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ツール・ド・おきなわ2005

なせばなる

結果 DNF at 源河関門


やっちまいました・・・

 やっちまいました、親指。レースを二週間後に控えた金曜日。会社で同僚と机を動かしているときにぶつけ、爪をはがしてしまいました。屋我地・ヒルクライム記録会(第三回)と来て、ついにトラブル三冠。これってまさかディープインパクト効果!?

 冗談はさておき、二週間まともに練習しないで本番にのぞむことになった今年のツール・ド・おきなわ。プレッシャーも何も無く、「まあ完走くらいは出来るでしょ」と気軽に奥間までやってきました。


前泊

 市民80kmには今年で三回目のエントリー。しかし、前泊の宿は国頭(ゆたかや旅館)→シドマスイン(つぶれたそうだ!)→奥間(JALプライベートリゾートオクマ)と毎回変わっている。こうなると、残る選択肢は「前泊なし」と「野宿」。

 とりあえず今年は前泊して正解だった。「前泊なし」だったら、きっと家でテレビゲーム漬けになって、レースに行くのすら面倒くさくなっていたかもしれない。それくらい、今年のレース前はテンションが低かった。しかし、市民レース部門初参加&サイクリング一日目終えてきたばかりの同室者の影響で、静かにしかし確実にレースモードへと気持ちは切り替わった。


 ここで同室者を少しご紹介。

 一人は、前述の方。熊本・パープルモンキー所属。パープルモンキーといえば、去年1ヶ月ほど沖縄に滞在し、私も一度いっしょに練習したことがあるモリタくんのチームだ。自転車暦は二年で、乗るのが楽しくて仕方ないという感じ。ゆんたく好きでもある。

 もう一人は愛知県の方。一言で表すなら、自転車マニア系レーサー。今年は体調が悪かったそうだが、それでもきっちり完走する実力の持ち主。


 この三名で、夕食&朝食も食べた。両方ともバイキングだったが、夕食のときに食べすぎたせいで、朝食はあまり食べられなかった。市民80kmはスタートまでの時間が長いので、むしろ朝食を食べすぎるくらいの方が良かったはず。

 バスの出発を待っているときいきなり雨が降り出し、皆あわててバスに乗り込んだ。雨は少ししてやみ、この時点ではただの通り雨くらいにしか考えていなかった。


スタート前

 スタート地点の宜名真漁港内をぐるぐる回り、知り合いと話をした。いつものメンバーに加え、今年は、KIDSな!さん、がんパパさんが市民80kmデビューだ。もう一人、大学時代の同級生がエントリーしていたが、見つけることは出来なかった。後で聞いたら、体調不良でDNSだったらしい。そして、今年も最若番で出走のなるしま会長は、10年前にもらったという“赤いちゃんちゃんこ”ジャージでKIDSメンバーと話していた。背中には“TONDEMOJIISAN”。かっこいい。

 9時になり、ウォーミングアップを始めた。スタート地点付近には、いい場所を確保しようとすでに人が集まり始めていた。そこらを一走りしたところで、すぐにチャンピオンレースの到来を知らせる車が来た。スタート地点に並び、しばらく待つ。先頭でやって来たのは、ブリジストンアンカーの福島康司選手。笑って手を振りながら通過していった。期待通りの“逃げ”に80km出場選手たちは大歓声を上げる。その後から来た追走集団にチームおきなわの五十嵐選手を発見。こちらも期待通り!大きく声をかけた(聞こえてなかったらしくて残念)。

 その後も、小集団がいくつかやって来たが、プロトンがなかなか来ない。なんでも五十嵐君のいた集団にアンカーの選手が二人乗っていて、プロトンは「行っちゃって」モードらしい。やっと来たプロトンは「遅いな~」という声が周りから聞こえるくらいまったりしていた。

 やがてジュニア国際レースの選手もやってきた。さあ、いよいよだ!クリートをはめるパチパチという音が周りを囲む。ところが、どうも市民200kmの選手がすぐ近くまで来ているらしい。主催者側から、スタートは市民200km通過後にするというアナウンスがあった。この時点で既に、今年は脚切りが厳しくなるんじゃないかという噂が周りでささやかれていた。


スタート~与那

 市民200kmがやって来た。同時に豪雨もやって来た。なんてこった!今年も雨のレースだ!

