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アンの青春(後編) 【投稿日 2006/11/18】

カテゴリー-その他


○聖槍

二人は意を決して廃屋に侵入した。スージーが感じた気配は「それ」一匹だけのものだった。
他に仲間はいないはずである。ただ他の罠の可能性も否定できないので、
二人は緊張して周囲の様子を窺った。アタッシュケースを開いて、
アンジェラは赤外線暗視スコープを取り出して装着した。また小機銃を手早く組み立てた。
『スー!! あなたも暗視スコープを!!』
『いらない・・・。夜目は利くから・・・。』と言いながらスージーは周囲に注意を払っている。

廃棄された工場跡は広いが、どす黒い闇に覆われていてとても肉眼で見えるものではなかった。
天井の穴から僅かに差し込む月明かりだけが、漆黒の闇を切り裂くように差し込んでいる。

不意に天井から声が聞こえた。

「よう・・・。とうとう見つけたか。」
二人がその声の方を向くと、漆黒の闇の中で赤い目だけが光っている。その声は続けて喋った。
「なあ、もうやめねえか。俺たちもお前らも、感染力や免疫力は世代を繰り返すほどに落ちてきて、
第一世代のような力はもうねえ。俺は細々と今の生活を続けられたらそれでいいんだ。
大それた事は考えちゃいねえ。」

「この狩場は何? あんたらのサガは危険なの!!」とアンジェラは叫んだ。

「しょうがねえだろう。食わなきゃ生きていけねえんだから。お前らだけ社会に溶け込んで楽しんでズリイ
じゃねえか。第一、エサには事かかねえしなあ。この擬態のヤツみたいなのとかなあ。」

暗闇からゲフゲフという厭らしい笑い声が響いた。

「話はこれで終わりね。」とアンジェラは銃を構えた。

「そんなんで俺が倒せるわけがねえだろう。感染力はもう弱いが、戦闘力や再生力はまだ健在だぜ。
お前らの頼みの免疫力はもうねえだろう。」と「それ」はせせら笑った。

「そう。私の免疫力は第一世代ほどの力は無い。体質だけ引き継いでいるだけ。
でも切り札が私たちにはある。」とスージーはそこで初めて口を開いた。
アンジェラはそれを受けて、背中に背負っていた長いケースから、細いチタン製の棒を取り出した。
その矛先には古ぼけた槍が付いていた。

「なんだそりゃ。そんな時代遅れの武器が切り札かよ。・・・いや、まさか・・・。」 「それ」の声は震えた。

「そう・・・。一族最強の免疫力の持ち主にして最高の抗体の持ち主のわき腹を貫いた槍・・・。
あまりに有名すぎて、名前を出すのも気が引けるあの聖遺物・・・。」

「聖槍か!!」と、人間で無い者、「それ」、ヴァンパイヤは、叫んだ。


○激突

闇を劈く咆哮と同時にそれは地上に降り立った。

『ライカン型じゃなくてVIPね。ヴァンパイヤ型!!』とスージーは言った。
『どこでそういう言葉覚えるわけ?』とアン。
『ソード!!』と言ってスージーはアンジェラに向かって手を伸ばす。
『ソードじゃなくて、スピアー!! またふざけて!!』と言いながらアンジェラはスージーに聖槍を渡した。

「ゲヒヒ、いいねえ、いいねえ。それあのアニメだろ?」と「それ」は笑った。
「オマエハモウシンデイルー」と叫びながらスージーは突進する。
「キヒヒ、じゃあ俺もね。チョサイコー。」
「ハラワタブチマケロー」

アニメの名セリフを言い合いながら二人は凄まじいスピードで攻撃を繰り出しあったが、見た目、
じゃれあっているようにも見えた。

『ちょっと、ちょっと、二人とも!! 真剣に!!』とアンジェラが叫んだ。
組み合っている二人は動きを止めて、アンジェラの方を振り向いた。

「・・・・・・・・」

いったん止まった動きが再び激しい動きに転じた。「それ」は速さも凄まじいが、パワーも尋常じゃ無かった。
ものすごい破壊力で廃屋の資材を破壊した。それをかわしながらスージーは一定の間合いを取っていた。
身体能力を極限まで引き出してはいても、所詮は普通の人間とそう変わりの無いスージーが一撃でも
攻撃を食らえば一巻の終わりだった。

