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koyukiⅢ~フェチ、襲来 【投稿日 2007/03/05】

カテゴリー-斑目せつねえ


【2011年4月6日/合衆国 ボストン】
留学を終え、スージーは久しぶりにボストンの自宅に帰っていた。

帰国して1週間ばかり経ったある夜、彼女はいつも通り両親と食卓をともにしていた。
比較的裕福な家庭であり、彼女のきょうだいも独立した今は、両親とスーの三人暮らしになっている。それだけに、両親にとって長期留学していた愛娘との生活は嬉しくてたまらないことだろう。
母親の手料理に舌鼓を打ち、これまでのように日本での生活について尋ねられながら、食事を終える。

食後のコーヒーを飲み終えたころ、スージーは意を決し、軽く深呼吸してから、自分の思いを吐露した。

(以下英語)
『私ね、日本で結婚して、日本に暮らそうと思うの』

普段の日常会話も乏しく、自分の心を打ち明けることの少ない娘が、いきなり結婚について発言した。
母親は意外なほど落ち着いて聞いていたが、父親は動揺を隠せなかった。

父親は、わずかな手の震えを悟られまいと、ゆっくりコーヒーカップを置いた。
真意を掴みにくいスージーの瞳を、のぞき込むようにして問い掛ける。

『……スザンナ、相手はどんな男なんだ? 何、「ヘタレ」?……どういう意味だいその日本語は?』

スージーは日本から持ち帰ったパスケースを開く、中にはアキバで撮った大判のプリクラが貼ってあった。
父親に『マダラメ』の姿を見せた。
父は凹んだ。

『私はすぐには認めることはできんな……。家族を呼んで会議しなくてはならんぞ。弟も呼ばねばならん。おい、ロスの大叔父にも一報入れておけ!』
父親は立ち上がり、妻に吐き捨てるように指示すると、頭を抱えて書斎へと引きこもった。
よほどショックだったのだろう。

ボストンは歴史が古い町であり、市民は頑固で外部の人間には厳しい気質も有しているという。
娘が『外国人』の、しかも『日本人』の、さらには『どう見ても情けない男』の妻になる……それを認められない父親は典型的なボストニアンなのだろう。

『…………』
スージーは、リビングのソファに体を沈め、視線をパスケースに落としたまま黙っていた。
いつもの仏頂面ではあるが、いつもとは違う。

母親がスージーの隣に座り、パスケースを持つ彼女の手を優しく握った。
『お父様は厳格すぎるわ。スザンナ、貴女が決めたことなら仕方がないことよ。その相手があなたを愛してくれるなら、なおさらね』
母親は、娘の結婚の意志を理解してくれていた。
とはいえ、父親の反対は辛い。さすがのスージーも、伏し目がちに自分の部屋へと戻った。

こういうときは、『底抜けに陽気なアノ女』にでも電話しようと彼女は思っていた。
この町にはイタリア系の移民が多い。面と向かって尋ねたことはないが、きっと『アンジェラ』もその血を受け継いでいるのだろう。
アンジェラには、日本から帰ってきてすぐに電話をしている。マダラメとの事を話すと、彼女は大げさなくらいに驚いていたが。

部屋の電話でアンジェラの家をコールする。
出てきたのはアンの母親だった。母親も娘と同様、陽気で開放的な女性だ。

『…………』
『ハロー? バートンですが、どなた?』
『…………』
『その無言っぷりはスザンナね。おかえりなさい。アンはしばらく居ないけど、今度ウチに遊びにいらっしゃいな。おばさんがパイを焼いてあげるわ』
『………?』
『やっぱりアンは教えていないのね。あの子ったら“カナコの所に行ってくる”って言って、日本へ旅立ったのよ。用事はすぐに済むからスーには内緒にするようにって……。おかしな子よねぇ』

内緒の話をペラペラしゃべる陽気なおばさまとの電話を終え、スージーはいぶかしげな表情で受話器を置いた。

一体、内緒ですぐに済む用事とは何なのか…………。
ハッとして、スージーは『何か』に気づいた。

『!!………Holly shit!!』


彼女らしからぬ言葉が口を突いて出てきた。
次の瞬間には、スージーは自分の体が入りそうなくらいのスーツケースをベッドの上に放り投げ、荷ほどきして間もない荷物を再び詰め込もうとした。
嗚呼しかし、日本への往復の旅券はどうすればいいのか。何とか都合をつけて、急いで日本へ行かないと……。
「カナコ」にも電話してみよう、アンが来ていないか……。
焦る気持ちは、慣れ親しんだ日本語によって表された。

