koyukiⅢ~フェチ、襲来その4 【投稿日 2007/04/01】

カテゴリー-斑目せつねえ


【2011年4月16日/旅館「天城楼」前】
「みなさんヒドイでありますよ。ワタクシが旅館に先行して手続きをしてあげていたというのに!」
皆が昼食を取っていた間、一人存在を忘れられていた朽木が嘆く。
「……ゴメン。素で忘れてた……」
田中が頭をかいた。

一行は温泉旅館「天城楼」へ。
露天風呂が自慢の宿だとアンジェラは言う。
広いロビーに入ると、天城山の天然木を用いた額や、ソファーが並んでいる。

「おー!いかにもなロビー。温泉宿って感じがするねえ」
真琴と一緒に玄関を入ってきた咲が驚きの声をあげる。その後ろに立つ斑目が、ちょっと背を伸ばして中をうかがうと、女将とおぼしき和装の女性が仲居さんを連れ立って出迎えているのが見えた。

古くからの温泉宿は、廊下が複雑に入り組んで一種の迷路のようになっているところが多い。

きびきびした動きの仲居さんに部屋まで案内されつつ、斑目は、「ここを右に曲がって、つぎに2つ目の角を……」と必死に来た道を反復している。
高坂真琴は、ニコニコしながらその後ろをついてくる。彼はきっと斑目よりも正確に来た道をトレースできるだろう。
さらにその後ろを、眠たげな目を擦りながら歩く笹原と、意味もなく壁や階段を撮影しながら歩く朽木が続く。彼らはきっと部屋を出るたびに迷うことだろう。
田中は荷物をフロントに預けて別行動を取り、カメラを片手に一人で宿の中や外の景観を撮影に出ていた。
妻加奈子のコスプレ撮影用のロケハンだ。

斑目たちが部屋にたどりつこうかという時、女性陣の泊まる部屋から咲と加奈子が出てきた。
「あ、遅いぞ男チーム」
機嫌良く声を掛ける咲。これから加奈子と2人で露天風呂を見に行くという。
キャッキャと盛り上がりながら小走りで去っていく。
「元気いいなあオイ……」
ネコヤシャオスワリで200段を往復したダメージを残している斑目は、彼女たちを力無く見送った。

続いて女性陣の部屋から、ちょっと遅れてスージーが出てきた。斑目とはち合わせになり、何かを訴えるような目で斑目を見上げていたが、ぷいと視線をそらして咲と加奈子の方へと駆けだしていった。


【2011年4月16日/旅館内男性部屋】
彼らは、旅館の奥まったところに位置する広めの部屋をふたつ借り、男性部屋と女性部屋に分けて泊まることにしていた。
部屋にはそれぞれ格子戸の入口があって和の趣を醸し出している。
木の香りが心地よい。
カラカラと開けて部屋に入ると、広い和室の奥、窓を通してまぶしい新緑が目に飛び込んできた。

「いい部屋を取ってもらいましたね」
高坂はさっそく、旅館の縁側には必ずあるソファに腰掛けて窓の外を見た。
中央のテーブルでは、朽木と笹原がどっかり腰をおろしてお茶を煎れはじめた。

「うわぁ、この部屋は結構高い場所にあるんですね」と、高坂が目を輝かせる。
「どれどれ?」
斑目がソファの傍らに行き、窓の外を見た。
遠方にドウドウと音を立てて落ちる大きな滝が目に入ったが、窓からの視線は滝の頂点と同じあたりにあった。
視線を落とすと、旅館から滝壺の方へ降りていく階段が見え、滝のそばの川岸には広めの露天風呂が見えた。湯船は一つではなく、大小の露天や屋根付きの風呂が見える。滝を眺めながらの風呂はさぞ爽快であろう。

斑目が窓から細い体を乗り出してさらに見渡すと、離れた場所には五右衛門窯の風呂や温水らしきプールもあった。まさに露天のテーマパークである。
ちょうど川岸では、咲、加奈子、スージーの三人が露天風呂を眺めているのが見えた。
咲と加奈子は無邪気にはしゃいでいる。

