※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

となりのクガピ2 その3 【投稿日 2007/02/05】

カテゴリー-その他


【21】
「あ~、人が多くなって暑いな。ちょっと換気するから」
斑目さんは、スー奥様におとなしくするように声を掛けると、照れ隠しなのか、部室の窓を開けて外気を入れた。

ほどよく火照った頬に、さらさらっと入ってきた夜風が心地よく当たる。
ワタシは窓の方を見た。斑目さんが窓際で外を眺めているのが見えた。
その表情は落ち着いているというか、なんだか憂い顔にも見える。そんなに奥様の妊娠を気づかれたことがショックだったのかしら。
楽しく盛り上げてくれる斑目さんなのに、一人の時って、ちょっと寂しげなんだね。

そこに笹原さんがやってきた。
「……斑目さん」
「ああ、笹原かスマン、ボーッとしてた」
「お疲れですね。どぞどぞ」
「いやいやアンガト。笹原も飲んでる?」
「はい。いい機会に集まれてよかったスよ。ありがとうございます」
「うん。お前が一番来るの難しいと思ってたから。こっちこそ来てくれてありがたいよ……」

二人並んで夜風に当たって外を眺めてる……のを見ているワタシ。あ~、いいねえ相手を思い合う男同士の会話って。
かっこいいよね。
笹原さんって、斑目さんの寂しげな雰囲気を察して話しかけたのかな。
ひょっとしてこの二人には、友情を超える密接な関係があったりして……(モヤモヤモヤ~)。

 『斑目さん……』
 『ん?』
 『久しぶりに、二人で過ごす夜っすね』
 『馬鹿。お互いもう妻もいるじゃないか……』
 『でも俺……斑目さんのこと……』
 『よせよ笹原、もう昔の俺たちじゃあないんだ』
 『でも斑目さんは、“僕との事”を忘れられるんですか? ほら、こことか……』
 『うっ……』

「……~なあ~んてこと言っちゃったりなんかしちゃったりやっちゃったりしてぇ~!」

思わず広川太一郎のような奇声をあげてしまい、ハッと我にかえって自分の口を塞いだ。なんてはしたない。
両手を口に当てた状態で、ワタシは於木野先生と目が合ってしまった。
淡々とビールをすすってたはずの於木野先生が、「ニヤリ」と笑みを浮かべたのには心底ゾッとした。

先生、ナンですかその笑みは……(汗。

【22】
ワタシが気を取り直しておでんの鍋に向かおうとした時、肩にいきなり柔らかくて弾力のあるモノがのしかかってきた。うおぉ重ッ!

「そういえばさっき、『小説書きで同人活動』って言ってましたよねぇ~」
頭上から降りかかってきた声は、田中夫人。肩凝るでしょうね……乳がこんなに重いと。
つーかこの先輩はケース2箱分のビールを飲み終え、ワインと焼酎の熱燗を両手に持っている。スゲー酔ってねぇか?
「今まで、なぁに書いてたんですかぁ~?」
「え、ワタシの……ですか?」
気が付くと、荻上夫人やスー奥様がこっちを凝視してる……。男性陣も和やかにお酒を飲みつつ、何だかこっちに耳を傾けているような気配。うわ、四面楚歌。

「……ワタシ、いわゆる『懐古厨』でして……」
「ふむふむ」
後方から圧迫してくる田中夫人(の胸)。
「あの……その……、『くじアン』とか『ハレガン』とかで……」
「もちろん『801』ですよねぇ~?」
「あうぅ……(汗)」

田中さんのご主人が、「あ~やっぱりなぁ」とうなづく。
「やっぱりって、何デスカ?」
「うちの奥さんの『名言』があるんだよ」
「あ~、『ホモの嫌いな女子なんていません!』って奴?」と斑目さん。
田中夫人は、「また1つ、立証されましたね」と、ただでさえデカい胸を張って得意げだ。
そんなコトの立証のためにワタシは……(泣)。

私たちのやりとりを見ていた笹原さんが語り掛けてきた。
「でも、そうなるには理由がある……ってことだよね?」
「だめですよ。そんなコト聞いちゃ」
「あ、ゴメン」
於木野先生がご主人を押しとどめた。
しかし、続いて恵子姉さんが於木野先生を見据えて、「トラウマで、『藪をつついて大蛇が出る』かも知れねーもんな!?」と皮肉っぽく語った。
昔、何かあったんですか、皆さん。

