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30人いる!その2 【投稿日 2007/07/22】

・・・いる!シリーズ


第1章 笹原恵子の回想

夏コミが終わって数日後のある日の昼下がり、現視研の部室では学祭で上映する映画の製作会議が開かれた。
参加者は、遅れて来ると連絡のあった浅田を除く1年生10人と荻上会長、「やぶへび」の3人娘、そして夏コミ翌日に一旦アメリカに帰ったはずのスーとアンジェラだった。
ちなみに恵子は例によって遅刻、クッチーは就職活動、大野さんは諸事情により後述する。
実はスーとアンジェラ、夏コミの前日に来日した際に、大野さんがアパートを紹介してもらった不動産屋を訪ね、秋から暮らすアパートの物件を探してもらっていた。
だが彼女たちの提示する条件を満たす物件は、その日は見つからなかった。
彼女たちの条件とは、2DK以上の間取りで、その2つの部屋が鍵のかけられる完全な個室であり、なおかつ1DKとあまり変わらない程度の家賃であることだった。
異国の地に住む精神的な不安と経済的な理由から、同じ部屋に住むことにしたのだ。
とは言っても、アメリカ人はある程度の経済水準で育てば、自然に1人1人のプライベート空間を求める。
その為に前述のような条件になったのだ。
だがこの時期に、椎応大学近辺でこの条件を満たす物件を探すのは困難だった。
大学周辺のマンションやアパートの多くは、学生や独身社会人の1人暮らしを対象にした、1Kか1DKの部屋だ。
2DK以上の間取りの部屋も無くは無いが、主に夫婦や親子3人以上で住む人を対象にしているので、当然家賃は割高になる。
結局その日は満足出来る物件が見つからなかったので、見つかり次第連絡してもらえるように不動産屋に頼んでおいて、2人は店を後にした。

2人が再来日したのは、昨日不動産屋から連絡があったからだ。
今朝成田に着いてからその足で不動産屋に向かい、物件を見せてもらった。
結局2人は、隣り同士の部屋が空いていて比較的家賃の安い、ワンルームマンション2部屋で契約することで落ち着いた。
ちょうどそんな時に1年生たちから連絡があった。
欠席裁判で事を進めるのも何なので、国際電話で連絡してみたのだが、2人が日本に来ていると家族から聞いて、彼女たちの携帯に連絡してきたのだ。
こうして2人も会議に同席することとなった。

荻上「ところでニャー子さんはともかく、何でヤブと加藤さんまで居るの?」
夏コミ終了後の打ち上げコンパで、ケロロ小隊コスを使っての映画制作が決まった直後、国松はニャー子に出演の依頼をした。
クルル役のスーと身長が釣り合う小柄な者が、現視研には荻上会長、沢田、そして国松の3人しか居なかったからだ。
ニャー子は国松の依頼を快諾して、現視研の映画に出ることになった。
藪崎「アホ、私らはまたじきに別のイベントで本出すさかい、ニャー子も居らんと困るんや。出番まではここで原稿描かせてもらうで」
加藤「まあニャー子貸し出すレンタル料とでも思ってちょうだい」
まあ実は藪崎さんと加藤さん、本当の狙いは斑目であり、現視研の面々は荻上会長も含めてそれを知っていたが、それ以上深くはツッコまなかった。
ちなみに今日は、2人のお目当ての斑目はまだ姿を見せていない。