「すげーなあの露天風呂空間。なんか……いろいろあるぞ……」
「はい、20種類以上の混浴露天風呂が自慢だそうですよ」と、斑目の隣で景色を楽しんでいた高坂がサラリと答えた。
「……ふーん…………」

約30秒の間をおいて……

「こ…こ、混浴ゥ~ッ!?」
廊下にまで響きわたる斑目の声。
「あれ、聞いてませんでした? 混浴と言っても水着着用ですけどね」
高坂はにこやかに笑うと、部屋の真ん中で朽木と並んでお茶をすすっている笹原のもとに歩み寄った。
「笹原君、朽木君、部屋にくる途中にゲームコーナー見つけたんだけど、後で行かないかい?」
「え、そんなのあった? 高坂君、よく見てるなあ」
「『CHANP OF FIGHTERS 95』とかレトロな格ゲーもあったよ」
「うひょー、そんなものまで現役でありましたか!」

暢気な会話を交わす後輩達を尻目に、斑目の頭の中は『混 浴 露 天 風 呂』の六文字がクルクルと舞い躍っていた。
ちょうど眼下には、階段を登って旅館に戻ろうとする咲たちの姿が見えた。スージーを先頭に、咲、加奈子が続く。ふと、上を見上げた咲と目が合ったが、斑目は素知らぬふりで首を窓から引っ込めてしまった。

(ここここ混浴か……)
斑目の脳内では、滝を眺めながら、両脇をスージーと咲に挟まれて湯船に浸かっている実に都合のいい映像が浮かんでくる。

「………目さん、斑目さん?」
「…あっ、ハイハイハイハイ?」
高坂に呼ばれて慌てて返事をする。彼の妻が妄想の中に出てきたことを恥じて、すでに顔が赤くなっている。
「斑目さんも後でゲームしに行きませんか?」
「あ、ああ行こうかなぁ~」
眉を下げ、愛想良く笑いながら、斑目は湯呑み茶碗を受け取った。

【2011年4月16日/旅館内廊下】
高坂を先頭に、斑目、笹原、朽木が連れ立って部屋を出た。

ゲームコーナーへと向かう途中で、廊下の向こうから浴衣姿のアンジェラがやってきた。
彼女はほかの女性陣とは別行動を取り、さっそく旅館内の内風呂に入ってきたらしい。ほてった頬に手ぬぐいを当てながらご機嫌で歩いてきた。浴衣一枚では隠しきれない豊かなボディラインに、表情の変わらぬ高坂を除いて、男性陣の頬が赤くなる。
「いいねえ。いかにも温泉って感じだね」
「そうですのう」
笹原と朽木は、アンにあいさつしながら田中ばりに目を細めて笑う。
思わぬ眼福。笹原は、妻が留守番で良かったと思うのであった。


【2011年4月16日/ゲームコーナー】
ゲームコーナーは、和風旅館の一角を改装し、和の空間に似合わないアーケードゲームやプリクラ、コインゲームが並んでいた。
皆、思い思いにゲームを楽しむ。

笹原と朽木は格闘ゲームの対戦で、ほとんど2人がかりで高坂に挑むがまったく敵わない。それでも、中学高校とハマってきた思い出も手伝って、中毒のようにコンティニューを繰り返した。
アドレナリン出しまくりで、交互に『魔王』高坂に挑む奮闘ぶりをアンジェラが見守っている。彼女は、笹原のたどたどしい説明から、「ゲームコーナー」という単語を読みとり、ニコニコしながらついてきたのだ。

一方、斑目は一人離れて、懐かしのバイクゲームをプレイし、バイク型の筐体にまたがり、右に左に体を傾けていた。
(混浴かあ。緊張するよな……)
プレイしながら、彼の頭の中はまたも露天風呂対策に支配されていた。
湯上がりのアンジェラを見た後だけに、「結構いいかも……いやいや、皆のいない時間帯を見計らって露天へ行こうか」とブツブツ考えていたのだ。

