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koyukiⅡその3 【投稿日 2007/02/18】

カテゴリー-斑目せつねえ


卒業式の日の夜。新宿駅東口。
田中総市郎、加奈子夫妻は、この日無事卒業式を終えたスージーを連れて、新宿まで繰り出していた。
スージーの追い出しコンパを開催するためである。

残りの参加者は、スーの知っている現視研の現役会員やOB・OGであり、現在会長を務める朽木が駅前で掌握し、随時合流する予定であった。
「あとはお任せくださいッ!」
全力で敬礼する朽木にちょっと不安を感じつつ、総一郎と加奈子の夫婦は、真ん中にスージーを置いて目的地へと歩き始めた。

「それにしても賑わってるな」
「スー、離れちゃいけませんよ!」
3人は、駅前の雑踏をかき分けるようにして目的の居酒屋に辿り着いた。
店内もまた、歓声や拍手、叫び声のような店員の挨拶など、戦場のような賑わいを見せている。

田中一行が予約している席は、20人以上が座る奥の座敷だ。
彼ら3人は、主賓を含めた先行部隊なのだが、これから座るはずの座敷から、誰かが手を振って手招きしている。

すでに1組のカップルが座り込み、目ざとくスージーの姿を見つけて手を振っていた。
高坂真琴・咲の夫婦だった。
咲は上機嫌だ。すでに頬が赤い。
実は近隣のスタンドバーで真琴と一緒に『食前酒』を飲んできたという。互いに忙しい夫婦だけに、こうした機会に二人だけの時間を過ごしたいと思っての行動だろう。

「ゴメンねぇ~。店の片付け任せて早く出てきちゃった。田中の名前で一足先に座らせてもらったよ」
夫の真琴も大学時代と変わらぬ笑顔で、「スーちゃん、チョコどうもありがとう!」と、さわやかに礼を述べた。

「咲さんエンジンかけるの早すぎですよ~」
すぐに追いつくであろう『ウワバミ』加奈子がにこやかに笑いながら席につく。
総市郎は世話好きな彼らしく、店員が慌ただしく持ってきたお通しとおしぼりを、妻とスーに配っていた。
続いて携帯を手にして、移動中に見る事ができなかった着信とメールをチェックした。

「あれれ、斑目……?」

総市郎が斑目の名を呟いたとき、お通しを器用に箸でつまんで食べていたスーの動きが止まる。
その対面に座っていた咲はスーの様子に首をかしげた後、総市郎に向かって、「アイツがどうかしたの?」と尋ねた。

「メールが入っててね。あいつ今日、無理なんだと。……ん?……オイオイ、あの斑目が新人研修担当だってよ」
「へえ~、斑目が。アニメの知識とか変な事教えるかもね。二次元の絵に欲情するのは高度な精神活動だとかなんとか」
「咲ちゃん言い過ぎだけど、よく憶えてるよね」
皆が談笑しているなか、スーは再び箸を動かしていた。

咲は、「ああ、そうだ」とつぶやいて、机の下から紙袋を取り出した。
「みんなが来る前に……。はいこれ、卒業オメデトウ。うちの店の品だけど、サイズは田中に聞いたから」
中身は咲がコーディネートした衣類だという。
「thanks……アリガト」

田中は携帯で朽木に連絡をつけた。
「そっちはどう?……お、『18年組』が合流したか。ああ、それから斑目は欠席だから、うん。もうちょっとしたら朽木君もこっちへきてね……」

参加者は続々と集いつつあった。
笹原や咲の世代後に入学したOBもゾロゾロとやってきた。
「あ、スーちゃんだ!」「久しぶり!」
スージーも無愛想なまま、手を控えめに振る。これでも彼女にとってみれば愛想がいい仕草を見せている。

「スーちゃん、田中さん特製の晴れ着で卒業式出たんだって?」
「仕事がなきゃ卒業式の晴れ姿見たかったのになぁ」
そんな声に加奈子が、「大丈夫ですよ。ちゃんと撮影してますから後で公開します!」と応え、周りからは拍手がわき上がる。

続いて笹原夫婦と恵子が連れ立ってやってきた。
靴を脱いで座敷に上がろうとする笹原に咲が声を掛ける。
「ササヤン、子どもっちはどした?」
「うちの両親が遊びに来ていて、預かってもらえたよ」
「コーサカさんお久しぶりですぅ!……あ、ねーさんもオヒサっす」
「ケーコお前、一昨日うちに服買いにきたばっかりじゃん。お前今日の宴会に呼ばれてるのか?」
それぞれ好き勝手言っている皆を尻目に、笹原千佳は座敷に上がると、スージーの側までにじり寄った。

「スー、卒業だね……」
一言だけ声を掛けると、千佳とスーは無言でハグする。
ナンダカンダと言いながらも、互いに心を許すことのできる仲だったのだろう。
千佳の目は少し潤んでいるようにも見えた。
一方のスージーも、心の中で仔犬が尻尾を振っているかのように、無心で千佳と抱擁していた。

