26人いる!その2 【投稿日 2006/11/12】

・・・いる!シリーズ


有吉「僕が編集でいいかな?」
豪田「自分がメインで描きたくないの?」
有吉「何と言っても時間が無いから効率最優先にすべきだと思うし、サークル参加なんだからみんなの総力で本作りたいんだ」
豪田「まあ確かに、同人誌って本来そういうもんだし」
有吉「それに女性向けで18禁なら、やっぱり妄想力こそが作品を作る原動力だよ。僕が理屈で話書いてもいいんだけど、それじゃ妄想力半減でしょ?」
豪田「そうねえ…みんなもそれでいい?」
一同「さんせーい」
有吉「まずプロットは台場さん。みんなの中で、1番ヤオイ関係の知識と経験と情報量は豊富みたいだからね」
台場「問題は組み合わせだけね。キョンが攻めか古泉が攻めかの二者択一かあ…」
「リバ可や!」
突如大声の関西弁が轟く。
漫研会員であり、サークル「やぶへび」主催者の藪崎さんが乱入してきたのだ。
荻上「ヤブ!」
藪崎「まいどオギー!話は外で大体聞いたで!そういう場合はなあ、前半キョン×古泉にして後半古泉×キョンにしたら全て丸く収まるし、1冊で2度おいしいやろ!」
一同「なるほど…」
台場「ありがとうございます、藪崎先輩!それで行きます!」
荻上「ありがと、ヤブ。でも何時から聞いてたの?」
藪崎「もう30分ぐらい前からずっとや」
台場「そんな長いこと立ち聞きしてたんですか?」
藪崎「アホ、こっちかて忙しいから、はよ入りたかったわ。そやけど部室の前で何かゴム塗ってた子に、延々と怪獣の縫いぐるみの話聞かされとったんや」
「着ぐるみです!」
突如ドアを開け、国松はそのひと言だけ言ってまたドアを閉めた。
藪崎「なっ、あの調子やから、なかなか話終わらへんかったんや。そんであの子の言うこと聞き流しとったら、自然に部室の中の話が聞こえてきたと、まあそんな訳や」

その後藪崎さんは、ハルヒ以外の作品についてもカップリングについて延々と1年生たちと議論した末に、本来の目的であった荻上会長所蔵のイラスト集を借りて部室を後にした。
有吉「それで割り当ての続きだけど、シナリオやネームは沢田さん」
豪田「確かに台詞回しは彩が1番上手いもんね」
有吉「で、コマ割りと絵コンテは豪田さん」
台場「確かに小学生の時から漫画描いてる、蛇衣子のコマ割りセンスは1番いいわね」
有吉「で、原画は巴さん、神田さんと僕はペン入れから仕上げまで、これを基本に各工程で残りみんながメインの人の仕事を手伝う、こんな感じでいいかな?
巴「あの、私が原画でいいの?私はどっちかと言えば、汗や筋肉ばっか過剰に描く方なんだけど」
有吉「そういうスポ根系の絵の方が、キョンと古泉には案外似合う気がするんだ。何と言っても短気な熱血漢とクールな優男って、スポ根系ヤオイの基本だから」
台場「いいんじゃない?マッチョな美少年も」
神田「私もそういう絵描いてみたいから賛成!」
巴「分かった、やるわ」
豪田「決まりね」
沢田「あの、私それもやるけど、それと別にハルヒのSS書きたいんだけど、どうかな?」
台場「いいわね、それ。みんな、どう?」
一同「さんせーい!」
そこへ伊藤が入って来た。
伊藤「こんちニャー。ハルヒのSSなら僕も書きたいですニャー!」
高校の時は文芸部で、脚本家志望の伊藤だが、SSも数多く書いている。
ただこの男、シナリオでは説明的な台詞やナレーションが過剰になりがちな傾向があった。その結果字数が規定オーバーしてしまい、コンクール用の原稿を〆切までに書けずに挫折した経験が数多くあった。
ちなみに伊藤はそういう原稿を書き直して、ラノベとして完成させて別のコンクールに応募していた。
そんな安直な作りにも拘らず、あるコンクールで佳作をもらったことがあるそうだから、話そのものは面白いものを書けるみたいだ。

以前にそういう話を聞いていた台場は、やんわりと釘を刺した。
「あんまり長いのはダメよ。印刷代高くなっちゃうから」
伊藤「かしこまりましたニャー。それにしてもリバ可で2度おいしいとは、なかなか考えましたニャー」
荻上「伊藤君、あなた何時から聞いてたの?」
伊藤「多分30分ぐらい前からですニャー」
豪田「そんな長いこと立ち聞きしてたの?」
伊藤「そんな人聞きの悪い、国松さんに捕まって着ぐるみの話を…(以下略)」
荻上「あれ完成するまでは、当分あの子部室の門番状態ね」

こうして今回の夏コミ出品作品は、全部で20ページほどになるヤオイ漫画1本とSS2本の同人誌となった。
しかも希望者にはコピー本3冊(執筆は豪田、台場、神田)を特別付録に付ける豪華版だ。
ちなみに絵のメインである巴、SSも書く沢田、それに編集を兼ねる有吉は今回はメインの同人誌1本に絞った。

