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その六 ある冬の日【投稿日 2005/12/28】

カテゴリー-3月号予想


東京、有明。
 今日は冬コミの二日目である。その会場の中のブースの一つに荻上と笹原の姿
があった。
 笹原が言う
「連続で二回も当選するなんて、結構運がいいんじゃない?」
それに荻上が答える
「そうですね。おかげで新刊を出すこともできましたし」
 コミフェスの競争率は高いが、荻上は夏コミに続き、今回も当選していた。以
前に作った同人誌だけでは物足りないと言うことで、新たに本を作り、それらを
ブースに並べた。
「内容は今回もくじアンなんだよね?」
「そうっす、麦男×千尋ものの続編と言うことで」
二人の会話には合宿前のようなぎこちなさはない。でも、この二人が晴れて恋人
同士になった、と言うわけではない。確かに、笹原は荻上に「好きだ」と告白し
た。しかし、荻上の返事は「保留」、しばらく待ってほしいと言うことだった。
オタクで奥手の二人が普通に話せるようになったのはある意味進歩であるが、意
地の悪い見方をすれば、「同人誌の内容を笹原にみられる前」に戻った、と言え
なくもない。
「あいつらトロすぎ。なんでもっと積極的になんないのかなあ?」
とは、現視研の姉御的存在である春日部の弁である。


 そろそろ午後になるという時間である。今のところ、個人の小規模サークルと
しての売り上げは順調で、二十冊前後を売っていた。
「あ!新刊出たんですね?買います!」
と言ってくれるリピーターもいた。
 笹原が冗談まじりで聞く。
「どうですか先生?なかなかいい売れ行きだと思うんですけど」
「そ…そうっすね…正直、ありがたいっす」
荻上は自分の作品が認められたという嬉しさをこらえられない表情でそう答えた。
 そのときである。
「やっほー!荻上ー!」
ブースの二人が声のする方向に目をやると、そこには見知った顔、中島がいた。
彼女は近付いてくると荻上に向かってこう言った。
「あ、新刊出たんだ!今回もくじアン?」
「う、うん。一応…」
「じゃあ買うよ。五百円?」
「いや、いい、いい、あげる!」
「そう?」
中島は取り出しかけていた財布をしまうと、かわりにバッグの中から一冊の本を
だした。
「これ、うちのサークルで出してる文芸本。あたしも文章書いてるんだ。本くれ 
たかわりって言ったら何だけど、良かったら読んでみて」
「あ、うん、ありがとう…」
荻上が本を受け取ると、中島は続けて言った。
「そういえば携帯の番号とアドレス聞いてなかったよね?教えてよ」
荻上と連絡先を交換すると中島は「じゃあね」と言って去っていった。

「荻上さん、あの人って…」
笹原は荻上から具体的に何か聞いたわけではないが、彼なりの勘で、彼女のトラ
ウマの原因を探り当てて聞いた。
「ん、ま、そういうことです」
とだけ荻上は答えた。

 冬のコミフェスは無事に終了した。笹原は打ち上げにいこうと誘ったが、荻上

「もう疲れたので」
といって断った。自分の部屋に戻り、携帯をチェックすると、メールが届いてい
るのに気付く。中島からである。
 文面はこうであった。
『夏コミ以来だったね。今、あたしも東京に住んでるんだ。ねえ、年が明けたら
どこか遊びに行かない?一緒にお買い物とかしたいなぁ』
 正直、あまり乗り気ではなかったが、荻上は『いいよ、いつ行く?』とだけ返
信して中島の返信を待った。そろそろ決着をつけるべきかも、そう考えたのかも
しれない
 返信が帰ってきた。
『一月X日、午前十時、XX駅西口前で』

 一月X日、XX駅西口前。
 荻上は予定より早めに来て、中島を待っていた。なんかおかしな日だな、そう
思いつつ人混みを眺めていると、待っていた相手がやってきた。
「ごめん!あたしも早めに来たつもりなんだけど、待った?」
「いや、別に…」
そう荻上は答えた。やや息を弾ませている中島は
「じゃあ、行こう。あのお店行ってみたかったんだよね」
と言って、荻上をつれていく。
「あ、私、ファッションとかはちょっと…」
「大丈夫!あたしが選んであげるから!」
そういって中島はなかば強引に荻上を引っ張っていった。

「荻上ってこういう可愛い服似合うよね」
「そう?自分だとちょっとわからないから」
「絶対似合ってるって!」

「ふーん、中島はこういうのが似合うのかあ」
「本当?じゃあ、買おうかな」

 はたから見れば仲のいい姉妹のようにも見える。ひととおり買い物を済ませた
あと、中島がこう言った
「ねえ、海…見にいかない?」
別に断る理由はなかった。それ以前に、中島の表情があまりにも意味深だったた
め、というのもあった。
「どこへ行くの?」
と荻上が聞くと、
「お台場でいいんじゃないかな」
という返事が返って来た。