「で、ソコんとこどーなの?」
今度は恵子姉さんが詰め寄る。酒の席だけに、またも皆さん興味津々のようで……。
「あの、ワタシ中学の時に……」
「ふむふむ」
「あ、お腹痛くなりそ」と、於木野先生。

「好きだった男の子が居たんですが……」
女性陣になぜか緊張が走る……。於木野先生顔色悪いよぉ(汗)。
でも、そんな中でもみんなから、「白状しろ」という圧迫感が。

「……ワタシ、その男の子がほかの男子と……キ キスするのを……見まして」
「え……(汗」

あぁ、みんなの血の気が引く音が聞こえる……(激汗)。
於木野先生が呼吸を整えながら話し掛けてきた。
「……リ、リアルを見たんだ……」
「はあ……。それ以来、仲の良い男性同士とか、アニメや漫画の男性キャラの友情も、『そのフィルター』を通して見てしまって、何でもアリに……」
「いろんな『入り口』があるのね……ある意味うらやま……いやいや(汗)」

さすがに気まずい空気。
斑目さんがそれを振り払うように、陽気に語り始めた。同意が欲しくて田中さんに目を向けつつ……。

「でッ、でも思春期の男って、友情とか連帯感の一環で、軽いホモ願望ってあるよなッ!」

「え、ないだろ」
田中さんアッサリ否定。
久我山さんも首を振る。
激汗の斑目さん。
「もう、黙っていればいいものを、何でこう自爆スキーなんですかね」
笹原さんがフォローに入るけれど、於木野先生と田中夫人がその姿をスゲー嬉しそうに見てますよ!

【23】
斑目さんの自爆でその場が和んだ(?)一方で、クッチー会長が部室のロッカーを開いた。ガサゴソと何かを探してるみたい。

「ど どうした、朽木くん」と、話題を変えたい一心の斑目さんが声を掛ける。
「いや~、せっかく懐古厨の話題が出たんで、我々の現役世代のアニメを上映しようかなと思いマシテ」
「おお、カノジョの心の拠り所になった『くじアン』なんかどーよ。初期バージョンの方」
斑目さん、ワタシに気を遣ってくれてる……。

「朽木くんビデオあった!? 凄いね~よく残ってたねぇ。あ~朽木くん、その隣のテープがいいな。小雪の登場するやつ。そうそれ!」
……斑目さん、実はあなたが「くじアン」見たいだけなんじゃないスか?

早速上映。『♪どちらにしようかな天の神様の云うとおり……♪』

「うわモモーイ懐かしい。UNDER17!」
「僕はこっちの会長の方が……」
「でも作画も作劇も、リニューアル版は頑張ってたなぁ……」
「お金ない中でも演出でカバーしたり……」
「や 山田は……」
みんな口々に作品を語り出す。

そんななか、斑目さんがある話題を切り出した。
「やっぱり、この頃のカップリングの流行は男女とも『くじアン』だったっけか?」

「い いや『ハレガン』じゃね?」
「う~ん。『旧姓荻上さん』が個人誌出したころは、『くじアン』はもうピーク過ぎてたような……」と笹原さん。
「そんなコトまで言わないでくださいよ!」
於木野先生は実に迷惑そうだが、クッチー会長が追い打ちを仕掛けて、ワタシに話かける。
「知っているか若人よ。ここに居る於木野鳴雪先生は、現視研時代に麦男×千尋本を出しているんダヨ!」

そんな呼び掛けに対してオタの性(サガ)か、ワタシは反射的に応えてしまった。

「『あなたのとなりに』なら、ワタシ、持ってますよ」

【24】
一瞬、水を打ったように静かになるワタシの周囲。
いかん、これ自爆?
直後、於木野先生が、「ええっ! だってあなた、その当時小学生じゃないの!?」と、対面側のワタシの顔近くまで身を乗り出してきた。
ワタシは身を引きながらも、年上の於木野先生の困惑顔アップに、(おっ、カワイイ)と思ってしまった。
ちょっと目線をそらしてから答える。

