※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

その七 夢と想いと【投稿日 2005/12/10】

カテゴリー-2月号予想


 軽井沢二泊三日の旅。その一日目も終わり、はしゃぎ疲れたためか、それとも
ただ単に酔いつぶれたのか、げんしけんメンバーは眠りについていた。
 ゆっくりと意識がまどろむ中、笹原完士は夢を見ていた。

 ――部室、夕方だろうか? オレンジの光が部屋の中に差し込んでいた。外で
は、つくつくぼうしが鳴いており、夏の終わりを告げていた。
 笹原は手にした『くじアン』単行本のページを一枚めくった。ちょうど会長が
卒業した巻である。
 その向かいには頭髪を筆型に纏め上げた少女、荻上がイラストを描いている。
 部室には二人以外来ておらず、会話も無い。ただ、セミの鳴き声だけが響いて
いた。
 笹原は、ちらりと荻上のノートに目をやった。しかし荻上は、かなり顔をノー
トに近づけて描いているため、よく見えない。
 視線に気づいたのか、ふっと顔を上げる荻上。一瞬目が合い、笹原は慌てて本
で顔を隠した。
 心臓がバクバクと早鐘を叩いている。このまま無言でいるのは辛い。そう思っ
た笹原は、口を開いた。
『あ、あの!』
 笹原は目を丸くした。彼が口を開くと同時に荻上も話しかけてきたからだ。
「な、何?」
「先輩は何で現視研に入ったんですか?」
「へ? いや、アニメとか好きだったからかな」
「そうなんですか」
「うん、そんな大した理由じゃないのは確かだよ。でも何で?」
「あ、いえ。特に理由は無いです」
 荻上は視線を逸らした。その仕草が何か可愛いなと、笹原は思った。
「荻上さんはどうして?」
「私は……、漫研追い出されましたから」
「あ、そうか。……そうだったね、ごめん」
 失敗した、笹原はそう思った。
「いえ、別にいいです。気にしないで下さい」
「……うん、ごめん」
「……そんな事より、先輩の事教えてください」
「……え?」
 笹原はドキッとした。どういう意味だろう、俺の事知りたいなんて。まさか、
いやでも。
「別にいいけど、どうして?」
 はやる気持ちを抑えながら笹原は聞いた。
「……別に深い理由はないですけど」
 また荻上はそっぽを向いてしまう。その行動に笹原は少し悲しくなった。
「……ただ知りたいだけだから」
 かなり小さな声で呟く荻上。しかし、その呟きは笹原には聞こえなかった。
「え? 何か言った?」
「な、何でもありません!」
 急に声を荒げる荻上に、笹原は驚いた。
「ごめん……、俺何か気に障る事言ったかな?」
「いえ! そんな事無いです。違いますから……」
 そのやりとりから何か気まずくなり、二人は会話をしないまま時は過ぎて言
った。
 雰囲気が重い。辛い。何とかしなきゃ。そう思った笹原は、もう一度話しか
ける覚悟を決めた。
「あ、あの……」
「先輩、よければ一緒に帰りませんか」
 先に口を開いた荻上によって笹原の言葉は遮られてしまう。しかも、荻上の
言葉があまりに意外だったため、頭の中が真っ白になってしまった。
「え、いや、あの」
「今日はもう誰も来ないみたいですし、それに私美味しいラーメン屋見つけた
んですよ。……あ! 別に変な意味じゃ無いです。ただ、まだ夏コミ手伝って
くれたお礼もしてませんし……ただそれだけですから」
 顔を真っ赤にし、視線も定まらない荻上を見て笹原は吹き出してしまった。
「な、何で笑うんですか!?」
「ご、ごめん。何かちょっと面白かったからさ」
「酷いです! もういいです、一人で行きますから!」
「ご、ごめんってば。うん、はい。ちょうどお腹も空いてたし、行こうか」

