「結婚行進曲」 【投稿日 2007/05/25】

カテゴリー-斑目せつねえ


 *註
この作品は「どうしようもない」の続きです。そちらを読まれたほうがより楽しめます。



斑目は自宅の玄関を開き、空を仰ぐ。
(いい天気だ……。)
ボウッとそんな事を考えながら、溜め息をつくと、目的地へと出発した。


結婚式場へと到着した斑目は、先に着いているであろう現視研メンバーを探す。
(来ちまったな。)
春日部の結婚式。
ふっきれてなどいない。
しかし、斑目の選択肢に「欠席」の文字は無かった。
春日部と約束した事もあるが、欠席する事で他のメンバーと顔を合わせづらくなるのが嫌だったせいだ。
「こんにちは。」
後ろから声をかけられた斑目が振り向くと、そこには白いタキシードに身を包んだ高坂が立っている。
一瞬ドキリとしながら、「よう。」と挨拶を返す斑目。
眩しいほどに白いタキシードは、高坂に良く似合っていた。

「今日の主役がこんな所に居て良いのか?」
「はい、まだ時間ありますから。」
キッパリと言う高坂の表情はいつも通りの笑顔で、緊張は見られない。
「皆は先に咲ちゃんの所に行きましたよ。」
奥を指差す高坂の言葉に、斑目は困った様な笑顔を浮かべる。
もちろん、春日部のウエディングドレス姿は見たい。しかし、行った所でこの前の様に辛くなるだけだ。
そう思い、その場に立ち尽くす。
「しっかし、以外だったな……。」
ポツリと斑目が呟く。
「まさか春日部さんが『できちゃった結婚』なんてな。もっと二人で居たかったんじゃねぇか?」
からかいなどではなく、斑目は素直にそう思っていた。
「そうですね……。」
少し言い淀む高坂を、斑目は以外に思う。

「ちょっと良いですか?」
高坂は斑目を人気の無いロビーへと誘った。
二人で歩きながら、斑目は内心又地雷を踏んだのかとビクビクしている。
(マズイ事聞いたかな……。)
ロビーにあるソファーに座ると、高坂は笑顔を消し、真剣な表情で斑目と向かい合う。
「誰かに聞かれると思ってました。いずれは皆にも言おうと思ってます。」
「?」
何を言おうとしているのか分からず、グッと斑目が身構える。
「これ、咲ちゃんにも言って無いんですけど。
実は、子供、僕がワザと作ったんです。」
ポカンと口を開けた斑目が、「はっ?」と聞き返す。
突然の告白だが、それが何を意味するのか斑目には分からない。
「僕、咲ちゃんと結婚したかったんです。」

「いや、でも、お前らならそんな事せんでも、結婚出来たんじゃ……?」
もやもやとした感情を押し殺し、斑目が尋ねる。
「そうですね。急がなくても、いずれはそうなっていたと思います。」
迷いの無い、高坂の答え。
「でも、それだと僕と咲ちゃんの仕事が落ち着いてからになっていたんじゃないかな?
二人共忙しくて、結婚所じゃ無かったから。」
斑目の心がチクリと痛む。
「咲ちゃんが『結婚』を望んでいる事は分かってました。はっきりした『絆』が欲しかったんだと思います。
でも、仕事が軌道に乗っているとはいえ、この時期に結婚は言い出せなかった。もちろん僕も……。」
そこで言葉を切ると、高坂は苦笑して斑目を見た。
「だから子供を作りました。いやおう無しに結婚出来る様に。」

斑目は自分の足元を見つめながら、高坂の言葉を反芻する。
(春日部さんはそれを本当に望んでいたんだろうな。)
そうでなければ、あんな笑顔が出来る筈が無い。
「それは、春日部さんの為か?」
「はい。でも、半分以上は僕自身の為です。」
思ってもいなかった高坂の言葉に斑目は驚いて顔を上げた。
「僕も不安だったんです。咲ちゃんが何時まで僕の側に居てくれるのか。」
いつも堂々と自信が有り、春日部を振り回していると思っていた高坂の意外な一面に、斑目は戸惑う。
「咲ちゃんはいつも頑張っている人だから。
前、大学の火事の時に気付けなかったのは、そんな彼女に、僕が甘えていたからだと思います。
咲ちゃんよりも、本当は僕の方が彼女が居ないと駄目なんですよ。」

斑目は何も言えなかった。
(そう言えば、高坂が春日部さんの事を必要だと聞いたのは初めてだな……。)
何故か、あまり嫌な気分では無い。
今まで、斑目は春日部を一方的に想っているだけで、高坂の存在を忘れていた。
嫌、気にはしていたが、『春日部が高坂を好き』な事だけに気を取られ、『高坂が春日部を好き』な事を考えていなかった。
斑目は高坂が嫌いでは無い。その技術と生き方は尊敬すらしている。
だからこそ、自分と比べて卑屈になっていた。
(俺は……。)
暗い霧が晴れる様な感覚。
(結局、俺はただ春日部さんに『想われている』高坂が羨ましかっただけだ。二人を見ようともしないで、自分の価値観で二人を見て、決めつけて、指をくわえて見てたんだ……。)

「斑目さん?」
自分の思考に没頭してしまった斑目に、高坂が声をかける。
「ああ、悪い。」
ハッとして高坂を見ると、その顔には笑顔が戻っていた。
「良いのか?こんなこと俺に言っちまって。」
斑目の言葉に、高坂は笑って頭を掻く。
「皆にも言うつもりなんですけど。咲ちゃんもこの事気付いてるみたいなんですよ。」
「え、そうなの?」
「責任取れって言われましたし。」
何と言って良いのか分からず、斑目は顔を背けた。そして、ポツリと言う。
「案外尻に敷かれそうだな。」
「そうですね。」
二人で苦笑していると、此方にやって来る現視研メンバー達が見えた。
「こんな所にいた!もう時間だよ高坂くん!」
笹原が手を降って叫んでいる。

「あ、いっけない」
高坂は立ち上がると、小走りに控室へと戻って行った。その後ろから斑目もメンバーの元へと歩く。
皆と席へとつきながら、斑目は自分が笑っている事に気が付いた。
ドス黒いタールは何処かへ消えてしまっている。
まだ胸の痛みが消えた訳では無い。春日部への想いも消えてはいない。
それでも、二人を祝福出来る事が純粋に嬉しかった。
(いつか、思い出に出来るかな?)
春日部と高坂が入場して来るであろう扉を見ながら思う。
司会が登場し、音楽が鳴り響く。
扉がゆっくりと開くのを、斑目は少し辛く、それ以上に幸せな気分で見守った。


終わり

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最終更新:2007年11月02日 00:34