「あ~、出た当時は小学生でしたけど。買ったのは高校の時です。『於木野先生の初期個人誌』と聞いて中古で」
「……いくらで?」
「……8千円……」
「ええーっ!」
笹原さん夫妻が同じタイミングで驚き、二人とも腕組みをしてブツブツ何かをつぶやき始めた。
「それだけの額で流通されながら、作者には1銭も入らないとは……」
「結構ショックですよね……」

その時、斑目さんが勢いよく立ち上がった。何だ?
「笹原夫婦は、無遠慮なオタク文化の拡大のために死んだ! なぜだ!?」

「脇が甘いからさ」
「イチャイチャしすぎて周りが見えてなかったんじゃね?」
「ま 斑目自体が、む 無遠慮なオタクな気がするぞ」
「俺らを勝手に殺さんでください(汗」

久我山さんは呆れ顔で、田中さんのコップにビールを注いだ。
「は 始まっちゃったよ、斑目」
「アイツは演説ゴッゴのきっかけが欲しいだけだからほっとけ」
そんな同期のボヤキも聞こえないみたいで、斑目さんはさらに盛り上がってる。

「……この悲しみも怒りも忘れてはならない!それを、荻上さん(旧姓)は死をもって我々に示してくれた!」
「だから勝手に殺さないでください」

「オタクよ立て! 悲しみを怒りに変えて立てよオタクよ! 我らこそ消費社会に選ばれた民であることを忘れないでほしいのだ。 グッズを初版で買い求め、作家を支える我らこそ、社会の利益循環を健全にし得るのである! ジーク・ジオン! 」

「ジーク・ジオン!」
スー奥様が拳を上げて応えてる(汗)。
この夫婦は一体……。

「しかし創作をする人には色々あったほうがいいかもよ。……経験上のある程度の『影』があった方が、創作物にも反映するしね。今度の新人も一筋縄ではいかんなぁ」
田中さんが腕を組んで感心する。こんなコトで感心されてもなぁ……。

【25】
「ま まあ人それぞれ、い 色々あるからね」
久我山さんがフォローしてくれながら、ワタシにおでんのはんぺんと卵をよそってくれた。
久我山さんは車で来ている。自分は乾杯の時にだけビールを一口。あとはジュースを飲み、寡黙におでんをつついていた。

そんな久我山さんに、斑目さんが尋ねる。
「そういう久我山はどうよ。漫画、まだ描いてる?」
「う…、うん。もう、あきらめ時かな」

(え?)ワタシは思わずとなりの久我山さんを見上げる。
「久我山さん……本当にあきらめちゃうんですか?」
「……お 俺は笹原夫婦のように、才能も無ければ、物語を創作したり、構成する力もないし……」

ワタシは小学生の時から、久我山さんに再び会って、お礼を言って、描いている漫画を見せてもらって……、そんなことを想いながら今まできたのに。
「……き 君が8年を過ごしたように、俺にも8年の時間があったんだな……。も もう30越えちゃったし……」

ワタシは、応えようがなかった。
周りがちょっと静かになったとき、恵子姉さんがある一言を発した。

「ねえ、あんたデブ専なの?」

ブッと吹くワタシ。となりの久我山さんもジュースを吹いた。
そんな風に意識したことなんてなかったのに。ワタシは自分の耳たぶまで赤く加熱しているのが自分でも分かった。
「恵子さんはどうしても地雷原が好きですね。でもこのタイミングは酷すぎですよ」と田中夫人がたしなめる。
「だってホラ、空気悪いじゃん。……大体この子、こんなに昔の色紙を大事にしてるんだよ。意識してない方がオカシイって!」

その手には、さっき笹原さんたちに見せたワタシの色紙があった。
ひらひらと色紙を振る恵子姉さん。
「ほら~久我山さん、今まで大事に取ってあったんだって~!」
「け 恵子ちゃん、そ それはちゃんと返してあげた方が、い いいって」
「反応それだけ?………」
恵子姉さんは一拍おいて呟いた。

「つまんねーの」

ワタシは恵子姉さんの一言にカッとなった。
「返してください!」
立ち上がって、恵子姉さんの手から強引に色紙を奪おうとした。奪い合って振り上げたふたりの手から、色紙が勢い良く離れていった。
「あ」
色紙は窓際へ飛んだ。窓は開けたままになっていた。
窓枠に当たって、外へと傾く。身を乗り出して手を伸ばすワタシ。