物思いにふけりながら機械的に体を左コーナーに傾けた時、『ガククンッ!』とバイクの本体が大きく揺れた。
「うぉ?」
「Hi MADARAME, ツーリングシマショウ!」
いきなりアンジェラがバイクのシートの後ろにまたがり、斑目の背中に抱きついたのだ。

「ちょちょちょちょちょっとアンジェラサン!? ゲーム機は2人乗りじゃないんだから……」
振り返ってたしなめようとした斑目だったが、背中にふっくらとして弾力のある感触がグイグイと押しつけられ、彼女の浴衣の裾がはだけて白い足が視界に入ってきた。
しかも湯上がりの温かくしっとりとした空気が斑目に絡みつき煩悩を刺激する。
ギシギシと音を立てるバイク。頭の中がボーッ…としてきた斑目は、再び『ガクン!』というバイクの傾きに揺さぶられて慌てふためいた。アンジェラが重心を傾けて、勝手に右に左にとコントロールしはじめたのだ。

「MADARAME, ブレーキ!」
「あ、ハイ!」
二人三脚のコントロールで、斑目とアンジェラはゲームのコースをクリアした。

「year!!」
バイクを降りて、ハイタッチするアンジェラ……相棒の斑目は抜け殻のように力無くタッチに応える。
(ゲーム機、壊れなくて良かった…)と、安堵したのもつかの間、背後から、「盛り上がってるね~」という声が聞こえてきた。

ゲームコーナーには、いつの間にか全員が揃っていた。
田中夫妻はプリクラで記念の一枚を撮って楽しみ、咲とスージーは高坂の全勝を見届けてから、斑目たちのバイクゲームを見学していたのだ。

『凄いでしょ!二人でクリアしたんだから!』
『これ二人乗りのゲームなの?』
英語で語りだすアンと咲。一方で慌てる斑目。コレは咲とスーの二人には見られたくない光景だったのだ。
「………」
スージーは刺すような視線を放っている。しかしそれは斑目にではなく、アンジェラに向けられていた。

『どうしたのスー、怖い顔をして?』
アンジェラは何食わぬ顔をして語り掛ける。
スージーはゲームコーナーの奥を無言で指差した。アンジェラ、斑目、咲がその指の先へと視線を向けると、そこには旅館レクリエーションの代名詞である『卓球台』が鎮座していた。

『あれをプレイするのね。いいわよ』
「コノストレイツォ、ヨウシャセン!」


【2011年4月16日/ゲームコーナー卓球台】
ビシッッッ!
アンジェラが最初のサーブを決めた。
鋭い音とともに、ピンポン球がコートに直撃して跳ね、対面に立っていたスージーは一歩も動くことができなかった。

全員が卓球台を囲み、固唾をのんで見守っている。
最初はのんきな表情で外人娘対決を見学していたが、アンジェラのサーブの速さと厳しさに、たった一球でその場の空気が緊張した。
「スージー、相手はスポーツなんでもこいのアンジェラなのよ、無茶しないで」
加奈子が心配そうにス-ジーに声を掛けた。
スージーは視線をアンジェラに向けたまま、「ヒロミ、ヨクココマデジョータツシタワネ。ワタクシモウレシイワ」とつぶやいた。

スージーのネタに思わず田中や笹原が反応する。
「あ、エースをね○え?」
「おチョウ夫人って、学生のくせになんで『夫人』なんスかね?」

しかし、アンジェラがピンポン球をセットすると、再び緊張感が走る。
テニス仕込みの大きなモーションからサーブを放つ。
ビシッ!
カッ!
またもスージーは微動だにせず、弾道を見送った。

「スージー?」
審判役として卓球台の脇に立っている斑目も、首をかしげて声を掛けた。
スーは、フゥとため息をついて口元をニヤリとつり上げた。
「ミキッタ。セイントニオナジワザハ、2ドトツウヨウシナイ」
再び田中と笹原が反応する。
「あ、今度は聖○闘星矢だ」
「2度同じ技は通用しないと言いつつ、さっきのサーブ2度目だったよな?」

スージーは、初めて腰を低く構えて打ち返す姿勢をとった。
「ウケテミルカイ、ボクノトリプルカウンター」

「あ、今度はテニプ○だな」
「面白いですね」
「うん面白い見せ物だ」
周りがオタネタに反応するなか、アンジェラは3度目のサーブを繰り出した。

ビシッ!
跳ね返る球を見据えて、今度こそスージーがラケットを繰り出した。
「ギャラクティカマグナム!」


ガスッッ!