斑目をはじめ数人の欠席者があったものの、20人近い人数での宴が開会した。
「さ、スージー殿。一言挨拶を!」
現会長である朽木に促されて、スックと立ち上がるスー。
「よっ、メリケン大将!」というかけ声が聞こえてくる。
スージーは、感情を抑えた瞳で、ぐるりとテーブルを見回した後、右腕を天井に向け突き上げ、すぅ、と息を軽く吸い込んで言い放った。

「ワガショウガイ二、イッペンノクイナシ!!」

まるで彼女のバックで『ドオォォォォン!』と効果音が聞こえ、天井から光が差してきそうな迫力だった。
参加者たちも思わず「おおお!世紀末覇王!」と唸っている。
周囲の喝采を浴びながらも、スーは軽くため息をついて着席した。

(……『クイガナイ』ナンテ、ウソダ)

続いて加奈子が乾杯の音頭を取るため立ち上がり、スピーチをしている。そのさなか、スージーは自分の殻の中にいた。

(ホントウハ、カエリタクナイ……デモ、モウ、イバショガ、ナイ。……ステイツ二カエッテモ……オナジ)

(ダレカ……ヒキトメテ……ココ二イタイヨ……)

スーの想いとは裏腹に、非情にも、「スー、向こうでも元気でね!」という声が飛んできた。

(……ヒキトメテ、クレルカナ……マダラm…)

『望み』を託した人のことを思い浮かべようとしたとき、「カンパーイッ!!」という全員の掛け声と大歓声が響き渡り、スージーの想いはかき消された。
「ほらほらっ、スーも乾杯っ!」

「生追加!」さっそく加奈子がスタートダッシュをかける。
朽木はちょっと古めのアニソンを大声で歌いだし、周りのひんしゅくを買っている。
久我山からのお祝いの電報が田中によって朗読された。居酒屋に電報など聞いた事もない。

続いて今日のスージーの晴れ姿がノートパソコンで公開されると、10人以上が押し合いへし合いしながら12インチの画面に殺到し、危うく机がへし折れて破壊されるところであった。
スーが卒業式で着た田中製の衣類は、簡単な脱着により、証書授与式用の袴と、それ以外で着用する帯のコンパーチブルになっていた。画面を見ていた一同から驚きの声が上がった。

このほか、オタ談義に花を咲かせる者、学祭やコミフェスでの思い出話をする者、現役やOB・OGの変わりなく宴を楽しんでいる。

ただ、主賓であるはずのスージーは、積極的に話に加わるわけでもなく、伏し目がちにビールをすする。その表情の変化は簡単に見極める事はできないが、対面に座っていた咲は時折、彼女の表情を見ていた。

ふいにスージーが立ち上がった。
咲がその動きを目で追う。いつもの無愛想な顔だが、その瞳は何かを思い詰めているようにも感じられた。
声を掛けようとしたが、隣で泥酔した恵子が、咲をコーサカと間違えて抱きついてた。
「うわっ酒臭ッ。ケーコ放せ!」
咲は、思いっきり唇を重ねてこようとする恵子を抑え込むのに精一杯だった。
一方でスージーは、化粧室の方へと歩いて行った。

一方、(有)桜管工事工業事務所は、ひっそりと静まり返っていた。
ただ斑目一人が残業でデスクに座っている。

かといって、仕事がはかどっているわけでもない。モニタを眺めたままボーッとして、3、4回キーボードを叩いては、落ち着きなく事務所の時計を見たり、腕時計に目を落とした。

6時半……、7時……、7時半……、8時……。

時計の長針が6と12を行き来するたびに、斑目は新宿で行われているはずの旧友たちの宴会のことが気になってしまう。

(何で俺はこんな所にいるんだ?)

上司は帰宅もしてよいと言ってくれた。なのに彼は残業を選んだ。

(やっぱり……怖いのか?)

斑目は、帰国するスージーと離れてしまい、それによって傷つくのが怖かったのかもしれない。『自分たちが変わってしまう怖さ』を克服させてくれた彼女。今度は彼女との関わりを怖れてしまうなんて……。
今の斑目は、『春日部さん』を諦めようとした時のように、『手遅れ』になるのを待っているのだ。

時計の針が8時半にさしかかろうかとしていた頃、斑目は、「気分転換」だと言いつつネットを見始めた。
しかし、ついついスージーのことが気がかりになり、『あるもの』を検索した。なぜかバレンタインの夜に届けられた、『ウルトラセブン』『史上最大の侵略(後編)』……。

その検索結果を読もうとしていた時、デスクの隅に置いていた携帯電話が『ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ッ』と震え始めた。
斑目は瞬間、ビクッと反応し、恐る恐る携帯のディスプレイを見た。
そこには『Koyuki』とあった。彼女の本名で登録するのが、小心者には気恥ずかしく感じられて、二人だけの間で通じるあだ名を入れていたのだ。

