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11人いる!後編 【投稿日 2006/02/19】

・・・いる!シリーズ


荻上さんは改めて目の前のひょろ長い男を見た。
2年前に出会った時は意味不明のウザオタでしかなかった男が、いつの間にか彼なりにいろいろ考えながら自分の人生を歩み始めている。
そんなクッチーを見てて、荻上さんは不意に悟った。
『朽木先輩は、もう1人の私なんだ』

考えてみれば2人は似たもの同士だ。
2人とも他人とのコミュニケーション能力に難があった為に、別のサークルを追われて現視研にやって来た。
たまたまクッチーはでかくてウザい男だった為に厳しく躾けられつつも放置され、自分は見た目も中身も幼かった為に構われ甘やかされただけだ。
対応の違いはあっても、2人とも厄介者だったことには変わりない。
その2人の厄介者が今では、それぞれの人生を模索し始めている。
そんなことを考えている内に結論が出た。
時計の針を巻き戻すことは出来ない。
ならば変化に戸惑っている暇は無い、進むしかないと。
荻上「あの、朽木先輩」
朽木「にょ?」
荻上「ありがとうございました…何か気が楽になりました」
朽木「いやー荻上会長のお役に立てて光栄ですにょー」
「会長、こんなとこにいらしたんですか?」
不意に声がかかる。
声をかけたのは1年生の神田美智子だ。
彼女は高校の時は笹原のような隠れオタだったらしいが、その一方で1人で漫画を描いてコミフェスに出品したりする、荻上さん的な側面も持っていた。
荻上「どうしたの神田さん?」
神田「大野さんがお呼びです。ミーティングやりたいからって」  
荻上「何でまた?」
神田「何か重大な発表があるそうです。ちょうど1年生全員居るからって」
荻上「ったくあの人、何時までも仕切りたがるなあ」
朽木「姑付きの現視研ですな」



サークル棟の入り口まで来ると、1年生の浅田と岸野がパイプ椅子を運んでいた。
2人は同じ高校の写真部出身なせいか、一緒に居ることが多い。
浅田「あっ会長」
岸野「ちわっす」
荻上「どしたの?」
浅田「(1度椅子を置いてメガネを直し)いやー今日大入りなんすよ、部室」
岸野「(1度椅子を置いて、少し乱れたリーゼントの髪を手で直し)何かOBの方、今日はあらかたみなさんいらっしゃるんで椅子足んないんです」
部室の備品の椅子は、以前は9脚しかなかった。
だが新入生の大挙入会で当然足りない。
OBの出入りも多いので、それも考慮して自治会に交渉して新たに8脚もらってきた。
それでも足りないのかと、ため息をつく荻上さん。
浅田「あっ朽木先輩もいらっしゃるんですか…1脚足らないな…」
朽木「僕チンのはいいよ、すぐ引き上げるから」
神田「そうは行きませんよ。私が椅子お持ちしますから先に行ってて下さい」
朽木「すまんね、ミッチー」
いつの間にか愛称で呼ぶようになってるクッチー。

部室の前の廊下に来ると、あちこちで1年生たちとOBたちが話し込んでいた。
廊下の一角では、1年生で初心者オタの日垣と国松千里を相手に、斑目がオタ談義に精を出していた。
日垣「いやー勉強になるなあ、斑目先輩物知りだなあ」
国松「凄いシゲさん!なのじゃよ博士みたい!」
斑目「いやいや、こんくらいは普通知ってるって『なのじゃよ博士って何?』」
そう言いながらも、まんざらでもない斑目。
その姿は孫に囲まれた幸せな好々爺といった風情だ。
身長185センチの大柄な日垣と、身長150センチほどの小柄でロリ顔な国松。
まあ確かに、この2人に尊敬の眼差しを向けられれば、悪い気はしないだろう。
メガネでガリガリで作業着姿で、甲高い声でテンションの高い喋り方をするところから、いつしか斑目は1年生たち(特に女子)の間で「シゲさん」という愛称で呼ばれるようになっていた。


ちなみに「なのじゃよ博士」とは、ウルトラシリーズ第1作「ウルトラQ」の登場人物で、専門が何なのかよく分からない謎の科学者、一の谷博士の愛称である。
喋る時、語尾に「~なのじゃよ」と付けるのでこう呼ばれる。
ちなみにこの愛称は、80年代の懐かしテレビ系の某番組内で言われたのが語源で、普通彼女の年齢では筋金入りの特撮オタでない限り使わない。

