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逃げ道 【投稿日 2006/11/27】

カテゴリー-笹荻


 今更怖じ気づいたってもう遅い。
 これは私にこんな気持ちを植え付けたあなたへの罰なのだ。

 荻上は今幸せのまっただ中にあった。彼女にはとても大切な人がいて、
相手も自分のことを大切に思ってくれている。この大切な人とは当然笹
原のことである。それまで、自分の趣味をひた隠しにし、そんな自分が
大嫌いであった彼女を受け入れてくれた、とても愛しい人。一緒にいる
だけで幸せな気分になれる、今や自分にとっては無くてはならない存在。
荻上にとって、笹原が近くにいるということの意味は大きい。
 が、懸念が一つある。最近、笹原の態度が何となくそっけないのだ。
会話をしていてもどこかぼんやりとしているし、荻上が新しい服を着て
みてもその反応は薄い。デートに出かける回数も少なくなっている気が
する。極めつけは、今朝のキスの拒否だろう。付き合い始めてからしば
らくして、笹原が荻上の家を出る際に際にキスをすることが習慣になっ
た。最初は照れくさかったのだが、今ではそれをしないと気分よく笹原
を見送れない。ところが今朝、荻上が笹原に顔を近づけると、彼は彼女
を押し返し、「じゃ、急ぐから」と言ってそのまま玄関を出て行ってし
まった。
 ―――やっぱり、おかしい…。
 そう思うのは当然であった。以前の笹原は、荻上がキスをすれば、本
当にうれしそうな顔をしたものである。ところが今では、それすらない。
荻上は、一度笹原を問いつめようと思った。

 数日後の夜、荻上と笹原は外で食事をとっていた。高級そうな印象の
フレンチレストランで、場所は笹原が選んだ。彼は会社の付き合いなど
で外食に行くことが多いらしく、こういう場所に詳しくなってきている。
しかし、荻上の機嫌は悪かった。久しぶりのデートにも関わらず、であ
る。
「荻上さんどうしたの?なんだかあんまり食べてないよね?」
不審に思った笹原が聞いた。
「…なんでもないです」
荻上がそっけなく答えると、笹原は苦笑した。
「なんでもないわけないんじゃない?俺から見たら、相当つまんなそう
なんだけど」
「…………」
「そういう隠し事、無しにしようよ」
その言葉を聞いた荻上は、顔を上げて笹原をにらみつつ、言った。
「じゃあ、言いましょうか?…私の機嫌が悪いのは、最近、誰かさんが
全然相手にしてくれないからですよ」
笹原が驚いてその言葉に反応する。
「誰かさんって、俺?相手にしてないつもりは無いんだけど…」
「私にはそう見えます!」
思わず荻上は声を荒げてしまった。周囲の客たちが驚いてこちらを見て
いることに気づいて、彼女は小さくなる。

「落ち着いてよ。俺は荻上さんがすごく好きだし、大事に思ってる。別に
冷たくしてるとか、そんなことは全然ないよ。…俺、何か変なこと、した
かな?」
笹原は、わけがわからない、という表情で聞く。
「…この間、キスしてくれなかったじゃないですか…」
「この間って、いつ?」
「私の家に来た時ですよ。帰る時は、いつもしてくれてたじゃないですか」
「ああ、あのことか…。いや、そのときは、そういう気分じゃなくてさ」
弁解する笹原は、明らかに歯切れが悪かった。
「そういう気分じゃないって、どういう…」
荻上がそういいかけると、笹原はメニューをとり、
「この店で季節限定のデザートがあるんだよ。結構評判いいんだけど、食
べる?」
と、話をはぐらかしてしまった。荻上は何かを言う気が失せた。