笹原「それにしても田中さん、今回はいっぱい作りましたね」
田中「さすがにしんどかったけど、国松さんと日垣君が頑張ってくれたからね」
笹原「そう言えば、田中さん以外の人がコス作るのって初めてですね」
田中「去年はそこまで考える余裕無かったけど、今年は1年生11人もいるから、本格的にコス作りのスキルを現視研に残して行こうと思ったんだ。俺も来年卒業だからな」
笹原「そりゃいいですね」
田中「とりあえず着付けや採寸の問題もあるから男女1人ずつ欲しいと思って、絵描き属性の無い国松さんと、1番器用そうな日垣君に仕込むことにしたんだ」
笹原『(日垣をチラリと見て)そう言えば日垣君、俺が来てから挨拶した以外ひと言も喋らずに、ずっとミシン動かしてるな』
田中「国松さんは造形はまだ甘いけど、とにかく熱心だよ。日垣君は彼女に比べりゃ消極的だけど、真面目だし何と言っても器用だ。2人とも将来が楽しみな逸材だよ」

大野「もっとも、絶望先生の方のセーラー服と、ハルヒの方のブレザーは有り物の流用ですけどね」
田中「そう、セーラー服は豪田さんの高校の制服、ブレザーは伊藤君と有吉君の高校の制服を借りてきて、後で直せるようにちょっとだけ手を加えたんだ」
笹原「やっぱりさすがに、この数作るのは無理ですか」
田中「作れないことは無かったよ。たださあ、台場さんと国松さんに怒られたんだよ」
笹原「怒られた?」
田中「今台場さん、うちの会計やってるんだけどさ、過去4年間の会計状況と今回の予算の見積もり見た彼女に、予算使い過ぎだって大野さんと2人揃って散々説教されたんだ」
荻上「台場さんは簿記の他に珠算でも級持ってるから、凄くお金には細かいんです」
笹原「国松さんは何で?」
大野「ある意味彼女の方が、台場さんより予算の問題にはシビアなんです」
田中「特撮の世界では、着ぐるみや特撮シーンの使い回しは日常茶飯事だからね。バラゴンの進化論を引用して、延々説教されたよ」
笹原「バラゴン?」
バラゴンとは、東宝の特撮怪獣映画「フランケンシュタイン対地底怪獣バラゴン」に登場する怪獣だ。
この怪獣の着ぐるみは、その後テレビ特撮番組「ウルトラQ」のパゴスに改造された。
さらに後番組「ウルトラマン」のネロンガ、マグラ、ガボラと改造され続け、さらにアトラクション用のネロンガに改造された後に東宝に返却された。
そしてオールスター怪獣映画「怪獣総進撃」で再びバラゴンに戻された。
笹原「えらくマニアックな説教ですね」
田中「とは言っても、本人は本来なら作る気満々なのに、敢えて苦渋の選択をした訳だから、こちらも文句は言えんさ」
笹原「国松さん、普通のコスの方も作ってたんですか?」
田中「最初は普通のコスも一緒に作ってたんだ。もっとも着ぐるみが予想以上に手間だったんで、今は殆ど着ぐるみオンリーだけど」
笹原「もう1着のアルの方は、もう出来たんですか?」
田中「俺の部屋にあるよ。基本的な設計と本体制作は国松さんが済ませたから、後は俺が外側の装飾をやるだけさ」

笹原「田中さんが仕上げるんですか?」
田中「ああ、外側はプラ板だから、等身大のアクションフィギュアみたいなもんだ。ほんとはそっちも彼女が最後までやりたかったんだけど、予想以上にベムが手間だったからな」
その時、日垣が声を上げた。
「田中先輩、出来ました!」
田中「お疲れさん。これで着ぐるみ系以外はほぼ揃ったな。」
日垣「国松さんの方、様子見てきます」
部室を出る日垣。
荻上「あの2人も、熱心さでは同人誌組に負けてないわね」
そんな様子を見ていた荻上会長、次期会長問題について少し考えた。
『国松さんも思ったよりしっかりしてるし、あの子と日垣君をそれぞれ女子と男子のリーダーにして、2人会長体制ってのも有りかも知れないわね』

その夜、荻上会長宅に笹原が訪れた。
メンヘル気味のB先生は今日は何故か機嫌が良く、原稿も順調に仕上がっていた。
この調子なら、B先生も世間一般よりは短いが盆休みが満喫出来そうだ。
それで思いがけず時間が出来たので、荻上会長に連絡して会ったのだった。
笹原は改めてA先生からの依頼について詳しく話した。
荻上「それじゃあ笹原さん、純粋に夏コミ楽しむって訳には行かないんですね」
笹原「そりゃ仕方ないさ。こういう仕事だからね」
荻上「まあ私も似たようなもんだから、いいですけどね」
笹原「えっ?」

荻上会長は、「月刊デイアフター」で秋から連載開始する予定の原稿を、絵コンテの段階まで仕上げて編集部からOKをもらっていた。
あとは本格的に仕上げるだけの状態だった。
タイトルは「あきばけん」と付けた。
ちなみに内容は前作「傷つけた人々へ」の主人公(つまり彼女自身)の後日談、つまり「げんしけん」荻上編そのまんまだった。
これは後の話になるが、おかげで荻上会長は第1回の原稿を〆切までにかなりの余裕を持って入稿出来た。
後日時間的に余裕が出来たので、現視研同人誌の原稿も仕上げは手伝ったほどだった。
荻上「まあ私にとっても、今度の夏コミは次の原稿の為の取材も兼ねてる状態です。ネタ探ししながら参加する点では笹原さんと一緒ですよ」
笹原「お互い大変だね」