「ええそれでは、第2回現視研で映画作ろうぜ会議を始めます!」
有吉の宣言と共に会議が始まった。
この頃になると有吉は、会議になるとかつての斑目のように、議長(と言うか司会進行)を務めることが多かった。
そしてホワイトボード前には、書記の神田が陣取っている。
豪田「2回ってのは?」
巴「多分この間の打ち上げでの話が1回目ってことじゃない?」
台場が挙手した。
台場「あの、始めるに当たって、私から先に言っときたいんだけど…」
有吉「どうぞ」
台場「あれからいろいろ考えたんだけど、せっかくケロロ小隊のコス作るんだから、いっそのこと『ケロロ軍曹』の実写版映画作ったらどうかな?」
思わぬ提案に固まる一同。
無理も無い、何しろ予算面で映画の話に難色を示した急先鋒の彼女からは、天地が引っくり返っても出て来ないと思われた提案がなされたのだから。
ちなみに当初の企画では、夏コミで使ったベムとアルのコスと、新作のケロロ小隊コスを使った、「ウルトラファイト」的着ぐるみアトラクションショー映画だった。
(注、夏コミでは初日に「妖怪人間ベム」、2日目に「鋼の錬金術師」のコスが行なわれた)
台場「大体本家のケロロだって、Aパートだけなら10分少々だし、放送1回分でも25分かそこらだから、8ミリ映画の上映時間としては妥当なとこだと思うの」
まだ固まっている一同。
台場「(一同を見渡し)どうかな?」
最初に凍結解除したのは国松だった。
垂れ気味の大きな眼からじんわりと涙がこぼれ、やがて子供のように「うわーん!」と大声を上げて泣き出した。

固まっていた一同が一斉に呪縛から解かれ、オロオロし出した。
「どっ、どうしたのよ千里?」
台場もとまどっていた。
1番喜びそうな彼女がワンワン泣き出したからだ。
「私嬉しいの!だって、だって本当は、私もケロロ軍曹で映画やりたかったんだもん!でも予算的に無理だと思ってあきらめて…そしたら晴海の方からやりたいって…」
そこまで言ってまた泣き出した国松を、台場は優しく抱いて「よしよし」という感じで頭を撫でてやる。
国松「それに私がアニメや漫画に興味を持つようになったきっかけが、実は『ケロロ軍曹』だったのよ」
一同「そうなの?」

ようやく泣き止んだ国松、台場から離れると高校時代の話を始めた。
国松には高校時代、アニメや漫画を専門とするオタ友達が居た。
2人は趣味こそ違えど、女オタ同士仲が良かった。
ある日その友達が「このアニメ、特撮ネタのパロディが多いから面白いと思うよ」と薦めたのが「ケロロ軍曹」だった。
国松は、ものの見事に「ケロロ軍曹」にハマった。
友達が録画したビデオを全話見て、本放送も毎週見るようになり、漫画も全巻読破し、「少年エース」を定期購読するようになり、DVDも買い集め始めた。
国松は真面目な努力家だった。
さらには劇中のパロディの元ネタを調べ、遂にはその元ネタのアニメまでも制覇した。
(特撮ネタだけは、普通30代以上にしか分からないネタも含めて全部看破した)
さらに友達の薦めで、パロディネタの多い「究極超人あーる」などにも手を出し始めた。

そんな過程を通じて、彼女は次第にアニメや漫画にハマり始め、同時にあることを悟った。
「今のアニメや漫画と特撮は、みんなそれらを見て育った人々が作っている」
「その為アニメや漫画と特撮は、お互いに影響し合っている」
「だから特撮を極める上で、アニメや漫画を極めることは避けて通れない」
こうして国松は、これまでの特撮オタク道と並行して、アニメや漫画のオタク道を進むことを決意した。
もっとも椎応に入った当初は特撮系のサークルに入る積もりだった。
だが該当するサークルが無かったということもあり、ならば大学時代にアニメや漫画を極めようと漫研やアニ研に行ってみた。
だがそれらはどうも漫画やアニメに特化し過ぎていて、初心者の国松には敷居が高く感じられた。
そして結局、ヌルオタからガチオタまでオタクの闇鍋状態の現視研へと辿り着いたのであった。

『国松さんってやっぱり真面目だな』
と内心感心しつつ、日垣は皆が気にしていると思われる懸案事項について質問した。
「でもいいの台場さん、予算の方は?」
台場はあまり厚みの無い胸を張って、高らかに宣言した。
「その点なら大丈夫!(荻上会長に)荻様、いや会長、事後報告で申し訳無いんですが、ここ数日あちこち回ってスポンサー集めて来ました」
一同「すぽんさー?」