「アニキが冷たい?」
都心部にほど近い、とある喫茶店の店内で恵子が声を上げた。もちろん、
その相手は荻上である。
「ええ…。最近の笹原さん、なんだかおかしいんです」
荻上の表情は深刻そうだ。恵子がさらに聞く。
「おかしいって具体的には?何か変な行動とったりとかしてんの?」
「そういうわけじゃないんですけど、なんかそっけないっていうか…」
「考えすぎじゃね?妹のあたしがいうのもなんだけど、あいつ優しいし、意味も
なくそういう態度取れるタイプじゃないよ?」
「じゃあ、そういう態度を取ることになにか意味があるんじゃないですか?」
逆に荻上が聞いた。明らかにいらだっているといっていい。
「意味があるって…例えば?」
「例えば…。浮気…しているとか…」
荻上の返答に恵子は一瞬固まり、そして吹き出した。
「あはははは!ありえねー!あいつにそんな甲斐性あるわけないじゃん!」
彼女のそんな反応を見て、荻上は顔を真っ赤にしながら、
「今のは笑うところじゃないです!」
と、声を大きくした。それでも恵子は笑うのを抑えられないようだ。

「はははっ…ははっ…。いや、ごめん。…でもさ、ホントにねーってそんなこと。
あいつマジで奥手でさ、中学や高校の時なんか好きな人がいても告白なんかで
きなかったんだから。だからちゃんとした彼女が出来たのってあんたが最初な
んだよ。他に女作る余裕なんてないと思うなあ」
「でも、万が一ってこともあるじゃないですか」
荻上はさらに食い下がる。恵子はそんな彼女に微笑みながら、
「安心しなって。アニキがおねーちゃんを愛してることはあたしもちゃんと知
ってるから。あいつあたしに会うたびに言うんだぜ?『この間の荻上さんはこ
んな服来てた』とか、『荻上さんはああだった』とかね。もうウザいくらいの
ろけててさ。そんなの余計な心配だって」
と、荻上をなだめた。それを聞いた彼女は少し安心したように、
「そうですか、それならいいんですけど…」
とつぶやき、手元にあったコーヒーをすする。その後、
「まあ、あいつが浮気なんかしたらあたしはむしろ褒めてやりたいけどね」
と、恵子が言った途端、荻上は表情を変え、
「…それ、本気で言ってるんですか?」
と、低い声で聞いた。彼女の雰囲気にはっとした恵子は、
「わりい…冗談だよ…」
と言って罰の悪い顔をした。

 軽快なメロディーで笹原の携帯が鳴った。彼は発信源を確認し、荻上の方を
ちらりと見てから、応対するために外へ出て行った。
 ―――私の前で出ればいいのに。
 最近、笹原に対して疑心暗鬼になっている荻上は、笹原が応対している相手
が気になった。そのため、彼女は笹原のいるキッチンと、そして自分の部屋を
分け隔てているドアに近寄り、聞き耳を立てた。
 「うん…そう。それでちょっとお願いしたくてさ…」
一体何をお願いしたいというのだろうか。最近の笹原の態度と関係があるのだ
ろうか。
 荻上は注意深く笹原の会話を聞いていたが、彼は電話中、具体的なことは一
つしかいわなかった。「うん。じゃあ、明日の三時に…」と、いうのがそれで
ある。

 笹原は電話を切った後、部屋に戻り、
「ごめん、急ぎの用事ができたよ。だから明日は会えないから」
といった。
「急ぎの用事って何ですか?」
荻上は当然の疑問を口にする。それに対して笹原は、
「うん…まあ、ちょっとね…。仕事」
 この時点でいう明日、というのは日曜であり、笹原の担当している作家の締
め切りはしばらく先のはずであるから、当然笹原は休みのはずなのである。
「…ああ、そういえばもうこんな時間なんだ。じゃあ、おれは帰るよ」
 時計の針は午後5時過ぎを指していた。普段の彼ならば、まだ荻上と別れるに
は早い時間である。先ほどの電話といい、この時間帯といい、明らかに今の笹
原はおかしい。荻上はそのことについてはあえて追求せず、
「そうなんですか。それじゃあ、また…」
といって、笹原を送り出した。