『アン!!』

スージーの叫びに応じて、慌ててアンジェラは銃を構える。アンジェラは二人の動きについていけず
焦っていた。
(子供の時から訓練した通り、した通りに!!)
アンジェラは震えながらヴァンパイヤの下半身に機銃を浴びせて援護射撃をした。
足を、関節部を破壊して機動力を奪う事が肝心だった。

「邪魔くさい。遊びの邪魔をするな!!」と叫んでヴァンパイヤはアンジェラに向かって突進してきた。
『ヒ・・・』
アンジェラは震えてその場にへたり込んでしまった。

『その子に手を出すな!』

そう叫ぶとスージーは廃棄された鉄柱を左手で引き抜いて、ヴァンパイヤの側頭部に叩きつけた。
スージーの細い左手はその身体能力を超えた力に耐え切れず、不自然な方向に痛々しく
ひん曲がったが、スージーは全く表情を変えずに跳躍した。

ヴァンパイヤはスージーの方を向き咆哮した。両者の影が交差した。スージーの右手にあった聖槍が
真っ直ぐヴァンパイヤの心臓を貫いている。


○スザンナ・ホプキンス

ヴァンパイヤが驚いた表情で自分の胸に突き刺さった槍を見つめている。怒りの形相でスージーを
睨みつけ、その巨大な手をスージーに振り下ろそうとした。

『スー!!』 アンは叫んだ。

だがしかしヴァンパイヤは振り下ろそうとした手を止め、ゆっくりと下ろした。
「ちくしょう。もう少し生きられると思ったんだがなあ・・・。」
スージーは黙ってヴァンパイヤを見つめている。
「なあ、お約束のアレやっていいか?」とヴァンパイヤは聞いた。
スージーは黙って頷く。
「ワガジンセイニイッペンノクイナシ!!」
そう言いながらヴァンパイヤは静かに力なく倒れた。
ヴァンパイヤはヒューヒューと気管から空気のもれた音を立てていたが、段々その呼吸も静かになり、
やがてその音は止まった・・・。
スージーはその様子を静かに見つめていたが、ヴァンパイヤの呼吸が止まった時、その瞳から一筋の
涙を流した。

アンはその涙を・・・この光景をどこかで見た気がした。そう・・・アンが幼い頃、曾祖母の臨終の時だった。
「誓約者」は「免疫者」から血の契約で体質の一部を引継ぐので長命だし病気とは無縁である。
しかし老衰は避ける事はできない。曾祖母は最後まで懸命に生きようとしていた。

「誓約者」であった曾祖母はベットから力なく手を伸ばして、スーの手を取った。
曾祖母は穏やかな表情でスーに微笑みかけた。その目はスーに過酷な生の義務から先に解放される
事への許しと慰めを求めているようでもあった。スーは黙って曾祖母の顔を見つめていた
アンは幼かったが、二人の間に容易に入っていけない絆を感じた。曾祖母の握り握りしめる力が弱まり、
私たちを取り巻く偉大な神秘に曾祖母の肉体が失われようとしている時、スーはその湖のような
蒼い澄み切った目から静かに一滴の涙を流した。

アンはその光景を美しいと思った。

『・・・ン、アン!!』

ぼんやりしているアンジェラは驚いて我に返った。
『ごっごめんなさい。・・・終わったのね・・・。とうとう・・・。』
『うん・・・。たぶん・・・。』
そう言って、スージーは聖槍を引き抜いた。処理班が到着し、周囲の証拠隠蔽や回収活動を始めた。
それと同時に感覚が麻痺して気付かなかった周囲の血生臭い匂いにアンは気付いて嘔吐した。
『大丈夫?』とスージーは尋ねた?

『ええ、大丈夫。処理班の仕事増やしちゃったわね。それより貴方ひどい怪我。急いで治療を!!』
とアンはスージーを抱きあげて輸送車に向かった。

(終わった。終わったのね。これで普通の生活に戻れるのね。)
非日常から日常に戻ろうとした時、アンの脳裏に浮かぶのは何故か一人の顔だった。


○使命からの開放

バスルームで頭から暖かいシャワーを浴びて、ようやくアンジェラは緊張感がほぐれ安堵した。
暖かいお湯がアンジェラの頭から流れ落ち、体の線にそって流れ落ちる。耳元でシャワーの音だけが響く。
その単調な音が心地よい。冷え切っていた体がゆっくりと温まり、次第に肌は赤みを増しほてってくる。
心がほぐれてきて気持ちが楽になる。

アンジェラは壁に頭をもたれかけながら、シャワーが体や心にまとわりついていたよどみを流し去るのに
任せた。

『・・・・・・・・・』
使命からの開放感と安堵の感情の後に襲ってくるのは空虚な感情。曾祖母の事、スージーとの日々、
日本での事、使命の終結。そして・・・。

(私はこれからどうすればいい?)