鋭い音がしたが、誰もがピンポン球の行方を見失っていた。
ただ高坂だけが、その弾道を追う事ができたらしく、一言、「……斑目さん……」とだけつぶやいた。
その言葉を聞いた咲や笹原が、斑目の方を見ると、彼はすでに白目をむき、口から泡を吹いて、立ったまま気を失っていた。
そのコメカミには、ミシッ…という音を立ててピンポン球が食い込んでいた……。

「うわっ、斑目! ちょっとアンタしっかりしなさい!」
咲に介抱される斑目。あぜんとする笹原や朽木。惨劇を激写する田中。スージーはそれを見届けると、ラケットを置き、ゲームコーナーを後にした。
「ひょっとして、コレを狙ってたのかしら…?」と、加奈子は背筋の凍る思いがしていた。
アンジェラは、去って行くスージーの背中を憂い顔で見送った。


【2011年4月16日/露天風呂「滝の湯」】
滝の音がドウドウと響いてくる。
川岸に立てば冷たいしぶきが飛んできそうだ。

「いいねここ」
「うん」
笹原と高坂が海パン姿で肩にタオルをかけてやってきた。斑目が後に続いている。
斑目は、トランクスタイプの水着をつけて、ついさっきピンポン球が食い込んだコメカミをさすりながら歩いている。

(まいった……田中の言う通りだな)

斑目は、自分の態度の曖昧さを後悔した。
スージーは怒っていた。
あの後、笹原たちと一緒に露天風呂に行く際に、愛想良く謝って一緒に行こうと誘うつもりだった。しかしスージーは女性部屋から出てこなかった。
「後で行く……ですって」
部屋の入口の格子越しに、加奈子が首を振る。スーは先週笹原家を訪ねたときに借りた大量の同人誌を、部屋で読みまくっているのだ。

(今度はキッッッパリ!…態度に出さないとなあ~……)
『キッパリ』までは勢いがあるが、語尾になるほど力が入らない。
意思が弱いという問題だけではない。いざアンジェラのにこやかな微笑みと豊満な肉体を前にしたら、どんな男であっても躊躇してしまうに違いないのだ。

高坂と笹原は、斑目の悩みなど露知らず、さっそくかけ湯をして、露天風呂に体を沈めた。
外はまだ明るい。昼も夜もない忙しい仕事をこなす彼らにとって、こんな日中から温泉を楽しむというのは贅沢なことでもあった。
定番のセリフが口をついて出てくる。
「フー、極楽!」

斑目は、彼らが入っている風呂の隣にある湯船を選んだ。
畳んだタオルを岩の上に置き、さらにメガネを外してタオルの上へ。熱い温泉に細い体を肩まで沈めると、勢い良く落ちる滝を見ながら大きくため息をついた。
「斑目さーん、コメカミ大丈夫ですか?」と、笹原に声をかけられ、「ああ、まあな」と苦笑いを返した。


【2011年4月16日/旅館内女性部屋】
スージーは、部屋の縁側のソファーに座って、同人誌を読んでいる。眼前のテーブルには、同人誌が2~30冊は重ねてあった。
時折、大滝のあたりからかすかに声が聞こえてくると、緑が映える窓の外をちらりと見る。
スージーは、『怒りの根源』である斑目の姿を探すが、遠くて見つけることができない。

そのとき、カラカラ…と格子の開く音がした。
(ハンセイシテ、ムカエニキタカ?)と、入口へ目をやるスージー。だが、そこに現れたのはアンジェラだった。
スージーは、ぷいと視線をそらした。

