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koyukiⅡその2 【投稿日 2007/02/14】

カテゴリー-斑目せつねえ


2月14日。月曜日。
笹原家の夕べは喧噪に包まれた。
笹原千佳は前日までに大きな仕事を終えて、この日はオフにしていた。
昨夜からチョコレートの素材を溶かして形どりし、夫のためのバレンタインチョコを作っていたのだ。

(夕食を終えてお茶を入れた時に、心を込めた一品をプレゼントしよう)

しかし、そんな甘い願いは、珍客によってブチ壊されてしまうことになる。
田中加奈子とスージーがやってきたのだ。
「チカ!アイタカッタ!」
「スー!?」
ドアを開けるなり、いきなり抱きついてきたスージーに慌てる千佳。
そこまではいい。
そこまでは。

続く田中夫妻が、段ボール2ケースほどのチョコレートを持ち込んできたのだ。
しかも、そのチョコレートは自分のマンガのキャラクターを形どった商品だ……。千佳は激汗で客のプレゼントを受け取った。

段ボールいっぱいのチョコから一個をつまみ上げ、「いやあ、よくできてるなあ」と感心する呑気な夫・完士を睨みつけた千佳。
空気を読んだ田中総市郎は、「あ、じゃあ俺、外で待ってるから……」とそそくさと退散。加奈子は夫が退却するのも気にせず、買ってきたキャラクターチョコの出来具合いを楽しげに語っている。

千佳が気がつくとスージーの姿がない。
部屋の奥から子どもの鳴き声が聞こえてきた。やっと寝付いた子どもたちの枕元にスージーが座り、乳飲み子の一人を抱えて珍しそうに眺めていたのだ。
(嗚呼、今年のバレンタイン、終わったな……)
千佳は頭を抱えた。

笹原家襲撃を終えたスージーは、仲間全員にチョコを贈りたいとの『理由』で、笹原夫妻、田中夫妻にそれぞれ、自分が買ってラッピングしたチョコレートをプレゼントした。
新婚旅行中の高坂夫妻には後日に渡し、会う機会が少ない久我山には田中総市郎を通じて渡してもらうことにした。
朽木くんは知らない。

最後に田中夫妻の車で家に送ってもらう道すがら、スージーは斑目のアパートにも寄ってもらった。
斑目は仕事から帰っておらず留守だったが、スーは郵便受けにラッピングした小箱を入れた。
彼の分だけ、『中身』は異なっていた。
むしろ、斑目に渡す理由づけのために、ほかの仲間へのチョコレートも用意したようなものだった。
スージーのバレンタインの『ミッション』は終わった。

スージーが去った1時間ほど後、斑目は意気揚々とアパートに帰り着いた。
彼は今日、会社でも終止機嫌が良かった。品川での一世一代の会食も成功し、無愛想なスージーを少しでも驚かせたことが、彼に自信を与えたようだ。
斑目が部屋のドアを開けると、郵便受けがコトンと小さな音をたてた。
「ん?」

恐る恐るドアを開けたまま確認すると、中には可愛くラッピングされた小箱が入っていた。
「キ…キター!……かも?」
誰に見られても構わないのに、左右をキョロキョロと見まわした斑目は、小箱を手に急いで部屋の中に入った。
机の上に鎮座した箱を前にして、しばらくの間、それを飽かず眺める。
「こんな立派な形でもらったのって……。俺の魂的にドウナノヨ?」
オタクであることを自認している斑目にとって、この10日あまりの事態は、アニメ、マンガ、ゲームetcに彩られた「日常」を大きく揺るがす「非日常」ですらあった。
スージーは自分に匹敵するハードなオタクだが、それ以前に一人の女の子である。
その『生身の気持ち』が、目の前に形となって現れていることが、斑目を惑わせる。

しかし、もらったものに難癖をつけることは野暮だ。魂云々の前にまずは嬉しい。
斑目は机の上の小箱に合掌して、慎重に、慎重に、ラッピングシールを剥がしはじめた。ドキドキと胸が高鳴る。
大きく息を吸って小箱を開けると……、斑目はそのまま首をかしげた。
「んん?」

