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その五 夢を見る方法【投稿日 2005/12/28】

カテゴリー-3月号予想


朽木が笹原から少し時間をおいて追跡すると、遠くで言い争う…
いや、一方的に怒っている荻上の声が聞こえた。
そして、向こうから荻上が走ってきた。
朽木のことは完全に無視で横を駆け抜けていった。
といっても、息も絶え絶えだ。
「ゼハ・・・ゼハ・・・」
そして、触るなという強い壁を身に纏っている。
ロッジに戻っていくのだが、朽木にも追いかけるのがためらわれた。
道の向こうの方には、道端にうなだれて座り込む笹原の姿が見える。
朽木『う………むしろ、あっちの方が 離れておいた方が良いよね』

ロッジに入ると、またしても怒っている荻上の声だ。
叫んでこそいないが、とりつくしまも無い。
荻上「よりによって、笹原さんをけしかけて…! 周りで介抱とか…仕組んで!」
  「私は誰とも付き合わないんですよ、なんで解からないんですか!」
大野「荻上さん、聞いて――!」
荻上「つきあったら、傷つけるんですよ、絶対に。それに私に資格なんて無いのに…」
  「断るしかないのに!……断るしか!」
大野「そんな事ないでしょ――」
荻上「それなのにあんな優しい…笹原さんまでさっき、断るしかなくて……もう」
  「もう、帰ります……そして、みなさんサヨウナラです………」

着替えもせずに荷物だけ掴んで、ロッジから飛び出す荻上。
流石に咲や田中、高坂も留めようとするが、駄目だった。
力ずくでなら小柄で弱っている荻上を止めることなど容易だろうが
触ったところから壊れてしまう、そんな雰囲気であった…。

流石にスゥェットは駅で着替えたが、帰りの新幹線では
二日酔いのにおいが漂う虚ろな少女の隣に座る人は居ない。
荻上『ああ、なんて事…… 大事な居場所を無くしちまった……』
  『笹原…さん……本当はありがとうと言い尽くしても足りないのに……』
とめどなく涙が溢れる。嗚咽が漏れるのが止められないので
ダッシュでトイレに駆け込んだ。
荻上『でも、私なんかと付き合うより、これで良かったんだ』
  『私の罪は私だけのものだもの』
しかし、そんな考えのさらに奥の気持ちが別の声を叫ぶ。
荻上『また新しい罪を犯しちまってどうする!?まだ間に合う、引き返すんだ!』
  『本当はどう思ってるの?そうじゃないでしょう?本当は笹原さんと―――』
それ以上は荻上は自分の心を聞けなかった。涙で塗り潰す東京までの帰路となった。


後期の授業が始まったが荻上は履修の手続きすら気が乗らなかった。
今まで真面目に単位を取得していた荻上は、必修以外の授業は受けなくても
通常の学生と同じペースに並ぶだけなのだが、ほぼヒキコモリになってしまった。

荻上『出席の返事以外、1ヶ月誰とも話してないわ…』
たぶん、声の出し方すら忘れたんじゃないかと思う。
荻上『まあ、中3から高校の時も一人みたいなもんだったし、慣れてるもんさ』
短期のアルバイトと仕送りで生活していたが、バイト代は夏コミで使い果たした。
仕送りだけで暮らすと、月の食費は5000円ぐらいしか無いが、なんとかなるものだ。
米は実家から送られてくるし、何しろ漫画しか描いてない。
今日も午後からの必修授業だけ受けて帰ってきた。
荻上『寂しいもんだなぁ、なんだかんだ言っても』
  『……でも、こんな私でも笹原さんに愛されていた、その思い出だけで生きていける、かな』

あの時必死に拒否する荻上に、それでもなんとか笑顔を作りながら笹原が最期に言ったのは
笹原「忘れないでよ、ずっと好きだから…荻上さんの見たい夢を見守りたいから」
荻上「いえ、私の事は忘れてください。それが私の一番の願いです」
それが最期の会話だった。

荻上『駄目だ!あの時の会話は思い出しちゃ駄目だって……』
駄目も何も、何枚笹原の絵を描いたんだろう。
801以外のオリジナル漫画は全て描きかけだが、どれも暗い恋愛ものだが
話として進まないので完成したものは無い。
荻上『私の見たい夢って、漫画家になる事なのかな……』

げんしけんのメンバーとはすれ違いそうになるルートは通らないし、
見かけても視線を動かさない。今日も遠くに大野が居るのは分かったが
無反応で通してきた。
笹原も4年の後期なのでほとんど来ないだろう。
げんしけんは今はどうなっているのだろうか?しかし
荻上『もう行けるわけがねぇんだ。どの面下げて……だいたい笹原さんも居るし』