「マダラメガ、クワレル……!」

スージーは、思わずベッドの脇にひざまづいて、胸の前で十字を切った。
厳格な父親への反発もあってか、彼女は他の家族ほど熱心なクリスチャンとは言えなかった。
礼拝もろくに参加せず、日本のサブカルチャーにうつつを抜かす娘は、父親から何度も叱責を受けた。日本への留学が許されたのも、母親の説得があったからこそである。
しかしこの日ばかりは、スージーも神に祈らざるを得なかった。

『天国の主であり、永遠の父なる神よ。イエス・キリストの御名によってあなたに願い求めます……』

『……どうか、彼の人の操が守られますように……』

【2011年4月8日/西東京】
春の陽気が眠気を誘う午後。
斑目は、(有)桜管工事工業の事務所で事務処理に追われている……はずだったが、入力作業の合間、たびたび窓の外に目を移していた。心ここにあらずだ。

(スーは今ごろ、何をしているのかな)
スージーが帰国して1週間あまり。
この2、3か月の間に天国と地獄を味わった斑目は、彼女がいない今、心にポッカリと穴が空いたような気持ちを味わっていた。
携帯電話を手にして、スーの電話番号を出す。スーは帰国したため国内の住所がなく、携帯電話も解約していた。
斑目が何度も緊張し、照れながらコールした番号はもう、他人のものになっているのだろう。

「斑目君……、マダラメくーん!」
「……は、はいッス」
課長の呼ぶ声に、斑目はハッとして立ち上がった。
「春だし、研修企画の仕事も終えたし、気が緩むのも結構だけどねぇ。『彼女の事』は仕事が終わってから考えてくれよ(笑)」
周囲のデスクに座る同僚たちの間からも笑い声が漏れる。
「スンマセン、はは…」
斑目は頭を下げながら愛想笑いを返した。

課長の言う『彼女』と、斑目の想う『彼女』は同一ではない。課長は、2週間ほど前に事務所に現れた美人(高坂咲)こそ、斑目の付き合っている彼女だと、今も誤解していた。

小さな会社なので、もう職員全員の共通認識にもなり、最近はよく『彼女ネタ』でからかわれてしまうのだ。
咲との仲を疑われるのは、悪い気分ではない。しかしもう彼女は人妻だ。斑目も最初のうちは『違います』とやんわり否定していた。
しかし、『他に本命がいる』『外国人と付き合っている』などと、本当のことを話しても信じてもらえそうにないので、そのうち斑目は考えるのをやめた。

(……まいったなこりゃ……)
斑目がヤレヤレと思いつつイスに腰掛けた時、今度は女性職員が彼の名前を呼んだ。

「斑目さん、斑目さーん、お客様ですよ」
「俺に?…………ってエエッ!?」

デスクから受付の方へと顔を上げた斑目は驚きの声をあげた。
『今度は』、田中(旧姓大野)加奈子がニコニコしながら受付に立っていた。
一児の母とは思えない若々しさとストレートな黒髪、他を圧倒する(乳の)存在感。

斑目は上司に目を向けた。上司からも受付前に立つ美人が見えた。
「……あ、あのう……課長」
「斑目くん……君って一体……」
周囲の同僚も斑目の意外な交友関係にどよめいている。

(ヤバイ、また誤解される!)
危機感を感じた斑目は、オーバーアクションで全否定を開始した。
「いッ、いや違いますヨ! 彼女はダチのツレのソレで……! エート、エート……あぁそーだ、大野さんじゃなかった田中さん、左手を上げて見せて左手! いやグーじゃなくてパーで! パーでみんなに指輪見せて!」

騒ぎが収まり(といっても、騒いでいたのは斑目だけだが)、加奈子と斑目は、事務所の小さな応接室のソファに座って向かい合った。
女性職員が興味津々の顔でお茶を出した後、加奈子が口を開いた。
「すみません、急にお邪魔しちゃって。大学に行った帰りに寄らせてもらったんです」
「大学? 何しに?」
「はあ、卒業証明書を受け取りに行ったんです……」

加奈子の夫、田中総市郎は服飾専門学校を卒業し、今は都内デパートの服飾部門で働いている。本来なら、もっとクリエイティブで『自分の趣味』に近い仕事をしたかったのだが、その夢はまだ叶っていない……。
加奈子としては、夫の夢をサポートしつつ、自分たちのコスプレもまだ続けたい。そこで通訳の仕事をすることとなり、卒業証明を受け取りに大学へ足を運んだのだという。