その『中身』は、彼の予想とは少し違っていた。

小箱の中には、1枚のディスクと、申し訳程度のチョコレートが入っていた。チョコだけを比べれば、昼間に会社の女の子が皆に配っていた義理チョコと大差がない。
不思議に思いながらも、どうやら大事なのは、チョコではなくディスクの方だということは察しがついた。

気を取り直した斑目は、「フム!」と鼻息も荒くディスクを手にする。
テレビのスイッチを入れ、ディスクをプレーヤーに読み込ませ、自分はテレビの前で正座をして待機した。やがて再生が始まる。
「んんん!?」

斑目は我が目を疑った。
画面上では、極彩色の渦巻きがうねりを見せ、そのうちの白い渦がやがて文字を描き出した。直後に『ドォン…ドドォン…バアァァァン』と重厚な前奏に続いて男性のコーラスが聞こえてきた。
『♪セブ~ン~セブ~ン~セブ~ン~セブ~ン~……♪』

「えええええええ~ッ!?」
悲鳴とも取れる叫びを上げる斑目。そこに写し出されたのは、往年の名作「ウルトラセブン」であった。
しかも、いきなり最終回「史上最大の侵略(後編)」が始まったのだ。
結局、正味30分それを見続けた斑目。メニュー画面を確認しても、この懐かしのテレビ番組1つしかディスクには入っていなかった。

「……な、何すかコレ?」
斑目は正座したまま、真顔で画面に問いかける。
もちろん「ウルトラセブン」を知らないワケではない。
しかし、特撮は守備範囲外の斑目にとっては馴染みが薄く、この作品をわざわざバレンタインデーに届けたスージーの意図は見えなかった。

週末。再びスージーと会った斑目は、『バレンタインに届けられたウルトラセブン』という不可思議な現象について何とか確認したかった。
しかし、いざ顔を合わせると、(相手の気分を害してはイカン)と思ってしまい、チョコとセブンについて「美味しかった」「イヤー、面白かった、泣けたネ」と当たり障りのない賛辞を送るだけだった。

スーは、そんな斑目の姿を見て、軽いため息をついていた。

暦は3月となり、陽射しは暖かさを増してきた。
斑目は、会社の昼休みに、久しぶりに現視研部室に顔を出そうと思い、椎応大学へ足を運んでいた。

『春日部咲』が卒業した後、当然のことながら、斑目が部室に顔を出す機会はめっきりと減った。
今では学祭をのぞきに行ったり、田中や笹原など『当時の面子』と会う機会がある時くらいにしか、足を運ばないでいる。
そんな機会に決まって斑目を振り回すのが、スージーであった。
笹原千佳がいる時には、そっちにべったりくっついているので無害だが、彼女がいない場合、斑目が肩車で物見台にされることもよくあった。
斑目もその度に、「何てメーワクな輩だ」と憤慨していた……。

しかし、今日はそのメーワクな輩の顔を見に来ているのだ。不思議なもんだと彼は思った。
久しぶりにサークル棟の階段を上り、部室のドアの前に立つ。
現在は部員数が少なく、顔も知っているから緊張することもない。意中の人物が居ることを願い、少しばかり呼吸を整えて、ドアノブに手を掛けた。

「久しぶり~、誰かいる?」
「おろ、斑目先輩、凄い久しぶりデスネ!」
部室には、朽木が一人でロールプレイングゲームに興じていた。といっても、テレビゲームのそれではない。鉛筆と消しゴム、サイコロを使って遊ぶテーブルRPGである。
本来、シナリオを管理するゲームキーパーや複数のプレイヤーがあってこそ成り立つゲームだが、朽木はそれを一人でこなす変態プレイを楽しんでいた。

「朽木くん久しぶり。今日ここで弁当食べさせてよ」
「何かあったんですか?……会社員も大変ですな」
何とも呑気なことをほざくクッチーは、自分が卒業するはずの2007年に敢えて少量の単位を残して留年した。
翌年に卒業単位を楽に取得し、並行して院試の勉強をするという無茶な行為を働いたのだ。
現在は院生として在学しつつ、現視研にも非公式に在籍している。
しかも、6代目会長のスージーが、『気まぐれ』で『指揮系統に齟齬が生じる』ことから1年足らずの短命の任期に終わり、現視研在籍歴の長い彼が7代目の会長となったのである。

