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koyukiⅡ 【投稿日 2007/02/13】

カテゴリー-斑目せつねえ


高坂家と春日部の結婚披露宴が行われた2011年2月4日は金曜日だった。
土日に式を挙げなかったのは、咲が2月4日の「立春」を強く意識したからだという。
立春は旧暦の正月。春の始まり。この日は物事の『はじまり』を示唆する。事業を始めるようになって、咲も縁起かつぐようになったのであろうか。

斑目晴信にとっても、忘れることのできない、新しい始まりの日となった。
スージーことスザンナ・ホプキンスとの一夜を経て、自分の気持ちに一つの区切りをつけた今、斑目は心身に充実感を得ていた。

その日からというもの、彼は仕事に臨む姿勢にもメリハリがついてきた。
単純に週末が楽しみなので、『休めるように働こう』というモチベーションができた訳だが、職場の上司も彼の頑張りに気づき始めていた。
「斑目君は最近、ちょっと変わってきたな!」
そう言われて背中をドンと押される斑目は、頼り無さげに愛想笑いを返している。

2月11日金曜日の夜。
有限会社桜管工事工業本社。斑目は残業のために事務所にいた。

「先輩お先にイイっすか?」
「あ、いいよ。お疲れさん」
後輩も帰り、残っているのは斑目だけとなった。
パソコンのモニタと格闘する。この業務を終えれば今週の仕事は終わる。
そうすれば、また彼女と会えるのだ。

午後8時を回った。
「さてと、俺も帰るかな……」
パソコンの電源を落とし、胸に『(有)桜管工事工業』の刺繍の入った作業服をロッカーに収め、喫煙室や給湯室の火の元を確認する。
帰り支度を済ませると、斑目は携帯を手にした。
一週間前までは知らなかったスージーの携帯番号をメモリーから呼び出し、発信した。
あとは明かりを落とすだけとなった事務所の隅で、受付カウンターに身体をあずけたままスージーが電話に出るのを待つ。

「……あ、コ、『コユキ』?…ナンツッテ…ハハハ」
斑目は、『くじびきアンバランス』の『朝霧小雪』と、二人で初めて過ごした朝に見た光景にちなんで、スージーのことを時折、『コユキ』と呼んでいた。
呼んではみたものの気恥ずかしいらしく、弱々しい笑いに照れが感じられる。

斑目はしばらくの間、深夜アニメの作画の崩れ具合や声優の話題などを、一人で話し続けた。スージーは無言でそれを聞いている。
しかし切り出す話題はどれも淡白で、すぐに別の話題に切り替わってしまい、いつもの熱弁をふるうこともない。
何かのタイミングをはかっているようだ。

「あ、あのさァ、明日なんだけど……、アキバに行こうと思うんだけど……。その、一緒に行けるかな……ってどうデスカ?」
どうやらこれが『本題』のようだ。
静かな事務所内で、一人真っ赤になって携帯を握りしめている斑目。さすがに女の子を誘うのは緊張する。
しばしの沈黙があってスージーから返事があった。
『………Yes』

斑目は胸を撫で下ろし、話を続ける。
「その日、『同じ穴のムジナ』でやおい同人セールが行われるって聞いたから、どう?」
『……グッジョブ!』
(また何で日本語っぽく言うのだろう?)
斑目にとっては長い長い時間に感じられた電話が終わった。
とにもかくにも、彼は生まれて初めて、『デート』の約束を取り付けることができたのだ。

深い深いため息をついた後、斑目は事務所の鍵を閉め、外に出た。
東京といっても多摩地方。外は暗く冷え込んでいて、吐く息が白く映る。見上げた冬の空は澄んでいて、東京とは思えないくらいに星空がまたたいていた。
「……明日か……」
斑目は心なしかスキップするような足取りの軽さで、アパートへ帰っていった。

スージーは、自分の部屋で斑目との電話を終えた。
きれいに整えられた部屋。ソファやテーブル、クロゼットは黒を基調にしたシンプルかつ瀟酒なデザインで、日本人とは違ったセンスが感じられる。
それでも壁や天井にたくさんのポスターを貼ったり、ぬいぐるみが吊るしてあり、この点だけは斑目の部屋と大差がない。
彼女は自分の体にはちょっと不似合いな大きなソファに埋もれるようにもたれかかって、大学の帰りに買い求めたアニメ誌を読み始めた。

テーブルの上に置いた携帯が、先ほどの斑目からの着信に続いて、再び『Fly me to the moon』のメロディを奏でた。
今度は田中(旧姓大野)加奈子からの電話だった。英語と日本語が混ざり合うような会話が始まった。

