koyukiⅢ~フェチ、襲来その2 【投稿日 2007/03/08】

カテゴリー-斑目せつねえ


「ホントごめん!……ひょっとして、ずっとここで待ってたの?」

アパートの外灯に照らされて、コクンとうなずくスージー。大きなスーツケースを引きずり、おそらく道に迷いながらここまで辿り着いたのだろう。
斑目は、その健気さに胸がきゅっと締められるような気がした。
スージーのケースを持ってあげて、ドアを開けた斑目。部屋へ招き入れたが、彼女はキッチンのあたりで棒立ちのまま斑目を見つめている。

「……何か、ついてる?」
部屋の中央に立った斑目が尋ねるや否や、スージーは斑目の懐まで距離を詰める。
斑目はドギマギし、緊張して彼女に触れることは出来ない。
スーは、そんな緊張もお構いなしに、斑目の両肩に手を載せてぶら下がるような姿勢で背を伸ばす。
顔と顔が近づいて、目つきの悪い瞳は斑目の顔をじーっと見つめ続けた。
斑目の緊張感が高まるが、ふと気付くと、スーは目と目を合わせてはいなかった。斑目の瞳を見ているのではなく、「メガネ」を観察していた。

「???」

続いてスーは、斑目の首、耳のあたり、胸元へと顔を傾けてクンクンと鼻を鳴らした。
(何かヘンな臭いでもするのか?)
焦った斑目だったが、次第に『辛抱たまらん状態』になってきた。
凶悪に可愛い子猫(スージー)が体を密着させて鼻を鳴らしているのだから。

一方のスージーは冷静だった。
彼女は、斑目の体に『アンジェラの形跡』が残っていないかをチェックしていたのだ。
もちろん斑目が気安く堕ちるとは思っていないが、彼はヘタレで、何より総受けなのだ。どんなシュチエーションで陥落するか分からない。

メガネに口紅はついていない。
彼女の香水の残り香はない。
(ヨカッタ。マダブジ……)と判断した途端、スージーはぐいっと体を引き寄せられた。
その体は、徐々に包み込まれるように抱きしめられていく。

(チョ、ソーユーツモリジャ……マダラメ? リセイガトンデル?)
斑目は何やら一人で盛り上がってしまっている。『知性ゲージが他の所へ回されてる』感じだ。スーはそんな斑目を鎮めようと、彼の状態に合ったセリフネタを口にした。

「ヤッチャエ!バーサーカー!」

……これは逆効果だ。むしろヤラレそうなのはスージーの方なのだ。
そんな中、斑目のつぶやきが聞こえた。

「『コユキ』に会いたかった……」

囁くように、安堵したように、静かに思いを込めた一言は、今まで幸薄かった男の切なる願いでもあった。
スージーは、(ヤレヤレ……)と思いながら、自分も彼の薄い胸板に身をゆだねた。そして両手を斑目の背中に回し、優しくポンポンと叩いてあげるのだった。

【2011年4月9日/新宿】
時計の針は12時を指し、日付が変わった。今頃ボストンは午前10時ごろになるだろうか。
アンジェラは、新宿区内のマンションのリビングで、国際通話可能な携帯を使って母親と話をしていた。
まるで通話相手が目の前にいるかのように、リビングをウロウロしながら、時折肩をすくめ、手を振りつつ話をする。

(以下英語)
『マミィ、何でスーに話しちゃうわけ!?』
母親を責めるというよりは、その脳天気ぶりを笑うように飄々と語るアンジェラ。
何を言ってもこの母には通じないと分かっているし、母親からスージーに秘密が漏れるのは『折り込み済み』だった。
アンジェラは母親に、『オヤスミ……っていうかそっちは朝ね。バイ』と優しく声を掛けて、エリクソンの通話ボタンを切ると、軽くため息をついた。

『スー……意外に早く気付いたわね……。準備不足だけど、始めるかな』

電話が終わったのを察してか、『ねえアン、スージーも日本に来てるの?』と、キッチンから英語で尋ねる声が聞こえてきた。
やがてカタコトと音がして、カップとティーポットを持って高坂(旧姓春日部)咲が近づいてきた。
ここは高坂真琴と咲の住むマンション。アンジェラは前夜からこの部屋に転がり込んでいたのだ。

二人はリビングのジュータンの前にペタリと座り込んで話しはじめた。
『スーも今日着いたみたい。カナコかマダラメに連絡を取れば、彼女も“参加する”でしょうね。……それよりもサキ、急にやってきてごめんね』
『いいってば。どうせ月の半分以上は一人暮らし状態なんだもの。昼間も自由に使っていいのよ』

咲は余裕ある表情で、カップに視線を落として紅茶を注いでいた。
高坂家にとっては、結婚後のバタバタした生活が落ち着いて、はじめての来客だ。ちょうど寂しくなりそうな時期だけに、アンの来訪は嬉しかった。
しかもアンは、『結婚式に出席できなかったから』と、咲の結婚祝いを兼ねた『あるプラン』を示してくれたのだ。
『でもアン、本当にいいの? こんなにまでしてくれて悪いんだけど……』
『いいのいいの。私もこの機会を使って、やりたいコトがあるの。マコトとサキをダシにして、協力してもらってるようなものだから、気にしないで!』

アンジェラは手渡されたカップを手で包み、その温かい感触を楽しみつつ、咲に語り掛ける。
『マコトも仕事が忙しくて大変ね。パソゲーの英語版があれば私も買いたいな……』
『あんまりインターナショナルにしてほしくない仕事なんだけどね…ハハハ』
苦笑いする咲だったが、直後のアンの小さな呟きが耳に入った。