台場は自分の鞄から、何やら書類の束を取り出した。
それを一枚ずつ手に取って見る一同。
荻上「スポンサー契約書?」
台場「まあひと口ひと口の額は少ないですが、とにかく数かき集めました」
豪田「鷲田社?これって笹原先輩の会社だね」
有吉「プシュケって…高坂先輩の会社だ」
神田「桜管工事工業?これシゲさんとこの会社じゃない!」
沢田「こっちには春日部先輩のお店が」
伊藤「こっちは久我山先輩の会社だニャー」
巴「晴海、あんたOBの人のとこ回って金策してたの?」
台場「人聞きの悪いこと言わないでよ。あくまでもOBの人の会社に頼んだんだから」
日垣「多分実際に金出してるのは、OBの方々だと思うよ」
岸野「そもそも春日部先輩の店って、店長先輩だし」
台場「ハハハ(笑ってごまかす)それより他のも見てよ」
ニャー子「これ駅前の本屋さんだニャー」
藪崎「こっちは大学の近所の喫茶店やな」
加藤「こっちは駅前の居酒屋ね…って、私たちまで加わってどうする!」
藪崎「えろうすんません」
原稿に戻る加藤さんと藪崎さん。
「まあ地域振興ってことで、いいんじゃない?」
荻上会長が場をまとめた。
「でも以後事後報告禁止よ。そういう提案なら反対はしないから(ニコッと笑う)」
台場「(ニコッと笑って直立不動の姿勢になり)GIG!」

巴「それはそうと、このスポンサーさんたち、どうすんの?ハルヒの映画みたいに、映画の合間に中コマでも入れる積もりなの?」
国松「冒頭に賛助って付けてズラッと字幕で並べたら?」
台場「まあマリアの言うのはチト手間だし、千里のに近い感じでいいんじゃない?エンディングタイトルでズラッと並べて」
沢田「晴海、素人の映画の最後に長々とエンディング見せても、誰も見やしないわよ。映画館ですらエンディングタイトルになったら殆どの人立っちゃうのに」
国松「そうよ。やっぱ特撮の伝統に則って、オープニングでスタッフやキャスト紹介して、最後は『終』の字を出してスパンと終わらないと」
豪田「まあ伝統はともかく、字幕はオープニングだけでいいってのには賛成ね。素人の映画にエンディングタイトルは大げさでしょ?」
岸野「そんじゃあスポンサーさんも、オープニングタイトルで『協力』とか付けてざっと紹介しちゃう?」
伊藤「それじゃあ味気ないから、せめて映画の前に短いCM入れてあげればいいニャー」
岸野「いいねえ、それ。映画館で映画始める前のサウナのCMみたいなやつ」
一同「サウナ?」
岸野「まあサウナはものの例えだけど、大体都心部の映画館は近所の店のCM入れる場合が多いよ。昔の映画館みたいに、動かない絵と文字だけのCMでいいんじゃない?」
沢田「何時の時代の話よ、それ?最近は殆ど映画の予告編と、普通のCMばっかりよ」

そこで突如スーが歌い始めた。
「京橋ハ、エエトコダッセ、ぐらんしゃとーガ、オマッセ~♪」
固まる一同。
ただ1人、藪崎さんだけがツッコミを入れた。
「スー!何であんたがその歌知ってるんや?」
台場「何の歌ですか、今の?」
藪崎「関西ローカルの有名なCMソングや」
神田「グランシャトーって何ですか?」
藪崎「大阪の京橋っちゅう歓楽街にある、有名なサウナ風呂や。さっきスーがうとてたCMソングは、今でもラジオや深夜のテレビでは流れとる」
(参考)
正確には「グランシャトー」とは、サウナ風呂の他にバーやゲームセンターやパチンコや中華レストランなどが入った雑居ビルのことを言う。

日垣「で、何でスーちゃんがそれ知ってるんです?」
藪崎「多分関西在住のオタ友達が居って、アニメの映像を送ってもらってるんやろ。テープやDVDを郵送してるのか、ネットで送信してるのかは知らんけどな」
神田「それでその中に関西のCMが入っていたと」
藪崎「多分な。その友達、CMカットみたいな細かいことはせんかったんやろ」