それを見たアンジェラは『フフフ』と笑って目を細め、矢継ぎ早に彼女に話し掛ける。
『スージーまだいたの?』
『今晩のディナーの段取りをしてきたわ』
『私たちも露天風呂に行きましょう!』
しかし、スージーは同人誌を読むばかりで応えない。

フゥと、ため息をついたアンジェラは、自分のボストンバッグからタオルと水着の袋を取り出す。
『じゃあ先に行ってるわ。サキとマコトに当てられてマダラメも寂しいだろうし、相手してあげなきゃね……』

視線は同人誌に向いたまま、ピクッ、と微動するスージーの眉。

『……スー、「素直になりなさい」……じゃ、お先に!』
アンジェラは再びカラカラと格子戸を空けて部屋を出た。

部屋の中は、窓の向こうから聞こえる滝の音やせせらぎの音、風が揺らす葉の音が支配している。
窓からの陽の明かりで同人誌を読んでいたスージーだったが、気が付くと陽はだいぶ傾いて、白いページを薄いオレンジに染めつつあった。
「…………」

パタン!
スージーはテーブルの上に読みかけの同人誌を置いた。
自分のバッグを引き寄せ、中からタオルを取り出す。
「…………」
一瞬、風呂支度をするスージーの動きが止まった。

水着を忘れてきたのだ。
来日後、温泉に行く話を聞いて、この日のために買っておいたのに……。
テーブル上の同人誌に目を移した。
(シンカンバッグニイレルトキ、ミズギヲソトニダシタッケ……)
珍しく頭を抱えるスージー。

だが、咲がこの旅館の案内を見ながら、『水着の貸し出しもしてくれるんだって』と加奈子と話していたのを思い出した。
彼女は据え置き電話の前に座り、深いため息をついてから、フロントを呼び出した。


【2011年4月16日/露天風呂「滝の湯」】
「おーい」
斑目たちの入っている川岸の露天風呂に、田中と朽木がやってきた。
「うひょー絶景ですなぁ。ワタクシちょっくら、プール風呂の方に行ってくるでアリマス!」
朽木は離れた場所にあるプールへと向かった。

一方、田中は水着にパーカーを羽織り、一眼レフのデジタルカメラを片手にやってきた。笹原と高坂に声を掛け、大滝をバックに記念写真を撮った。

「田中さんは風呂に入らないんですか?」
「ああ、まずは記録をね。おい斑目ー、お前も写真撮るぞ」
田中は斑目に声を掛け、笹原たちと同じ湯船に入るよう促した。
「別に俺はいいよ」
「そう言うな、記録だ」
「ヘイヘイ、相変わらず几帳面だな田中は……」
面倒くさそうに隣の大きな湯船に入る斑目。大滝を背にして高坂、笹原と3人で並ぶ。
2、3枚撮影した後に、田中がフレームから顔を上げて注文をつけだした。

「……動きがほしいなあ」
「動き?」
「ちょっと立って、お湯をかけ合ってよ」
「俺らグラビアアイドルかよ?」

何だかんだと文句を言いながら、適当に露天風呂の湯をかけ合ううちに盛り上がりだす斑目、高坂、笹原。
「アハハハハ」
「童心に帰るってやつですかね」
「それっ」と、不意に高坂が斑目を背後から羽交い締めにし、笹原が湯をかけたり、斑目の肩にかかったタオルで首を締めるポーズを取った。
「おー、いいよソレ」と田中がシャッターを押した。

撮影を終えて、ハァハァ肩で息をする笹原や斑目。
田中はデジカメのモニタを確認する。
「さて、目的の写真は撮ったし…」
「目的?」
「あ、いや記念写真の。…じゃあ俺、林の向こうの五右衛門風呂で嫁さんと子どもが待ってるから、そっちに行ってくるよ」
田中は離れにある五右衛門風呂へと向かった。


【2011年4月16日/露天風呂「釜の湯」】
田中加奈子は、コスプレ以外では自分の肌を露出することを嫌う。彼女は仲間たちが川岸の露天風呂にいる間は、離れの露天や釜風呂を楽しもうと思っていた。

