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「居場所」 【投稿日 2007/06/30】

カテゴリー-斑目せつねえ


 *註
この作品は「どうしようもない」「結婚行進曲」の続きです。そちらを読まれたほうがより楽しめます。


コンコン。
軽いノックの音に反応して、部屋の中から「どうぞー。」と声が聞こえる。
斑目は、ごくりと唾を呑み込むと、その白いドアを開いた。

『居場所』

「こんにちは。」
ゆっくりと部屋の中へと足を踏み入れた斑目の目に、ベットに座る咲が映る。そして、その横の小さなベットには、産まれたばかりの小さな命が眠っていた。
「来てくれたんだ。ありがと。」
心持ち小さな声で咲が言う。
その顔は、少し憔悴している様に見えるが、幸せそうに輝いている。
「高坂は?」
「家に荷物取りに行ってるよ。」
恐る恐る赤ん坊のベットを覗き込みながら、斑目が聞く。
「昨日産まれたんだって?」
「正確には今日の2時。」
「へぇ……。」
まじまじと赤ん坊の顔を見る斑目。
「えーと、男?女?」
「女の子だよ。名前は今考えてる所。」

感慨深い様な、それでいて苦しい様な感情が、一瞬斑目の心に沸き上がった。
「どうかした?」
斑目の表情が揺れるのを見た咲が訪ねる。
「あー、いや、何か変な感じだと思ってさ。」
焦った斑目が、咲から目を反らしながら言う。
「何が?」
「だってさ、この前まで大学生だと思ってたら、いつの間にか春日部さんが“お母さん”で高坂が“お父さん”なんだぜ?」
「私も今は高坂だけどな。」
ツッコミを入れると、咲はクスリと笑った。
「私も全然実感無かったよ。自分が母親になるなんてさ。
でも……。」
そこで言葉を切ると、咲は優しい微笑みを浮かべて赤ん坊を見つめる。
「この子を産んで、抱いた時に、凄く感動してね。」
誇らし気な咲の横顔を見ながら、斑目は胸がチクリと痛むのを感じた。
我ながらしつこいものだと苦笑する。

「二人に似たら凄い美人になるよな。あ、でも高坂ばりの濃いおたくになったりして?」
ニヤリと笑う斑目の言葉に、咲がギョッとした。
「言うな!私もそれが一番怖いんだ!」
頭を抱える咲を見ながら、斑目はホッと息を吐く。
(普通に話せるじゃないか、俺。)
本当は、まだ怖かったのだ。
自分の気持ちが。
咲への想いが。
「私さ、あんたに合えて良かったよ。」
「へ?」
唐突な咲の言葉に、斑目の動きが止まる。
「真琴とここまでつき合ってこられたのも、あんたと色々言い合って来たおかげだと思ってるからさ。」
「口喧嘩、よくしたよな。」
「うん、真琴には聞けない事も、あんたなら聞けたからね。」
「……。」
斑目は自分の顔が赤くなっていくのを感じた。
そんな風に思っているとは、そんな風に言ってくれるとは考えてもいなかったからだ。

「ま、おたくの友人が出来るなんて、真琴とつき合う前は思ってもいなかったけどね。」
「俺も、別の星の住人と友人になるとは思っていなかったデスヨ。」
「うっわ、おたくくさーっ。」
そう言って、二人で笑う。
斑目は、この心地良いと思える瞬間が、咲にとってもそうである様にと願った。
「うーっ。」
もぞっと動いた赤ん坊が、目を開く。
そして、近くにいた斑目をじっと見つめる。
「起きちゃったか。」
ひょいっと咲が赤ん坊を抱き上げたが、その目は斑目に釘付けだ。
「何?そんなに珍しい顔してるか?」
斑目はそっと赤ん坊の柔らかな頬に触れた。
「あっ。」
その指を、赤ん坊がギュッと握り締める。
思いの外強く握られた手から、暖かさが伝わって来た。
どれ位そうしていただろう。
赤ん坊は突然指を離すと、咲にしがみついた。

「お腹空いたのかな。」
そう言って、咲はチラッと斑目を見る。
「?」
「えーと、母乳をあげたいんだけど……。」
「ああ……。」
暫くの沈黙。
(母乳をあげたいって、母乳……。胸……。)
そこまで考えて、斑目はくるりと後ろを向いた。
「じゃあ、俺、これで帰るわ!」
「外で待ってれば?もうすぐ真琴も来るし。」
「いーって、又皆と合いに来るから。」
斑目はそう言って手を振ると、ドアを開く。外へと踏み出しながら、彼は少し立ち止まった。
「春日部さん。」
「高坂だ。」
「俺も、“高坂”さんに合えて良かったよ。」
パタンッと音を立ててドアが閉まる。
残された咲は、少し驚いた顔をして、クスリと笑った。
斑目は真っ赤になった顔をして、早足に病院を後にする。
(言えて良かった……。)
ドキドキしていた心臓が落ち着いてきた所で、斑目は立ち止まり、右手を見た。

さっき赤ん坊に握られた指が、まだ熱を持っている様に感じる。
友人だと、言ってくれた。
何の実りも無いと思っていたこの咲への想いの与えてくれた、咲との『居場所』。
それが、此処だと言うのなら、案外幸せな事なのかもしれない。
そう思い、ギュッと右手を握ると、斑目は又歩き出す。
口元に、微笑みを浮かべながら。

終わり