手紙~さよなら、ありがとう~【投稿日 2007/01/28】
注意:これは
koyukiに送られた感想レスです。
ですが個人的に気に入ったので掲載しました。
もし、作者の方が載せないで欲しいようでしたらご連絡ください。
『
こんな日にこんな手紙を書いている俺を、スーは許してくれないかもしれない。
でも、あんたにだけは伝えたいと思っていて、そのチャンスはたぶん今日が最後なのだ。
書けるだけ書いてみよう。舌足らずだったらごめん、俺の精一杯の気持ちを綴ります。
春日部さん、あんたが好きだった。過去形で書くのが悔しいくらい、大好きだった。
もうとっくに「春日部さん」じゃねえけどな。この手紙では春日部さんって呼ばせてください。
初めてそれを意識したのは春日部さんが2年になった春だ。それ以来ずっと……、あんたが結婚するその日までずっとあんたを想っていた。
何回か告白するチャンスはあったけど、俺はこんなヤツだから、その全部をフイにしてきた。それが俺のためであり、あんたのためだと自分に言い聞かせながら。
実際はそうじゃなかった。あとで気付いたことだったけど。
俺は、あんたを想い続けることで、今までの日々から進み出すことを拒否していたんだ。
現視研での日々。就職してからの何年か。俺は毎日、一人で学校やら会社やらからコンビニ弁当を持って帰ってきて、録画しておいたアニメを見て、エロゲーを夜中までやって。休日にはアキバ巡回して、即売会行って、笹原やヤナたちと飲み会やって。
そんな、変わらない日々の一環で、あんたの事を想い続けていた。
誓って言うが、この想いには嘘や打算はない。俺は真剣にあんたを好きだったし、一生好きでいるだろうと思っていた。
だけど……俺の心のもう一方に、あんたを好きでなくなったら俺がなくなっちまうっていう危機感があったのも本当だ。だから、あんたが高坂くんと結婚するのが決まっても……俺の恋が100%成就しないのが決まっても、俺はあんたを想いつづけていたんだ。
彼女は……スーは、そうじゃないっていうことを俺に教えてくれたよ。
馴れ初め話は何度かしたと思うけど、実際にはスーが話してくれているような明るい「イくとこまでイっちゃった展開」じゃなかったんだ。
俺はあんたが結婚したことで心の支えを失いかけてたし、どうもスーにも似たような感情がわだかまっていたらしい。彼女の場合は笹原、というより荻上さんの結婚式あたりからそうだったんじゃないかな。
人は、現実は、どんどん変わっていってしまう。俺はオタクであることを言い訳にして、ずいぶん長いことそれを拒絶していた。田中と大野さんが結婚し、笹原と荻上さんが結婚しても、俺だけは違うとごまかし続けていた。
だけどそれに限界が来て、もう自分をごまかせないという時になって、俺の目の前に彼女が現れたんだ。
小雪って日本名のこと、あんたもキモいって言ってたなw でも俺は最高の名前だと思っているよ。だってスーが教えてくれたんだ。「もうこわくないよ」って。自分が変わってしまうことは、怖いことではないと俺に教えてくれたんだ。
あの最初の晩、彼女にも戸惑いや不安はあったに違いないのに、それを全部自分で抱えてスーは俺を勇気づけてくれた。ひょっとしたらスー自身に自分で言い聞かせるつもりもあったのかもな。
その時から俺は――春日部さん、あんたにはホントに申し訳ないけど――スーを守っていこうと決心した。変わっていこうと覚悟した。
彼女が俺の背中を押した。変わってゆくことは裏切りではないと言ってくれた。
だから俺は、今日、彼女を妻にします。
あんたとも打ち合わせやらでずっと顔合わせてたし、あと数時間後には今度は招待客として来てくれるけど、ここの部分は話したことなかったよな。
あんたに出会えて本当によかった。あんたを好きになって本当によかった。おかげで、今の、スーと結婚する俺がいるのだから。