斑目は、クッチーが会長になった時、「高坂さんから会長就任をアッサリ否定されて以来苦節ウン年、ついに我が世の春が来ました!」と叫ぶ彼のスピーチを聞いた。
ますます『気まぐれ』で『指揮系統に齟齬が生じる』のではないかと不安になったものだが、現視研は朽木政権下で3年目を迎えつつあった。

斑目は、部室のテーブルにコンビニ弁当を広げる。
ペットボトルのお茶を一口飲むと、傍らで黙々と10面サイコロを振り、「うわーっ、精神が崩壊する!」などと一人で叫んでいるクッチーに話しかけた。
「あー朽木くん、この前の劇場版ガンガルユニコーン3部作上映、どうだった?」
「おお! そうでした。映画はそれぞれ1度見てますけど、やっぱり3部作を大スクリーンで一気に見るとイイですね!」

たわいのない会話を朽木と楽しむ一方、斑目の頭の中は、スージーのことを考えていた。
(今日は来ないのかな。今、何をしているのだろうか)
これほどに、彼女のコトを意識するようになるとは思いもしなかった。
こんなに懊悩するのは……そう、『春日部さん』に恋い焦がれていた時のようだ。

彼女に関する情報はないものか……。斑目は、クッチーに何とか自然な形で尋ねてみようとしたが、意外にも相手の方から、運良く話題を振ってきた。

いや、この場合は『運悪く』と言うべきか。

「あ、そうだ。斑目サンも前会長の『卒業&帰国追い出しコンパ』には出られますよね?」
「へ?」
「あ、そうか。呼び掛けはこれからでありましたな。田中さんご夫婦が先日やってきてスージー殿と打ち合わせされていましたヨ。笹原サンにも春日部サンにも、モチロン斑目サンにも声を掛けるって……」

斑目の耳には、説明を続ける朽木の声が次第に聞こえなくなっていった。
『二人の時間』に浮かれてしまい、大事なコトを忘れていた。いや、忘れていたというよりも、気付いていなかったのだ。
それまで彼にとってさほど重要な人物ではなかったスージーのことなど、詳しく知らなかったのだから。
何よりスージーは、そうした話題を、斑目にほとんど話したことも無かった。

(卒業……。帰国……。そういえば、俺はスージーのプライベートなコトなど、何も知らないじゃないか……)
斑目の心中で、小さな不安の種が芽生えた。

気もそぞろに昼食を食べ終えた斑目は、部室を後にしてトボトボとキャンパス内を歩いた。
もうすぐ卒業と入学のシーズンを迎える。学内の桜は蕾を膨らませて、その時が来るのを今や遅しと待っている。
若い学生たちの賑やかさとは対照的に、物憂げな斑目の姿はひどく疲れて見えた。

(次に会った時に、どう話せばいいんだろう。そもそも、俺らは重要事を話すほどの間柄ではなかったのか?……)
こういう時、不安の芽は勝手に大きくなるものである。

斑目はふと、眼前に人だかりを見かけた。その中心に、金髪の頭が見え隠れしている。イスにちょこんと座ったスージーがいた。
彼女の周りで、斑目には馴染みのない男女が立っていて談笑している。
学部の友人たちだった。
日本語と英語、笑い声が飛び交っている。
「スーちゃんち凄いのよ。アニメの天国ッて感じなの」
「アレだろ、アニメって日本の文化として欧米でも認められてるんだよな」
「スージー、サークルもソレ系だったよな。うちのサークルに来ればもっと楽しい4年間が過ごせたのにさ」
周りのにぎわいを聞いているのかいないのか。スージーは黙っている。

斑目は、その人の輪から離れるようにして、そばを通り抜けた。
一瞬、輪の中央にいるスージーと目が合ったが、すいっと視線をそらして、素知らぬ顔で過ぎて行った。
スーは斑目に気づき、目で追っているように見えた。