「スー、St.バレンタインデイは誰かにチョコレートを渡す予定はあるのかしら?」
「………?」
「もう! 去年も一昨年も同じ事を聞いたのよ。せっかく日本に来たのだから、義理でも誰かに渡せばいいのに。でないとあなた今年で……」

スージーは、お盆や正月など、日本のアニメやコミックにも登場する日本の風習に興味を抱き、大学でも農耕文化に基づく日本の伝統についての授業を選択している。
もちろん日本独自のバレンタインも知ってはいるが、自分には関わりのないものだと思っていた。

加奈子は構わず話を続ける。
「まあいいでしょう。で、用件なんですけど、『於木野鳴雪』さんの漫画のキャラをかたどったバレンタインチョコがアニメショップから売られているのは知ってるでしょ?」
だいぶメジャーになってきた於木野鳴雪。オタ向けの専門店ではグッズも販売されていた。

「アレを大量に買い込んで、2月14日に『笹原さんの奥様』にプレゼントするんです。スーも一緒に行きませんか?」
「チカ!?……ワタシモイク!」
「スーは本当に彼女の事が好きなのね。買い出しは済ませてますから、月曜日に一緒に行きましょう。月曜の彼女の予定は笹原さんに尋ねてありますから大丈夫ですよ!」

笹原(旧姓荻上)千佳にとってはイヤガラセとしか思えないようなイベントを企む加奈子とスー。
加奈子は一児の母、主婦でありながら、そのテンションは昔と変わっていないように見える。スーにはそれが嬉しかった。
彼女らは、バレンタイン当日の笹原家襲撃の段取りを確認し合って電話を切った。

スージーは、ウキウキとシャワールームに向かい、バスタブにお湯を入れ始めた。再びソファの前まで戻ってカレンダーを見て、2月14日に大きくマルを書き入れた。

そこでふと、彼女の動きが止まった。カレンダーをめくる。
3月、4月、しかし次にめくった5月以降には、マジックで大きく『×』が書いてあった。
「………」

何かを考えながら、テーブルに目を移すスージー。
テーブル上には、携帯とマグカップ、それに現視研の『荻上会長時代』に入会したメンバーがダビングしてくれた『ある特撮番組のDVD』が置かれていた。
その会員は2010年の春に大学を卒業し、もうOGである。
スージーは彼女と同学年ではあったが、『大野加奈子』がそうであったように、2006年の夏から日本にやってきたため卒業は遅く、まだ在学しているのだ。
それすらも、少しでも日本に滞在したいスーの計略であったかもしれないが……。

スーは「フム…」とため息をつくと、再び携帯を手にした。「…I…J…K」と、番号のメモリーを探して、そのOGに連絡を取り始めた。

翌日、快晴の秋葉原。
斑目は11時に駅の電気街口待ち合わせの約束をしていた。

同じ西東京から来るのだから、一緒に来れば良かったのだが、何ぶん初めての事だけに、彼なりに『準備』が必要だったのだ。
いつものダッフルコートの下には、仕事でもないのにスーツを着込んでいた。
ネクタイも彼の持ち合わせの中では最も高い……と言っても3,000円もしない物を身につけて、彼なりの気合いを感じさせている。

何度も何度もコマーシャルソングを流し続ける「ガトー無線」の店舗前から、駅の改札を見守る。
駅も改築され、こざっぱりした外観にはなったが、訪れる『客層』には変化は少なく、混沌とした空気はまだ残されている。
そんな駅改札を行き交うオタの群れが、急にざわつく。
駅構内から何かがこちらに向かってきて、それを避けるように……まるでモーゼの一行を通すために海が真っ二つに割れていくように、オタクたちが道を空けている。

「ああ、来たかも……(汗」
斑目は襟を整えて改札に近づいて行った。

改札から出てきたのは、金色の髪。目つきの悪い青い眼。雪のように白い肌。スージーだ。
しかもこの日の彼女は、ノースリーブのワンピースに、ロンググローブを付けて二の腕だけを見せ、肩からふわりとしたファーショールを掛けている。
髪は後ろにまとめられ、一部だけを編み込んで左肩に垂らしていた。
秋葉原の空気にはそぐわない感じだ。
そんな一般人もアキバには来るが、金髪碧眼の彼女だからこそのオーラが漂っている。