 斑目晴信は夢を見ていた。
 ここは綺麗な夜景が見えるので有名なホテルの上層にあるレストラン。その
中でタキシードに身を包み、斑目はワイングラスを傾けていた。
 彼の前には、真紅のドレスに身を包んだ金髪の女性、咲が座っていた。
「いやー、まさかね。あたしとアンタがこんな事になるなんてね」
 苦笑混じりの笑みを浮かべる咲。
「いや! 我々はいずれこうなる運命だったのだよ!」
「相変わらずオタクくさいよねーアンタも。今度は何のキャラ?」
「いやーこれは、ファーストガンガルに出てくる長兄なんだけど。結構好きな
キャラなんだよね。わかる?」
「いんにゃ、全然」
「あーそうですか」
「あたしにそんなオタク要素を求めるのが間違ってんだよ、だからさ、いじけ
んなって」
「別にいじけてないですよーだ」
「はいはい」
「でも本当にこれで良かったのか?」
 咲はその表情に影を落とした。が、すぐに笑顔に戻る。
「……それは言いっこなし。今は今を楽しもうよ」
「いや、春日部さんが良いんならそれで良いんだけど」
「そうだ! せっかくだからさ。あたしの事ちゃんと名前で呼んでよ、ね」
 咲は、憂いを帯びた眼差しを斑目に向けた。
「でもさ……」
 恥ずかしいのか、斑目は声まで小さくなっていった。
「呼んでよ、ねぇ。……は・る・の・ぶ」
 からかうような表情で斑目に詰め寄る咲。
「……さ……さ……咲…………さん」
「さんはつけなくていいよ」
 妖艶さすらかもし出して、正面から斑目を見据える咲。その行動で、斑目の
中の何かがキレた。
「さ、咲!」
 ガッと咲の肩を掴む斑目。今度は咲が驚く番であった。
「えっちょっ、斑目?」
「す、好きだ! さ、しゃき!」
 大事な所で斑目は噛んでしまった。見る間に斑目の顔が赤く染まっていく。
「……。ぷっ、あっはっはっ。だめだろー、そんな大事な所で噛んじゃ」
 斑目は全身を真っ赤にして押し黙ってしまった。
「……ほら、もう一度言ってみなよ」
 驚きの表情で咲を見る斑目。そして……。

 春日部咲は夢を見ていた。
 アニメグッズや同人誌が散乱しており、足場の無い部屋、現視研内でも屈指
のオタク度を誇る高坂真琴の部屋である。
 部屋の中心で、18禁ゲーム攻略に勤しむ高坂の姿がある。その横に置いて
あるベッドの上で咲は退屈そうにしていた。
「コーサカぁ、そんなに面白いのそれ?」
「うん、面白いよ」
 満面の笑みで答える高坂に、咲は苦笑を浮かべざるを得なかった。
 このままではまた退屈な時間を過ごすハメになる。もっとかまって欲しいな
と咲は思った。
「ねぇ、コーサカぁ。もっとかまってよぉ」
 普段の咲からは想像も出来ないほどの猫なで声で、高坂に呼びかけた。
「うん、そーだね」
 しかし、高坂は生返事をしただけに留まる。なんて事は無い、これがこの二
人の日常なのである。
 だが、咲はやはり納得出来ない。何故別れないのかという声もあるが、高坂
が見せる優しさが咲はたまらなく好きだった。その優しさがいつもあれば文句
は無いのだが、毎回見れるわけでもない。ただ、本当に寂しさを感じた時には
必ず傍に高坂はいるのだ。だから、別れるなんて考えもしないのである。
(あーあ、コーサカ。こっち向いてくれないかなぁ)
 すると想いが通じたのか、高坂はゲームをする手を休め、咲の方へ向き直っ
たのである。
(え? 通じたの?)
 驚きとは別に嬉しさがこみ上げてくる。ああ、この人は自分が本当に見て欲
しい時には必ずこちらを向いてくれる。コーサカ以外考えられない。
 微笑みながら高坂は両手を広げた。咲は幸せを感じながら、その胸に飛び込
んでいった。

 朽木学は夢を見ていた。
 彼は不思議な民族衣装に身を包んでいた。右手には剣、左手には小ぶりの盾
を装備している。RPGで言う『勇者』の姿である。
「さあ! 皆で力を合わせて魔王を倒すにょー!」
 しかし、彼の後ろには誰もいなかった。
「NOー!!!!!」

 笹原恵子は夢を見ていた。
 彼女の部屋は、ブランド物の鞄、服、帽子等で埋め尽くされていた。
「スゲー! スゲーよ! 安いし、たくさんあったし、もうヤバイよ! うふ
うふふふ、ね! アニキ!」
 笹原はその総額を見て青くなっていた。
「や、やばいよ。ホントやばいよ」
「ヤバイよね! ホントヤバイよね! うふふふふ」
「……俺の言うやばいは、お前のとは意味が違う……」
 笹原が泣いている横で、恵子は幸せそうに笑っていた。

