30人いる!その9 【投稿日 2007/09/09】

・・・いる!シリーズ


第7章 笹原恵子の周囲

その後、その他の細かいスタッフの担当を決めて、3回目(?)の制作会議は閉会した。
現時点で決まったスタッフとキャストは、次の通りであった。
スタッフ
制作総指揮    荻上(まあ一応責任者ということで)
プロデューサー  台場
脚本       伊藤
助監督(チーフ) 伊藤
撮影       浅田・岸野
ロケハン     浅田・岸野
編集       浅田・岸野
光学合成(?)  台場
照明       豪田
録音       巴・沢田
美術       豪田
記録       神田
スケジュール管理 神田
着ぐるみ造形   国松・日垣
衣装       国松・日垣 
小道具      日垣
擬闘       朽木・国松
特殊技術     国松
総監督      笹原恵子


キャスト 
冬樹       有吉
夏美       巴
モア       アンジェラ
ケロロ      荻上
タママ      ニャー子
ギロロ      国松
クルル      スー
ドロロ      沢田
ベム1号      朽木
アル1号      日垣

クランクインは、シナリオ以外にもいろいろと準備にかかる時間を考慮して、1週間から10日ぐらい後ということに決まった。
浅田と岸野は神田と共に、神田宅に行く為に引き上げた。
神田宅の内装が日向家に似てることを思い出し、改めてロケに使えるか見に行こうというのだ。
(2人は夏コミの際に、神田作のコピー本を運ぶのを手伝ったので、家の中にも入っている)
伊藤はシナリオを仕上げる為に、台場はさらなるスポンサー集めの為に、そして豪田はセット制作準備の為に引き上げた。
結果残ったのは、監督の恵子と、スーツアクターを含む役者担当の会員たちだけとなった。
恵子は再び「ケロロ軍曹」のビデオを見始めた。

巴「ねえ、せっかく仮にも映画に出るんだし、クランクインには間があるんだから、それまで特訓しない?」
一同「特訓?」
最初にこの話に食い付いたのは国松だった。
「いいわねそれ、やりましょう!」
荻上「あの国松さん、最初に断っておくけど、特訓と言ってもジープとかは無しね」
国松「(笑顔)嫌だなあ会長、分かってますよそんなの。いくら私でも、学祭の映画の特訓でジープで追い回すようなことやりませんよ。(横向いて小声で)チッ」
一同『やる気だったのかよ…(冷汗)』
巴「特訓と言っても、まあちょっとした『ガラスの仮面』気分で、発声練習とか、腹筋とか、そういうのですよ。どうです荻様?」
荻上「まあそれぐらいならいいわね」
日垣「先ずはやっぱランニングですかね?」
国松「非体育会系の人が多いから、ジョギング程度でいいでしょ。その代わりしっかり声出して、発声練習兼用で」
朽木「そりゃいいですなあ。ついでに着ぐるみ班はみんな厚着して、着ぐるみ対策も兼ねれば一石二鳥ですにょー」
一同『それはチトハズいな…』
巴「あとはヒンズースクワットと」
有吉「プロレスラーじゃないんだから、それはちょっと…」
巴「何言ってるの、スクワットは演技の基本よ。森光子さんが80過ぎても元気に舞台に立てるのは、毎日スクワット150回やってるからよ」
一同「そうなの?」
ちなみに厳密には、森さんがやってるのはスクワットまで行かない軽い屈伸運動らしい。
まあそれでも、毎日150回出来る元気さは驚愕に値するが。

そこで突然、国松ルームに乱入者があった。
大野さんだ。
後ろにはスタンドのように、田中が付いて来ている。
荻上「大野さん、どしたんすか?」
大野「話は聞きましたよ。こんな面白そうな話、何で私にも声かけてくれないんですか?」
田中「すまん、止めたんだけど」
荻上「つまり大野さんも映画に出たいと?」
大野「(体をくねらせ)お願い、会長さ~ん」
荻上「いや私はこの件については一スーツアクターですから。それに監督恵子さんだし」
大野「(体をくねらせ)お願い、監督さ~ん」
恵子「(ビデオを止め)と言ってもなあ、もう配役は決まっちゃったし…」
大野「そこを何とか~」
田中「だからよしなさいって」
恵子「うーん、大野さんで今からでもやれそうな役と言えば…」
朽木「そりゃもちろん、あれしかないでしょ?」
巴「やっぱ、あれですかね?」
国松「あっ、分かった、あれですね」
沢田「分かりません」
荻上「ほらあの人よ。長い黒髪で、巨乳で、眼鏡で…」
沢田「あっ、なるほど!」
朽木「そんじゃあせーので言うにょー、せーの!」
一同「秋ママ!」
一瞬間を置いて、大野さんがキレた。
「誰が推定年齢30代半ばの2人の子持ちか~~~!!!」

