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長い夜 【投稿日 2005/12/05】

カテゴリー-斑目せつねえ


残業を終えて帰宅する斑目が、咲を見かけたのは師走のある夜のこと。
こんな時間にどうしたのだろう。

斑目「やぁ、春日部さん」
咲 「…ひっ!」
斑目「えっ!?」
咲 「あ、ああ斑目かぁ。ゴメン、ちょっと気付かなかった」
斑目「やー、ああ、そう?」」
咲 「残業帰り?なんかすっかり斑目も社会人だねぇ。」
斑目「はは…」

いつも通りの二人の会話。しかし咲は伏目がちだった。

斑目『なーんか、元気無くねぇ?』
斑目「んー、俺、晩飯まだなんだけど、どう?安いとこなら奢るヨ?」
咲 「えー?斑目が?どうしたのホントに社会人みたいじゃん。」
斑目「ふふん、サラリーマンの特権、ボーナス様の御威光ですよ!」
咲 「ありゃ~、じゃ、遠慮なく!」

咲に笑顔が戻る。

斑目『うむ!この笑顔なんだよな。だいたい強気じゃないと…』
咲 「ねえ、寒いし、そこに見える焼き鳥屋なんてどう?安そうだし。」
斑目「あ~、そうね。」

ガラリ…
店員「へらっしぇ!何名さまですか?」

鳥の焼ける煙と臭いを少し感じる。平日なので満席ではないが賑やかだ。
カウンターではなく、こじんまりとしたボックス席に通される。
焼酎ブームなのでこの店でも豊富だ。焼き鳥のセットを頼むと
咲は、黒じょかという土瓶で水割り焼酎を七輪で温めるものを頼む。

斑目「へ~。俺、こういうの初めて見るよ。」
咲 「なんかこんな小さな焼き鳥屋でも凝ってるもんだねぇ。」
斑目「じゃ、まぁ、まずは一献。」

まずは突き出しと、すぐに出てくる角煮で熱い焼酎を飲む。

咲 「あったまるねぇ。」
斑目「いやー、しかし会社の人以外と呑むのも大事だね。気が抜けるよ。」
咲 「なーに言ってんのよ、あんだけ部室に来てるくせに。」
斑目「はは…。」

やがて焼き鳥も運ばれ、次の焼き物や湯豆腐なんかもオーダーする。

斑目「しかし、最近冬コミ前だからなあ、笹原も荻上も全然見ないなぁ。」
咲 「一時はどうなるかと思ったけどねぇ。ヨロシクやってるみたいね。」

湯豆腐を取り分けて貰い、少し斑目が赤らむのは酒のせいではない。

斑目『うわー取り分けて貰うのって、なんか家庭っぽいんだよなぁ。』
  『しかし、やっぱり元気ねぇなぁ…。高坂となんか有ったか…何も無さ過ぎか?』

斑目「後輩に先を越されちまったなぁ。って今更だけどな。」
  「高坂と春日部さんなんて初っ端からだもんなぁ。」
咲 「はは…うん、そう…だね。でも………。」
斑目「あら?あらら?どうよ…!?高坂、ついに別の星に帰っちゃうの?」
  「やー、そうですか、特撮ものでもSF映画でも宇宙人は最後に別れるもんだしね!」
斑目『よーし、これでガーっと俺に怒れよー!』
咲 「SF映画でもって!そんな言い方ねーだろ!」
斑目「いっつも言ってるじゃん…って、あれ?」
咲 「………。」

咲の目に、ちょっと涙が浮かんでいる。

斑目『えぇぇーーー!!ちょ、やべぇー、失敗(しく)ったーーー!!』

斑目はやはり斑目だ。泣きそうな、いやちょっと泣いている咲を
しばしアタフタと眺めることになってしまう。

斑目「いやいやいや、いやゴメンって!」
咲 「………。」

今日の咲はいつもと違う。いくらなんでも何かしら喋るだろう。
答えずに、咲はバッグからハンドタオルを取り出して目元を拭く。

斑目「なんかあった?俺で良ければなんかアドバイスするよ?」
  「ほら、恋愛はともかく、オタクのことはオタクに聞くのが一番っしょ。」
咲 「………泣かしといてひでぇな。」

ようやく、咲が口を開いた。

咲 「オタクだからってんじゃないけど…。」
  「まだコーサカ学生なのにさぁ。もう働きすぎなんだよね…。」
斑目「あー…。つまりアレだね、逢える時間が無い、と。」

咲は落ち着くためだろうか、ぬるくなった杯に少し口をつける。

咲 「そうなんだけど、これから先、どうなるんだろってさ…。」
斑目「まあ、ゲーム業界は忙しいんだろうけどねぇ。」
咲 「コーサカがあたしから離れないでいてくれるか、いつまで惚れて貰ってるか…。」
  「もう、自信無いんだよ…ね………。」
斑目「う…そんなこと無えよ、春日部さん。4年も持ったのに…。」
咲 「うん…。」