斑目はためらいながらも、通話ボタンを押した。

「もしもし」
『………マダラメ?』
スージーだ。電話の向こうで、賑やかな歓声が遠く聞こえてくる。
居酒屋の隅から掛けているのだろうか。

斑目は、目の前にスージーがいるかのようにペコペコと頭を下げながら話を始めた。

「今日は本当にすまん。仕事が入っちゃってね。つ、次は何かで埋め合わせするよ」
『……No…。ノー next……ツギ ナイ』

スージーは、英語とも日本語とも分からない混沌とした話し方で返事をした。彼女の心中で動揺が広がり、その心の乱れが言葉にも現れていることを斑目は察した。

「……そうだね。『コユキ』、卒業して帰国するんだね」
『ノー。I am not コユキ……』
「……?」
『ワタシハ……アメリカジンナノ』

しばらくの間、沈黙が流れた。
斑目は、大きく息を吸って気持ちを落ち着かせてから、ゆっくりと口を開いた。
「や やだなぁ~スー当たり前ジャン! 日本暮らしが長過ぎなんだよ。そ そうそう、ええと、ほら、か か 帰ったらアンジェラにもよろしく伝えてね」

まるで久我山のようにどもりながら、努めて明るく話しかけた。

自分がこのまま彼女の帰国を喜んであげることが、彼女の気持ちを落ち着かせる近道だと思ったのだ。
またも沈黙が続き、やがてか細い声でスージーが返事をした。

『……イイノ?』

斑目は胸が締めつけられるような思いがした。

「俺、スージーを引き止める立場になんかないし……」
ブツッ…ツー…ツー…ツー…。

電話はスージーの側から切られた。
斑目は、携帯電話をしばらくの間ぼう然と見つめていた。

「……これでいいよな。俺が引き止めたらスーにも迷惑かけちまう……」
彼は、自分を慰め、肯定するために呟いた。
もう『手遅れにしてしまった』のだから、後はこのまま疎遠になって、心の傷として時の流れに任せてゆっくり癒していけばいいと思った。

「彼女は……俺には、もったいないくらいだもんな。ハハハ……」
改めて笑顔でモニタに向かうが、キーは一向に叩かれなかった。

スージーは、居酒屋の化粧室の前で、携帯電話を握ったまま立ち尽くしていた。
いつもの表情で、悲しみや苦悩も表に表さず、仲間たちのもとへと戻ろうと思った。しかし、足が動こうとしない。化粧室に出入りするほかの席の客たちがスーの前を行き帰りしている。
彼女は、ただ見送るままだ。
悲しくてやりきれない思いが彼女の心に重くのしかかっていた。

座敷の方から次第に近づいてくる声があった。聞き慣れた千佳と加奈子の声だった。
「もう、幼い子どもがいるのに何でこんなにガバガバ飲んでんスか!?」
「ウフフ、卒乳もしたのでお酒解禁なんですよ! 咲さんの結婚式や二次会は抑えめで、辛かったですよほんと」
「ホントは抑えめでもダメっす。……母乳が終わったのに、まだそんなに大きいんだ……」
「ウラヤマシイですか?」
「そっ……そったらコトねえっス!」
2人は、向かい側から歩いてくる客を巧みに避けつつ、掛け合い漫才をしながら歩いてきた。

「あれ、スー、こんな所にいたの?」
二人がスージーの姿を見かけたが、彼女はうつむいたままだった。

「どうしたの?」と荻上がスージーの肩を抱くと、微かに震えていた。
スージーは、千佳が来たことに気づき、彼女の家に泊まったときのことを思い出した。

 『スージーの好きなように行動してさ』
 『その方がみんな楽しいだろうし』
 『私もきっと楽しい』

(チカガ、アノ『コトバ』ヲカケテクレタカラ……。ココニイテイイヨトイッテクレタカラ……)

スージーにとって、日本での最初の居場所とは、千佳の背中だったのかもしれない。でも、その千佳は大学卒業後、結婚し、家庭を持ってしまった。傍らの加奈子もまた、自分の家庭を持っている。

つながりのある人たちが卒業し、環境が変わり、もう居場所が無くなろうかとしていたとき、斑目の弱さと優しさを知った。それはほんの少し自分とも似ていると思った。
居心地が良くて、純朴で、可愛くて、一緒にいると安心する、と思ったのに……。

スーは、心配して覗き込んできた加奈子の黒髪に手を伸ばした。

(ワタシノ『カミ』モ『メ』モ、カナコノヨウ二、クロカッタラ……ヨカッタノニ……)

元気のないスーの様子にうろたえる二人だったが、加奈子がふと顔をあげると、座敷の方から咲が歩み寄ってきていた。
咲は、スージーを見つめて問いかけた。

「ねえスージー、斑目と何かあったの!?」
「………」

咲は、斑目の話題に反応していたスージーの様子が気がかりだった。
かたくなに目を合わせようとしない無愛想な彼女の髪を撫でながら、今度は優しく語りかけてみた。
「抱え込んで無理しないで、話してみたら?」
瞬間、スージーは咲の懐に抱きついた。咲の体に顔をうずめるようにして、泣きそうになるのを堪えた。
震えるスーの背中を、咲は優しく撫でてあげた。

「………斑目さん?」
加奈子と千佳は不思議そうに互いの顔を見合わせた。