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完全に妄想SS 【投稿日 2005/10/10】

カテゴリー-斑目せつねえ


「おーい。斑目君、早くしろ」
「はいー!」
 ある日、俺はお得意様である市庁舎へ出向いていた。
 何で俺が営業の手伝いをせにゃならんのだ。まあ、しがない平社員だから仕方ないけどさ。
 やがて応接室に案内されると、鼓動がバクバクと早鐘を打ちはじめた。
 やべー、緊張でちょっと吐きそう。そんな事を考えていると、不意にコトンとお茶を差し出さ
れた。
「どうぞ。ただいま担当者が来ますので、少々お待ち下さい」
「あ、ありがとうござい……」
 俺は礼を言うために彼女に目を向けた。とたん、言葉を失った。
 優しい目。通った鼻。その長髪から漂うシャンプーの香り。この雰囲気はまるであの人そっくり
だった。
「どうかしましたか?」
「い、いえ。何でもありません。大丈夫です」
 どうやら俺は彼女を見つめてしまっていたらしい。恥ずかしさもあり、俺はうつむいた。
「そうですか? それでは失礼致します」
 そう言うと彼女は、格別の微笑みを残し、その場を去っていった。

「というような事があったわけよ」
 久々に来た久我山邸で俺達はくつろいでいた。
「ふーん。営業先で会った事務員が春日部さんにそっくりだったと」
 お茶をすすりながら田中が口を開いた。
「で、でも。な、何で斑目が営業に行ったんだ?」
 ポテチをほおばった久我山が至極当然な疑問を口にした。
「あー、それはな」
「それは?」
「……ぼうやだからさ」
「それ、関係無いっスから!」
 俺のボケにツッコんでくれるのは笹原、お前だけだよ。その証拠に、田中達は『それは流せ』と
か言っている。
「ちょっと言ってみたかっただけだって。本当は営業の手伝いだよ。人手足らないんだと。つーか
さ、本題はそっちじゃ無くて。それだけ似てるの、どう思うよ?」
「どうって言われても、なあ?」
「そ、そうだね。世の中には似てる人が七人はいるって、ゆ、ゆうからね」
 田中と久我山は興味がなさそうにお菓子をむさぼっている。
「何だよー。もう少し反応してくれよー。初対面で殴られなかったかーとか。オタク嫌いじゃない
のかー。とか」
「殴られたのか?」
「うんにゃ」
「お、オタク嫌いなのか?」
「知らん」
 二人の問いに答える俺。答えになっているかどうかは知らんが。
「……さて、久しぶりに『くじアン』でもやるか」
「そ、そうだな」
 俺をそっちのけでゲームを始めるとは! 何て薄情な奴らだ。
「あのー。俺、思ったんスけど……」
 おー! 笹原。持つべきものは後輩だな。
「もしかして、斑目さん。その人に一目惚れなんですか?」
 ギクッ! こやつ、もしかしてニュータイプか? 心読めますか、あなた。
「そ、そんなわけあるまい! ただネタになるかなーって思っただけさ。第一そうだったら俺が春
日部さんの事好きみたいじゃないか!」
 ……もしかして俺。とてつもない事を口走ったか?
「それもそうですね」
 あ、納得してやんの。やはりお前はオールドタイプか。だから、荻上さんともなかなか進展しな
かったんだっつーの。

 三人と別れ、自分のアパートで遅い夕食を取っていた。
 俺、やっぱあの人の事好きなのかな? いやいや、そんな事あるまい! 一回しか会わなかった
人を好きになるなんて事、あるわけないじゃないか! まあ、あったんだけどさ。
 ……でも。俺は大切に保管している例の写真を取り出し、それを眺めた。
 このままじゃ、針のむしろなんだよな。だったらいっそ……。

 俺はスーツに身を包み、市庁舎の前に来ていた。仕事は有給を取っているので問題ない。
 手には花束という武器を装備し、戦闘態勢は万全だ。
「よし、行くか!」
 小声で気合を入れると、真っすぐに建物内に入っていく。
 彼女は……。いた! 俺は目標を視認すると、そこまで最短で向かっていった。
「あの……」
「あれ? あなたは桜管工事工業さんの……」
 彼女がこちらに近づいてくる。くぅぅ、心臓が張り裂けそうだ。
「今、担当者をお呼びしますね」
「あ、違うんです! あの、コレを受け取って頂けますか?」
 そう言い、俺は花束を彼女に渡した。
「あら、綺麗な花ですね。ありがとうございます。でも、どうして花束を?」
 決めのセリフを言おうと台越しに彼女を見据える。ん? あれ? 彼女の左手に何か光るものが
見える。まさか……。
「……あのー。つかぬ事をお伺いしますが、もしかしてご結婚なされてますか?」
「はい。こう見えても一児の母なんですよ、私。えーと、それが何か?」
 その言葉を聞いた時、体中の力が抜けていく気がした。
「あ、いえ。綺麗な指輪だと思いまして。あ、あの。その花束は、今後もうちの会社をよろしくお
願いしますという意味です。いやー、たまにはこういう変り種もいいかと思いましてハハハ」
 自分でも何を言ってるのかわからないくらい、早口で口からでまかせを紡ぎだす。
「あ、それでは自分は仕事がありますので」
 俺は、足早にその場を後にした。

 家に戻り、例の写真を取り出して、それを眺める。
 やっぱりこの人の方が好きなのかもしれないと、自分に言い聞かせるために。
「……ハハハ。やっぱ俺、どうしても針のむしろから逃れられないのかもな」
 はぁ。俺に春が訪れるのはいつになる事やら、出来れば春の名を持つ人がいいな。例えば。
 俺は写真を上に掲げた。
「この人とか。……なーんてな」

                                   終わり