その夜、笹原は荻上宅に泊まった。
寝る前にふと思い出したことを尋ねた。
笹原「ねえ荻上さん、今日あれから斑目さんって部室に戻って来たの?」
荻上「…そう言えば、戻って来なかったですね」
笹原「斑目さん役に入り過ぎ!大丈夫か、あの人?」

こうして前日までに全てのコスは完成した。
同人誌の原稿も納期に間に合った。
わざと徹底的にありがちなシチュエーションでシンプルにまとめた台場のプロットに基づいて、沢田が凝りに凝った妖しい台詞の応酬のネームを書き上げた。
それを豪田がまた凝りに凝ったコマ割り構成でコンテを描き、巴が剛腕で劇画のごとく筋肉質で汗まみれの裸体(バキの格闘シーンの寝技展開を想像してもらえれば、雰囲気を理解してもらえると思う)を描く。
そしてそれを神田と有吉の、長年鍛え抜いた職人芸で仕上げる。
仕上げは荻上会長や他のみんなも手伝ったので、ページによって多少仕上がりのタッチにバラつきがあるのが難点だが、逆にそれがいかにも同人誌という趣を醸し出した。

同人誌に掲載するSSも〆切に間に合った。
沢田の書いた話は、男体化した長門とキョンという変則ヤオイ話だ。
長門の上司(と言うのか?)の情報統合思念体が何故かヤオイに興味を持ち、具体的なデータが欲しいからと長門に指示した為という、少し不思議系のSFとして仕上がっていた。
一方伊藤の書いたのは同人誌の定番、人格入れ替わりものだった。
長門が情報統合思念体の命令で宇宙に一時帰還し、その隙に世界のバランスが崩壊。
その影響でキョンとハルヒ、みくると古泉の人格が入れ替わる。
肉体がキョンと化したハルヒは、いい機会だからとヤオイを体験してみようと、肉体が古泉と化したみくるに迫る。
必死で止めようとする肉体がハルヒと化したキョンに対し、それなら我々も百合をやってみようと、肉体がみくると化した古泉が迫る。
そして各々がいよいよことに及ぼうとしたその時、地球に戻った長門が世界のバランスを修正、全員人格が元に戻る。
必死で逃れようとするキョンとみくるに対し、「これはこれでなかなか」とそのまま続行しようと迫る古泉とハルヒというハチャメチャな図で物語は終わる。

コピー本も仕上がった。
各自の題材だが、豪田は元々王子様や貴族フェチなので、その流れを汲むセレブ系ということで「桜蘭高校ホスト部」にした。
台場はヤオイの基本はやっぱりジャンプ系ということで、「NARUTO」にした。
そして神田は「ガンダムSEED」だった。
あくまでも種ガンダムであり、種死ではない。
さすがのアスラン好きの神田でも、種死ばかりは黒歴史と認識していた。

これで物的な準備は整った。
だが荻上会長には、もうひとつの懸案事項があった。

それは集合時間だ。
斑目が会長をやっていた頃までは、最終電車で都内に出て漫画喫茶で始発を待つというパターンが多かった。
ただこの数年、この風習は廃れつつあった。
女子会員の方が多くなり、男子ほどの強い執着は無い上に、体力的にあまり長時間並ぶのも問題があるということで、次第に始発には拘らなくなっていったからだ。
だが今年の会員たちは違った。
11人中コミフェス参加経験者は、神田(赤ん坊の時から両親に連れて来られている上に、売る方でも小学生から参加)、有吉(高校時代から年齢を偽って18禁男性向け同人誌を出品)、豪田(買う方のみだが小学生から参加)、台場(中学から出品している)の4人だ。
この4人はさほどでもないが、あとの7人のテンションは高かった。
はっきり言って、初参加で完全に舞い上がり、祭状態だった。
彼らは本当は、前日からビッグサイト前で泊り込んで並ぶ、いわゆる密航系のイベントを望んでいた。
だが初心者の彼らは、師父斑目の教えに従って(そしてそれを忠実に守っている荻上会長の指示により)それはするまいと決めていた。
ならばせめて最終電車で都心部に出て、どこかで集まって始発を待って朝一番で出動、そういう形での参加を求めていた。
だが男衆の多かった斑目たちの頃と違い、今は女の子の方が多い。
忘れがちだが彼女たち1年生は、ついこの間まで高校生だった、法的には未成年なのだ。
それを深夜、それも夏休み中の都心部という著しく治安の悪い地域に送り込むことに、荻上会長は難色を示した。
と言うのも、古臭い考え方かも知れないが、彼女は1年生の女の子たちについて「嫁入り前の娘さんを親御さんから預かっている」という意識が強かったからだ。

結局いろいろ議論の末に決まったのは、次のような方法だった。
まず前日までに、コス関係やコピー本などの大荷物を全部、上野の田中宅に運び込む。
そして前日の夜に各自上野まで来て、田中宅に程近いカラオケボックスに集合、ここで始発の時間まで夜を明かすのだ。
何しろ当日の参加者は、前日に来日しているスー&アンジェラと、OBの田中と笹原を含めて19人もいる。
この人数では漫画喫茶やファミレスでは手狭だ。
カラオケボックスなら、ふた部屋取れば何とか全員納まる。
あとは始発の少し前に男子会員たちと田中が田中宅の荷物を取りに行き、再び合流してから始発で全員出動という流れだ。
今回異様に多いコスを円滑に運び、なおかつ1年生たちのお祭気分を暴走し過ぎない程度に満喫させる為には、この方法が最良と思えた。
(田中にかける負担が大きいのが難点ではあるが)

