アイマス憲法講座


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アイマス憲法講座(133P)




講座紹介


 この動画シリーズはあくまでも「教養講座」であり、試験や実務の役に立つことは目指していません。(うp主は法律学の訓練を受けていませんので、やろうったってできません。)テーマはあくまで、現代憲法政治についての四方山話です。
 レベルとしては、予備校の文系小論文、大学教養課程の憲法・政治学くらいを想定しています。
 また当然ながら、うp主なりの政治的立場が透けて見えることもありましょうが、特定の宗教的・政治的見解を宣布することが目的でももちろんありません。これはあくまで娯楽です。願わくば知的娯楽であってほしい。N○Kの教養番組には負けないぞ。

 こちらのページには、各回ごとのポイントと参考文献につき、紹介していきます。


第1回


「リベラルデモクラシーとしての近代立憲主義」というのが講座全体を通しての一応のテーマであり、そこで今回は「立憲主義は民主主義の敵?」という疑問を出すところで区切りをつけました。
 こういう構図はたぶん長谷部恭男先生の影響を受けているとは思います。あとカール・シュミット。
 となると長谷部先生の本を紹介するところですね。読みやすいところで
 長谷部恭男『憲法と平和を問いなおす』(ちくま新書)
ですか。先生の基本書『憲法』(新世社)も第4版が出たばかり。
 今なお右翼にも左翼にも大人気のシュミット先生については、おいそれと素人が手を出せる対象ではないのですが、うp主もがんばって
カール・シュミット『憲法論』みすず書房
を読みました。もちろん日本語で。
 「民主主義」好きの左翼のオーバープレゼンスが目立った戦後日本の憲法学において、「立憲主義」の大切さを高唱して大きく注目されたのは樋口陽一先生で、一般向けの本もたくさん書かれていますが、どうもうp主には相性が悪いようです。それでも
樋口陽一『比較憲法(全訂第三版)』青林書院
は類書がないこともあって愛読しています。しかし品切。
 本当は日本国憲法を踏まえた上で、適度な距離感をもって書かれた一般向け著作としてうp主が最高だと思うのは
長尾龍一『憲法問題入門』ちくま新書
なのですが、これまた品切。長尾先生はシュミットやそのライバル? ハンス・ケルゼンの、そしてまた近代日本法思想史についての研究で知られる法哲学者で、憲法学者じゃありません。

第2回

 立憲主義の起源、ということで、歴史を遡ってまずは中世立憲主義について概説しました。
 英米法と大陸法の区別についてざっくりとした話をしています。あくまでざっくり。法理学っぽい話も出てきて危ない危ない。
 ところで日本の法はこの区別で言うとどのへんに位置づくのか? それは次回ということで。
 この辺については実は
 白田秀彰『インターネットの法と慣習』ソフトバンク新書
に非常に簡潔で分かりやすい解説があって、重宝します。あともちろん樋口先生の『比較憲法』。
 西洋法制史の入門書として評判がよいのは
村上淳一『近代法の形成』岩波書店
ですが、惜しむらくは村上先生のご専門がドイツで、英米法の話は比較的手薄です。
 英米法の入門書・教科書はどうしても大学上級レベルか、実務者向きになってしまいますね。もう少し調べておきます。

第3回

 今回は古代史に深入り――というほどしてないですが、それでもにわか勉強して難儀しました。とりあえず利用したもの・思い返すと影響を受けたものとして:

古代ギリシア・ローマの法思想について
 笹倉秀夫『法思想史講義(上)』東京大学出版会
 教科書として便利だす。
 上下合わせて古代から現代までおひとりでお書きになる胆力に脱帽。

古代ギリシアについて
 M・I・フィンリー『民主主義 古代と現代』講談社学術文庫
 これは掛け値なしの名著だす。

 関曠野『プラトンと資本主義』北斗出版
 これは怪著にして快著だす。
「資本主義の精神はプラトニズムにあり!」は珍説かもしれないが、「ソフィスト偉かった」「ソクラテス困った奴」「プラトンお坊ちゃん」なんてのは卓見かも。

 前沢伸行『ポリス社会に生きる』山川世界史リブレット
 解放奴隷出身の事業家と政治に生きるドラ息子の心温まる物語。

古代ローマについて
 島田誠『古代ローマの市民社会』山川世界史リブレット
 簡潔で分かりやすいっす。
 フリッツ・シュルツ『ローマ法の原理』中央大学出版部
 学術的な入門書。