実は今回の映画では、最低でも6年後の話なので推定40歳前後になるが、誰もそのことには触れなかった。
荻上「しょうがないじゃねっすか。他に適当な役無いし」
国松「あのう、それに秋ママさんだったら素敵だと思いますよ。見た目若いし、美人だし」
大野「そ、そう?(まんざらでもないなという微笑み)」
朽木「そうですにょー。わたくし秋ママさんだったら、ぜひ1度お願いしたいですにょー」
大野「何を?」
朽木「えーと、関節技とか…」
荻上「(しばし沈黙して考え込み)かろうじてセーフ」
そんなやり取りを無視して、恵子は携帯をかけていた。
「あっ伊藤、シナリオの話だけどな…何、もうあらかた書けてる?」
国松「伊藤君、仕事速いね」
有吉「多分先に殆ど書いてたと思うよ、シナリオ。彼、あれで意外と自信家だから」
恵子「そんじゃあさあ、前か後ろでいいから、秋ママの出る場面追加しろや…しゃあねえじゃん、今になって大野さん出たいって言うんだから…よし、それで頼むわ」
電話を切ると、恵子は大野さんに宣言する。
「てな訳で、秋ママ以外なら出るの無理、どうよ?」
大野「…分かりました。やります、秋ママ。(ニヤリと笑い)でもその代わり、クランクインまでの演技指導は、私が引き受けます!」
荻上「演技指導?あっもしや、その格好…」
荻上会長と会員たちは、黒いサマーセーターに黒のロングスカートという、大野さんの暑苦しい服装に今になってようやく注目し、その意味を悟った。
荻上「月影千草か!」
大野「見破ったわね。荻上千佳、恐ろしい子。(狂ったように)ホホホホホホホホ!」
一同『結局それがやりたかっただけだな…』

こうして現視研の面々は、クランクインに向けて始動した。
伊藤が国松ルームでの会議の翌日に、早くも脚本を上げてきて全員に台本が配布されたので、準備は予想以上に早く本格的な段階に入った。
国松と日垣は、着ぐるみとコスの制作を急ピッチで進めた。
小道具も担当している日垣は、銃その他のグッズについても準備を進めている。
実質的な特技監督である国松は、必要な特撮シーンについて準備を進める。
台場は相変わらず外回りでウロウロしている。
浅田と岸野は、カメラテストも兼ねてロケハンに忙しく動いていた。
豪田は必要なセットの本格的な制作にかかり、部室の外は殆ど工事中状態となった。
神田は各々の進捗状況と先輩たちのスケジュールを基に、仮の撮影スケジュールを作り始めていた。
どのみちスケジュールは変更の連続と考え、自治会に交渉して余ったホワイトボードを借りてきて、マグネットシートで人員や作業のコマを作り、作業進捗表を作成した。
チーフ助監督の伊藤は、それらの会員たちの間を行ったり来たりしつつ、各々の作業を手伝っていた。
そして総監督の恵子は、相変わらず「ケロロ軍曹」を見つつ、並行して様々な特撮やアニメのビデオを不眠不休で見続けていた。
まあ厳密には休憩は時々していたが、寝ていないのは本当だった。
ゴジラ10回鑑賞会以来、恵子の脳は活性化し続けていたが、問題もあった。
伊藤から渡された脚本を読んだ時、ひとつひとつのシーンについて様々な映像のパターンが1度にイメージ出来過ぎて、逆にどう撮るべきか迷う破目になった。
「こういう時、オタクっていろいろ見た『経験値』ってやつで何とかするんだろな」
そう考えた恵子は、遅まきながら映像体験の乏しさを強引に補おうとしていたのだ。

役者の面々も負けていなかった。
予想以上に早く脚本が上がったので、早くも本読み稽古に入り、それと並行して毎朝の特訓を開始した。
ちなみにスーとアンジェラも引越しが無事に終わり、早くも合流出来た。
特訓のメニューは、ストレッチ、ジョギング、腹筋、スクワット、発声練習など、普通の演劇部員がやりそうな内容だった。
メニューだけ見る分には。