子どもは旅館から借りたベビーカーの上で、スヤスヤと眠っている。
その姿を見守りながら湯船に浸かっていると、夫の総市郎がデジカメを抱えて戻ってきた。
総市郎は、カメラをバッグにしまい込み脱衣スペースに置き、その上から脱いだパーカーをそっと置いた。
子どもの寝顔を見て細い目をさらに細めると、軽く体を洗ってから湯船に浸かった。
そして一言、「撮れたよ『注文のショット』……」と加奈子に告げた。

「ありがとうございます。『千佳さん』へのお土産ができました………ウフフフッフフフフ……♪」
不気味に微笑む妻を見ながら総市郎は、(笹原、斑目……すまん……)と心で詫びるのだった。

【2011年4月16日/露天風呂「滝の湯」】
「作画が間に合わなくて文字でごまかした番組ってあったよな」
「何でもDVDで挽回しようとするのは良くないですよね」
「でもあれ、オンエアが遅い地域では修正されていたそうですよ」
斑目、笹原、高坂の3人が、露天風呂に浸かりながらオタトークで盛り上がっていると、今度は咲が旅館からの階段を降りてきた。

オレンジのビキニ姿で、肩からバスタオルを掛けて、「コーサカー!」と手を振りながら近づいてきた。
「咲ちゃんも今は『高坂』でしょ」と真琴に突っ込まれ、「アハハついついね……」と照れ笑いする咲。完全にノロケモードだ。

「それにしても凄い滝だねー」
斑目たちの入っている湯船の側まで来た彼女は、立ったまま大滝を眺めている。
メガネを外して湯船に浸かっていた斑目は、目を細めてその姿を見上げた。ぼんやりとだが、学生時代に海へ行った時と変わらない美しいプロポーションが確認できた。
ふと咲が湯船を見下ろし、「ヤダ斑目なに見てんのよイヤラシイ」と笑いながら突っ込んだ。

「え、いやっ、違うっつーの! メガネ外してっから誰が来たかわかんねーんだよ!」
声で分かるのは明白なのに、大慌てで弁解する斑目。咲はその言葉を聞き流しつつ、夫である真琴に笑顔を向けた。

「ねえねえ、『子 宝 の 湯』っていうのがあるんだけどぉ、外 か ら 見 え な い 洞窟風呂ですごいイイ雰囲気なの。後で行かない?」

ブッと吹く斑目と笹原。真琴は「いいよ咲ちゃん」とサラリと答えて立ち上がり、「じゃまずは向こうの露天から入ろうよ」と、二人で露天風呂巡りを始めた。
「…………」
「…………」
残された斑目と笹原は、赤面したまま湯船に浸かっている。
静かになった川岸は、ドウドウという滝の音や、川のながれる音が響いている。視線の先にある別の露天風呂に、高坂夫妻が必要以上に身を寄せ合って浸かっている。
「……あ~、朽木くんはどこまで行ったのかなぁ……」
笹原は、居づらさを感じて、朽木が向かったプール風呂の方へと歩いて行った。

「あ……俺も……」
斑目が笹原を追いかけようと立ち上がった時、ザバッという音がして、彼の細い体に何かが絡みついた。

「うおっ!」
ドブンと湯船の中に沈む斑目の体、いささか温水を飲み、慌てて上半身を起こす。
そこには、自分の体に絡むように抱きついている『誰か』がいた。
今日、バイクゲームで感じたのと同じ感触、同じ香り。
目を凝らすと、咲に負けず劣らずのビキニ姿でこちらを見つめる金髪美人の姿が確認できた。

「あ、アンジェラ!?」
『サキたちもあんなにくっついているんだし、スーは素っ気ないし、私たちも楽しみましょうよ』
甘く囁きかけるアンジェラ。斑目の耳には、サキとかスーとかエンジョイくらいしか聞き取れないが、何かを奪われそうな期待感……否、危機感はあった。

(キッパリと、キッパリと意思を……)