荻上「さて、本題に戻りましょうか」
結局のところCMは、クランクアップ直前の進捗状況を見て決めることになった。
予定より早く終わりそうなら、映画の前か間に動画の形でCM制作。
予定より遅れているなら、オープニングタイトルで「協力」とクレジットを入れて字幕でざっと紹介。
とまあ、そんな具合だ。

「あと本格的に制作会議に入る前に、もうひとついいかな?」
普段自分から口を開くことの少ない岸野が珍しく切り出した。
「撮影の基本になる機材のことを先に確認しておきたいんだ。うちには8ミリとビデオと両方あるんだけど…えーと、これはちょっと先に説明した方がいいかな」
荻上「そうね、みんなその手のことは知らなさそうだから、お願い」
岸野「分かりました。まず結論から先に言うと、8ミリとビデオだと、初心者が映画を作るのにはビデオの方が向いてます」
沢田「どうして?」
岸野「簡単だからだよ」
神田「カメラの扱いが?」
岸野「それもあるけど、テープの入手から編集まで、ありとあらゆる点でビデオの方がやりやすいのは確かだよ」

巴「8ミリは難しいの?」
岸野「順番に比較してみようか」
岸野は具体的に説明を始めた。
その主な内容は以下の通りだった。

フィルム(テープ等のメモリー用ソフト)とカメラの入手 
8ミリ→扱っている店は限られる 
ビデオ→大概のカメラ屋や電気店で買える

照度の調整
8ミリ→シングル8(後述)の場合、昼光用と人工光用でフィルムを使い分ける
ビデオ→自動で調整出来る

現像
8ミリ→1~2週間かかる
ビデオ→必要無い上に、その場で映り具合が確認できる

編集
8ミリ→ビューワーという手動の器械でフィルムを見つつ、切ったりつないだりする
ビデオ→パソコンの編集ソフトを使う

岸野「ちなみに俺んちには、8ミリとビデオとどっちの道具も揃っているから、どっちでも大丈夫だよ」
神田「岸野君そういう趣味があったの?」
岸野「親父のだよ、両方とも。親父は学生の時映研だった上に、俺が小さい時にはよく8ミリで家族撮ってたんだ」
沢田「ビデオの方は?」
岸野「弟が生まれた時にビデオに切り替えたんだよ、親父」
日垣「そりゃまたどうして?」
岸野「8ミリのフィルム扱う店が少なくなった上に、ビデオカメラの小型化が進んで性能もアップしたからだよ」
豪田「まあそれはともかく、今までの話じゃビデオでいいと思うんだけど」
岸野「だけど今回の場合、8ミリでないと問題なこともあるんだ。こっからは国松さんに説明してもらった方がいいかな?」
国松「うん分かった。普通の映画なら私もビデオに反対しないけど、特撮の場合はひとつ大きな問題があるのよ」
荻上「それはどんな?」
国松「ビデオだと映像が鮮明過ぎるんです」
巴「鮮明ならいいんじゃないの?」
国松「そうすると粗が目立っちゃうのよ」
一同「あら?」
国松「例えばビデオで撮ると、着ぐるみは着ぐるみにしか見えないし、ミニチュアはミニチュアにしか見えない。でもフィルムの粗い粒子の映像なら、割とそれらしく見えるのよ」

豪田「どうもピンと来ないわね」
国松「これは何も特撮に限ったことじゃないわ。例えばビデオ撮りの時代劇って、何かウソっぽく見えない?」
豪田「そう言えばそうかな…」
伊藤「今の時代劇って、言葉使いとか立ち居振る舞いが現代のまんまなせいもあって、セットの中で時代劇コスプレのコントやってるようにしか見えないんだよニャー」
ニャー子「時代劇ってあんまり見ないけど、そんなもんなのかニャー?」
伊藤「昔の時代劇の役者さんは、剣道とか日本舞踊とかやってて着物での立ち居振る舞いが身に付いてたからニャー。その点今は、着物で洋服の動きやってるからニャー」
国松「でもこれがフィルムだと、例えば必殺シリーズみたいに時代考証のイージーな時代劇でも、けっこうそれらしく見えるものなのよ」
荻上「まとめると非日常的な作品にビデオは向いてない、ってことかな?」
国松「そういうことです」
巴「そんじゃあ8ミリで行く?」
岸野「そこでお薦めしたいのが、8ミリとビデオ両方で並行して撮ることなんだ」
アンジェラ「OH!ハリウッドでやってる方法あるね」
荻上「どういうこと?」
アンジェラ「最近のハリウッドでは、映画を撮る時に同時にビデオで撮影して、それを現場で確認しながら撮影を進めていく方法が取られているあるね」