その日の朝、斑目はいつもより2時間近く早く目を覚ました。
昨夜職場の飲み会があり少々飲み過ぎたせいで、明け方に激しい腹痛に襲われたのだ。
下痢体質の斑目は、飲み過ぎると二日酔いの代わりに下痢になることが多い。
トイレから戻り、時間を見ようと反射的に携帯を探した。
普段は寝る前にベッドの近くに持って来て、タイマーを目覚まし時計代わりに使っているのだ。
だがベッドの周囲には見当たらない。
昨夜のことを思い出してみると、泥酔状態で着替えて寝るのがやっとだったので、携帯をいじった記憶が無い。
鞄の中や昨日着ていたスーツを探してみるが見当たらない。
落ち着いて昨日の自分の行動を思い起こしてみる。
『飲み屋で携帯使った記憶は無いなあ。会社でもそうだ。最近最後に携帯使ったのは…』
斑目は手を打って思わず声に出した。
「部室だ!」

昨日の昼休み、例によって斑目は部室に立ち寄った。
そこでつい長話をしてしまい、社長から「はよ帰って来い」と催促の電話があったのだ。
『あん時が多分、携帯さわった1番最後だな』
電話を受けた後、斑目はまだ食べ終わっていなかった昼飯を片付けた。
その時に机の上に一旦携帯を置いたような気がする。
『どうする?今から取りに行くか?』
時刻は午前5時、今日は仕事は休みだ。
日曜日に工事の手伝いに駆り出されたので、その代休なのだ。
もう少し寝ていたいが、仕事関係のメモリーもたくさん入っている携帯を放って置く訳にも行かず、斑目は大学に向かった。

早朝とは言え、8月下旬はまだまだ暑い。
軽く汗ばみつつ、斑目は大学に到着した。
「この時間じゃあいつら居ないし、守衛さんに開けてもらうか」
そんなことを考えつつ、サークル棟に向かって大学構内を歩き始める。
遠くから、何かを叫ぶ声が聞こえてきた。
「何だろう?体育会の連中かな?」
あまり目立った戦績は無いが、椎応にも朝から練習している体育会はある。
だから最初斑目は、声の主はそういう集まりだと思っていた。
歩みを進める内に段々その声は大きくなっていき、その内容が聞き取れるようになった。
「ひとつ、腹ペコのまま学校に行かぬこと!」
「ひとつ、天気のいい日には布団を干すこと!」
思わず立ち止まる斑目。
「これって確か、前に国松さんが言ってた『ウルトラ五つの誓い』とかいうやつじゃ…」

やがて声の主たちが斑目の方に走って来た。
(と言っても、ジョギング程度のゆったりしたペースだが)
斑目の予想通り、声の主は現視研の面々だった。
みんなTシャツに短パンもしくはジャージというスタイルだ。
何故か荻上会長、国松、ニャー子、沢田、スー、クッチー、日垣だけはトレーナーやスウェットなどで厚着している。
当初の予定であった役者の面々だけでなく、スタッフまで一緒に走ってる。
斑目を見た現視研一同、その場駆け足に切り替え、やがて止まる。
荻上「おはようございます、斑目先輩」
他一同も口々に斑目に挨拶する。
斑目「おはよう。朝っぱらからどうしたの?」
荻上「クランクイン前の体力作りです」
斑目「クランクイン?ああ、映画作るんだったね」
荻上「撮影開始まで間があるんで、それまで体を作っておこうってことで、早朝トレーニング始めたんです」
体育会系の巴、日垣、国松、アンジェラたちの息は大して乱れていない。
一方正反対の非体育会系の沢田、有吉、豪田、そして大野さんは苦しそうだった。
斑目「『何で大野さんまで居るんだ?』えらく本格的だねえ。撮影の用意って、まだ出来てないの?」
荻上「小道具とかセットとかがまだ出来てないし、それに恵子さんが…」
斑目「恵子ちゃんがどしたの?」
恵子の姿は見当たらなかった。
国松「監督は今部屋にこもって、今度作る映画のイメージを固めてらっしゃるんです」

国松によれば、恵子は前述のように「ケロロ軍曹」を見るのと並行して、パロディの元ネタになったアニメや特撮ドラマのビデオを次々と見ているという。
アニメは国松の家に無いものも多かったので、国松が他の会員に連絡して探し、その会員(または国松)に持って来させていた。
その内段々それも面倒になってきて、恵子の方からビデオの持ち主のところへ出向き、時間によってはそのまま泊り込んだ。
国松から借りたケロロのビデオと共に。
「あたしが行った方が速いし、千里んとこばっか泊まるのも悪りいからな。それに時々は外の空気吸ってお日様の光浴びてえし」
こうして恵子は、次々とビデオを消化しつつ1年生たちの部屋を泊まり歩いた。
その中には男子会員の部屋もあったが、恵子は気にしなかった。
「別に襲ってもいいぞ。宿代代わりに1回ぐらいは構わねえから」
むしろ言われた相手の方がドギマギし困惑していた。