隅っこにいた咲ちゃんと恵子が声をかけてきた。
咲「(軽く手を上げ)よっ」
恵子「ちゅーす」
荻上「こんちわ」
朽木「こにょにょちわー」
荻上「今日はどうしたんです?」
咲「いやーこいつが何時までもフラフラしてるから、うちの店で働かせようと思ってね…」
恵子「あたしゃ別にフラフラしてねえよ」
咲「最近学校行ってないだろ?毎日ここに来てるそうじゃない」
恵子「いや前だって行ってないし」
咲「(恵子をどつき)自慢になるか!」
朽木「それはそうと、みなさん何故廊下に?」
咲「あれよ」
咲ちゃんが部室のドアの方を親指で示す。
新1年生の有吉と伊藤がテーブルを運び出していた。
最近はミーティングの際には、全員分椅子を並べると狭いので、テーブルを外に出して椅子を並べるようにしているのだ。
有吉「あっ会長、ちゅーす」
伊藤「こんちにゃー」
顔が猫に似ている伊藤は、動作も猫に似ていて、喋る時も語尾に「にゃー」とつける癖があった。
この2人も同じ高校出身なので一緒に居ることが多い。
もっとも伊藤は文芸部、メガネ君の有吉は漫研だったそうだが。
2人はテーブルを外へ出し終わると、空いてる壁に立てかけた。


そこへ浅田と岸野が椅子を抱えて帰ってきた。
国松「おかえんなさい」
日垣「手伝おうか?」
浅田「いいよ。人数居ても却って狭くなって動けないから」
部室に入る2人。
浅田「ダメだな。テーブル出しても狭いな」
岸野「今日は窓際のテーブルとテレビも行くか」
廊下からも叫び返す。
有吉「よし、先にテレビとビデオとゲーム機出すぞ」
伊藤「ほい来たにゃー」

別の一角では、高坂が腐女子四天王の沢田彩と台場晴海の2人と話しながら、何やらノートパソコンに入力していく。
今度自社で出すBL系ゲームの企画について、2人に意見を聞いているのだ。
ショートカットの文芸少女風の沢田と、優等生風メガネっ子の台場は、話をしながら妖しい視線を高坂に向けている。
それを咲ちゃんは見逃さなかった。
咲「こらこらそこの2人、たとえ妄想の中でも高坂に変なことやらせんなよ!」
沢田「いやですよ、春日部先輩。してませんよ、総受けになんて」
咲「してるじゃねえか!」
台場「ちょっと彩!高坂先輩に失礼でしょ!」
咲「そうそう」
台場「高坂先輩は総攻めの魔王に決まってるじゃない!」
咲「そうじゃねえだろ!」
沢田「そうよそうよ、高坂先輩は受けだって!」
咲「お前も違う!」
そんな3人の会話を笑顔で見つめていた高坂、ポツリと言った。
高坂「咲ちゃんも分かってきたね」
咲「えっ?」
高坂「いや、前だったら『高坂に色目使うな!』とか言ってただろうから」
咲「そう言えば…」


ニヤニヤしながら咲ちゃんを見る沢田と台場。
咲「(視線に気付き)ちっ、違うぞ!あたしゃそんな趣味は無いぞ!」
沢田「隠さなくてもいいですよ、先輩」
台場「さあこちら側の世界へ…」
咲「やめんかっ!」

別の一角では、大野さんが腐女子四天王の残りの2人、水中用モビルスーツのような体格の豪田蛇衣子(ごうだじゃいこ)と肩幅が広くて巨乳の巴マリアを相手に議論している。
ヤオイのカップリングについてらしい。

そんな様子をまた別の片隅で見ているのが、田中と久我山の2人。
男オタ2人は隔世の感に呆然としていた。
久我山「しばらく来ない間に…随分変ったね」
田中「ああ…」     

そんな様子を見つつ、荻上さんは考え込んでいた。
荻上『あちゃー、全員集まったらやっぱ凄い人数だな…いい機会だから「例の計画」発表してみるかな…あれっ?笹原さんがいないな…まあさすがに全員は集まらんか…』
そんな荻上さんの肩がポンと叩かれる。
振り返ると笹原が立っていた。
笹原「やあ、何か凄い人数だね」
荻上「…こんちは」  
2人の後ろから声がかかる。
神田「こんにちは、笹原先輩」
椅子を抱えた神田だ。
笹原「やあ、たいへんだね」
神田「笹原さんも見えたんですか。椅子足りないな」
有吉「俺取って来るわ」
テレビ等窓際のテーブル周辺の機器を運び出し終えた有吉が、自治会室に向かった。