 翌日の二時頃、笹原は鉄道のホームで電車が来るのを待っていた。あまり落ち
着いた様子ではない。そして、そんな彼を少し離れた場所から注意深く観察す
る二つの人影があった。荻上と恵子である。
「だから前にも言ったじゃん…考えすぎだって…」
「そんなことないですよ…本当に変なんですから…」
ひそひそ声で離す女の二人組がいるのは端から見れば奇妙だったが、幸いなこと
に笹原本人はそのことに気づいていない。何度も時計を確認しては、電車の案内
表示に目をやっている。
 そのうち、快速電車がホームに滑りこんで来た。笹原はどうやら都心部へ向か
うつもりらしい。
「ほら、行きますよ!」
「はいはい…」
荻上と恵子は、笹原にばれないように、彼の乗っている車両の一両後ろに乗り込
んだ。笹原は車内で、携帯のメールをチェックしては返信するということを繰り
返していた。
「さっきから何度も…相手は誰なのかな…」
「そんなこと言い出したらきりねーぞ…」
笹原に不信の目を向け続けている荻上を、恵子は繰り返しなだめていた。別に今
回のことに対して無条件に楽観視していたわけではない。「浮気をしたら褒めて
やりたい」と言っていた恵子であるが、もちろんそれは本心ではなく、むしろ浮
気をしているかもしれないという疑惑が本当のことであってほしくない、という
気持ちの方が強い。誰よりも長く笹原とつきあってきた彼女は、そういう風に彼
の弁護をすることで、実の兄の誠実さを信じ込もうとしたかったのかもしれない。

 新宿駅で笹原が電車を降りたため、二人もその後を追った。あくまでも本人に
は気づかれないように、である。公園まで来ると、笹原は立ち止まり、周囲を見
渡したため、荻上と恵子はあわてて物陰に身を隠した。どうやら、ここで待ち合
わせをしているらしい。
「さっきのメールの相手っすかね…?」
「ん…じゃねーかな」
ここまで来るとさすがに恵子も不安になってきた。さきほどまでの荻上をなだめ
ようとする姿勢は多少弱いものとなっている。
 十五分ほど待っただろうか。いきなり、笹原が荻上たちのいる方向とは別の方
向へ手を振った。二人がその方向へ目を向けると、同じく手を振りながら笹原に
近づいてくる一人の女性がいた。遠目では詳しいことはわからないが、かなりの
美人である。
「誰だ、あの女…!」
「ちょっと、落ち着けって!」
下手をすれば笹原たちに向かって突進して行きそうな荻上を、あわてて恵子が止
める。
「まだ決まったわけじゃねーんだから。ここはしばらく様子をみよ?な?」
荻上はまだ何か言いたそうであったが、ここはこらえたようだ。笹原たちを観察
する姿勢に戻った。
 当の笹原は、例の女性と一言二言、言葉を交わし、そのまま二人で歩き出した。
当然、そのあとを荻上たちがつける。
 尾行されているとはまったく想像していない笹原は、女と雑談をしながら、迷
うことなく歩いて行った。そのうち、二人は洒落た雰囲気のレストランに入った。
一瞬、荻上は怒りで血が沸騰しそうになったが、それを察した恵子がなだめ、笹
原の様子を見ることにした。
 二人は窓側の席に座っており、外からはそれがよく見える。笹原が何かを言え
ば、女性がそれに答えるように笑い、女性が何かをしゃべりだせば、笹原はにこ
にことそれを聞いている。第三者から見れば、まるっきりデートである。
「あたしのことを放っておいて、自分は知らない女とメシってか…!」
「まだだ!まだわかんねーから!」

恵子の声が先ほどよりも鋭い。ここまでくると、浮気は事実かもしれないが、ま
だ、信じたくない。
 レストランでの食事を終えた後、二人は再び新宿の街を歩き出した。今度も迷
うことなくまっすぐ歩いて行く。当然、その後を荻上と恵子がつける。
 ―――次はどこへ向かうんだろう。目的がないのならこんな歩き方はしないは
ず…。
 後をつける二人がそのようなことを考えていると、ふいに笹原がとある店を指
差した。高級そうなジュエリーショップである。女性が笹原に何かを語りかけ、
笹原がうなずいて、二人は中に入って行った。しかも、入るときに女性は笹原と
腕を組んでいた。
「そんな……そんな…」
それを目撃した荻上は顔面蒼白となり、オウムのようにそのような言葉を繰り返
していた。そして、恵子は視線をまっすぐ前に向けながら、
「ふざけやがって…確定かよ…」
とつぶやいた。