そろそろ世間では盆休みに入りかけた8月10日の日の落ちかけた頃、現視研の一行は各自上野へと向かった。
最初に集合場所に来たのは荻上会長だった。
同人誌制作(ちょっと手伝ったが)もコス制作も殆ど1年生たちに任せ、オブザーバーとして見守っていた荻上会長は、気が付くと当日1番フリーに近い立場になった。
それならせめて場所取りぐらいはしておくかと、まだ日が落ちる前に早々に出かけたのだ。
あまり早く場所を取り過ぎるのも場所代がかかり過ぎるが、夏休み中なので早目の時間に取っておくに越したことはない。
狙い通りに大広間が取れた。
店員に指定された部屋に入ってみると、かなり広い。
これなら1室に全員集まっても、十分に余裕はありそうだ。
とりあえず会員たちに連絡する。
集まり出すのが日が落ちてからということを考慮して、数人ずつのグループでこちらに向かうように会員たちに指示してあるので連絡件数自体は少なく、ほんの十数分で終える。
これからは会員たちが集まるまでの間、3日間のスケジュールの最終的な点検と、カタログのチェックに費やす予定だ。

「な~く~した~約束はほ~しに~♪」
隣の部屋のカラオケの音が聞こえてきた。
「ハチクロかあ…」
やや調子っ外れだが、声質や舌っ足らずな感じは似ている。
その後も隣の部屋のカラオケは時折聞こえてきたが、殆どがアニソン系の曲だった。
「まあ今日は、私らとおんなし目的で集まってる人もいるのかもなあ…」

やがて待ち合わせ場所に、会員たちは次第に集合し始めた。
最初に来たのは、部室に残った最後の大荷物を持って一緒にやって来た、田中・クッチー・国松・日垣だった。
でも田中と日垣はまたすぐ出て行く。
大野さんと、彼女のところに泊まっているアンジェラ&スーを迎えに行くのだ。
当初田中1人で行こうとしたが、荻上会長が日垣にも付いていくように指示したのだ。
荻上「もし何かあった時に、女性3人を田中さん1人で守るのはキツイですから」
朽木「あの荻チン、そういう理由なら僕チンが行こうか?」
荻上「朽木先輩じゃ相手の被害が大き過ぎて、逆の意味でヤバイからダメです」

その後は次のような順に集まっていく。
腐女子四天王の豪田・台場・沢田・巴。
(人数が多いし、豪田と巴が並みの男より強いので、女の子だけにも関わらず許可した)
伊藤・有吉コンビ。
都心に遊びに来てて、そのままやって来た恵子。
休み前の仕事を終えて、そのままこちらに来た笹原。
そして浅田・岸野コンビプラス神田という珍しい取り合わせだ。
神田は現視研のとは別口のコピー本をギリギリまで作っていて、今日の夕方までかかったのだ。
神田からその旨を聞いた荻上会長は、岸野と浅田に集合場所まで同行するように指示した。
日が落ちてから女の子1人で行動するのは危険と判断したのだ。
それにコピー本を運ぶ人手を確保する意味もあった。

残るは大野さんと、彼女の部屋に昨日から泊まっているアンジェラ&スー、それに3人を迎えに行った田中と日垣だけだった。
とりあえず一同は恵子が来た頃ぐらいから、自然発生的にアニソンカラオケ大会を始めた。

荻上会長はトイレに立った。
隣の部屋から、先程までの舌っ足らずなアニソンと打って変わって、地獄の底から響くようなハスキーな歌声が聞こえてきた。
「花よ綺麗と~おだてられ~咲いて見せれば~すぐ散らされる~馬鹿な、馬鹿な、馬鹿な女の~怨み~ぶ~し~♪」
梶芽衣子の代表作である映画「女囚701号さそり」の主題歌、「怨み節」である。
最近は映画「キル・ビル」のエンディングにも使われたので、若い人にも聞き覚えがある人は多いかも知れない。
実は荻上会長は「女囚701号さそり」を見たことがあった。
中学での例の一件の後の自殺未遂騒動の後、彼女は怪我が癒えてからも学校を休み、自室に引きこもっていた時期があった。
その頃彼女は、1日中テレビを見ていることが多かった。
実家はケーブルテレビの契約をしていたので、昔のアニメやドラマや映画をたくさん見た。
その中のひとつに「女囚701号さそり」があったのだ。
エロとバイオレンス満載の女囚映画は、ある意味単なるポルノ映画以上に男性専用のジャンルだ。
だが冒頭の東映マークと同時に流れた「君が代」に気を取られ(戦争映画か何かだと思って、そのまま見てた)、気が付いたら最後まで見てしまったのだ。
(ちなみに冒頭のシーンは、刑務所の所長が上から表彰されたことを朝礼で報告するに当たって、劇中で本当に吹奏楽団が演奏していた)
決して女子中学生にとって面白い内容では無いが、映像や音楽や台詞のひとつひとつが妙に記憶に残り、ある意味トラウマのようになっていた。
「でも確かあの映画って、30年ぐらい前の作品だよな。今時誰があんな歌歌ってるんだ?」
チラリとドアの窓から部屋の中を見る。