アンジェラはシャワーのお湯を止めて、バスルームから出た。ガウンを羽織ってベットルームにいくと
そこにはスージーが痛々しげな包帯を左手に巻いて寝ていた。類まれな治癒力を持つとはいえ、
身体能力の極限まで酷使した後の今の状態は全くの無防備な状況なのだ。
アンはすやすや眠っているスージーのそばに座って、そっと優しくその顔をなでた。

(私の永遠の友、母、姉、妹、そして娘。あなたをきっと守る・・・。)

その時、スージーはぱちりと目を覚ました。
『あら、ごめんなさい。起こしちゃった?』
『ずいぶん寝た・・・。』とおっとりした表情でスージーが言う。
『そりゃそうよ。あれから四時間眠り続けたんですから。後処理の指揮は私が取ったわ。』

スージーはモゾモゾと自分の上着に右手を伸ばして、自分の携帯を取り出した。
『これ・・・遅くなったけど・・・マダラメの携帯電話の番号。住所も登録されているし
、ナビ情報も転送できるよ。』
『・・・あっありがとう。でも後でいいよ。あなたがこんな状態だし、離れられないよ。』
『残党の襲撃の心配は無いよ。無理しなくていいよ、もう。会いたいんでしょ?』とスージーは淡々と言う。
『今じゃなくてもいいの。それに会ったのは、これでたった三回よ。しかも前に会ったのは数年前だし。』
『もういいの。あなたを血の誓約から開放します。私の「Guardian Angel」』
『・・・スー・・・ありがとう・・・』
アンジェラはむせび泣きながらスージーの手を握りしめた。


○情熱

アンは部屋を出ると、外で警護している特務SPに指示した。
『くれぐれも気を引き締めて警護に努めるように。』
『お任せください、Guardian 貴方の警護は?』
『私は特務に入ります。GPSは携帯しますし心配ありません。』
『了解しました。お気をつけて。』

早足でその場を立ち去りながら、自分のついたささやかな嘘にアンジェラはどぎまぎした。
自分のこの突飛な行動にどんな意味があるのか。
たった三回会っただけの男が何故これほど気になるのか。
突然の訪問に相手が戸惑うくらい分からないのか。
自分がどれほど馬鹿げた行動を取っているか分かっているのか。
次から次へと自問自答を繰り返しながらも、アンは胸の高鳴りを抑える事が出来なかった。

さっきまでの出来事こそ本当にあった事なのだろうか。あれこそが幻で、今こうしてマダラメに会いに
行こうとしている馬鹿げた自分こそが真実の自分なのではないのか? 確かめたかった。

非日常的な戦闘の興奮が自分を昂ぶらせ、それが衝動のように自分を突き動かしている事は
分かっていた。運命に導かれた人とは違う日常。でもそれは実感の無い空虚な幻。
マダラメとの僅かな会話に私は確かな現実を感じた。アンジェラは知らず知らずの内に早足になり、
ついには駆け出した。

私が選び取った私だけの日常!!

息を切らせながら、アンジェラは斑目のアパートの前にたどり着いた。

チャイムを押す。部屋の奥から声が聞こえる。
「はあい、どなたあ? こんな遅くに誰~。ひょっとしてお前か~? 終電無くなったからとか、
喧嘩して追い出されたから泊めてってのは無しなあ~」と寝ぼけた間の伸びた声が聞こえてくる。

その声にアンはホッとするような和むようなそんな気持ちになった。
「ア・・アンです。アンジェラです!! こんな夜更けにごめんなさい。」
「!! ・・・・・・・・」
斑目はドアを開けた。二人は向かい合ってお互いを見た。斑目は安手のグレーの首の伸びたトレーナー
の上にドテラを羽織って、間の抜けた顔で口を空けてポカンとしている。
アンはアンで口をパクパクさせて顔を真っ赤にさせてモジモジしている。
奇妙でこっけいな間を二人はどう打開していいかお互い分からずにいた。

最初に状況の打開を図ったのは斑目の方だった。
「アン! 何で俺の家が分かった? いやその前に何で? 」
「あっ、あの・・・話があって。いえ明日でも良かったんだけど。その・・・できれば急いだ方がと思って・・・」
「そっソウデスカ、あっ!! 寒いのに気が付かなくてスイマセン、あっあがりますか? 」
「はい!! 失礼します!!」
そう言いながら二人はギクシャクしながら部屋に入った。