「オタくさい」と最後の最後まで言われるかもしれないけれど、俺的なけじめとして言っておきたかった。
春日部さん、ありがとう、さよなら。
斑目 晴信 拝
春日部 咲 様
』
「……ふう。こんなもんか」
斑目は手紙を読み直し、ひとつ息をついた。あとは封をし、切手を貼り、移動の途中にでもこっそり投函すればいい。
新郎用控え室には明るい日差しが差し込み、今日の式や披露宴がよい陽気の中で執り行われるであろうことを予感させる。
いろいろゴタゴタもあったが、ようやく今日を迎えられた。彼は感慨深く窓の外を眺めながら、妻となる最愛の人の顔を思い浮かべた。
ガチャ。
「えっ?」
突然、部屋のドアがノックもなしに開いた。
その向こうから現れたのはウエディングドレスのスーである。
「Darling」
「わ、スッスー?準備できたの?」
慌てて新婦を迎えようと立ち上がり、テーブルの上の手紙を思い出して青くなる。さらに次の瞬間、野太い大声が彼の耳を襲った。
「マダラーメ!Congratulations!」
スーに続いて入ってきたのは金髪をクルーカットにした大男。瞳の色とあわせたマリンブルーのスーツが筋肉ではちきれそうだ。
「……ロジャー!?なんでココにいんの?来られないって聞いてたのに」
『(以下英語ね)なにを言ってる。お前のためなら海だって越えてやるさ。ま、実際は急な商談で日本に来る羽目になったわけだがな。HAHAHA!』
「ロジャー、ダーリンニアイタカッタッテ」
スーに通訳をしてもらいながら冷や汗をたらす。
彼はスーの叔父にあたる人物で、浄水プラントの建設会社を経営している。最初のセリフが終わる前に斑目を両手に掻き抱いていたこのエネルギッシュな男は、ほんの数ヶ月前まで斑目とスーの結婚を反対する急先鋒だった。
『今日はおめでとう。俺の大事な姪っ子をかっさらって行く男の情けねえツラを見届けなきゃ夜も日も明けねえってなもんだぜ。なあ!』
「あ、あー、そりゃサンキュー」
『どうだ、俺の会社に来る決心はついたか?……まだ?まったくお前はなにひとつ手前で決めることができねえときたもんだ』
「そんなこと言わんでください。俺はこっちの仕事に満足してるんスから」
『聞いたかスー、それでいてこの強情さだ。まあお前のそれは俺も認めてるがな』
それまで幾多の説得や、脅迫めいたやり取りさえもすべてはねのけ、スーとの結婚を頑なに願い続けた斑目の気持ちがロジャーに通じたのはごく最近のことだ。最後の一押しは、ロジャーの会社が水道工事会社からスタートしていたことだった。
「わかりましたから離してくださいって!あんたにアバラ折られるのは一回で充分スから!」
『なんだ、あれからも鍛えてないのか、しょうがない奴だ……ん、スー、なに読んでる?』
「……ワッチューリーディングって?……ハッ!」
気づいたときには遅かった。部屋に入ってくるなりロジャーに抱きすくめられ、手紙を隠す余裕がなかったのだ。
「……Darling」
「スー、あのそれはダネ、ちょっと落ち着いて聞いてくれるかな?」
スーの手から手紙が落ちる。彼女は手に持ったポーチを開きつつ、ゆっくりと振り返った。
「……ダーリン」
「え……なんで日本語イントネーション?」
何かを頭に載せる。小さな黄色いツノのついたカチューシャだった。
「マダアノオンナノコトヲ……ウチ……」
「えーと……そのツノはもしや……って待て!なんでスタンガンなんか持ってる!」
「ウチ、ユルサナイッチャーッ!」
「あああ~ッ!」
『HAHAHA!なんだこんな時までじゃれっこか?当てつけも大概にしてくれよ』
「あんたはコレが遊んでるように見えるのかーっ!いて、あ痛っ!スーごめん、なんでもないから!そんなんじゃないから!痛いってば!」
「ダーリンノバカーッ!」
澄み切った青空の下、悲鳴と笑い声が響き渡る。
この日、ひとつの恋が終わり、ひとつの愛が始まった。
おわり
最終更新:2007年02月17日 06:27