歌っていたのは、スラリとした長身の長い黒髪の女性だった。
長い髪の為に横顔は隠され、顔までは見えなかった。
「さそり」のヒロインの梶芽衣子のように、黒のマキシのスカートに黒いシャツ、そして部屋の中なのに黒いアコーハット(極端につばの広い帽子)を被っているという、明らかに「さそり」を意識した服装だ。
若いオタクにとっては、赤屍蔵人が下半身ロングスカートにして女装したような感じ、と言えば想像しやすいかも知れない。
とても先程までアニソン歌ってた女の子(今歌ってる女性と同年代とは思えなかった)の連れとは思えなかった。
「まあ多分、もうお客さん入れ替わってるんだろうな。私が来てからだいぶん時間経ってるし」
一方現視研の大部屋からは、隣の部屋の「怨み節」と正反対の、国松の「ウルトラマンメビウス」のこれ以上ないポジティブな歌声が響いていた。
「悲しみなんか無い世界、夢をあき~ら~めたくない、ど~んな涙も~必ずか~わく~♪」
そのコントラストが何となくおかしくて、笑みを浮かべつつ荻上会長はトイレに向かった。

「き~みのってっで~、き~りさっいって~♪」
トイレから戻り現視研の大部屋に戻る直前、今度は隣の部屋から「ハガレン」の主題歌が聞こえてきた。
先ほどまでの舌っ足らずな女性の声とも、地の底から響くような女性の声とも、また違う女性の声だ。
上手いが、思い切りこぶしが効いている。
「何か演歌みてえな『メリッサ』だなあ」
再び隣の部屋をのぞいてしまう荻上会長。
思わずこけそうになった。
歌っていたのは藪崎さんだった。

「あら荻上さん」
不意に、本当に不意に背後から声がかかった。
「ひへっ?」
驚いて振り返ると、そこには漫研の加藤さんが立っていた。
先程「怨み節」を歌っていた女性と同じ服装だ。
映画のラスト間際、自分を罠にはめた刑事に復讐しに行く時の梶芽衣子に似た格好だ。
それが印象に残り過ぎて、トラウマと化している荻上会長は戦慄した。
荻上「こっ、こんばんわ…加藤さん、なしてここに?」
加藤「こんばんわ。あなた方と同じよ。ここで始発まで夜明かし。そちらもかなり賑やかにやってるようね」
ちょうどその時、現視研の大部屋では「クックロビン音頭」をクッチーが熱唱し、みんなも手拍子しつつ一緒に歌っていた。
荻上「(赤面し)朝まで体力温存しとけって言ったんすけど、みんなはしゃいじゃって…」
加藤「年に2回のお祭りなんだから、しょうがないわよ。ちょっとうちの部屋に寄ってかない?」
荻上「えっ、いいんすか?だって漫研の人…」
表面上現視研と漫研は和解したものの、漫研女子の中に荻上会長を快く思ってない者も少なからず居た。
荻上会長が憂慮したのは、「やぶへび」の3人以外の漫研のメンバーの反応だった。
加藤「大丈夫よ。今日集まってるのは『やぶへび』の3人だけよ」
荻上「『つー事は、やっぱりさっきの怨み節が加藤さんで、舌っ足らずな方はニャー子(仮名)さん?』今年漫研って、もちろん夏コミにもサークル参加しますよね?加藤さんたちは?」
加藤「今年は『やぶへび』の方1本でやるわ。藪に漫研の原稿描かせたら、また誰も描かない。今の漫研の悪循環断つ為には、藪を別口で参加させて、残りの面子で本作らせるのが1番の荒療治だと判断したのよ」
荻上「それってもしかして…」
加藤「あなたが責任を感じることは無いわ。むしろきっかけを作ってくれて感謝したいぐらいよ。いずれこういう形で、私たちは漫研内独立部隊として動く積りだったから」

荻上「独立部隊?」
加藤「腐女子として賛同できる相手ならば、現視研はもちろんあらゆるオタクと公正に交流し活動する。そういう漫研内治外法権的サークルなのよ、『やぶへび』は」
荻上「まるで公安9課ですね」
そう言う荻上会長は、現視研が文化サークルの第2小隊と呼ばれてることを知らなかった。

その後荻上会長は、加藤さんにやぶへび部屋へと連れ込まれ、「いなかっぺ大将」「紅三四郎」などド演歌系のアニソンを数曲、藪崎さんとデュオで熱唱する破目になった。
どんな歌でも演歌調で歌う藪崎さんと、何故か演歌だと抜群の歌唱力を発揮する荻上会長のデュオということで、自然にそういう選曲になったのだ。
荻上「ヤブんとこも1日目だっけ、同人誌売るの?」
藪崎「せや、今回は『ハガレン』で行くで」
荻上「前『ハチクロ』って言ってなかった?」
藪崎「こないだ『ハガレン』見直しとったら、ヒューズもええメガネやて気付いてなあ、ギリギリで変えたんや」
荻上「ヒューズさんって、愛妻家で親バカで世話好きで男気あって、あんましヤブの好みとは違うと思ってたけど」
藪崎「いいや、ヒューズはことマスタングに対してだけは、とことん尽くすメガネや」
荻上「そう言われてみれば、そうかも知れないけど…」
藪崎「彼の言動は一見攻め的やけど、攻撃こそ最大の防御ちゅう言葉もある。ヒューズはオフェンシブなタイプの受けや。私はそこに惚れてロイ×マーズ本にしたんや」