うん、とは言ったものの、斑目の言葉は響いてない。とりあえずの相槌だ。

斑目「いつまで惚れられるかって…そんな…。だってそもそも俺がこんなに―――。」
斑目『あれ?あれ!?俺、何を言おうとしてるの???』
斑目「俺だって、春日部さんが好きなんだから…!!」
斑目『えーーー!言っちゃったの、俺??なんでだー!?』
咲 「…ぷっ!!」
  「あは、あはははははははは!!」

笑い始めた咲を見て、しばし呆然とする斑目だったが、はっと気付いて一緒に笑う。

斑目「はは…!!ははは………!!」
咲 「あーーー、もう、ありがとうね、斑目。」
  「捨て身のギャグがこんな時に出るとはねぇ!」
斑目「やー、まあねぇ。」
斑目『やっべー!っていうかアウトだよアウト!………助かった…のか?』

そこへ前掛け姿の若い店員がやってくる。
店員「申し訳有りません、ラストオーダーのお時間ですが、何か御座いますでしょうか?」
咲 「んー、や、良いや。お勘定して。」
店員「かしこまりました。」

財布を準備しかかる咲だが

斑目「あー、いいって春日部さん、今日はマジで全部払うから。」
咲 「えー、年末にまた散財すんでしょ?大丈夫?」
斑目「ほんと、解ってきてるねぇ、春日部さん。」
  「そんだけ解ってるなら、もう馴染み過ぎでしょ!大丈夫だよ。」
咲 「あんがとね。」

結局、この日は本当に斑目の奢りとなった。
外に出るとかすかに雪が降っていた。

斑目「こりゃー明日も早起きだなぁ。あ、駅まで送るよ。通り道だし。」
咲 「なんだか今日は、何から何まで悪いねぇ。斑目じゃないみたい。」

雪は積もる感じではなく、服に触れるとすぐに溶ける。
しかし今度は、咲が斑目を見て怪訝な表情だ。
斑目の背中には哀愁が漂い、何よりさっきから咲の方も見なくなっている。

斑目『捨て身のギャグねぇ。助かったけど、やっぱり俺って…対象外過ぎるんだなぁ。』

そんな斑目を眺めながら歩くうちに、やがて咲はハッとした表情になる。
思わず立ち止まる咲。

斑目「あれ?どうしたの春日部さん?」

斑目が咲に振り返ると、驚いたような…、そして眉が軽くハの字になり
済まなさそうな表情でこちらを見ている。

斑目『…!!まさか、さっきのが今更マジだとバレちゃった!?』
斑目「あ、あのー、春日部さん?」
咲 「え?」
斑目「さっきの話だけど。」
咲 「え?さ、さっきの話って…!」
斑目「高坂とうまくやっていけるかって話。マジで大丈夫だよ。」
咲 「あ、ああ…!」
  「…うん、うん。」
斑目「ああ見えても、俺らにもノロケてくるぐらいだし、心配要らないって。」
咲 「あ、そうなの?それって初耳だなー。」
斑目「やー、まあほとんど何考えてるかわからんけどね。」
咲 「ははは…!でもけっこうわかってくるもんだよ。」
斑目「その調子だよ。」
斑目『うーん、なんとかなってないけど、なんとかなったな。たぶん…。』

少し歩くとすぐに駅に着いた。駅前には足早に帰る人、タクシーを拾う人が数人。

斑目「じゃ、気をつけて。」
咲 「うん。」
  「………色々、ほんとにごめんねー。としか言えないけど…言えないけど。」
斑目「いや、いーって。」
斑目『春日部さん、それ以上は言わないでくれ…。』
咲 「うん、ありがとう。だな。それと、これからもヨロシク!」
斑目「はは、こちらこそ。じゃ、おやすみ。」
咲 「うん、おやすみ…コミフェスはコーサカと行くからね。」
斑目「あー、なんか卒業記念大会だなぁ。」

咲は駅の改札に入り、斑目は駅前通を逆方向へ歩く。
遠ざかる二人は振り返ることは無かった。

斑目『なんだか、けじめが付いたような、何もかも失ったような…。』
  『いや、俺の方が何も無かったように接さないと…。』

コンビニのドアをくぐり、寝る前の飲み物と明日の朝食を買う。

斑目『春日部さんに、これ以上は気を遣わせないのが、男の美学…ってか。』

雪はもうやんでいた。水道管が破裂したりすることも無いだろう。
植え込みに少し載っている雪も溶け始めている。

斑目『何年経てば、今夜のことも笑って話せるようになるんだろうな。』

なかなか家に向かって歩きだせない斑目の姿が闇に溶けていった。