 二人は山手線からりんかい線を乗り継ぎ、下車した駅からしばらく歩いてお台
場海浜公園へ着いた。
「ここって眺めいいんだよね。海は汚いけど」
と中島が言う。
 それから二人は海を眺め、歩きながらいろいろな話をした。中島は今、専門学
校に通い、同人サークルに入って活動しているらしい。荻上も話す。一年のとき
に現視研全体で同人誌を作ることになり、なかなか出来ないので大変な目にあっ
たこと。先輩である春日部の口車に乗せられて生まれて初めてコスプレをしたこ
と、等。

 話題が尽きかけて来たとき、突然中島が
「ねえ、”あのこと”気にしてるよね?」
と言った。
 ”あのこと”とは巻田のイラスト本を描いたことが全校生徒にばれたことを指す
のだろう。荻上の体がこわばった。
「うん、まあ…」
「やっぱり、ね…」
中島は海沿いの柵に寄りかかった。すでに夕刻が近い。公園の対岸にある、船に
荷物を運ぶためのクレーンがライトアップされて、美しい。
「あれをやったの、あたしなんだ」
と、中島が言ったとき、荻上は「やっぱり」と思った。当時の周囲の反応から、
彼女が犯人だと言うことは想像がついていた。
「でもなんで、あんなことをしたの?いや、ついのせられて描いた私が悪かった
んだけど」
荻上が勇気をもって聞いた。
 中島はしばらく黙っていたが、思いきったように口を開き
「あたしね、荻上のことが好きだったんだよ…」
といった。

「え…?それはいったいどういう…」
荻上は混乱した。中島がいったいなにを言っているのかわからない。そんな彼女
に微笑を向けながら、中島は言った。
「ん、すごくシリアスな意味で。男女間にある恋愛感情ってあるじゃない?それ
とまったく同じ気持ちを、あたしはあんたに対してもってたわけ」
 突然の告白に、荻上は言葉を出すことが出来ないでいた。中島が続ける。
「だからさ、あんたと巻田が付き合うって知ったとき、あたし本当に悔しかった
…。もう嫉妬でぐちゃぐちゃになっちゃって…。それにあんたは永遠にあたしの
ものにならないんだって、そういう現実を突き付けられて、絶望的な気分になっ
てさ……だからあたし、もう巻田も荻上も…潰れちゃえ…って思って……っさ」
中島は…泣いていた。
「最低だよね、あたし…。大好きな人思いきり…傷つけて…。なんであんなこと
したのかって…自己嫌悪で、いっぱいで…!」
 荻上はあわてて中島を落ち着かせようとするが、なんと言っていいのか分から
なかった。かつての友人が自分にそんな気持ちを向けていたなんて想像もつかな
かったのである。
「とにかく落ち着いて!」
と、荻上はくりかえすしかなかった。中島はひたすら
「ごめんね…ごめんね…」
と言い続けた。

 ようやく中島が泣きやむとあたりはすっかり暗くなっていた。目を真っ赤にし
つつ、彼女は「帰ろう?」といった。
 帰りのゆりかもめの中で、二人は無言だった。窓の外を景色が流れていく。お
互いに言葉を発することのないまま、列車は新橋駅に着いた。
 JR新橋駅の改札を通ったあと。中島は
「荻上は山手線内回りから中央線でしょ?あたし外回りだから」
と言って立ち止まった。何か考えている様子である。どうしたのか、と荻上が思
っていると、中島は何かを決意したような表情をして、突然荻上を抱きしめた。
「なっ…!」
「ごめん、しばらくこうさせて…」
中島は腕に力をこめた。通行人が怪訝そうな顔つきで二人を見ていく。荻上は顔
を赤らめていたが、無理に振りほどこうとはしなかった。ようやく荻上を解放す
ると、中島は
「あたし達、もう会わない方がいいかもね。荻上はコミフェスで一緒にいたあの
人のこと、好きなんでしょ?幸せになってね!」
と言って山手線外回りのホームへ向かって急ぐように去っていった。


 荻上は帰りの電車の中で、今日のことを思い出していた。特に、中島の告白は
衝撃的で、この先、一生忘れることはないだろう。彼女も悪意があってやったこ
とではないである。自分は泥沼の人生を歩くことになるだろう。しかし、中島は
もっとつらい道を歩くことになるのかもしれない。そして、中島の言った『幸せ
になってね』という言葉が頭の中で繰り返し再生される。
 荻上は自分の心の中で、何かが静かな音をたてて霧散していくのを感じていた

 電車を降りると、彼女は携帯電話をかけた。相手は笹原だった。
『あれ?荻上さん?どうしたの?』
笹原がのんきな声で話しかける。
 荻上は思いきって言った。
「あのっ……!!」

 空を見上げれは満天の星空である。その中を流れ星が一つ、光って落ちた。

                                おしまい