荻上「『ハガレン』と言えば、うち2日目に『ハガレン』のコスやるんだけど」
藪崎「ほんまかいな?オギーもやるの?」
荻上「エドやる」
藪崎「まあその背丈やったらちょうどええなあ(笑)」
荻上「誰が顕微鏡でないと見えないミジンコドチビか~~~!!!」
ニャー子「やる気満々ですニャ~」
荻上「(赤面)おっ、大野さんに頼み込まれたから、仕方なくやるだけです…」

藪崎「それよりロイとマーズは居るんか?」
荻上「マスタング大佐が笹原さんで、ヒューズ中佐が斑目さん」
藪崎「斑目っちゅうたら、前に言うてたオギーが今の彼氏とカップリングしてもた先輩かいな。マーズやるんやったら、やっぱ総受けのええメガネやろな」
藪崎さんは斑目と面識が無かった。
1年生の時は、漫研女子と現視研が最悪の関係にあったので、殆ど接点が無かった。
2年生以降は、斑目が卒業したのでこれまた接点が無かった。
ちなみに藪崎さんは笹斑の1件について荻上会長から聞いていたが、さすがに絵の現物は見せてもらってなかった。
最大出力で赤面する荻上会長。
加藤「まあまあ。身近な男性でカップリングして、その1人と添い遂げるなんて、腐女子の本懐じゃない。荻上さん、もっと胸張りなさい」
荻上「そっ、そっすか?(藪崎さんに)エッヘン」
藪崎「勝ったと思うな!」
ニャー子「見事にオチましたニャー」

大野さんたちバイリンガルトリオと、迎えに行ってた田中と日垣が到着したのは、宴もたけなわ、沢田&豪田&神田という異色トリオが、ちょうど「ハレ晴レユカイ」(しかも振り付け有りで、意外と上手い)を歌い終わりかけた時だった。
(しかも曲の終盤では、左右を浅田と岸野のぎこちない踊りのフォロー付き)
一瞬一同に緊張が走る。
各自外人さんの新入会員を迎撃、もとい歓迎すべく英会話の勉強をしていたものの、皆あまり自信は無いからだ。
笑顔を浮かべるアンジェラの背中におぶさって、スーは眠っていた。
ソファの空いたスペースに、アンジェラはスーを座らせた。

浅田「うわーすげー巨乳」
岸野「しかも美人だし」
有吉「ちっこい方の子も可愛い…」
豪田「本当、お人形さんみたい」
沢田「凄い髪長い…」
国松「何かいろいろ着替えさせたくなりますね」
大野「じゃあみんな改めて紹介します。今ちょっと疲れて眠っている子がスザンナ・ホプキンス。スーとかスージーとか呼んで下さい。で、おぶって来た子がアンジェラ・バートンです」
アンジェラ「ハーイ、どもみなさん初めまして、わたしアンジェラあるよ。どぞよろしくあるね」
呆然とする一同。
笹原「日本語喋れるようになったの?」
アンジェラ「去年の冬コミの後ぐらいから、猛特訓したあるね」
恵子「何で中国人みたいな喋り方なの?」
アンジェラ「あれっ?わたしの喋り方変あるか?おかしいあるな」
笹原「誰に習ったの?」
アンジェラ「わたしの友だちの日系人に習ったあるよ。その友だちこう言ったあるね。日本語語尾難しいから、慣れるまではとりあえず『ある』付けとけば大丈夫あると…」
大野さんを見る一同。
大野「いやーどーも彼女、中国系の人に一杯食わされたみたいですね」
アンジェラ「まあいいあるよ。意味通じれば問題無いあるね。今日のお客さん、ちょっとやりにくいある」
浅田「何でゼンジー北京なんて知ってる?」
アンジェラは次々と新1年生たちの間を回り、挨拶と共に握手する。
照れる男子会員たち。
一方女子会員たちの反応は様々だ。
小柄で童顔な国松と沢田は、ハグのおまけ付きの挨拶で赤面する。
普通に握手した台場と神田は、にこやかに「ナイストゥーミートゥー」などと返す。

豪田は握手と共に何故か食い入るようにアンジェラに見つめられ、赤面してしまう。
それと対照的に、巴は闘志のこもった目でアンジェラを見つめ、アンジェラも先程までと微妙にニュアンスの違う笑顔を浮かべていた。
アンジェラが大野さんたちの方に戻ると巴が豪田に囁く。
巴「どうしたの?」
豪田「いや何か、凄く妖しい目で見られて、変な気持ちになっちゃった。マリアも何か変だったけど、何かあったの?」
巴「あの子、凄い握力だったのよ。私の7割ぐらいの力の入れ方で、ちょうど釣り合うぐらいだった」
豪田「あんたの7割って言えば…」
巴「普通の人間なら手が痛くなる程度の力はあるわ。それをあの子、笑顔で受けた。ただもんじゃないわね」
その時、眠っているスーが囁く。
スー「ぱとらっしゅ、僕疲レチャッタヨ」
一同「?」
スー「デモ僕幸セナンダ、ダッテるーぺんすノ絵ガ…」
大野「Sue(スー)~~~~~!!!!!!それは死亡フラグ!!」
笹原「何かまた腕上げたんじゃない」
有吉「何すか、腕って?」
アンジェラ「スーはアニメや漫画の台詞の物真似が得意技あるよ」
一同「おー(感嘆)」
目を覚まし、椅子から降りて立つスー。
台場「スーちゃんが…立った!」
神田「わーい、スーが立った~!」
伊藤「クララじゃないんだからニャー」
目を覚ましたスーに、アンジェラが状況を説明する。
周りを見渡したスー、ひと息置いて口を開いた。
「やまとノ諸君、久シブリダナ」
一同「お~!」
朽木「なかなか渋い挨拶ですな」