「危ない!」
於木乃先生がワタシの服を引いてくれた。
色紙はひらひらと木の葉のように舞って、夜風に2度3度と流されて闇の中に消えた。

部室は静かになった。

「落ちちゃった……」と恵子姉さん。ワタシは、「ひどいです!」と、にらみつけてしまった。恵子姉さんはやはり気が強い人だ。にらみ返してくる。
田中さんや笹原さんのお子さんたちが、トゲトゲしい空気を察してそれぞれ母親のもとへ逃げ出す。

斑目さんがワタシたちの間に割って入った。
「まーまー、無益な争いはやめて、探しに行こうよ~」
「先輩は黙っててください!!」
ごめんなさい斑目さん。いつもならこんな風に他人とは目を合わせなけれど、モノがモノだけに、ワタシも引き下がれない。

「本人に見せるのが恥ずかしいなら持ってこなけりゃいいじゃん!」
痛いところを突かれた。でも、あの色紙は久我山さんにお礼が言えても言えなくても、『今日ために』と持ってきたものだ。
「ワタシだって、見せようと思ってました」
「じゃあいつ見せたっていいじゃねーの」
もうダメだ。頭の中がグラグラして視界もおぼつかない。ワタシはうつむいた。

「……8年……」
「ん?」
「8年です……8年待ったんだから! それをあんな風に晒されて……。人のココロ土足で踏みつけるようなものよ!」

ワタシはそのまま部室を飛び出していた。

【26】
サークル棟のあちらこちらに点々と灯る明かりを頼りに、色紙を探した。
こっちに飛んだように見えたのに……。
見つからなくて、ワタシはその場に座り込んだ。
地べたのタイルの1つ2つを、意味もなく見つめていると、視界がぼやけてきた。
涙があふれていた。

今日はなんて忙しい1日なんだろう。
ウキウキして、がっかりして、泣いて、笑って、怒って、また泣いて……。
もう頭の中がぐしゃぐしゃ。ワタシは膝を抱えて、その場にうずくまった。

「現視研……あこがれ、だったのにな……」
「みんなに、嫌われ……ちゃったかな……」

路上のタイルを無感情に、無意味に見つめていたワタシの視界に、不意に何かが飛び込んだ。

「!」
四角い影……、そこには見慣れた絵柄があった。
アレックスと副会長と、山田。
飛んで行った色紙を、誰かが手にしてワタシの目の前に立っていたのだ。
思わず顔を上げるけれど、灯りが逆光になっていて表情はよく見えなかった。

「これ、あんたのでしょ。……ひょっとして現視研の子?」

女性の声。ワタシは思わず尋ねる。
「なんで現視研って分かったんですか?」
「いま、『現視研』がどうとかって独り言いってたじゃん」
あ、そーかと思うワタシに、女性の言葉が続く。

「それに座り込んで黄昏れるなんてドラマじゃあるまいし、いちいち行動がオタクくさいのよアンタらは……。『私一人で苦しんでますーっ』て、いじけた目をしててさ。きっと現視研がらみだって思ってね」

ワタシはちょっとムッとしながら立ち上がった。
それに合わせて向き直った女性に、明かりが照らされる。

……きれいなひと……。

仕事のできる大人の女性だ。於木野先生のガムシャラなソレとも違ったスマートさが感じられる。
少ない明かりに照らされたその顔に見とれながら、つき出された色紙を受け取った。
「……ありがとうございます」
「ケンカしてたでしょ。部室の窓開けてるから、外に丸聞こえだよアンタ達」
うわーぁ、何て恥ずかしい。
ここは、『逃げるんだよォ、スモーキー!』に限るわ。

いそいそと一礼して立ち去ろうとする私は、呼び止められた。
「あ、ちょっと。絵の隅っこのさ、『後輩は編集者になれました』って、ササヤンのこと?」
「ササ…って、笹原さんのことご存じなんですか?」
「まぁササヤン以外もね。あたしもさ、現視研の……まぁ関係者っていうのかな」
「お姉さんもオタクなんですか?」
「…………ぶつよ」