生活リズムが狂って夕方から寝ていた荻上は、また悪夢で目が覚めた。
巻田が飛び降りる所では終わらずに、今度は落ちるとまた自分になり
助けに来た笹原を屋上から突き落とすのだ(何故かまた屋上に居る)。
荻上『ひでぇ…本当はこんな夢じゃくて、笹原さんと―――』
思いかけて、やめた。
荻上『いや、考えんのもいけねぇな、それは……』

起き出してTVをつけても深夜の通販しかやっていない。
PCを起動して、何の気なしに巻田の名前でgoogle検索してみる。
と、ずばりヒットする項目がある。
荻上『え…?』
思わずクリックしてサイトを見てみると、まさしく巻田のブログだった。
普通は実名じゃないと思うのだが、内容はオサムシの収集に関するブログ。
研究目的の真面目なサイトには実名のものが時々有る。
昆虫採集の様子の写真を見てみると、どうみても本人だった。
荻上『………どうしよう』

謝ることも出来ずに別れたのだ、許されたいと思うのもおこがましいが
謝ることだけはしたいと思う。そして出来れば今どうしてるのか
まだあの本のことは気にしてるのか……。メールを送ろうか……。
荻上『返事、期待しても駄目だな。謝罪を送るだけ送って、
   帰ってこなくても悔いの無いように書いて送ろう。』
最悪の場合、巻田がショックを受けすぎてサイト閉鎖とかしたら
またしても罪を重ねてしまう。慎重に書かねば―――。

結局、翌日は授業が無いとはいえ、メールを送ってから徹夜してしまった。
神経が昂ぶって眠れなかったし、眠りが浅いと悪夢を見そうだったから。
昼前まで無理やり起きていると、寝すぎないように夕方に目覚ましと
携帯のアラームを仕掛けると、泥のように眠り込んだ。
と、思ったらもう時計が鳴っている。
ああ、全く夢を見なかったんだ。良かった…。
起きてシャワーを浴びると、胃が動いていない。
メールチェックをするが、巻田からの返信は無い。
今のうちに買い物に行くか、という事でスーパーに行って
納豆と海苔佃煮、秋の安売りで1尾95円だったサンマを買ってきた。
グリルではなくコンロに載せる蓋付きの焼き網でサンマを焼くと
簡単に食事を済ませた。
荻上『ま、今日は豪勢なほうだなぁ』
食事が終わり、またメール受信をするが、迷惑メールの類しか来ていない。
荻上『ま、返事は無理だよな…いや、まだ早いはず』

そしてメールチェックを繰り返すうちに夜中になり、ついに返信が来た。
荻上『来ちまった…!!』
自分で出しておいて返信が来ちまったも無いものだが、開封するのは恐かった。

「お久しぶりです。突然でびっくりしました。なんだか懐かしい気もしますね。
 椎応大で東京に出てるなんてびっくりです。すっかり都会人なんでしょうね。
 僕の方は、東北からは出てません。大学ではまだ研究室に分属してませんが
 昆虫学をやり、もう山に採集に出たり、標本を作ったりしている日々です。
 最近流行のオタク、昆虫オタクとでも言うのかな。昆虫は流行ってないけどね。

 さて、前置きはこれぐらいにしてお返事します。
 あの時の事を謝られてますが、確かにかなり吃驚しました。
 それにショックで、理解も出来なかったです。
 正直に書いて来られてるので僕も正直に書きますが
 今でも気持ち悪いと思っていますし、理解できません。
 それに君と親しくしていたのに、あんな事を考えていたなんて
 正直裏切られた気がしましたし、今でも引きずってないかと言えば
 まだ多少、女性が恐い気がします。
 全員が全員、あんな趣味の女性じゃないとは思いたいです。
 許してもらう気は無いと書かれていますが、奇麗事を言わなければ
 お互い、許さず、許されずで良いんじゃないでしょうか。
 荻上さんにとってああいう趣味が止められない、生きる習性そのもの
 だとしたら、僕とは相容れない関係だったという事でしょう。

 僕が好きな虫のひとつ、マイマイカブリはカタツムリを食べるしかないし
 カタツムリとしてはマイマイカブリを恨むしかないし、一生会わずに
 過ごせば幸運だったと思うでしょう。
 生き物の世界ってそんなもんじゃないでしょうか。
 自然の摂理に沿って考えれば全ては無罪で、全ては有罪の生き物です。
 僕がカタツムリだったということでしょう。

 面と向かってたら、良いから気にしてないとか言いそうだけど
 メールだからか、素直に語れた気がします。
 まあ、30歳か40歳で同窓会ででも会えば宜しくです。
 さようなら。」

荻上『………なんだ?』
意外な形で全く別種のオタクと遭遇したことに頭がついていけないが
思ったよりサバサバしたメールに拍子抜けした気がした。
荻上『許されてない、巻田君は気にしてる、罪は消えない…』
再確認しただけだが、なんだか大きな荷物だと思っていたものが
体の一部になって、自由に動き出せそうな気がした。