『……スーなら、日本語だって読めるけどね……』

『アン?』
『……ん、何でもないよ。それよりもマコトのスケジュールは大丈夫?』
『ええ、今週半ばを過ぎたら休みが取れるって言ってたから』
『日本人ってみんな忙しくて大変ね。私なんか前日でもこういうプランはオッケーなのに。……じゃあサキ、“例の件”もよろしくね』
アンジェラはニッコリと笑って紅茶を口にした。


【2011年4月9日/笹原家前】
土曜日の昼下がり。
休日の斑目は、スージーを連れて笹原家へと向かっていた。
斑目の体をチェックして、『何か』を安心したスージーが、朝から『チカニアイタイ』と言い出したのだ。

(漫画家になった彼女に、急に会えるとは思えないが……)
斑目は恐る恐る笹原完士に電話をしてみたところ、千佳は脱稿直後の抜け殻状態にあるらしく、運良く訪問しやすいタイミングになっていた。
笹原も卒業後、大学の近くで暮らしているが、斑目が彼らの家に足を運ぶのは、今回が初めてであった。

機嫌良く歩いているスージー。その後ろをついていく斑目。スーは結局、急な来日の理由を教えてはくれなかった。
だが斑目の心中には、前日の田中加奈子との会話で、『何か』が起きつつあるという予感はあった。

その予感は、意外な形でやってくるのだが……。

笹原家の前にさしかかったとき、玄関先で意外な人物と出くわした。

「うわ、スージーやんか! 何でガイジンがここにおんねん!」
目の下にクマを作って、カバンを小脇に抱えた藪崎がそこにいた。少しばかり体のボリュームが増しただろうか。

「……あれ、キミ確か元漫研の……」
「ドウモ。マダラメさんでしたね。笹原さんも居てはりますんでドーゾドーゾ」
「そっちの用事は?」
「もう終わりました。……あのアホ原稿が間に合わん言うて泣きついてきよるから、仕方なぁーく徹夜で手伝ってやったんですわ。ま、敵に塩を送るようなもんです。ほんま菩薩ですわワタシ。慈愛の権化(笑)。だいたいアイツのネームが……」
1つの質問に10の言葉で返すように話し続ける藪崎。彼女もまだマイナーながら漫画を描き続けており、時折、ここに手伝いに来ているという。

表の騒がしさに気付いたのか、ドアが開いて、これまた目を腫らし、クマを作った笹原千佳が顔を出した。
「……泣きついてません!」
千佳の顔を見て、スージーが駆け寄っていく。藪崎はため息をついてその場を去った。
「これ以上おると野暮ですわ。ほなごゆっくり」

【2011年4月9日/笹原家リビング】
精根尽き果てたような表情で、しかし優しく、自分の子どもをあやす千佳。もう一人の子をスージーに抱かせているが、どこか危なっかしい。
赤子も身の危険を感じているのか顔がこわばっている。
リビングのテーブルを挟んで座っている斑目が、千佳に詫びた。
「悪いね。疲れているところにおじゃまして」
「いえ、私も嬉しいです。気分転換にもなりますし……あ、すみませんチョット失礼します」

千佳は離れた場所に移って背を向け、わが子に母乳を与えはじめた。
赤面して目をそらした斑目。そらした目線の先にはスージーがいた。
もう一人の子を抱いていたスーは、見よう見まねで自分のブラウスの前をはだけて、ブラも取ろうとしていた。
「わーっ、ちょっと待てスー!」
慌てて止めに入る斑目。妻の代わりにお茶を煎れてきた笹原完士も驚いた。

スーのもとで怯えていた子どもは、完士が抱くと安心した表情を見せた。一方のスーは、千佳の隣に座って授乳の様子を観察している。
「スー、あんまりジロジロ見ないで」という困惑した声が聞こえてきて、斑目と完士は赤面する。

「……あいかわらずですねスーは」
「いやはやこっちの身がもたんよ」
そう答えながら、斑目は笹原を見る。
妻の休息に合わせて休みを取り、サポートをしている彼の姿に驚きを感じていた。
再び斑目はスージーを見る。
(彼女とこうして過ごす日は、来るのだろうか?)

思えば、昨日会った田中加奈子も、元サークル自治会の北川(旧姓)も、新たな仕事に就き、それぞれの生活をより良いものにしようとしている。
自分とは違う世界のように感じていたが、周りは少しずつ変化を見せているのだ……。
今の斑目には、目の前の笹原のように振る舞う自信など、あるはずがなかった。

ふと、斑目と笹原の携帯電話、そして千佳の仕事机の上に置いてあった携帯電話も、相次いでメールの着信を知らせてきた。
「?」
笹原と斑目は自分に届いたメールを確認する。
「え?」
思わず声をあげた斑目。メールの発信者は『咲』だった。

斑目をスージーのもとに走らせるため、説得してくれた咲。駅のホームで互いの唇を重ねた記憶がよみがえり、斑目は胸が熱くなる。
もちろん今の彼は、スージーのことを大切に想っている。
しかし、渡辺美里が歌うように、『卒業できない恋』もある。遠い思い出にしてしまうには、アノ体験はまだ生々しすぎた。

「……斑目さんは行けますか?」

笹原の声にハッと我にかえる。斑目はまだメールの文面を読んですらいなかった。
急いで目を通すと、昨日来の『何かが起きる予感』が現実になってきたのを感じた。

『温泉旅行に1泊ご招待』

高坂夫婦の結婚を祝って、仲間内で伊豆の温泉へ繰り出そうというのだ。
参加費は約1万円の交通費のみ。まさに『ご招待』だ。
そして、その主催者は、アンジェラ・バートン。

(彼女、何を考えているんだろう……)

斑目は気付いていなかった。
彼の肩越しに寄りかかるようにしてメールの文面を覗いたスージーが、妙に険しい表情をしていたことを……。


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最終更新:2007年11月01日 21:55