 大野加奈子は夢を見ていた。
 午後も少しまわった頃、部室には一つの垂れ幕が下がっていた。
『コスプレ研究会』
 満面の笑みを浮かべている大野。それとは対照的に顔を青くさせている現視
研メンバー。
「あ、あのさ大野。これどういう事?」
 口元を引きつらせながら咲が口を開いた。
「はい! 今日からここはコスプレ研究会になります」
 笑顔で答える大野。
「絶対嫌で……」
「ダメですよ」
 荻上の抗議の声は、大野の一喝により最後まで言う事は出来なかった。
「ハハハ、大変だなぁ」
 既に卒業している斑目は、実害が無いので落ち着いて茶をすすっていた。
「何言ってるんですか? 斑目さんもやるんですよ」
 思いっきり茶を噴出す斑目。その様子はさながら鯨の潮吹きのようであった
と、後に笹原は語った。
「げほっ! えふっ! な、何言ってるの大野さん。俺もう卒業したから昼休
み位しかここ来れないし。そんな短い時間じゃやる意味ないでしょ?」
「何言ってるんですか本当に。会社もコスプレで行くに決まってるじゃないで
すか」
「無理! それ絶対無理!」
 必死になって抗議する斑目。その肩を咲がポンと叩いた。
「ダメだあれは、目がマジだよ」
 咲の言うとおり、にこやかながらもその目はちっとも笑っていなかった。つ
いでに言えばその口元には、いつの間にか大きめのマスクが着けられていた。
 斑目はパクパクとまるで鯉のように口を動かし、声にならない悲鳴を上げて
いた。
 不敵な笑いを上げ、大野はじりじりとメンバーに近づいていく。後ずさるメ
ンバー。そのなかで咲はメンバーに耳打ちをした。
「ほとぼりが冷めるまで逃げるよ」
 メンバー全員は力強く頷くと、踵を返し部室から走り去った。
「あ! ちょっと皆さん! 待ってくださーい!!!」

 荻上千佳は夢を見ていた。
 東北の片田舎、暖かくなったと言うがまだ少し寒さの残る季節、セーラー服
姿の荻上は学生服姿の少年巻田の事を考えていた。
 偶然と必然の交じり合った事件により、彼は荻上の前から姿を消してしまっ
たのだ。
 その事を思うたび、胸が苦しくなる。
 逢いたい。逢って謝りたい。ただその思いに縛られていた。
 しかし彼にはもう逢えない、彼の笑顔、彼の声、彼の想い。それら全てを失
ってしまったのである。
 縛られる想いにより、荻上は少し心を閉ざしてしまった。
 時は過ぎ、東京の大学に入学してもその傷は癒えなかった。ふとした時に思
いだし、罪悪の念に駆られるのである。
 彼女の記憶にある巻田の笑顔、それが笹原の笑顔と被っていく。自分の妄想
により傷つけてしまった記憶が甦る。もう自分は人を好きになってはいけない
んだ、好きになったらまた同じ事を繰り返してしまう。
 苦しい、謝りたい、許して欲しい、もう失いたくない。
 荻上は中学の時のそのままの姿で泣きはらした。その肩を、ポンと何者かが
叩いた。
 顔を上げると、そこには笑顔の、まるで全てを包み込んでくれそうな笑顔を
自分に向けている人物がいた。

 夜中急に目を覚ました荻上は、眠い目をこすった。
(思い出せないけど、何か悲しい夢を見ていた気がするな……)
 不思議に思いながらも、枕元に置いてあるメガネをかけ起き上がった。
(トイレ、トイレ)
 軽い二日酔いを覚えながら、ふらふらとトイレに向かう荻上。その手がトイ
レのドアノブに触れた時、急にそのドアが開いた。
「あっ」
「あっ」
 トイレから出てきたのは笹原であった。
「ごめんね」
 笹原は、つい反射的に謝ってしまう。
「いえ、別に」
 何か気まずさを覚え、荻上は目を逸らした。その荻上の顔を見た笹原は、涙
の後を見つけ驚いた。
「えっと、あの。大丈夫?」
「……何がですか?」
「いやだって、あの。涙の跡」
「これは、寝起きだからです」
 夢で泣いたとは言えないので、寝起きだからと荻上は誤魔化した。誤魔化し
きれるものではないが、本人が言い切るので笹原は強く聞けなかった。
「そう」
「あの、もういいですか」
 荻上はトイレを指差した。
「ああーごめん!」
 慌てて場を開ける笹原。そしてそのまま部屋に戻ろうとした背中に荻上は声
をかけた。
「……先輩、おやすみなさい」
「え? あ、ああ。おやすみ」
 返事を返した笹原はほんの少しだけ笑顔になり、部屋に戻っていった。