岸野「それもあるけど、もうひとつ保険の意味もあってのことです」
荻上「保険?」
岸野「先程も説明した通り、フィルムは現像から返ってくるまで時間がかかります。そしてそれまで上手く撮れているかどうかは分かりません」
台場「つまり最悪の場合、ビデオを素材にして完成させようという訳ね」
岸野「そういうこと。それに8ミリはもし故障した時、修理や代わりのカメラの手配は困難だしね。どう、国松さん?」
フィルムこだわり派は国松だけなので、敢えて岸野は名指しで尋ねた。
国松「まあなるべく避けたいけど、確かに保険は必要ね。会長、いいですか両方で?」
荻上「いいと思うわ。みんなは?」
他の会員たちも賛同し、8ミリとビデオの両面作戦で撮影されることが決まった。

有吉「それでは具体的な制作手順の話に移りたいと思うのですが、まずは企画を立ち上げた国松さんから行きましょうか」
豪田「そうね、先ずは監督さんからよね」
キョトンとした顔の国松。
豪田「ん?どした?」
国松「私監督はやらないわよ。て言うか出来ない」
一同「えっ?」
みんなが驚くのも無理は無かった。
この企画を言い出したのが国松であり、特撮についての知識は現視研随一の国松が当然監督をやるものと思い込んでいたからだ。

豪田「(立ち上がり)ちょっ、ちょっとどういうことよ!?この話言い出したのあんたじゃないの!」
台場「そうよ、あんなに楽しみにしてたのに、どうして?」
一点の曇りも無い瞳を皆に向け、国松は平然と言い放った。
「私、スーツアクターだから」
そのひと言で、夏コミでクッチーが長時間着ぐるみを着て倒れたことについてキレた国松を直に見た男子会員たちと、キレられた荻上会長は納得した。
国松にとってスーツアクターとは、神聖にして侵すべからずと言っていい聖域であり、少なくともカメラが回っている間はそれ以外の仕事を兼任出来る性格のものではないのだ。
だが話で聞いてはいるものの、直に見ていない女子会員たちは今ひとつピンと来なかった。
豪田「それがどうしたのよ!アマチュアの映画制作で監督が俳優兼ねるのなんて普通じゃない!だからあんたも監督とスーツアクターぐ…」
豪田がそこまで言いかけた時、荻上会長は素早く動いた。
席を立つや疾風のように豪田に駆け寄り、背後から飛び付いた。
両脚で豪田の胴体を挟んでしがみ付き(豪田のウェストが太過ぎて、巻き付けるまでには至らなかった)両手で豪田の口をふさぐ。
豪田「ん~ん~!」
荻上「巴さん、アンジェラ、悪いけど私ごと豪田さん外へ運び出して!」
荻上会長の切羽詰った言い方に、思わず立ち上がって豪田を運び出す2人。

部室の外に出て、ようやく荻上会長は豪田から離れた。
豪田「(息を荒くしながら)もう、どうしたんですか、荻様?」
荻上「いい?国松さんにスーツアクターを軽視するような発言は、最大のNGワードよ」
豪田「そうなんですか?」
巴「いくら何でも、それは大げさでは?」
話でしか聞いていない1年女子たちには、今ひとつキレた国松の怖さが実感出来なかった。
荻上「あなたたちは実際に怒られてないから、そんな呑気なこと言えるのよ」
アンジェラ「そんなにセンリ、怖いあるか?」
荻上「(顔面蒼白で)怖いわよ、思い出しても寒気がする」
そう言って震える荻上会長に慄然とする3人。
『完全にトラウマ化してるな、何をやったんだ千里?』