【27】
ワタシとそのお姉さんは、サークル棟の入り口まで一緒に歩いた。
「昔の仲間がさァ、オフィスじゃなくて家の留守電にこっそりメッセージ入れててさ。ありゃワザと呼ばないつもりだったんだな。アイツ『結婚式のコト』まだ気にしてるのか……」
ああ、斑目さんのことかも、とワタシは思う。
お姉さんはさらに続ける。
「しかもクッチーまで『みなさんはドコでしょう?』なんて電話してきてさ。知るかっつうの! それで集まりがあるのかと新宿からわざわざ来てみりゃ、なんか揉めてるし……」

ワタシは歩きながら、これまでの事情を説明した。
お姉さんは黙って聞いていたが、ふと立ち止まった。ワタシも2、3歩先で止まり向き直った。
お姉さんは切り込むように言葉を投げかけてきた。
「1回のケンカでヘコんでんじゃないよ。色紙持って来るってことは、『見せたい』『伝えたい』って思ってるからなんでしょ?」
「……!」
「ケーコはそれがまどろっこしくて、ワザとやってんのよ」
「はあ……」
「あいつもオタクとは違うからな。ケーコの行動にムッとしても仕方がないか……」

そういえば、ワタシはただ自分の気持ちばかりで突っ走ってた。
亥年生まれの猪突猛進。それがここまでやってこれた長所でもあり、短所でもあるとは分かっていたけれど。

「恵子さん、あんな感じの人だから、ワタシとはアプローチの仕方が違うってことなのかな」
そんな風に呟くワタシの頭を、お姉さんがガシガシと手荒くなでる。
「そーゆーこと。みんな違うんだよ。大学生にもなって、でかい図体して、まだ子供なんだ」
「あぅ……痛いです」
「あぅ、とか言うな」

お姉さんは、軽いため息をついてから話を続ける。
「そうやって『見せたい』『伝えたい』『分かってほしい』のに何にもしないんだよねお前らは。寂しがりやのくせに自分から近づいてこないしさ」

ああ、そうかもしれない……と、ワタシは思った。
ちょっと胸の内が苦しいけれど、この人には話せるかも知れない。
「……ワタシ、…ワタシも仲間と同人誌つくったりしたけれど、ワタシのホントの気持ちとか、あんまり伝えたことがなかったです。ホントの友達っていた記憶がない……」
自分の気持ちをこんなに素直に話すことなんて、あんまりなかった。お姉さんは、まっすぐ前を見たまま、少しうつむいた。
何かを思い起こしたようだった。

「昔さ、自分の趣味暴露されて傷ついて、本当の自分を晒すことができなくてもがき苦しんだ奴知ってるよ。逃げ場がなくなると、飛び降りやろうとしてさ」
「…………」
「でも支えたり、ぶつかったりしてくれる奴がいて、おかげで好意を寄せてくれた男にも、自分を隠さずに晒すことができて……。今じゃ幸せそうだよ。好きな漫画描いて。二児の母だし」
「!!」
ワタシの脳裏に、筆頭の人気作家の顔が浮かんだ。
あの人たちも、順風満帆ってわけじゃないんだ。
「だから、ちょっと衝突したくらいでいじけてないで、これからは自分を晒すことのできる『仲間』を作りなよ」
「……はい」

なんて人だろう。とてもオタクとの関わりがなさそうな美人さんなのに、ワタシたちの事を分かっている。厳しいけど、優しい。
やっぱり、この人が『高坂』『咲』さん……?
お姉さんは、煌々と明かりを灯している夜の校舎に目を向けて、両手を広げた。

「まあ仲間なんてスグに見つかるって。こんなでっかい大学だ。きっと1人同じようなオタクが見つかったら、30人くらい隠れてるぞ」
「それなんかヤです……」

【28】
お姉さんは、サークル棟前で立ち止まった。
「さ、あんたは早くいきな。みんなオドオドしながら心配してるよきっと。あいつら気が弱いからな」

「一緒に行かないんですか?」
「うーん……。今、私が行ったら余計に場が混乱すると思うぞ。今日はダンナが一緒じゃないし、みんなとは別の機会に合うわ。それに……」
お姉さんは言葉を濁した後、複雑そうな表情でワタシに問いかけた。

「あのさ、田中加奈子って、来てる?」
「はい。コスプレの人ですね」
「うっ……。じゃあ、やっぱり帰るわ」
「ええーっ!? どうして?」
「いいか新米、私が来てたことは絶対に誰にも言うなよ!」
「はあ」
ワタシは意味も分からずに同意させられた。
なんか弱みを握られているのかしら?
『コスプレ』に反応したところを見ると、だいたいの察しは付くが。