「だーーーー。ちょっと、ちょっと、そこで待ってください。」と斑目は慌てて部屋の奥に戻り、
ドタバタやっている。そして息を切らせながら戻ってきた。

「どっどうぞ。狭くて散らかってますけど。」


○奔流

アンは斑目の「できるだけ」片付けられた部屋に通され、「一応」場所が空いて座れるようになっている
座布団に座った。周囲は萌え系の雑誌やゲームが山積みになっている。
「一応」気を使ってその手のは目につかない所に隠したようだった。

「うわっ、ちくしょう、これも汚くて使えん! アンジェラ、何も無いけど缶ビールでイイデスカ?」
台所で斑目は慌しくしている。
「いいよ。気を使わなくても。」
とアンが言っても
「そうは言ってもなあ。」と言って、そわそわ落ち着かず中々席につこうとしない。
「ええと、何か食べるものはと・・・。そっそれで用事っていうのは? 」
と斑目は台所から顔を合わせずに聞いた。

「ええと、そのう・・・」
勢いで来たものの、いざとなると何を話していいかも分からない。
「実は・・・スーが、いやそうじゃなく、昼の礼を言いたいと思って。」

「え? お礼って? 俺、何かしたっけ? 」と驚いて斑目は部屋につい顔を出してしまう。
「あっ、だからスーの研究室に案内してもらって、とても助かったから・・・。」
「なんだ、そんな程度だったら次にでも会った時でも良かったのに。」と斑目は苦笑した。
「次は! 次は無いかもしれないの! だから!」とアンジェラは叫んだ。
その様子に斑目は驚いた。
(何言ってるんだろう、私・・・。完全に自爆だ・・・)

「ん~~~/////////」
しかしこの期に及んでも斑目はアンの気持ちに気付かなかった。
「そうだなあ・・・。(俺みたいに)言うべきときに言えず仕舞いという事もけっこうあるからねえ・・・。
それって確かに後々から後悔の念になったりするんだよなあ・・・ハハッ。」
そう言いながら斑目は腰を下ろし、缶ビールをアンジェラに手渡した。

「そう・・・だから! こんなに急で非常識なのは分かっているけど、どうしても伝えたかったのよ!」
「(そんな礼くらい)言わなくても気持ちは分かってるよ。」
「! そうよね! こんな真似をしたらいくらなんでも分かるわよね! 迷惑じゃない? こんな一方的な・・・。
変よね、絶対・・・。」
アンジェラは顔を赤らめてうつむいた。
「びっくりしたけど、迷惑だなんて! (気を使ってくれたのは)嬉しいよ。」
「そう! 私も嬉しい!!」
そう言ってアンジェラは目を輝かせて、斑目の顔をジーと見つめながら近づいた。
「? アン ?」
「私ってどう見える? 胸が大きいと馬鹿っぽいとか思ったりしない?」
「(俺は美乳属性だが)そんな事思う人いないと思うよ。」
「そう? そう言ってくれる人いなかったの! 口先ではそう言っても・・・。」
「アン? ちょっと近づきスギじゃあ・・・。アン?」
いつの間にかアンはすでに斑目ににじり寄って体を寄せている。
「わっ私って魅力無いのかな? 」
「いやいや(変ですけど)アンほどの美人はそういないと思うよ、ホント、ウン。」
「私、そう言われても何故か自信なくて・・・。」
そう言ってアンはうなだれた。その拍子にアンの胸が斑目の股間に当たってしまった。

「!!」
斑目の股間はすでに怒張していた。
「あ! いやその! ごめんなさい! これは生理現象で! 悲しい男のサガでして!」
と慌てて斑目は言い訳した。
アンジェラの頬は紅く染まり、ぱあっと表情は明るく輝いた。
「嬉しい!」 そう言ってアンジェラは斑目に飛びついて押し倒した。
「なぬ?」
アンジェラは激しく唇を合わせてきた。その激しさで斑目の唇が切れた。
「痛っ」と斑目は声をあげた。怯えた目でアンジェラの表情を仰ぎ見た。
アンジェラの表情は喜びに溢れ目は潤んでいた。唇には斑目の血がわずかに滴っている。
アンジェラは手を伸ばして、斑目の頬を両手で触った。
「好きだわ、好きだわ。何故こんなに好きなのか、私にも分からない。貴方のこの血のぬくもり、
貴方の肌、貴方のその怯えた目、この細い首、この唇、貴方の何もかもが私の生命の寄り木。
 私自身が勝ち取ったありのままの生命の実感なの!!」
そう言いながら、アンは斑目のジーンズのファスナーに手を伸ばした。
斑目はそれに抗おうとはしなかった。何故なら斑目にも分かるほどアンの激しい鼓動を感じたからだった。
結局、斑目はその激しい抗いがたい情熱に圧倒された。