「会長の仰ること、決して大げさじゃないと思うよ」
3人の背後から、突然声がかかった。
一同「(振り返り)浅田君?」
声の主は浅田だった。
荻上「どうしたの?随分大荷物ね」
浅田は大荷物だった。
夏コミの時に使っていた、本来登山用らしき大型のリュックを背負っている。
それに大きな板を小脇に抱えている。

浅田「遅くなりました、会長。高校に寄って撮影機材借りて来たんですけど、思ったより時間かかっちゃいました」
一同「撮影機材?」
浅田「(荷物を床に置き)そう、レフ板とかライトとかいろいろ。それよりさっきの話だけど」
言いながら浅田は、リュックからノートパソコンを取り出して起動させ始めた。
豪田「千里のこと?」
浅田「まあ口で言っても分からないと思うから、実際に見てもらった方が早いかな」
浅田はノートパソコンを何やら操作した。
するとディスプレイの中では、夏コミ1日目のコスプレ広場の、あの惨劇が再現された。
ハルヒコスでマジ切れし、荻上会長・大野さん・田中の3人に怒鳴りつける国松。
その様子を呆然と見続ける1年女子3人、次第に青ざめる。
荻上「こっ、これどうしたの?」
浅田「実はあの日、高校の写真部の連中が来てたんです。そんでコスプレの撮影してたんですが、そん中に1人ビデオで会場撮ってた奴が居まして…」
荻上「で、その人があの1件を撮影してたと」
浅田「そういうことです」
荻上会長は3人に声をかけた。
荻上「分かってもらえたかしら?」
3人「(怯えた顔で)たいへんよく分かりました」

荻上会長たちが部室に戻ると、まずは一緒に入ってきた浅田にみんなの注目が集まった。
神田「浅田君遅刻!」
浅田「ごめんごめん、お土産持ってくるのに手間取っちゃってね」
神田「お土産?そう言えば、えらい大荷物ね」
浅田「とりあえずライトとレフ板と集音マイク、それに予備のカメラ持って来た」
沢田「そんなのどっから調達したの?」
浅田「高校の映研から借りて来たんだよ。レフ板とライトは写真部からでもよかったんだけど、カメラとマイク借りるついでにね」
国松「よくこんな時期に借りられたわね」
浅田「逆だよ。こんな時期だから借りられたんだ」
国松「どういうこと?」
浅田「うちの高校の映研って、夏休みに入ると同時に2週間ぐらい合宿やって、集中的に文化祭用の映画の撮影やっちゃうんだよ」
岸野「そして今ぐらいの時期は、編集とアフレコってとこか」
浅田「その通り。だから編集用の機材も追って借りる積もりだよ」
みんなが感心する中、荻上会長はホワイトボードに注目した。
ホワイトボード上には、映画スタッフの役職の名前がズラリと並んでいた。
荻上「どうしたの、それ?」
神田「会長たちをただ待ってるのも何なんで、千里に映画制作に必要な役職を訊いて書き出してたんです」

国松「あと会長、さっきは何かあったんですか?」
荻上「なっ、何でもないわよ。豪田さんがちょっと気分悪そうだったから、外で風に当たった方がいいと思って…」
一同『何ちゅう苦しい言い訳だ…』
だが天然ボケの気のある国松はあっさり納得した。
国松「そうですか。(豪田に)大丈夫?」
豪田「うっうん、大丈夫、心配かけたわね。(ホワイトボードを見て)それにしても、けっこうたくさんあるのね、映画の役割分担って」
台場「今も話してたんだけど、この人数でもかなりの役職は兼任になりそうね」
巴「とりあえず、スーツアクターの7人とカメラマンの2人以外から監督選任しない?」
有吉「そうだね。誰か希望者は居るかな?」
返事は無かった。
有吉「まあみんな未経験だから無理も無いか」
荻上「本来なら私がやるべきなんだけど…」
神田「会長は漫画家のお仕事がお忙しいし、何と言っても軍曹さんですし」
荻上「隊長は無責任につっ立ってるのが仕事ってことね」
有吉「国松さん、誰か推薦とか無い?」
国松「うーん…推薦と言うんじゃないけど、監督の条件みたいなのをひとつ挙げていい?」有吉「何だい?」
国松「監督に1番必要なのは、知識とか技術とか経験とか才能とかセンスとかよりも、誰に対しても偉そうに命令出来ることだと思うの」