斑目は、商用で大学事務を訪れたサラリーマンのように、知らぬ顔で歩いて行く。(俺がノコノコ現れたら、『コユキ』が馬鹿にされてしまう)という負い目もあったのかもしれない。

スーは、イスから立ち上がって斑目に向かって何か叫ぼうとしたが、傍らの男子学生から、「ねえスージー」と呼び掛けられた。
「じゃあさ、卒業するまでに俺らもスージーんちに遊びに行っていい?」
「スーちゃん大丈夫よ、アタシらも一緒に行くから変な事させないし」
どっと沸く一同の笑いの中、黙っていたスージーが、「OK」と返事をした。

斑目の耳には、賑わいの中にあってもスージーの返事が聞こえてきた。
スーの部屋など、斑目自身もまだ訪れたことはない。それは彼の心に、少なからぬショックを与えた。

その日の夜。斑目は仕事を終えてアパートに帰ってきた。
明かりを付けると、床やベッドに雑誌やビデオ、グッズが散乱した、いつもの乱雑な部屋があらわれた。
部屋を見回す斑目。スージーの存在を示すものは、そこには何も残ってなかったことに気がついた。

斑目は焦りを感じながらパソコンを立ち上げる。
携帯のカメラで撮った写真を無造作にまとめたフォルダを探し、写真のインデックスを開き、何枚も何枚も確認した。

やっと、1枚の写真に行き着いた。
何年も昔、大晦日に成田山詣でをした時の1枚だった。
咲がアンジェラたちと一緒に朽木を脅しているショットだ。

参詣そっちのけで宴会に突入していた咲たち。
合流した斑目は、「記念に何枚か残しておこう」と携帯のカメラで仲間たちを撮った。
……というのは口実で、咲の姿をカメラに収めたかったのだ。
頬を赤く染め、笑顔でクッチーの胸ぐらを掴む咲は、実に楽しそうだった。
この写真が撮れたとき、心の中でガッツポーズを取ったのを覚えている。
(われながら、いじらしい……)

斑目は、その写真の背景を凝視した。鮮明ではない画像の隅にスージーはいた。
彼女は、当時の『荻上』の背中にピッタリとくっついていた。
そのため、目から上しか写っていない。
スージーが写っている写真は、それだけだった。
あとはどれも、後ろ姿や荻上の後ろに隠れてしまっているものばかりだ。

斑目はベッドに腰掛けた。互いの『怖さ』や『寂しさ』を癒したその場所は、温もりが失われ、冷たかった。
「……俺ら、一体何だったんだろう……」

この日以降、斑目とスージーは面と向かって会うことがなかった。
意識して避けている訳ではない。
お互いに会う機会が無くなっていたのだ。

斑目は、仕事での頑張りが皮肉にも認められて、春からの新人研修の企画と資料作成を担うこととなった。
重責を背負わされて、土日の休みに仕事が食い込むこともあった。
一方のスージーは、間近に迫った卒業と帰国に向けた準備に追われるようになっていた。田中夫妻との『打ち合わせ』もあり、多忙を極めた。

電話でのやりとりはある。
だが、釈然としない気持ちの斑目は、卒業してからの事などを問いただす勇気もないまま、適当な会話を繰り返すばかり。スーもまた、電話先ではほとんど無言に近かった。

日々は瞬く間に過ぎ、いよいよ3月も下旬にさしかかっていた。

スージーは、約束通り学部の友人たちを部屋に招き、その夜は近所の居酒屋でのコンパにも付き合った。
部屋に帰り着いたときには、さすがのポーカーフェイスにも疲れが見えていた。

(『チカ』モ『ゲンシケン』モイナイパーティナドツマラナイ…)
学部の友人たちに悪い人間はいないが、彼らが飽きることなく語らう話題など、スージーにとってはどれも薄っぺらいものにしか感じられなかった。
いちいち絡んでくるしつこい男もいたが、無視を決め込んだ。
ああいう軽いだけの男に『居場所』は務まらない、とスージーは思っていた。

シャワーを浴び、録画していたアニメを1本見終えると、スージーはベッドの上にペタンと座り込み、大きくため息をついた。
彼女のストレスを癒してくれる、何も語らなくても満たされる存在は、現視研の仲間たち以外にはないと思った。
(チカ、カナコ、サキ……)