巴「ねえねえ、他にも何か出来る?そうだ、ローゼンメイデンなんて知ってるかしら?」
豪田「うわーローゼンだったらハマリ過ぎ!」
しばし沈黙した後、スーは口の端を歪めて低い声で喋り始めた。
スー「エエ、今ヤ日本ノ漫画ヤあにめハ、世界ニ誇ルベキ文化デアリマシテ…」
一同「そっちかい!」
浅田「つーか、何でそっちのローゼン知ってるの?」
その後もスーは、そんな調子でいろいろ物真似のネタを披露した。

そんな中、やぶへび3人娘に捕まってた荻上会長が帰ってきた。
荻上「あっ大野さん、いつ来られたんです?」
大野「今さっきですよ」
アンジェラがダッシュで迫る。
アンジェラ「ハーイ千佳、あっ今は会長と呼ぶべきあるね。お久しぶりあるよ」
荻ハグするアンジェラ。
荻上「(赤面して)日本語、喋れるようになったんですね」
その様子を見ていたクッチーが、豪田をけしかけた。
朽木「クリチン(クッチー限定の豪田の愛称。由来は豪田のペンネームのクリスチーヌ豪田)荻ハグですぞ」
豪田「さすが外人さんですね。私もああいう風に自然に荻様ハグしたいなあ」
朽木「そうじゃなくてクリチン、ここは先輩の威厳をビシッと見せて、荻ハグの見本を見せるにょー」
巴「(ニヤリと笑い)それいいかもね、日米荻ハグ合戦」

豪田「荻様お帰りなさ~い!」
荻ハグしようと迫る豪田。
アンジェラ「私ももう1回ハグするあるよ~!」
アンジェラの割り込みと荻上会長のフットワークにより、豪田とアンジェラは互いに誤爆ハグする。

しかしアンジェラはまるで気にせず、より力を込めて豪田を抱きしめる。
豪田「ぎえええええ!」
アンジェラ「あなたなかなか可愛いあるね」
アンジェラの目が妖しく光る。
豪田「おっ、大野さん、これは?」
大野「アンジェラって、実はポッチャリ型が好きなんですよ」
豪田「ポッチャリって…私どう見てもデブでしょ?」
大野「アメリカじゃあなたの倍近い人がゴロゴロしてますから、十分アンジェラのストライクゾーンですよ、豪田さん」
アンジェラ「正確には女の子の場合はそうだけど、男の子の場合は細身のメガネ君が好きあるね」
豪田「女の子の場合って…?」
アンジェラ「私男女の違いには、あまり拘らないあるね」
アンジェラの唇が豪田に迫る。
豪田「やめれええええ!」
迫るアンジェラの頭をガッシリと掴んで引っ張る手。
巴だ。
アンジェラ「NO~!」
思わず豪田から離れる。
夏蜜柑をも握り潰す巴の握力で締め上げられては堪らない。
アンジェラ「(ニヤリと笑い)あなたなかなか力持ちあるね」
前屈みになってやや腰を落とし、両手を前に出すアンジェラ。
巴「(ニヤリと笑って)面白い」
アンジェラの意図が分かった巴、彼女の両手を自分の両手で、指を絡ませるように握る。
2人はいわゆる手四つの体勢になった。
2人とも全身に力がみなぎり、汗をかきながらブルブルと震え出す。
固唾を呑んで見守る現視研一同。
およそ1分近く経過したが、2人の手の位置は殆ど変わらない。
互角の勝負だ。

荻上「アンジェラって、あんなに力あったんですか?」
大野「もともとテニスとか水泳とかやってましたけど、半年ぐらい前から護身術兼ねてレスリング習い始めたらしいですよ」
やがて手四つ怪力合戦の2人の震えが止まった。
互いに手を放す。
しばし見つめ合う2人。
2人の目が輝きを増したその時、互いに右手を差し出し、力強く握手した。
荻上「?」
大野「どうやら筋肉で友情が芽生えたみたいですね」
何故か会員一同から、盛大な拍手が送られた。

アンジェラ絡みの騒ぎが一段落すると、スーが荻上会長にトコトコと寄って行く。
そして肩幅ぐらいに足を左右に広げ、腹の前で拳を握った腕を十字に合わせ、それを切るように肘を腰の後方に引きつつ挨拶した。
「押忍(おっす)!センセイ荻上!」
荻上「せんせい?」
スー「押忍!私センセイ荻上に、ヤオイの道の何たるかを学ぶ為に日本に来たであります!」
荻上「その喋り方は?」
スー「押忍!外国人が日本人の先生に習い事する時、頭にセンセイと付けてお呼びし、喋る前に押忍と合いの手を入れる、それが日本で修行する者の作法と習いました!」
荻上「それ誰に習ったの?」
スー「押忍!センセイ梶原原作の空手漫画にそう書かれてたであります!」
笹原「多分、『空手バカ一代』とか『四角いジャングル』とかを読んで参考にしたんだと思うよ」
スー「押忍!センセイ梶原のおっしゃることは全部実話だから、その通りにすれば間違いないと、日夜修行に励んだ成果であります!」