古代社会史全般について
 マイケル・マン『ソーシャル・パワーⅠ』NTT出版
 くそ度胸全開の大著の古代から近世まで。
 ウィリアム・マクニール『世界史』中央公論新社
 定評ある手軽な世界通史。最近文庫になりました。

軍事史について上記2著のほか
 マクニール『戦争の世界史』刀水書房
 これは楽しい。歴史ファンもミリオタも必携。

 経済発展と民主主義の関係については
 アマルティア・セン『自由と経済開発』日本経済新聞社
 ノーベル賞学者の講演録。
 ウィリアム・イースタリー『エコノミスト 南の貧困と闘う』東洋経済新報社
 William Easterly, "The White Man's Burden", Penguin.
 世銀を自己批判して首になった人。

第4回


 まったく横道でいおりんが刑事司法についていらんことを言っています。あれは刑法学というよりは刑事政策レベル、更にぶっちゃければ法哲学のレベルの話ですので、あまり気にしないでください。
 実はあの話を更に進めるならば、「刑事司法は犯罪をなくすためにあるとしたら、いまだに刑事司法がなくならないのは、実はそれがその本来の目的においては失敗しているからに他ならない」とか「しかしその失敗のゆえに、刑事司法という制度は延々存続することができている、ということは?」といったいやな話につながり、それはそれで面白いといえば面白いのです。
そういう議論の古典が
ミシェル・フーコー『監獄の誕生』(新潮社)
なわけですが、だからといって「犯罪がなくならないのは実は刑事警察の陰謀だ!」なんて即断するとただの陰謀説で逝ってよし! ですからご注意を。フーコーもまあそう取れかねないこと書いてるから、気をつけないと。

 より本格的には次回以降なんですが、近代立憲主義を「民主主義の自殺の防止」という観点から解釈する立場としてもっとも極端かつ簡明なの「プロセス的権利」論というやつです。アメリカ発の理論で、原典は
ジョン・ハート・イリィ『民主主義と司法審査』成文堂
として翻訳されていますが、絶版で鬼のように高くなってます。読みたい人は図書館へ。
 日本ではこれを松井茂記先生が受容しており、基本書もその立場で書かれてます。
松井茂記『日本国憲法(第3版)』有斐閣
 このプロセス憲法理論の影響力はそれなりに大きいのですが、とはいっても「参考になる」「刺激的」といった感じで受け取られていて、そのまま丸ごと「その通り」と肯定している人は日本でもアメリカでもほとんどいない、ともいわれています。
 そこから先の話は第5回で。

第5回


 「宗教的寛容」が人権思想だの近代政治だのの出発点だなどという話はそこらの教科書にいくらでも書いてある話ですし紹介済みの文献にもありますからカット。

 今回はですね、要するに最近ある理由でマックス・ウェーバーの復習をしなければならなかったということでしてね、はい。依然として日本ではいまだにウェーバー先生大人気、それもそれなりに理由はあるんですが、百年も前のお方のおっしゃることですし、まあ真に受けすぎないのが大事かな、と。
 プロテスタンティズムの意義というのが、修道院的な禁欲・勤勉を世俗化したところにある、という風にウェーバー・テーゼを乱暴に翻訳した結果、前半のような議論になりました。
「お坊さんのディレンマ」云々も、それをもとに自分で考えてみたものです。
 参考書は

マックス・ヴェーバー『宗教社会学論選』みすず書房

ですけど、いい加減わかりにくいなこの論文集。
 いまとなっては過去のもの扱いですが、やっぱりわかりやすいのは大塚久雄のヴェーバー解釈なんでしょうねえ。

大塚久雄『社会科学における人間』岩波新書

 それへの批判というのが

山之内靖『マックス・ヴェーバー入門』岩波新書

でもヴェーバーって、なぜか日本ではリベラルと左翼に受けてるけど、ほんとは何というか攻撃的ナショナリストなんですよねえ。怖い怖い。

 日本中世の話は、まあ何か自分でも「こわいこわい」と思いつつ書いてます。皆さんのご指導などお待ちします。

 「自由」についての話は有名な

アイザイア・バーリン『自由論』みすず書房

の「消極的自由/積極的自由」の話がもちろん念頭にありますが、「消極的自由」とは何かについてもう少し踏み込んで考える必要がある、と思いまして。最近滞在先で聞いた、政治思想史の泰斗クェンティン・スキナーの「自由の系譜学」という講演を参考にしているのですが、これってまだ日本語はおろか活字になってないんですよね、多分。バークレーでの講義のビデオがここにあります。
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