 次の日の荻上は、あまりのショックに自分の部屋の中でふさぎ込んでいた。前
日にどのように帰ったかは覚えていない。途中まで恵子と一緒にいたことは確か
だが、いつ、どこで別れただろうか。
 ―――どうしよう…どうしよう…。
荻上は心の中で叫び続けている。笹原が奪われてしまう、という危機感は、それ
までの彼女が感じたことのない深刻さをともなっていた。笹原の心が荻上から離
れようとしている。笹原を取り戻さなくては、とは思うが、そのためにはどのよ
うな方法があるのか。この際、どんな卑怯な方法でも構わない。とにかく、笹原
を自分の側から離れないようにしなくてはならない。
 かなりの時間、荻上はそのようなことを考えながら部屋の隅でうずくまってい
たが、突然、
「ふふ…ふふふふ…」
と、笑い出した。
「そうか…そういうことか…。なんだ、簡単じゃない…」
彼女の頭の片隅に、一つの方法が思い浮かんだのである。ただし、体を張る必要
はあるが、今の彼女にとってはそのようなことはどうでもいい。

 方法というのはこうである。まず、飲み会などの名目で笹原を自分の部屋に呼
び出し、こっそりと睡眠薬を飲ませる。粉末にしてさりげなく酒の中に混ぜてお
くのがベストだろう。アルコールとともに服用することで睡眠薬の効果は倍増す
る。そして、眠りに落ちた笹原を身動きの取れないようにベッドに縛り付け、そ
の状態で襲ってしまえばいい。幸いにして危険日が近い。「妊娠した」と言えば、
笹原は責任を感じて二度と自分から離れることなど考えなくなるだろう。大学の
ことなどこの際二の次である。冷静に考えれば穴だらけの作戦なのだが、荻上に
そのような余裕はなく、これが笹原の逃げ道をふさぐ最善の方法だと信じた。
「ふふふ…逃げちゃダメですよ笹原さん…私以外のことを考えられないようにし
てあげます…」
口元は笑っているし、笑い声も出ている。だが、なぜか涙が止まらない。そして、
その源泉となっている瞳の色は、もはや狂人のそれに近かった。

 数日後、作戦の決行日が来た。笹原の仕事のスケジュールと、自分の生理の周
期を照らし合わせて、この日、と決めたのである。
「わあ、豪華だなあ!今日なんかあったっけ?」
と、笹原が言った。それに対して荻上は、
「いえ、特に何もないですけど、たまにはいいじゃないですか」
と、言い逃れた。笹原はそれを不審に思うこともなく席に着いた。
「あと、ワインもあるんですよ」
「へえ、何?」
「ボージョレー・ヌーヴォーです。この間解禁になりましたから」
そういって荻上はワイン入りのグラスを差し出した。中には睡眠薬が入っている。
この日の前日に心療内科に行って貰ったもので、「眠れない」と言ったら割と簡
単に処方された。元は青い錠剤で、ハルシオン、と言うらしい。
 荻上はもう一方にグラスを手に取ると、
「じゃあ、乾杯しませんか?」
それに対して笹原は、
「あ、ちょっと待って」
と、言った。予想外の反応だ。笹原は手元のバッグの中に手を入れ、「ええと、ど
こだったかな…」などとつぶやいている。
 そのうち、荻上に一つの小箱が差し出された。予想外の展開に混乱している荻上
は、
「なんですか、これ?」
と、素直に聞いた。
「ん…まあ、開けてみて」
と、笹原は言うだけである。荻上はそっと箱のふたを開けた。