斑目はアンジェラの両肩をつかんで、密着しようとした体と体を離した。
「あ、アンジェラ!……さん、おおお俺は今、す スージーと……」

キッパリ意思を示そうとした斑目だったが、意外にも恥ずかしげな目をして頬を赤らめているアンジェラの表情に気付いて、ふと目線を下げた。
自分が彼女の両肩を強くつかんでいるために、豊かな胸が彼女自身の腕に押されて、いつも以上に刺激的に前へ前へと突き出されていた。熟れた果実がビキニの布地を破らんばかりに……。

「ブッ!」
思わず自分の鼻を両手でかばう斑目。刺激が強くてハナヂが出そうだ。
両腕の拘束が外されたアンジェラは、這うようにして斑目の細身のからだにすり寄る。彼の薄い胸板に、彼女の柔肌が徐々に密着していく。
温泉の湯に揺られながら、二人の体が重なった。

(ルナ先生だ……『いけないルナ先生』が今、実写で俺の目の前にいる!)
すでに斑目の脳は錯乱していた。
アンジェラは、露天の傍らの岩場に置いてあった斑目のメガネを手にして、斑目の顔にメガネをかけてあげると、再び体を密着させた。

『やっぱり、メガネがあった方が素敵よ………本当はね、マダラメ……ワタシ……』
アンジェラが英語で何かを語り掛けてきたが、もはや彼の耳には届かない。
彼女のしなやかな腕が斑目の背中にまわされると、もう斑目は逃げられない。細かに震える彼の唇に、ぷっくりとして艶かしいアンジェラの唇が重なろうとしたとき……、

ザバァーッ!

2人の頭上に冷水がかけられた。
『Oh!!』
「ひゃああぁあッ!」
斑目とアンジェラが、川岸の方に顔を上げると、大滝をバックに桶を手にしたスージーが仁王立ちしていたのだ………


………スクール水着で。


「ブォォッ!」
再び自分の鼻を両手でかばう斑目。予想外の刺激にハナヂが放出寸前だ。
スージーが着ている水着は、旅館から借りたものだった。
小柄な彼女のサイズでは、旅館が子供用に用意していたスクール水着しか合わず、結果、紺色のスク水着用となったのだ。

『やっと来たわねスージー』と、アンジェラが微笑みかける。
スーは湯船に浮かぶ2人を見下ろして叫んだ。

「オマエラノ……オマエラノチハナニイRoqあwせdrftgyふじこlp!!!!!」

ケンシロウのネタを口にしたつもりが、語尾が混乱している。
素で怒っているのだ。斑目は恐怖した。
しかも、さらに事態は悪化していく。

「ちょっと、そっちで何やってるのよ?」
斑目がギョッとして離れた場所の湯船を見ると、向こうから騒ぎを聞きつけた咲が、高坂と一緒にこっちを見ていた。
「あ、いや~何でもないよ!」
アンジェラと密着しながら『何でもない』と笑っている。
「ハイ?」咲は眉をひそめた。

斑目が顔面蒼白でその場をごまかそうとした時、ザブザブッ!とスク水姿のスージーが露天風呂の中に踏み込んだ。
彼女は、斑目の背中から手をまわして、強引にアンジェラから引き離す。
斑目の体を背中からぐいっと引き寄せて、彼の顔を自分の方に向けると、いきなり唇を重ねた。
2人の体勢は、キス……というよりも、『吸血鬼が犠牲者に覆いかぶさって血を吸っている』ようにも見えた。

『!』
驚くアンジェラ。強引なキスは続く。まもなく1分が経過しそうなとき、スージーと斑目の唇が離れた。

「プハアァアッ!……し、しっ、したっ! 舌舌舌舌舌がっ!」
意味不明の悲鳴をあげている斑目。
さすがのアンジェラも真っ赤になって、自分の頬に両手を当てて見守るしかなかった。
しかし、意を決して再び湯船の中に身を沈め、スージーと斑目の側に近づき、斑目の正面から彼の手を取って自分の方に引き寄せた。