笹荻揃うと笹荻オーラが発生するせいか、それまで話に夢中になっていた面々が一斉に注目する。
「あっこんちわ」「ちゅーす」「ちわーっす」「うっす」「ういーっす」「おはようございます」
様々な挨拶の言葉が飛び交う。
豪田「荻さまー!どこ行ってらしたんですかー!」
言いながら突進し、荻上さんに抱きつく豪田。
ムギュッ!
体重百キロ近い水中用モビルスーツのような体型の腐女子にハグされては、小柄な荻上さんはひとたまりも無く、たちまち目が渦巻きになる。
傍らで笹原は呆然としていた。
話には聞いていたが、荻ハグを目の前で見るのは初めてだったからだ。
巴「ダメよ蛇衣子、独り占めは」
物凄い怪力で豪田の腕を振りほどくと、自分がハグする巴。
豪田ほどの体重は無いが、ソフトボールで鍛えた怪力で大野さん並みの巨乳を顔に押し付けてくるのだから、再び彼岸の彼方寸前まで行く荻上さん。
豪田「ズルいーマリアー。私ももう1回ハグしたいー」
巴「じゃあ2人でサンドイッチでしましょう」
2人の耳に手が伸びてきて引っ張られる。
恵子の手だ。
豪田・巴「痛たたたた…」
恵子「お前らいい加減にしろ!千佳姉さん殺す気か!」
豪田・巴「(平身低頭で)すんません」
恵子「まあ千佳姉さん可愛いからハグしたい気持ちは分かるけど、ほどほどにしろよ。(笹原に)アニキも止めろよ!」
笹原「ごっ、ごめん。荻上さん、大丈夫?」
荻上「(目に渦巻き残しつつ)なっ、何とか…」



窓際のテーブルがどけられた後の床は、跡は残っているものの埃や汚れはなかった。
こんなところにも、1年生たちの掃除が行き届いていることが分かる。
有吉が戻ってきて、ようやく全員分の椅子が揃った。
窓際には椅子が3つ、ドアの方を向いて並べられている。
会長で議長である荻上さんの席と、今回重大発表があるという大野さんの席、そして学生ではないが現役会員という微妙なポジションの恵子の席だ。
あとの椅子は、窓の方を向けて3脚ずつ並べられている。
前半分の列に1年生たちが座り、後半分の列にOBたちが座る。
(クッチーは1年生たちの最後列が1脚余るので、そこに割り込んだ)
窓際の中央の席に、会長の荻上さんが座る。
窓際の左右の席に着いた大野さんと恵子は、椅子をやや横に向けて荻上さんの方を向く。
そして1年生たちとOBたちは、全員荻上さんの方を向いている。
つまり、荻上さんは他全員と向かい合う形になる。
何かのカルチャースクールのような光景だ。
荻上「『まるで授業参観だな』(立ち上がり)それじゃあ、えー第256回、今週の緊急ミーティングを始めます!」
1年生一同「そんなにやってましたっけ?」
OB他一同「そこは流せ!」
まるで何回も練習したみたいに、気味悪いほどピッタリと声が合う。
荻上「ったく、『いいとも』じゃないんだから…えーとそれじゃ先ず、大野さんから何か重大な発表があるとのことなので、お願いします(座る)」
大野「はーい。(立ち上がり、1年生たちに)喜べ、男子!えー実はですね、私がアメリカに居た時の友だちが、9月からこの大学に留学することが決まりました!」
一同「おー!」
浅田「その言い方からすると、女の子ですよね?」
大野「もちろんです!」
斑目「それって、スーとアンジェラなの?」
大野「はいっ!」
1年男子一同「スーとアンジェラ!?」
日垣「(後ろを向き)斑目先輩、知ってるんですか?」
岸野「(後ろを向き)どっ、どんな子なんですか?」



他の1年男子も口々に質問を斑目にぶつける。
斑目「(皆を手で制しながら)ハイハイハイ、静かに!(ニヤリと笑い)聞いて驚け。君たちの大好きなブロンドの巨乳ちゃんと、ロリロリ少女だ!」
1年男子一同「おー!」
その騒ぎの中、荻上さんは軽いショック状態にあった。
決して思ってはならない一言が、一瞬脳裏をかすめた。
『まだ増えるのかよ…』
だが先程クッチーといろいろ話した効果か、立ち直りは早かった。
荻上「(立ち上がって手を叩き)ハイハイハイ、静かに静かに!」
一瞬で静まる一同。
荻上「大野さん、続けて下さい(座る)」
大野「えーとえーと、どこまで言ったっけ?」
荻上「スーとアンジェラが留学してくるってとこまでです」
大野「そうそう。ちょっと待ってね」
自分の鞄の中をゴソゴソする大野さん。
何やらパソコンからプリントアウトしたらしい紙の束を出す。
数枚のプリントをホチキスで束ねたものらしい。
大野「(荻上さんと恵子、それに前列の席の1年生たちに渡しながら)ちょっと全員分は無いかもしれないから、無い人は隣の人のを見て下さい」
笹原「(プリントを見て)これは…?」
プリントの束の1枚目には、アニメ風のイラストに大きな文字で「GENKEN」のロゴが入っていた。
咲「ゲン…ケン?」
各々パラパラとめくってみる。
中は漫画やアニメのイラストと英文が溢れている。
大野「(1年生に)スーとアンジェラは、去年の夏コミに来てたんですけど、その時にうちのサークルのこと気に入って、向こうでも同じようなサークル作ったそうなんです」
神田「じゃあこれは、その会報か何かで?」
大野「そう、ネットで送ってもらった、原稿の一部です」
荻上「じゃあこの『GENKEN』って?」
大野「スーたちのサークルの名前ですけど、会報名も兼ねてるみたい」


