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気付いた時が恋のはじまり 【投稿日 2007/01/15】

カテゴリー-笹荻


気付いた時が恋のはじまり
                  ~よくある歌の一節


梅雨直前のある日の事。
大学へ向かう途中で、荻上は道路に、おそらく子供が書いたのであろう落書きを見つけた。
○×△□。
へのへのもへじ。
何処かの誰かの顔。
デフォルメの効いた人間像。
荻上は何となく微笑ましく思いながらそれらを眺める。
ふと自分の過去を振り返る。
家の前の道路に、親に呼ばれるまで好きに書き殴っていたあの頃。
落書き以下のあの絵を誉めてくれた、父親の笑顔を思い出す。
多分あの笑顔が、荻上にとっての原点だったのかもしれない。

ふと、その脇に描かれた○の連なりに気がつく。
(ああ、今でもこの遊びはあるんだ)
好奇心と懐かしさから、荻上はそれを踏む。
けんけんぱ
けんけんぱ
踏むごとに、自分が昔に戻れるようで。
繰り返し、繰り返し、それを踏む。
そして唐突に足を止めると、
(わたしは何をやってるんだろう?)
自嘲する。
(あれだけの事をしておいて、昔に戻れる訳が…)
「あれ?荻上さん?」
聞こえた声が、荻上の思考を断ち切る。
荻上はゆっくりと振り返る。
そこにはコンビニの袋を下げた、笹原がいた。
(見 ら れ た !?)
そう思った瞬間、荻上は駆け出していた。
大学ではなく、自宅へ向かって。

大学へ向かう途中で、笹原は荻上を見かけた。
その事にささやかな喜びを感じながら、思い切って声を掛ける。
「あれ?荻上さん?」
しかし、荻上はこちらを振り向くと、途端に駆け出して、角を曲がり、見えなくなってしまった。
(何だよ)
(声を掛けただけで逃げ出されるほど、嫌われているのか、俺?)
笹原は少し落ち込みながら、歩みを再開する。少しだけ重くなった気がする足で。
(でも、何をしてたんだろ、荻上さん)
(今度会ったら聞いてみようか…)

数日後、荻上は久しぶりに現視研の部室に向かった。
あの時のことを自分の中で整理するのに、それだけかかったからだった。
(大丈夫)
(大した事じゃない)
もう一度自分に言い聞かせると、ドアを開ける。
そこには今は一番会いたくない人がいた。
「やあ、荻上さん」
笹原は荻上の内心の動揺に全く気付かずに、いつもの声で、いつものように、彼女を見て挨拶する。
「どうも」
荻上は一瞬躊躇った後、それだけを口にすると、目を合わせないようにしながら、笹原から最も遠い席に座る。そしてノートを取り出してそれに向かう。
いつもの「私に話し掛けないで下さい」というポーズだった。
笹原はその様子を見ると、特に何も言うでもなく、さっきまで見ていたマガヅンの続きを読み始める。
部屋に荻上の鉛筆の立てる音と、笹原のめくるページの音が静かに響きあう。

読み終わった笹原がマガヅンを置く。その音は二人にはずいぶん大きく聞こえた。
荻上の鉛筆が止まる。
笹原は数度ためらった後、数日来の疑問を口にした。
「あ、あのさ、荻上さん。あの日はいったいどうしたの?」
「…何の事ですか」
荻上は笹原を見ずに固い口調で答える。
「いや、声を掛けたら急に駆け出すから、いったいどうしたのかなって思って…」
「…何でもありません」
「あ、そう
笹原の言葉は途中で途切れた。
荻上が泣いていたからだった。
ノートを睨みながら、拭うでもなく涙をこぼしつづける。

(私は何で泣いているんだろ)
荻上は他人事のように思いながら泣いていた。
そして泣きながら思う。
(見られたくなかった。聞かれたくなかった)
(笹原さんの前では『変』じゃない、普通の女性でいたかった)
(『それは何故?』)
気付きたくなかった。考えたくなかった。それを認めたら私はきっと許されない。許せない。
(私は…)

笹原は大混乱していた。どうして良いのか全くわからない。だが先輩として、男として、このまま放っておくのはいけないと思い、…ハンカチを差し出す。
荻上の目にそれが映る。慌てて自分のハンカチを取り出して涙を拭く。
笹原は少し残念そうにハンカチを引っ込めた。

二人きりの部室に、気まずい沈黙と、荻上が小さく鼻をすすり上げる音が流れる。
やがて落ち着いた荻上は、やおら荷物を片付けると、そのまま部室を小走りに出て行こうとする。
そして荻上の足が椅子の足の一つに引っかかり、倒れそうになって、笹原は思わず手を伸ばし、抱きとめた。
「大丈夫?」
「はい…」
そのまま少し時が過ぎ、笹原が口を開く。
「…えっと、ごめん」
「!」
荻上は慌てて笹原から離れる。笹原はそのまま言葉を続ける。
「本当にごめん。何か聞いちゃいけない事聞いちゃったみたいで…」
「…何で」
「え?」
「何で謝るんですか!?笹原さんは全然悪くないのに!」
「いや、その…」
「私が泣いたって、何したって、笹原さんには関係ないでしょう!!」
荻上は言った瞬間に後悔した。そしてその言葉を聞いた笹原の、傷ついた表情を見て、何も考えられなくなり、部室のドアを開けて全速で逃げ出した。
その途中で擦れ違った女性が、不思議そうに見つめていたが、荻上は気付かなかった。

