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斑目、思う 【投稿日 2007/02/15】

カテゴリー-斑目せつねえ


 そういや、今日はバレンタインかと思った。
 会社からの帰り道、いつものコンビニで弁当を買った。一日の仕事が終われば疲労感で身体は重い。食事を作る気力が残っていることの方が珍しい。だから斑目は昼食と同様に、ほぼ毎日コンビニの弁当で夕食を済ませる。
 レジで目に入ったのは、ハッピー・バレンタインという文字とチョコだった。
 赤色の鮮やかな包装が目を刺す。斑目はスッとそれから視線を外した。
 ピッ、という機械音が立った。

「858円になります」

 小銭はあっただろうか。財布の中を探す。精算のときの「間」が斑目は苦手だった。店員の視線にわけもなく慌ててしまうのだ。見られているという感覚に焦燥する。結局、千円札を一枚差し出した。

「これで」
「142円のお釣りになります」

 差し出された小銭を遠慮がちに掴む。手と手の触れ合う瞬間が斑目はやはり苦手だ。店員と視線は合わせない。

「ダメだよ、人と話すときは、ちゃんと目をみないと」

 よく会社でたしなめられる。社会人になって数年になるが、まだできない。多分、あと十年はできないだろう。そう思って諦めている。理由がわかっているからだ。とどのつまりは自分に自信がない。そして自信の持てる自分を築き上げる自信などさらになかった。

「ども」

 逃げるようにして立ち去る。
 外に出たとき、冷たい夜風が身を包んだ。思わず身を震わせる。コートのポケットに両手を突っ込んで家路を急いだ。

 腕に感じるコンビニの重さはいつも通りだ。昨日と何ら変わりはない。正月もそうだった。クリスマスもそうだった。そして今日バレンタインの日もコンビニの弁当は変わらない。

(ハッピー・バレンタインねぇ・・・ま、俺みたいな人間には関係ねーわな)

 春日部咲に高坂。大野加奈子に田中。荻上千佳に笹原。顔が浮かんでは消えた。彼らはきっと今日という日を共に過ごすのだろう。斑目晴信は一人でコンビニの弁当を食べる。アパートの部屋で一人箸を動かす。
 斑目は苦笑した。去年も似たようなことを考えたと思い出したからだ。
 去年も同じようにコンビニの弁当を食べて寝た。今年もそれは変わらない。あと何年変わらないのだろう。ふと考える。

(一生・・・・なのかな)

 足が止まった。
 止まったのは一瞬。
 すぐに足を動かす。大股で急ぎ足だった。無心に足を急がせる。灰色のアスファルトの上で革靴が乾いた音を立てる。
 人影はなく、道は暗い。目の前に広がる暗闇に飲み込まれそうだと思う。
 明滅を繰り返している街灯があった。切れかかっているのか、危うげな光だった。鈍い音とともに濁った光を投げている。
 やがて消えた。
 ゲームでなら、と斑目は思う。ゲームでなら、人生は優しい。孤独な主人公を救済するヒロインが必ず現れる、ある日突然。そこに理由はない。ゲームだからだ。現実にそんなことは起こらない。それくらいのことはわかっている。
 つまり。
 自分の人生はたぶんこのままずっと続く。平坦に何の変化もなく死ぬまで。

(死ぬまで・・・一人)

 今年で二十八になる。
 斑目はまだ童貞だった。




(終わり)