「ああ、こりゃ避けるわ」
思わず苦笑いする斑目。
昨晩の電話で、「外で食事もしたいから、それなりの格好で来てね」とガクブルの緊張感の中で伝えたが、ここまでヤッテくれるとは思いもしなかったのだ。
スージーが斑目の前に立った。こうも決めてくるとは思わなかった斑目は、顔を赤くして、なかなか最初の一言が出ない。
「……や、やあ。い いこっか」

「イイ?、コレハデートジャナイノヨ、ワカッテル? マジデートジャナイノヨ!」

いきなり突きつけられるツンデレのテンプレートなセリフ。斑目はゾクゾクしながら、(うわぁ……。さすがにツボを心得てるなァ)と感心した。
周囲のオタクの皆さんも、こんなセリフを吐く金髪美少女に驚きを隠せない。スージーと並んで歩きはじめた斑目は、周りの視線が痛痒かった。

やおい同人のセールや、斑目の『個人的買い物』は速攻で済ませた。
というよりも、半分フォーマルな姿でオタグッズを買い込むのが、斑目には気恥ずかしかった。
「同じ穴のムジナ」でも、店内で長時間粘ろうとするスージーを引っ張るようにして出たのだ。

日差しが傾いた冬の午後。
歩行者天国になっている秋葉原の大通りのにぎわい。
斑目とスージーは歩道脇の手すりに腰掛けて、大通りを行き交う人の波をただ黙々と眺めていた。
スージーは斑目の隣で手すりに座るが、脚が地面に届かない。斑目に体を預けるようにして寄り添っている。
斑目はドキドキしながら、この何気ない時間を楽しんだ。
特別な会話はない。ただ、こうしているだけで満たされる感じがした。

自称ネットアイドルと思われる派手な姿の女の子が、ラジカセを片手に現れ、歌い出し、その周りをカメラ小僧や携帯片手のオタクどもが囲みはじめた。
そんな喧噪を見守る2人。
「あー、俺には専門外のジャンルだなあ。同じオタではあるけど、端からみると痛々しいな……」
「ロック、アアイウモノヲ マッスグミルナ」
大通りの一角に座る2人を西日が照らし、やがて歩行者天国は解除され、夜の帳が降り始めた。
「さて、次行こうか」

いつもの帰り道ならば、中央線で新宿まで出るところを、斑目の案内で山手線に乗り込む。
車窓から眺める景色は、もう夜景へと変わっていた。
品川駅の高輪口で降りた二人は、人通りの盛んな交差点から、左手の高層ビルへと歩を進める。

品川フリントホテル新館。
案内されるままにエレベーターに乗り込んだスージーは驚いた。
気取った事にはまったく無頓着であるはずの斑目が、同ホテル40階の高層ラウンジ「トップオブタカナワ」に自分を連れてきたのだから。

斑目がぎこちなく受付を済ませると、二人はラウンジ中央の1段高いレストランへ。
店内は暗く、足下のライトに照らされながら歩を進める。歩きながら四方を見ると、パノラマのように広いガラス窓には、まばゆいばかりの夜景が広がっていた。
ぐるりと見渡すと、東京タワー、都庁、ヒルズ、レインボーブリッジなど、東京中の夜景が集まっているかのようだった。

ボーイに促されてテーブルにつくと、スージーは、無愛想な瞳をほんの少し大きく見開いて斑目を見た。
その驚きの視線を受けて、「どうよ、きれいっしょ!」と斑目が胸をはる。

斑目は、会社の接待業務を手伝う中で、ここに足を踏み入れたことがあった。ロケーションの割にはリーズナブルで、以来、『いつか、ここで食事を』との妄想を温めていたのだ。

その相手はもちろん、当時の春日部咲である。
もしそれが実現したとしても、咲からは、『オタク風情が無理をして……』と言われるに決まっているし、回転寿司のベーコンで満足する自分には、不釣り合いな場所だと分かっているけれども……。
今、目の前に居るのは咲ではない。しかし、スーを楽しませてあげたいという思いから、彼なりに頑張ってみたのであった。

オドオドしながらワインを注文する斑目。しばらくの間その様子を凝視していたスージーがニヤリと笑う。
「シンジ……。バカ……ムリシチャッテ……」
斑目は、(ああ、エヴァのセリフか)と思いながらも、緊張感と喜びとで返す言葉がなかった。

ラウンジに流れる曲は、ルイ・アームストロングの『We Have All The Time In The World』。
斑目にとっては、まさにこの日、この時、世界は自分たちのためにあるような高揚感を得ていた。


そう、この時までは……。