実は梶原一騎先生が漫画の劇中で「これは実話である」と断言していることの半分ぐらいは梶原先生の創作なのだが、敢えて笹原はそのことにはツッコまなかった。
(参考)
「兄ちゃんって、よく分かんないまま話書き始めちゃうんだよ」
梶原一騎先生原作のある格闘技漫画について、先生の実弟の真樹日佐夫氏(空手家で漫画原作者でもある)の証言。

朽木「ところで大野さん、前から疑問に思っていたのですが、スーちゃんって歳いくつなのでありますか?」
大野さんに注目する一同。
実は1年生たちが1番疑問に思っていたことだからだ。
アンジェラの方は大野さんの友だちということで、自分たちより少し年上かもとおおよその想像は出来る。
だがその2人と対等に話しているスーは、どうみても同い年には見えない。
それによく見ると、2人のスーへの対応はお姉さん的でもある。
その為スーの年齢を推測することは困難を極めた。
その場にいる多くの者の総意の代弁という点では、ある意味クッチーのこの質問、彼の生涯で最も空気を読んだ発言かも知れなかった。
大野さんが満面の笑みを浮かべた。
だがその唇の端は微かに痙攣していた。
次の瞬間、テレポートと見紛うばかりの俊敏な動きで、大野さんはクッチーの背後を取る。
そしてこれまた音速に近いスピードで、クッチーの首筋に右腕を絡みつけつつ左手で後頭部を押す。
スリーパー・ホールド、いわゆる裸絞めの体勢だ。
クッチーの頚動脈は、大野さんの前腕部と上腕部で急激に絞め上げられ、瞬時に血流を停止した。

何が起こったのか分からぬまま、クッチーは落ちた。
それでも僅かに背中で大野さんの巨乳の感触を味わったせいか、クッチーの寝顔は安らかだった。
大野さんの無言の笑顔は、まだ続いていた。
冷や汗を流し、凍り付く一同。
この大野さんの一連の動きが、スーの年齢についての話題が禁則事項であると雄弁に語ったからだ。
一同『て言うか、いくつなんだよスー?』

その後もカラオケ大会は続いた。
1人で1曲歌うパターンは徐々に減り、全員で合唱するパターンが続いた。
終盤の頃には、「やぶへび」の3人も乱入しての大騒ぎになった。
夏コミ本番に差し支える為に、荻上会長は飲酒を禁止していた。
だから全員シラフなのだが、それにも関わらず皆ハイになり盛り上がっていた。
そうなると現視研一のお祭り野朗クッチーも復活し、歌うわ踊るわ脱ぐわ大野さんにどつかれるわ1年女子には意外にウケるわの大騒ぎとなった。
いい加減みんなを大人しくさせることをあきらめた荻上会長も、開き直って笹原とデュオで熱唱して、藪崎さんに「勝ったと思うな!」を連発させた。
(でも何故か演歌ばかり)
最後はスーのリクエストで「宇宙戦艦ヤマト」をみんなで歌った。
ヤマトはかつてアメリカでも放送されて人気番組となり、アメリカの古いオタには、ヤマトがきっかけでオタの深みにハマったという人が多数実在する。
それは単にヤマトの良さにハマっただけではない。
ヤマトを巡るパラレルな展開の真相を知るべくわざわざ日本語を勉強して来日し、調査の過程でガンダム等の数々の名作を発見した為でもあった。

夜明け直前、田中と1年男子たちが田中宅に預けた荷物を取りに出かけた。
その帰りを待つ間、荻上会長は部屋の片隅で笹原が眠っていることに気が付いた。
荻上「まあ昼間仕事やってからそのままこっち来たから、疲れが出たのね」
恵子「なかなか可愛い寝顔してるじゃん。姉さん、キスして起こしてやったら?」
荻上「(赤面しつつ)ぎっ、ぎりぎりまで寝かしといたげなさい!」
そう言いつつも、可愛い寝顔というのには同意する荻上会長だった。

田中たちの帰りが出発の合図となり、全員(「やぶへび」の面々を含む)外に出る。
夜が明け始めていた。
荻上「じゃあみんな、出発するわよ」
一同「はいっ!」
スー「地球ニ向カッテ、シュッパーツッ!」
大野「Sue、それは帰りの時の掛け声だってば」
いよいよと気を引き締める荻上会長。
ふと見ると、クッチーが朝日に向かって柏手を打って手を合わせていた。
朽木「今年はいいことがありますように!」
荻上「初日の出じゃないんだから、止めて下さい!」
朽木「何をおっしゃる!これは師父斑目より教わりし、お目当ての同人誌をゲットする為の伝統ある出陣の儀式ですぞ!」
荻上「最近あの人、いい加減なこと教えてねえか?」
1年生たちとアンジェラ&スー、それに大野・田中カップルや笹原兄妹、そして「やぶへび」3人娘までもが、同様に朝日を拝み、それを見て頭を抱える荻上会長。
でも結局「まあいいか」と、会長自らも手を合わせて朝日を拝んだ。
がんばれ荻上会長、本当の戦いはこれからだ。

最終更新:2007年01月12日 04:27