斑目「何か凄いことになってるね…笹原は知ってるの、恵子ちゃんのこと?」
荻上「この数日笹原さん忙しくて、なかなか直接話せなくてメールのやり取りだけになってるんで、書いた覚えはあるけど読んでるかどうか…」
斑目「そんなに忙しいの?」
荻上「何でも他の社員の人が倒れて、今5人担当してる状態らしいんです。それに…」
斑目「まだあるの?」
荻上「例のB先生がまた自殺しそうになって、今回は入院したそうなんです」
B先生とは元々笹原が担当している漫画家の1人で、ベテランの割に今ひとつメジャーになり切れない為にメンヘルの気があり、自殺未遂を繰り返していた。
斑目「何か兄妹揃ってえらいことになってるな。大丈夫か、あいつ?そんな調子じゃ今度は笹原が倒れかねんな…」

斑目「それにしても荻上さん、何でそんなに厚着してるの?」
荻上「厚着してる人は、全員着ぐるみの人なんです」
斑目「ああ、今から暑いのに慣れようってことね。でも役者の人はともかく、なんで全員で走ってるの?」
荻上「最初は役者だけで走る予定だったんですが、スタッフの子たちも付き合うって言い出したんです」
岸野「まあスーツアクターの大半が女の子ですからね。女の子だけ走らせて自分たちは寝てるのも気が引けますし」
伊藤「それにスタッフだって走り回りますからニャー」
アンジェラ「てゆーか、一蓮托生?」
その後しばらく話した後、斑目は部室の鍵を受け取り、無事に携帯を回収した。
屋上でスクワットをやりながら挨拶する会員たちに軽く手を上げて応え、斑目は部室を後にした。
帰り道、ふと立ち止まり振り返ってサークル棟を見上げて呟いた。
「風が吹くな…」

次の日の昼下がり、のっそりとキャンパス内を歩く巨体があった。
久我山だ。
夏コミの時には別人のように痩せていた(と言っても普通の人よりは太っていたが)久我山だったが、この頃にはリバウンドで以前の巨体に近付きつつあった。
今日彼がやって来たのは、部室にある資料を借りる為だ。
今年の夏コミに接待で連れて来た医者たちの何人かが、帰りに自分たちもコミフェスに出品したいと言い出したのだ。

そこで久我山は、とりあえず冬コミの申し込みをしてやり、漫画を描くことについては全くの初心者である彼らの為に、漫画の入門書を用意することにした。
そして前に来た時に、部室にその手の本が数冊あったのを思い出したのだ。
と言っても、現視研の備品をそのまま医者たちにまた貸しする積りは無い。
彼自身がその本を読んでみて、良さそうと思えるものを買って渡すつもりだ。
意外なことに彼はその手の本を持っていなかった。
元々絵描き属性はあっても漫画にすることまでは考えていなかった久我山は、見本にする為のイラスト集の類いはたくさん持っていたが、漫画入門系の本は持っていなかった。
だから4年生の時に初めて夏コミに出品した際、彼が漫画を描く為に最初に参考にしたのはネットの情報だった。
(間の悪いことに、夏コミ前の頃の近くの本屋や図書館には、たまたまその手の本で彼が気に入る内容の物が無かった)
だが断片的な情報を基に描こうとしても、なかなか思うように進まなかった。
だから笹原がキレるまで原稿が上がらなかったのは、必ずしも就職活動が忙しかったせいだけでも無かった。
最終的に漫画の形に仕上げられたのは、荻上会長の経験値に助けられた分が大きかった。
だから出来れば今回の件についても、荻上会長ともいろいろ話そうと思っていた。
後輩に頭を下げていろいろ尋ねるのは格好悪いという気持ちも無いでは無いが、相手は今やプロの漫画家なのだから、それだけの価値はある。
仕事が予定より早く終わり、ふと思い付いて来たので事前に連絡はしていないが、最近はかなりの高確率で部室に居るし、最悪でもあの人数だから誰か部室に居るだろう。



次回予告

ようやく本編メインキャラが介入し始めた映画制作プロジェクト。
次回、久我山は驚愕の光景を目にすることになる。
そして、いよいよ本編主人公の出番が…


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最終更新:2007年11月02日 01:48