荻上「えらくイージーな条件ね」
国松「監督ってのは作品のイメージを最終的にまとめるのが仕事ですから、それの良し悪しに関係無く途中でブレちゃ困るんです」
荻上「なるほどね」
国松「だから監督ってのは、たとえ根拠や自信が無くても威張ってなきゃいけないんです。監督がオロオロ不安そうにしたら、みんなも不安になりますから」
荻上「耳の痛い話ね」
国松「(慌てて)あっ、あのこれ会長のことじゃないですから、絶対!会長は何時だって不動心ですし」
荻上「実は心の中は揺れまくってるんだけど…いけない、また話がズレてきたわね。誰かそういう条件の人居るかなあ?」
その時、会員たちの脳裏にある人物が浮んだ。
だが浮ばなかった者も居た。
台場はロッカーから数本の割り箸を取り出し、今部室に居る人数を数え始めた。
次に割り箸の本数を数え、数えた割り箸全部の袋を取り去って割る。
さらに割れた箸の1本を手に取り、机の上のペン立てから極細のボールペンを出し、箸の根元に何やら書き込もうとする。
この時点で荻上会長は、台場が何をしようとしてるか大体分かった。
荻上「もしかして、やっぱりくじ引き?」
台場「(ニッコリ笑って)これが1番公平ですから。(一旦手を止め)あっ、いいですよね、会長?」
荻上「うーん(しばし考え)いいわ、とりあえずそれで行きましょう」
台場は再び書き始め、書き終わるとその何か書き込んだ箸をその他の箸と共に両手で握る。

台場「(割り箸を前に突き出し)さあみんな、引いて!あっ、会長と彩とニャー子さんとスーちゃんと千里、それに日垣君と浅田君と岸野君は引かなくていいですから」
国松「てことは、その残りの人数分なの、くじ?」
台場「ちゃんと数えたわよ。えーと1年生が私とアンジェラも入れて7人、まだ来られてないけど恵子先輩、それに藪崎先輩と加藤先輩でちょうど10人!」
藪崎「ちょ待て!何で私らも入ってんねん?!」
加藤「いいじゃないの」
藪崎「加藤さん!」
加藤「当たらなければどうということないわよ」
藪崎「当たったらどないしまんねん?〆切までそない間あおまへんで!」
加藤「その時はその時よ。くじ引きの結果なら仕方ないわ」
台場「さすが加藤先輩、話が分かる!そんじゃくじ引きレディーゴー!」
だがみんな、しばし引くことを躊躇した。
その僅かな時間に乱入者があった。
遅れてきた恵子だ。
(つまりここまでの回想は、厳密には後で恵子が聞いた話である)
「ちわーす!ごめんよ遅くなって。(台場の手元のくじを見て)なーに、くじ引き?何当たんの?」
言い終わるよりも速く、恵子はくじを引いた。
次の瞬間、部室内の時間が数秒凍結した。
ただひとりを除いて。
恵子「わっこれ当たり?!何か書いてあるじゃん。えらくちっこい字だな。えーと…総…」
いち早く凍結を解除した台場、喪黒のように力強く恵子に人差し指を突き出し、欽ドン賞を宣言する萩本欽一のような口調で、高らかに宣言した。
「総監督、決定!」


次回予告急転直下で監督に決定した恵子。
果たして恵子は監督を引き受けるのか?
前回の最後に残り、そして今回も残った数々の謎の真相は、次回こそ明らかになるのか?
次回、さらなる試練が恵子を待つ。