「わっ私がこんな事を普段からする女だとは思わないでね・・・。貴方が私をおかしくしたんだから・・・。」
アンジェラは真っ赤な顔で、そして震える手でジーンズのファスナーを下ろした・・・。


○秋葉原専用

つまりはそういうことだ、と斑目は思った。アンが迫ったからではない。とどのつまり、言い訳無しに、
斑目自身がそうしたいと思ったから、抵抗し難い熱情を受け入れたのだった。その結果が自分の
目の前にいるこの女性なのだ。

秋葉原のMacのテーブルの前で、にこやかな表情で口を尖らせてシェイクのストローをくわえている
アンジェラを、斑目は不機嫌そうな表情で肩肘つきながらジーと眺めていた。

「?」
そんな斑目をあどけない表情で不思議そうにアンジェラも見つめている。
「なあ・・・聞きたいんだけど・・・。」
「なあに?」とアンジェラは首をかしげて聞く。
「いつから・・・その俺の事・・・。初めて会った時?」
「いいえ。」
「じゃあ、二度目?」
「それも全然。かすりもしなかったわ。」とケラケラとアンジェラは笑う。
「じゃっ、じゃあ、何か? 今回の来日で会ったら急にってか?」

「んー。そうみたい。何でかな?」とアンジェラは目を細め、首をかしげて腕組みして考え込んだ。
「自分の事なのに考え込むなよ! ありえねー、ほんとありえねー。」
「まあ、いいじゃない。それに・・・あなた前に会った時と雰囲気確かに変わってたもの・・・。」
「俺が? 大学出て平凡な毎日を変わりなく過ごしてきただけの俺が? それこそありえねー。」
斑目はからかってるんだと思ってふてくされた表情を見せて、そっぽを向いた。
「あはは、でも冗談言ってるんじゃないの。何というか・・・心に何か心残りを残している人の憂い
というか・・・長い年月を経て心の澱を深く沈めている・・・そんな感じがジンときたっていうか・・・
あはは、そんなキャラじゃないのにね!! ホント、不思議ねえ。」

「そっそれこそ、馬鹿言えって話だよなあ、はははは。」
そう言って笑いながら、斑目は内心で激しく動揺したのを悟られないようにした。自分でも気づいて
いなかった事を他人に悟られた事が何か悔しかった。
(俺が心残りを?ああ、そうか、そうだ。そのとおりだよ。)

斑目はスクッと立ち上がり言った。
「もう出よう。」
「え?もう?」とあわててアンジェラも立ち上がって斑目を追いかける。

斑目の服装は、あの「秋葉原専用」だった。メガネも就職活動時期に一時使ったメガネに変えていた。
街角の鏡に映った姿が見えると、余計「心残り」を意識して口惜しかった。そしてあれから何年経っても、
その服を後生大事に持っていて、他の女性とのデートに着ていく自分がなお一層みじめったらしく見えた。

「ねえねえ、これアメリカのネットで見たんだけど、アキバの新名物のオデンなんでしょ?」
とアンジェラははしゃいで自販機を指差す。そんなアンジェラを行き交う人々はじろじろ見る。
外国人はそれほど目立つわけではないが、アンジェラは人目を引くのだ。

「一緒に食べてみましょ! ね!」
「ん・・・」

「おいしいね!」とアンはニコニコしながら言う。

あれから三ヶ月経った・・・。周囲の反応は様々だった。驚く者、祝福する者、意外そうな顔をする者
様々だった。「あの人」の「へえ、おめでとう」という表情と言葉に卑屈な笑いでごまかした自分に嫌悪した。

「これからどうしようか・・・。他にも色々見にいってみたい。」

「アメリカにも連れてってみたいな。今の仕事に未練が無いなら、あっちでの生活は心配しなくてもいいよ。」

「さっきの話の続きだけどね・・・『色々』あって心がぽっかり穴が開いたみたいだったの・・・。
そんな時、自分の欲するものを知るのね。要するに『貴方が欲しかった』のね。」
嬉しそうに喋り続けながら、アンジェラはあどけない表情で舌を出した。