だがしかし―――。
荻上『笹原さんへの片想い人生、か―――。こりゃ長い旅路だわ。』
  『なにしろ、もう目が無いどころじゃないもんな、一生』
自虐的な笑みを(ニヒ)と浮かべると、発売日になった雑誌を
並べ始めた深夜のコンビニに出かける荻上だった。

メガネ分は少ないが、おおフル(おおきくフルスイング)は外せない。
とある分厚いオマケ付き雑誌を買うと、荻上は店を出て暗い夜道を歩き帰る。
暖かな風の匂いが強くなる。雨が近いかも知れないが傘は無い。
そこでバッタリ。
真正面から笹原に会ってしまった。
荻上『えっ!?近所じゃないのに……どうしよう!?』
笹原「や、やあ荻上さん、こんばんは」
どうやら笹原も動揺している。
荻上「………ど」
  「…………こ、こんばんは」
すれ違っていく二人だった。
荻上『……ごめんなさい笹原さん』
荻上の笹原への罪の意識からすると、荻上からは話しかけられない。
意を決して振り返り、声を掛けたのは笹原だった。
笹原「荻上さん、ちょっと話、いい?」
荻上「…っ!!」
話しかけられた背中が跳ね上がる。

荻上の家まで歩きながら、途中の児童公園の水銀灯の下に寄る。
笹原「携帯にも出ないし、訪ねても出ないって、現視研のみんなも心配してるよ」
荻上「すみませんけど、もう…」
笹原「いや、大野さんも強引だったって反省してたし……」
荻上「いえ…」
笹原「俺も、…あのときはごめん」


荻上「えっ…そんな」
荻上『それって、やっぱりもう、私の事……』
  『そりゃ、自分でそう言っておきながら想い続けて欲しいなんてわがまま過ぎんだな』
荻上「そんな、謝らないで…下さい……」
そう言いつつ、荻上は足元が無くなるような感覚に襲われた。
笹原「いや、俺って大学で少しはマシになったかと思ったけど、情けないね」
荻上「そんなことありません」
笹原「でも…でも、さ」
  「ストーカーっぽいけど、断られても、まだずっと」
荻上の鼓動が大きくなりはじめる。
呆然とした感じに笹原の顔を見続けてしまう。
深夜だし二人っきりとはいえ、完全に無防備だ。
笹原「…好き、だし …守りたい」
  「荻上さんの夢を一緒にみていきたいと思う」
荻上『…っ!いけない、私はこんな事は許されない、許せないんだ、自分が』
荻上「わ、私の…夢?…ゆ―――」
夢なんて悪夢しか見ない、そう言い掛けた時に

ザアッ―――――――――

大粒の雨が辺りを叩き始めた。温暖前線のようだ。
荻上「キャッ!」
雷まで鳴り始め、最近では珍しくなってきた電話ボックスに
二人で駆け込み雨宿りをする。

雨音が強くなり、電話ボックスの屋根は騒音を立てている。
そして稲光と轟音。
笹原「大丈夫?」
雷に反応して思わずその場で縮こまる荻上に優しく手を回す…
なんて事は笹原には出来ない。
笹原「しばらくしたら、通り過ぎると思うから」
とはいえ、雷が恐いのは生理的なもので、鳴り響くたびに荻上は過剰反応をし
いつしか笹原に寄り添っていた。
おびえる子を突き放すことも出来ないし、その服の下の細い肢体の感触に惹かれ
どさくさ紛れ気味に荻上の背中に腕を回す笹原だが、その行動は正解だった。
荻上『私の夢、私の欲しかったものはこれだったんだ……』
笹原の腕の中で荻上は、ようやく自分の心の底の声に耳を向ける事が出来た。
自分の思考だけでは辿りつけなかったが、体からの声も手伝った。

荻上「私の夢は…」
笹原「ぅん?」
笹原の胸に顔を伏せたままで荻上が喋り始めた。
荻上「私の夢は、同人やヤオイや一般作も自由に描ける漫画家になることです」
笹原「うん!」

荻上「それと…… それと、笹原さんと一緒に居たい事…です……」
荻上『バカ……今更、あんな笹原さんを傷つけたのはなんだったの?図々しい…!』
荻上の肩、いや体は震えていた。寒さのせいではない。
笹原「うん…ずっと一緒だよ」
荻上の震えを止めようとするように、笹原はそっと回していた腕に力が入る。
荻上『―――許された、私は許されたんだ』
そう思うとともに、荻上の目から大粒の雫があふれ出した。
荻上「私も…好きです…」
か細い声だし、雨音がうるさいが笹原の耳には直結しているようにクリアに伝わった。
もう二人に言葉はいらない。
あとしばらく、電話ボックスは雨に包まれているだろう。