水面下で、ムニュッとした感触が斑目の手を刺激する。
「むむむッ……ムネッ、ムッ、むむっ! 胸胸胸胸胸がァ!」

『スーでは、こうはいかないでしょ……』
メガネが湯けむりと興奮で曇る斑目の耳元で、アンジェラが甘く優しく囁いた。

カチンときたスージーは、斑目の体を再び自分の方に引き寄せようとする。
アンジェラがそれを阻止しようと彼の体に抱きつく。
その繰り返し。

斑目の頼りない細身の体は、暴風雨の中で揺れるカカシのように右に左に、前に後ろに抵抗することなく揺さぶられた。

やがて、斑目の体は脇に追いやられた。
慌てて身を起こして、湯船の中で座り込んだ彼は、2人の外人娘の方を見た。そこには、初めて目にする修羅場が展開されていた。
アンジェラとスージーは、もう斑目そっちのけで、湯や水をかけあったり、取っ組み合いになって互いのほっぺたをつねり合っている。
ビキニやスク水の肩ヒモがずりさがり、危うい状態になっているのも気にせずに暴れている。

「ちょっと、アンタ達もう止めな!」
さすがに咲が止めに入ろうとする。
湯船に入ってきてアンジェラとスージーの間に割って入った。

『サキは関係ないの!』

アンとスーは、強引に咲を湯船の中央へ突き飛ばした。
突き飛ばされた先には、斑目が呆然とした表情で座っていた。

斑目のビジョンには、この瞬間が、まるでスローモーションのようにゆっくりと映った。
外人娘2人に突き飛ばされた咲の体が、次第にこっちへ向かってくる。
2人ともみ合った拍子に、咲のビキニの肩ヒモがほどけて………。


「キャアァァッ!」


咲の悲鳴に、湯をかけ合って暴れていたアンジェラとスージーも動きを止めた。
2人の足下に何かが絡まってきた。
咲の水着のブラ部分だった。
その先には、湯船の中にペタリと座り込んで、両手で胸を隠している咲の姿があった。動揺して真っ赤、彼女らしくない恥ずかしげな表情を見せている。

『………』
「………」

スージーとアンジェラは、お互いに見つめ合い、自分たちの愚を悟って咲に詫びた。
『サキ、ごめんね!』
「ショウジキ、スマンカッタ」
アンが咲の水着を拾い上げて咲のそばに座り、ブラを手渡した。

「……もう、一体何があったのよ……恥ずかしい!」
咲がブラを装着し、胸に手を当ててドキドキした鼓動を抑える。
離れた湯船の向こうからは、「咲ちゃん、どうしたの、大丈夫?」と、高坂の声が聞こえてきた。
露天風呂の3人は、この瞬間、『あること』に気がついた。

「………あれ、斑目は……?」

そう思った矢先、彼女達は自分が入っている温泉の湯を見た。
次第に色を変えてくお湯。無色透明のアルカリ性単純泉が、みるみるうちに赤く染まっていくのだ。
「?」

スク水のおしりのあたりの乱れを指で整えるために一人立っていたスージーは、湯船の中を見下ろして、つぶやいた。

「……ハナヂ……」

咲やアンジェラが慌てて立ち上がる。
湯船の中には、斑目の体が沈んでいた。
水中で鼻の辺りから鮮血が流れ出し、湯船を真っ赤に染めていたのだった。
「うわわッ! 斑目しっかり! コーサカこっち来て!」
「……いや、咲ちゃんも高坂だって……」
「そんなコトいいからコッチニキナサイ!」

騒ぎを聞きつけて、プール湯で遊んでいた笹原や朽木、また、田中一家も川岸の方にやってきた。
「何だ何だ」
「あれ、斑目さん?」
川岸の露天風呂へ着いた彼らは、高坂にお腹を押されて、口からピューピューお湯を吹いている斑目の姿を目撃したのであった。

そして斑目は…………朦朧とする意識の中で、この日の『映像』を一生涯脳内に焼き付けておこうと誓ったのであった………。


<つづく>

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最終更新:2007年11月01日 23:19