斑目は、少し疲れの見える加奈子の表情を見て『現実は厳しい』と思った。
(サークル仲間が次々に結婚するってのは幸せな事だと思ったけれど……皆が皆、順風満帆ってわけでもないんだな……)
お茶を一口飲んで、斑目は加奈子に語り掛けた。
「疲れてそうだね。何かあったら相談していいからって、田中に伝えといてよ……」

「へぃ?」
妙な返事をした加奈子は、ハッと何かに気づき、笑顔で両手を振った。
「いやだ斑目さん。私たち生活に困ったり疲れてたりなんかしてませんよ!」
「いやだって……大野さん、なんかいつもよりテンション低いし」
「生活の方はダイジョーブです。総市郎さんが勤めてるの伊○丹だし。お金がいるのは、レベルアップして素材にも一層こだわるようになったコスプレの方でして……」

(伊○丹って超大手じゃん……順風満帆じゃねーかチキショーめ!)


笑顔が戻った大野は、直後、眉をひそめて話を続けた。
「……あの、その、テンションの話なんですが……。斑目さん、今度大学に行く時には気をつけてくださいね」
「何のこと?」
斑目は首をかしげて、再びお茶をすする。
大野は、周りに誰もいないのに、秘密の話をするように半身を斑目の方に近づけてヒソヒソと語った。

「いま、大学の事務局には、北川さんが居るんですよ」

ブーッ!
斑目は勢いよく茶を吹いた。
彼と同期生となる北川百合絵は、サークル自治会の権力を使い、一時は現視研を取りつぶそうとし、また現視研の部室使用禁止と社会奉仕活動を押しつけた『宿敵』だ。
(……まあ、部室使用禁止は『春日部さんのボヤ騒ぎ』が原因で俺らが悪いんだけどね)と、斑目は遠い目をして振り返った。

北川は、斑目たちが原口とひと悶着を起こした数年前の夏、事態を収拾した人物の一人として大学事務局にあいさつに行っている。
それ以来のコネと学生時代の実績から、パートタイマーとして事務局で働いているのだ。
加奈子は、卒業証明を受け取る際に、北川からさんざんイヤミを言われたらしく、それでゲッソリしていたのだという。
おおかた、加奈子の胸が気にくわないのが原因であろう。

斑目は、お茶で濡れたメガネを拭きつつ、(卒業証明書、郵便で受け取れば良かったのでは?)と思ったが、野暮なツッコミはしないことにした。

「……で、今日はその忠告をしに来たってわけなの?」
「いいえ違うんです。実は最近、アンジェラから電話があって……」
「はあ」
「アンから、『総受けは今も部室に行ってるのか?』って質問されたんです……。あと、スーとのことでお祝いを贈りたいから住所教えてくれと聞かれました」

「……俺、『総受け』なの……?」
顔に汗をしたたらせた斑目の問いに、ハッと自分の口をふさぐ加奈子。
「い、いや~気にしないでください(激汗)。アンの考えてることって良く分からないしぃ。……住所も、手元に手帳が無かったからまだ教えてないんですが……」
斑目は納得いかない顔をしていたが、住所については、「別に教えてもいいよ。ありがたいことだよ」と答えた。

加奈子はホッと胸をなで下ろしてから、話を続ける。
「……でもちょっと気になることがあるんです。昨日のお昼前にはスーからも電話があったんです」
「スージーから?」
斑目は自然に身を乗り出していた。

「はい、それが……『アンはそっちに来ていないか?』って聞かれたんです。……変でしょ。斑目さんは何か心当たりありませんか?」
「???」
斑目にも、外国人コンビ2人の意図は見えなかった。

【2011年4月8日/斑目のアパート前】
その日の夜。
斑目はファミレスで、漫画誌を読みながら食事を済ませ、レンタルビデオ屋で1時間以上もウダウダと借りるソフトを選んでから、ようやく自分のアパートへ向かっていた。

夜道を歩き、アパートの前にさしかかるという時になって、斑目は目を凝らした。
「あれ!?」
自分の部屋のドア前に、『何か』が置いてあった。
よく見ると、アパートの外灯に照らされているのは、海外旅行に使われる大きなスーツケースだ。
見覚えのある、サムソナイトのスーツケースだった。

外灯に照らされて伸びる影で、ケースの向こうに誰かが座っているのが分かった。
ケースに隠れてしまうような、小さなからだ。
「まさか……」
斑目がスーツケースまで歩み寄った時、気配を察知して、その『誰か』が立ち上がった。ケースの上からヒョッコリと、スージーがその頭を出してきたのだ。

「うわっ、やっぱりスーじゃんか!」
天地がひっくり返ったかの如く驚く斑目を、スージーはいつもの仏頂面で静かに見つめていた。