部室に戻るため、3階にさしかかると、階段の踊り場で斑目さんたちにばったりと出くわした。
斑目さんを先頭にして、久我山さん、笹原さんと恵子姉さんが階段を下りてきていた。
笹原さんに押されるようにして、恵子姉さんが前に出てきた。

「……ごめんなホントに。調子に乗っちゃってさ。アタシも探すから」
「あ、大丈夫です。見つかりましたから。ほら……」
恵子姉さんをはじめ、後ろに立ってた久我山さんたちも、ホッとした表情を見せた。その顔を見て、心配かけちゃったなと後悔した。
「私の方こそ失礼なこと言って、ご迷惑掛けてスミマセンでした」
ワタシはみんなに頭を下げた。

斑目さんがパンパンと手を叩きながらワタシ達の間に入った。
「ハイハイハイ! これにて一件落着と」

【29】
宴は終わった。
ユーレイサークルだった現視研に不安を感じていたワタシは、少し気持ちが晴れてきた。
「そうだよね」
ワタシは一人呟いた。先輩方のような仲間を作ればいいんだ。ぶつかったとしても、きっといい方に進むコトだってできる。この先輩方はそうやってここまで来たんだもの。

ワタシは、旧交を温め、またの再会を誓って笑っている斑目さんや笹原さんたちの姿を眺めた。
何とも仲が良く、楽しそうだなぁ。

一方で、田中夫人にコスプレを迫られたり、「ク~クック」と含み笑いをする外人妻に挟まれて頭を抱えている於木野先生からは目をそらした。
何ともお気の毒。こうはなりたくないなぁ。

ワタシは斑目さんに歩み寄って、手を取って2度、3度とお礼を述べた。
「斑目さんアリガトウゴザイマス! 本当に!」
「い いやあ。俺らの方こそ君をダシに飲んじゃったしハハハ」
今日はこの人に出会わなければ、こんな素敵な気持ちにはなれなかった。
斑目さんの背後、スージー奥様は斑目さんのスーツの裾を掴んでいる。愛されてるなあ。

久我山さんも話し掛けてきた。
「ま まあ、気楽にやりなよ。お 俺もたまに様子を見に来るから……」
「え! お願いします!」
ワタシは嬉しかった。
その脇で、斑目さんや田中さんが驚きの声を挙げた。
「おぉッ! 久我山どういう風の吹き回しよ!」
「お前が卒業以来部室に来るって、ここ8年で2、3回しかないのに『たまに様子を見に来る』だと?」

「きゃー、久我山さんに春到来ですか!?」
田中夫人が立ち上がって叫ぶ。
「せっかく女の子の新会員が入ってきたというのに、OBに取られるなんて、朽木さん残念ですね~」
「ムダ ムダ ムダ ムダ ムダァッ」
田中夫人やスー奥様がクッチー会長を嘲笑してる。
ワタシにしてみれば、取るとか取られるとか、はた迷惑な……。
クッチー会長も立ち上がる。

「うぬぅ! ワタクシは負けない。クチキマナブは砕けない!」
「砕け散ってしまえ」
恵子姉さん、相変わらず容赦ない……。

【30】
「またいつか」

笹原さんと於木野先生、双子ちゃんたち。
田中さん夫妻とコスプレさせられたお子ちゃま。
恵子姉さん。
クッチー会長。
斑目さん夫妻……。
みんなそれぞれの場所に帰って行く。
先輩方は、こんど、いつ互いに会えるのだろう。

ワタシは、久我山さんが運転する車で、アパートまで送ってもらうことになった。
鍵をあけてもらい助手席に乗って待っていると、久我山さんが運転席に乗り込んだ。
ギシッと、車自体が運転席側に傾いた。
ワタシは思わず笑ってしまった。
「ど どうしたの?」
「子どものころを思い出したんです。病院のソファに久我山さんが座ると、すごい傾くの!」
「ハハハ そ そんなコトもあったっけ……」

車は夜の町を走る。結局、最初の会話と笑いの後、走っている間はお互い何も話さなかった。
ワタシは、「漫画をあきらめる」という久我山さんの言葉を思い起こしていた。
何も言ってあげられないと思った。