アンジェラのその明るく朗らかな、そして幸せそうな表情を見つめながら斑目は思った。アン・・・、
俺の生活や仕事は単調でつまらないものだけど、それでも俺が築いてきたものなんだよ・・・。
アン・・・君は素敵だなあ、自分に正直だ。明るいし、活発だし、知的だし、そしてとてもきれいだ。
そうだ、君が気付いたように俺も気付いてしまった。君は悪くない、悪くないんだ。
もう少しゆっくりと時間をかければきっと違ってたんだよ。
あれ? 俺、今アンの事、「悪く」ないって言ったか? あれ? 俺・・・。

「あれ? あれ?」
斑目はハラハラと涙が流れて止まらなかった。とめどなく涙が流れて止める事ができなかった。
「アン・・・すまない、すまない・・・。」

「ねえ、どうして泣いてるの? 私何か悪い事言った? 何故謝るの? ねえ、どうして?」


それからまもなく斑目は知り合いにも職場にも誰にも告げずに失踪した。


○アンの青春

斑目の失踪は周囲に衝撃的に受け取られた。意外という反応、信じられないという反応、心配する者
無責任ぶりを責める者、怒りをあらわにする者、様々な感情を周囲に引き起こした。

アンジェラとスージーは帰国の途についていた。飛行機の窓際に座るアンジェラはその窓からまだ
微かに見える日本の陸地の遠景を見つめていた。アンジェラの隣ではスージーがいつものように
無表情でライトノベルを読みふけっている。

『ええ、彼は悪くない。そう・・・私がいけなかったのね。』
『・・・・・・・・・・・』
スージーは聞こえていないかのようにライトノベルから目を離さない。
『だって、ねえ、しょうがないじゃない。あんなに人を好きになった事なんか無かったんですもの。
どういう風に愛したらいいか、分からなかったんだもの。ああ、ごめんなさい。
時々貴方が私の保護者だって事を忘れてしまって甘えてしまうのね。』
アンジェラは窓から視線を外さずに肩を震わせた。スージーは何も言わない。
アンジェラにはそれがとてもありがたかった。何も言わず話を聞いていて欲しい時には不要な事は
何も言わない。そのいたわりがアンにはとても嬉しかった。

『ああ、でも私と彼の絆はまだ途切れたわけじゃないの。いつか必ず会える。そんな気がする。』
そう言ってアンはそっと手をお腹にあてがい、再び窓に目を向けた。
アンは静かに昔どこかで読んだ詩を口ずさんだ。

      • 誰も知らない深遠なる秘密
起源の中の起源
未来の中の未来

大地に育ちゆく人生という木
魂の飛翔 理性の畏れより早く枝を延ばす
空に星がきらめく神秘のように
あなたの心と共に
私の心を重ねて
誰も知らない深慮なる秘密・・・

日本はもう見えない。日本での出来事がまるで幻であったかのように覆い隠す雲の海だけが見えた。
アンはその光の海原に目が眩んだ。それでもその光の果てを見つめずにはいられなかった。
何時までも何時までもアンジェラは見つめ続けた・・・。


■セカンドジェネレーション■

「ゴハンマダー? チンチン」

「あのねえ、スー先生。ここで昼食ありつこうとするの止めてください!!」と用務員室の給湯室でレトルトカレーを温めている斑目は叫んだ。

休憩室の座敷でゴロゴロしているスージーはテレビを見ながら言った。
「ワタシニホンゴワカリマセーン」

「(くっ、この女・・・都合が悪くなると日本語分からないふりして~) さあ、出来ましたよ!」
そう言って斑目はカレーを休憩室のテーブルに二つ運んだ。
「それ食ったらさっさと仕事に戻ってくださいね!!」

「マダラメ、レトルト作るのはうまいよね。ではいただきまーす。」とスー。
「レトルトなんざ、誰が作っても同じだ!」と斑目はプリプリ怒る。
「ところでアンとアレック、冬コミにまた来るって・・・」とスー。
「ブッ!! そっそう・・・。」と斑目は激しく動揺した。

「さて・・・ご馳走様!」 カレーを食べ終わるとスージーはスクッと立ち上がった。
そして斑目の耳元に顔を寄せて囁いた。
『あの子をまた悲しませたら・・・次は無いからね。』
「はひっ?」
言葉の意味は分からなかったが、斑目は背筋に殺気のような悪寒を感じた気がした。

そうしてスージーはケタケタ笑いながら、アニソンを口ずさみながらスキップしながら部屋を出て行った。
唖然とする斑目を残して。

未来に続く(かもしれない)