スーは皆の顔を思い浮かべるが、『ある人物の顔』が浮かぶとイライラがつのり、ヤブニラミの目をつり上げて、ベッドの上の大きめの抱き枕をボスボスボスッと叩いた。
枕を『奴』の顔に見立てて叩いて叩いて、そのまま枕に突っ伏すように顔を埋めた。
(アシタ二ナレバ、キット、アシタニハ……)
スージーは、抱き枕をぎゅうっと抱きしめたまま、深い眠りについた。

翌日。2011年3月24日。椎応大学の卒業式が行われた。

桜の花びらがひらひらと舞うなか、キャンパスのあちらこちらでは、証書の授与式を終えた晴れ着姿の卒業生たちが談笑したり、記念写真を撮って別れを惜しんでいる。

その賑わいの中でも一際目立っていたのが、スージーであった。
琳派かまたはアールヌーボーかと思わせる、花と波をデザイン化した晴れ着姿。ちょっと勘違い外人っぽいその意匠がスージーには似合っていた。
髪も後ろにまとめた上で、まっすぐに腰までおろしている。

和装は着付けが大変だが、これは田中特製の簡易脱着式晴れ着だという。
田中夫妻は、まるで我が子の卒業式を見守るかのように、晴れ着姿のスージーに目を細めている。
加奈子にいたっては、顔を覆って泣き出したほどだ。

今年度卒業する現視研会員はスージーだけだった。この日の夜は、クッチー率いる現役会員や、スージーに縁のあるOB、OGが追い出しコンパをやってくれるという。
コンパには笹原夫妻も……というか千佳も参加してくれることがスーには嬉しかった。
また、ここ最近顔を合わせていない斑目も参加することを、田中総市郎から聞いていた。

(メッセージ、チャント『ウケトッテ』クレテイルダロウカ?)
スージーは、斑目のヘタレ具合が今日ほど心配になったことはなかった。

その日の夕方。(有)桜管工事工業の事務所では、斑目が頭を抱えていた。
新人研修の準備に取り組んでいた彼は、スージーの件が気がかりで仕事が手につかず、失敗も二度、三度繰り返していた。
「どうした斑目君、調子が悪いのか?」と上司からも心配されている。

この日、椎応大学では卒業式が行われた。今晩は現視研OBとして追い出しコンパに誘われている。
斑目は、書類の山と時計とを見比べた。

ふと、大学でスージーと語らっていた快活な学生たちの姿を思い出した。
彼らが話題にしていたスージーの『卒業』について思う。

(別に俺じゃなくても、『コユキ』を楽しませたり、支えたりすることはできるんじゃないのか)

(第一、彼女は卒業したら、アメリカに帰国してしまう。俺には外国人の帰国を止める立場なんかないんじゃないか)

(思えば俺らは、『深く』知り合ってから2か月も経っていないし、彼女は俺に大切な話題を話したこともない。それだけの存在なのか……)

(このまま彼女が帰国して……疎遠になってしまえば……俺はまた『手遅れ』になって……)

斑目は、楽しげな学部の友人たちに囲まれ、その輪の中心にいたスージーの姿を思い出そうとした。
それが今の斑目にとって、彼女の姿を見た最後の瞬間だったからだ。
友人たちの賑わいの中で、スージーの姿が見え隠れする。

しかし、どんなに目を凝らしても、どんなに記憶を掘り起こしても、彼女の表情は、成田山で撮った携帯の写真のように不鮮明だった。

「斑目君、どうした? 具合が悪いなら今日はあがってもいいんだよ」
上司の声に、ハッと我にかえった斑目は、いつもの愛想笑いを無理やり顔に刻んでみせた。

「大丈夫ですよ。今日は少し遅くまで残って、この資料を片付けますから……」

彼は携帯を手にした。
田中総一郎のアドレスに、詫びのメールを送る。
(あの時と同じだ。……手遅れになれば、俺は……)


……斑目は、ピントのボケた記憶の中で、スージーの表情をついに思い浮かべることができなかった。