 指輪であった。ダイヤモンドに装飾が施されている。
 荻上は固まったままである。
「どうしたの?」
と、笹原が聞くと、先ほどよりもさらに混乱している荻上は、
「あの、これ、指輪に見えるんですけど…」
と、間の抜けた質問をした。それに対して笹原が答えた。
「うん、最近買うかどうか迷ってたんだけどね…。いわゆる、『給料の三ヶ月分』
ってヤツ」
「!!」
「つまりは、そういうこと。荻上さん…俺と、ずっと一緒にいてくれないかな?」
その瞬間、荻上の目に涙があふれた。どうやら、自分が空回りしていただけだった
ようだ。笹原の心は、ずっと彼女の隣に並んでいた。
「で、でも、最近冷たかったじゃないですか。…どうして?」
「ああ、そのことか…。うん、俺も色々悩んでてさ…マリッジ・ブルーって言うの
もおかしいけど」
「…………」
「『本当に、俺は荻上さんを幸せにできるのか?』とか、『俺は荻上さんにふさわ
しいのか』とか考えてたら、どんどん深みにはまっていったんだよね…。それで、
最近荻上さんに変な態度とってたかもしれない。…ごめん」
笹原は謝った。だが、謝らなくても、荻上は笹原を許していただろう。
「それで…その指輪、受け取ってくれないかな?」
「…!と、当然です!一生大事にして、墓の下まで持って行きます!」
それを聞いた瞬間、笹原はとてもうれしそうな顔をした。
 ―――ああ、私が見たかったのは、この笑顔なんだ…。
ようやく見れた。逆に、自分が変な行動を起こしていたら、この笑顔はおそらく死
ぬまで見れなかっただろうと思うと、荻上は自分が怖くなった。

 そういえば、疑問が一つあった。荻上はそれを口にする。
「ところで、この間新宿で一緒に歩いていた人って誰ですか?」
「えっ…荻上さん、見たの?」
「あっ…!い、いえ。たまたま買い物で行っていたら笹原さん達を見まして…」
彼女は下手な嘘をついた。だが、笹原はそれを疑問に思うことはなかったらしい。
「うん、会社の同僚。女の人の趣味って良くわからないし、そういうものって一生
物じゃない?だからついて行ってもらって、一緒に選んでもらってたんだよ」
「そ、そうだったんですか…」
荻上は本当の意味で安心した。浮気相手ではなかったのだ。ところが、笹原はこん
なことを口にした。
「そういえばあの人、相談した時は変だったなあ…なんか妙に難しい顔してさ。最
終的には『お詫びに食事をおごれ』とか言ったしね。何が、お詫びに、なのかもよ
くわからないし…」
荻上ははっとした。しかし、笹原は理由が本当にわからないらしい。空中に視線を
向けて首をひねっている。
「と、とりあえず飲みましょう!」
彼女は笹原の思考を断ち切るために大きな声で言った。笹原は驚いたように、
「あ…うん。そうだね。…乾杯!」
といって、一気にワインを流し込んだ。それを見た荻上は、その中に睡眠薬が入っ
ていたことを思い出した。
「さ…笹原さん!!ちょっと待って!!」
と、彼女が言ったときには既に遅く、飲み終えた笹原は、次の瞬間にはテーブルに
突っ伏して寝入ってしまっていた。

「やべー…どうしよう…」
そう荻上はつぶやいた。しかし、「その中には睡眠薬が入っています」とも言えな
いし、笹原のプロポーズを受けることが出来たのであるから、結果としてはオーラ
イであろう。
 荻上は笹原を引きずり、ベッドの上に寝かせた。もちろん、縛って襲うようなこ
とはしない。
 すやすやと寝息を立てている笹原の顔はとても穏やかだ。この先もこの顔を見て
生きて行けるのだ、と思えば、荻上としては何も言うことがないが、一つだけ不安
がある。この件でわかったことだが、笹原が案外女性にモテるということである。
当の本人にとっては失礼な話かもしれないが、荻上は、彼があまり女性受けするタ
イプではないと思い込んでいたのである。しかし、それでも構わない。言い寄る女
はすべて追い払う。荻上はそこまでの覚悟を決めた。
 幸いなことに、この荻上の覚悟にかなりプラスになる材料がある。
 笹原は、女性からのアプローチに鈍い、ということである。


                               おしまい