれ。 -- 名無しさん (2008-05-10 03:17:35)
  • 「さいか」に直しておきました -- 名無しさん (2008-05-10 13:41:21)
  • 上記コメントを「武将別伝(信長の野望)ア」(ページ分割前の投稿のため)から移動しました。 -- 名無しさん (2008-11-09 09:20:27)
  • 佐竹 -- 名無しさん (2013-01-29 23:49:58)
  • 上はミスで、佐竹義昭のルビが「よししげ」になってます修正お願いします -- 名無しさん (2013-01-29 23:53:09)
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最終更新:2016年04月22日 19:41