車が止まり、ワタシは自分のアパートの前で降りた。
運転席側の久我山さんのそばに立つ。窓を開けて久我山さんが手を振る。
お礼を言わなくちゃ。

「……どうも、ありがとうございました」
ワタシが頭を下げ、足下に目を落とすと、車のエンジンがかかる音がした。
「う うん。じゃあ、が 『頑張ってね』」
この言葉にハッとしたワタシは、肩から掛けたカバンに大急ぎで手をかけた。
「待ってください!」と、今にも走り出そうとしていた久我山さんに声をかける。
そして、『色紙』をカバンから取り出して、掲げた。

「ワタシも椎応に合格しました。『ワタシも頑張るから、君も頑張れ』!」
「!」
「……せめて、エールは返します。久我山さんにもらった力だから、久我山さんの力になれたら、いいなと思います……」

「……うん……。あ ありがとう」
久我山さんは、笑って答えてくれた。


【エピローグ】
「へぇ~、斑目が父親にねえ~」
ディスプレイを整える店員に指示を出し、新入荷の服をショーウィンドウの方から眺めていた高坂咲は、携帯電話の向こうから聞こえてきた恵子の声にニヤニヤしながら答えた。

『この前面白かったんだってば、姉さんも来れば良かったのに!』
(お前のせいで途中修羅場だったんだろうが。知ってるぞ)と内心でツッコミつつ、咲は恵子に言い放った。
「のんきなコト言ってないで、お前は早く結婚しろ! もう誰でもいいじゃん」

夫にメールを打ちながらオフィスに戻ってきた咲は、デスクの引き出しを開ける。
もう何年もしまい込んでいた封筒から、1枚の写真を取りだした。
大学を卒業した時の集合写真だ。
今や日々の仕事に充実感を得て、夫とも大学の話をすることは少なくなっていた。
写真に残された懐かしい顔1つ1つを見つめる。
集団の左端には、ポケットに手を突っ込んだ斑目の姿があった。



403 :となクガ2(最終回):2007/02/05(月) 01:40:17 ID:???

「楽しかったねぇ……」

表情が、ふっと緩む。
あの夜、サークル棟前で出会った新入生の顔を思い浮かべた。
これから後輩たちが、あの部室で巻き起こすであろう日々のことを思うと、何だか懐かしいような、羨ましいような気持ちになった。

「まったく、オタク(あいつら)って一向に絶滅しないし、次から次に出てくるし、しぶといよな」

毒々しいセリフを吐きながらも、咲は優しく目を細めていた。

もうすぐ開店だ。忙しい一日が始まる。
「現視研もまだ続くのか、もう無くなっちゃうと思ったのに……」
写真を再び机の中にしまおうとする咲。ふと、写真の右上、部室の窓のあたりに、『ある人物』の顔が映り込んでいるのに初めて気が付いた。
咲は寒気を感じながら苦笑いした。
「……無くなるわけ……ないか……」


 ※      ※      ※

サークル棟の屋上。
猫背なで肩の男が立っていた。
眼下の新緑は目に眩しく、爽やかな風が多摩の緑の香りを運んでくる。
耳を澄ますと、遠いグラウンドから聞こえる運動部員の歓声や、かすかに響くブラスの演奏に混ざって、アニソンが聞こえてきた。

『♪僕らはあいに慣れることはない……』

男の足下、3階のアノ部室で、懐かしのアニメを鑑賞しているのだ。
その音に耳を傾ける屋上の男。その表情は読みとれないが、どこか嬉しそうでもあった。

「会長お願いします!」
「オォ!一度言ってみたかったんでアリマスよコレ。では…『第255回 くじアン再評価会議~ッ!』」
部室から、陽気な歓声が聞こえてきた。
一時は自然消滅の危機を迎えていた現視研も、新入生を迎え、会長1人、会員1人から再スタートを切った。男女を問わずアニ研、漫研からのあぶれ者や、ヌルくて気の合う仲間をかき集めはじめている。
これから彼女たちは、学内に敵と味方を大勢作りながら日々を楽しむことになるだろう。

屋上の男・初代会長がつぶやいた。
「ふふ。また、風が吹くな……」


現視研復活。


サークル棟に再びオタの嵐が吹き荒れる……のかは、今は誰も知らない。

<おわり>