「笹原さんには関係ない、か…」
笹原は呟く。
「そうかよ。関係ないのかよ」
声に苛立ちが混じる。だが、何故こうまで苛付くのかわからない。わからないから、さらに苛付く。
「くそっ」
笹原はマガヅンを乱暴にゴミ箱に放り込むと、部室を出ようとノブに手を伸ばした。
瞬間、勝手にドアが開き、「こんちはー」という間延びした挨拶と供に、恵子が現れる。
「お、アニキ。高坂さん、いる?」
「いねーよ」
いつも通りの恵子の態度が、いやに能天気に見えて、笹原は苛立つ。
「あ、そう。…そういえば、さっきあの変な髪形の人を見かけたけど、何か泣いてなかった?」
「…」
「まさか、アニキが泣かせたのか?まさかね~、優しいだけがとりえのアニキにそんな事…」
「お前には関係ねーよ」
言い捨てると、恵子を押しのけて部室を出て行く。

「何だよ、それ…」
一人残された恵子が呟く。
「…あ、そう!そっちがそうならこっちだって勝手させてもらうからな!」
一声叫ぶと、恵子は携帯を取り出し、適当な男にかけようとして、やめた。
「…何だよ。アニキもやるこたやってんじゃん…」
その声は少しだけ寂しそうだった。

その夜。
荻上は布団の中で泣いていた。
(いつもそうだ)
(優しくされて、調子に乗って、傷つけて、孤立して…)
(笹原さんは悪くないのに。悪いのは私なのに。それなのに笹原さんを傷つけて)
(ごめんなさい)
(ごめんなさい笹原さん)
やがてすすり泣きが寝息に変わる。
そして、いつもの浅い眠りの中で荻上は思った。
(何で私は泣いていたんだろう)
(私が人を傷つけるのは、いつもの事じゃないか)
(だから、後でちゃんと謝って、以前のように先輩後輩として…)
(『以前のように』?以前って何?私はいま笹原さんをどう思って)
(私は(考えるな)笹原さんを(駄目だ)○○(そんなはずはない))
その瞬間、荻上の脳裏にいつもの悪夢が蘇る。
ただ『自分』に屋上から突き落とされる『あの人』の姿が、笹原とダブって見えた。
荻上は慌てて飛び起きる。
荒い呼吸を何とか治めると、急に馬鹿らしくなった。
小声で呟く。
「私が人を好きになる訳ない」
「相手が笹原さんだってそう」
「だってあの人は…あの人は、”オタク”なんだから」
この答えは少しだけ荻上を安堵させた。
荻上は布団から出ると、机へ向かう。夜明けにはまだまだ早いが、もう一度眠る気にはなれなかった。
そして、もうこれ以上この事について考えたくなかった。

…時が過ぎ、季節は梅雨に入る。
笹原と荻上の二人にはぎこちない会話しか流れない。
そんな中、恵子が地雷を踏む。それには多少の嫉妬もあったかもしれない。
「…ねえ、もう二人ってつき合ってんでしょ?」
「…はあ?誰と誰が?」
「え?あれ…違うの?あんたとウチのアニキなんだけど…」
荻上が用意しておいた答えを返す。
「『私がオタクとつき合うわけないじゃないですか』」
笹原は笑う。笑うしかない。
(あの日以来、自分と彼女は『ただの先輩と後輩』だと自分を納得させてきたじゃないか)
(それが裏付けられただけだろ)
(だから、怒る事も悲しむ事もないさ)
自分に言い聞かせながら、笹原は、ただ、笑った。
その後、いくつかのやり取りの後で、高坂の就職が報告され、ドタバタとともに高坂と咲が去って、一人、また一人と席を立つ。
笹原も席を立つ。納得していたはずなのに、覚悟していたはずなのに、ついさっき聞いた言葉は笹原の心をざわめかせ、それは言葉になった。最低の捨て台詞だと自覚しながら。
「俺も遊んでるヒマはないな」
荻上の心が凍りつく。
(そうか。笹原さんには遊びなんだ。現視研も、漫画も…)
場を取り繕うような大野の声に返事を返しながら、荻上は思う。
(これでいい)
(これで自分の思うとおりになった)
(でも…)

その夜、笹原は斑目から借りたエロゲーに向かっていた。
自分の趣味からはちょっとずれていたので、手を出しかねていた作品だった。
黙々と攻略を続ける。
そんな中でヒロインの姿が荻上とダブる。
笹原の手が止まる。
(何でだよ。あそこまで言われて、何で気になるんだよ?)
(気にしなきゃいいだろうが。先輩と後輩、それで納得したんだろ?)
(けど、俺は、もしかして…)
笹原は再びゲームに向かう。
それ以上考えないために。


おまけ

「笹原さん!そろそろコミフェスの打ち合わせをしましょう!」
「え、ああ、そうね」
「部室でやる、って手もあるでしょうけど…ここは荻上さんの部屋でやりましょう!」
「え!?」
「ちょっと待って下さい!なんで私の…!」
「だって無関係な人に見せたくない物だってあるでしょう?原稿とか表紙のラフとか…」
「だから何で見せなきゃならないんですか!?」
「え~。せっかく売り子をしてあげるんだから、少しぐらい見せてもいいじゃないですか」
「絶対嫌です!」
「と、言う事なので、笹原さん。今度の日曜日、空けておいてくださいね♪」
「はあ…」
「話を聞いてください!!」
「いいですか、荻上さん」
「な、何ですか」
「荻上さんはコミフェスに自作の同人誌を売りに行きます。つまりたくさんの人に見てもらう立場な訳です。ここまではいいですね?」
「…」
「それなら私達に見せてもいいでしょう?」
「だからといって嫌なものは嫌です!」
「…わかりました。そんなに見せたくないなら、」

「私達が勝手に見に行きますから♪」

「全然わかってないじゃないですか!」「あ~今度の日曜が楽しみですねえ」「だから人の話を…!」
~次第にFO