 事前に得た情報では、KIDSメンバーがしょっぱなから50km/hペースで飛ばすということになっていた。平地が苦手&練習不足の私では付いて行けるはずも無いので、マイペースで行く予定だった。しかし、雨のせいか、それともスタートが遅くなったせいか、レースは普通のペースで始まった。

 道中、市民120kmの選手が道路右端を縦一列になりながら抜いていった。いつもなら与那の登りの途中、市民80kmの集団がもう少しばらけたところで追いつかれるのだが、今年は大変だ。レース展開にも影響しただろう。

 与那が近づくにつれ、ペースが上がった。それまで50番手くらいにいたが、無理をせず登りに備えて下がった。


与那~平良

 無理せず備えたつもりが、全然抜けない。こんなものか?自他共に認めるクライマーではあるが、そのレベルが低いためにそこらの非クライマーより遅いことがこれまでのヒルクライム記録会で証明されてしまっている。同室だったフナコシさんがすいすいと登っていった。4km付近で、な!さんに抜かれた。これはいかん。な!さん相手に練習不足の言い訳は通らない。奮起して一度は抜き返すも、結局また抜かれてしまった。

 下りに入り、恐る恐る下った。スピードが乗ってくるとブレーキが全く効かない。それでも自分以上に慎重に下っている人も多い。おかげで、な!さんを抜けた。

 安田の登りで、またもフナコシさんがすいすいと登っていった。高江辺りで、みっきぃさんが後ろから合流した。彼らも慎重に下った一人だった。

 練習でいつもはりきっていた坂が近づき、みっきぃさんに「今日も行くんでしょ?期待してますよ」と声をかけられた。高架橋を越え右に曲がりながら登っていく坂は、いつもなら追い風に乗って重いギアを何の負荷も受けずにダンシング出来る区間。ここで集団に先行し、楽に登りをこなす計画だった。しかし、今日に限って向かい風。立ったら止まる・・・結局、逆に集団から置いていかれる羽目になった。


平良~源河

 ここまでずっと無理せず走ってきたというのに、海岸沿いの平地に出た頃にはすっかり脚は売り切れていた。練習不足は、距離が長くなると全くごまかしがきかない。みっきぃさんのペースから遅れた後も、ほどよいペースの列車がいくつもやってきたのに、それに乗ることすらできなかった。

 平良の関門を通り過ぎたとき、「制限時間まで後二分です!」と言われた。これから先、これ以上ペースは上げられない。源河での脚切りは確実だった。しかし、それでも不思議とゆっくり走ろうという気にはならなかった。丁寧に、そう、まさに丁寧にペダリングすることだけを考えて走っていた。

 あわよくば制止を振り切ってゴールまで走ってやろうと考えていたが、源河にたどり着くとすごい人数の選手がいた。皆、脚切りにあったのだ。おとなしく足を止め、チップを回収してもらった。

 とりあえず現状は出し尽くせた。結果に満足はしていないが、レース内容には満足できた。


レースを終えて

 途中、ロケッツのY城さん(?名前うろ覚え・・・)がコース脇に立っていた。スタート地点ですぐ前にいた人も見かけた。パンク?リタイア?そういえば、雨のレースなのに落車は(少なくとも自分の周りでは)無く、それらしき人もほとんど見なかった。代わりに、消耗しきって脚をついてしまったらしき人が多い気がした。自分もゼリーを1つしか持っていなかったので名護市民会館までたどりつくころにはハンガーノック寸前だった。

 こんなハードなレースでも、普段の練習仲間が何人も完走している。今年のようなレースで完走できるようになりたい。そう強く思った。