荻上「ちゃんと通訳して下さい!SHIが抜けてるじゃねっすか!」
大野「ハハハ…ごめんなさい」
斑目「うちはハルマゲドンはやってないんだけどな…」
大野「とにかく!向こうでうちみたいなサークルやってて、その会員の内の何人かも留学を希望していて、ひょっとしたらあの2人以外にも何人か留学してくる可能性があります」
再び軽いショック状態に陥る荻上さんだったが、一方でこれで「あの計画」を発表するきっかけは出来たと秘かに意気込む。
朽木「ほほー、いよいよ我が現視研も国際化の時代ですかにょー」
高坂「凄いね」
久我山「やはり時代は変ったね」
田中「ああ…」
豪田「と言うことは、男の子も増える可能性ありますよね」
大野「そうですね。まだ未定だから何とも言えないけど」
ワイワイと盛り上がる部室内。
荻上「みんな!ちょっと聞いて!(OBたちに)先輩方も聞いて下さい!」
シンとなる一同。
荻上「この場を借りて、提案したいことがあります」
恵子「何なの、改まって?」
荻上「みなさん見ての通り、今の部室はたいへん手狭です。(一息置いて)そこで、部室を移転しようと思うのです」
一同「えっ?」
再びざわつく部室内。
咲「で、どこに移転する気なの?」
大野「そうですよ。サークル棟は年中満室で、代わりの部室なんて無いですよ」
荻上「屋上に…プレハブを建てようと思うんです」
一同「プレハブ?」
荻上「私が見た限り、サークル棟周辺で空いてるスペースは、そこだけです」
笹原「なるほど、あそこなら邪魔にはならないね」
田中「プラモ作りにもピッタリだな」
台場「でもあそこ、毎日人が出入りするには危なくないですか?柵も無いし」
荻上「周囲は鉄柵か金網を張ろうと思います」



恵子「張ろうと思いますって、予算はどうすんのよ?」
荻上「…春夏秋冬賞の賞金を使います」
一同「おー!」
沢田「百万ならプレハブぐらいは余裕ですね」
巴「でも鉄柵や金網まで入れるとどうかしら?」
荻上「そこでOBの方々には、もし私の分だけで足りない場合の経済的援助をお願いしたいのです」
頭を深々と下げる荻上さん。
咲「荻上、成長したな」
荻上「えっ?」
咲「前のお前だったら、自分の金だけで何とかしようとして煮詰まってたと思う。だけど今のお前は、自分で頑張る分と人にお願いする分とをちゃんとわきまえてる」
大野「ほんと大人になったわね、荻上さん」
荻上「(赤面)よっ、よして下さい」
高坂「よし、そういうことなら僕も少し出すよ」
斑目「俺は金ねえから、代わりに社長に話してみるよ。社長なら土建屋に顔利くだろうから、安いとこ紹介してもらえるかもしれんし」
笹原「『初任給まだもらってないんだよな』おっ、俺も…」
恵子「アニキはいいよ」
笹原「なっ、何で?」
恵子「千佳姉さんが賞獲った漫画って、アニキが描けって勧めたんだろ?だったらアニキとの合作みたいなもんじゃん。アニキは愛情だけでいいってさ。ねー千佳姉さん」
荻上「(赤面)なっ、何を…」
笹原「(赤面)ばっ、馬鹿!」



「そういうことなら、僕も力を貸そう」
OBたちプラス大野さんには聞き覚えがあるけど忘れかけていた、クッチーより下の世代には聞き覚えの無い、間の抜けた声がドアの方から聞こえた。
いつの間にか開いていたドアの前には、小柄で撫で肩で、メガネをかけた犬のような顔の男が立っていた。
OB一同・大野「初代会長!」
初代「や、久しぶり」
呆然とする1年生たち、クッチー、恵子、そして荻上さん。
荻上『この人が噂に聞いていた初代会長か』
有吉「初代ってことは…OBの方?」
伊藤「そうだにゃ」
日垣「でも確か、斑目先輩って2代目の会長だって言ってなかったっけ?」
国松「それにしては、もっと年上のような気が…」
そんな1年生たちを咲が制する。
咲「(冷や汗)その問題に触れるな」

そんな会話の間に、初代会長は何時の間にか荻上さんの前にいた。
初代「今の会長の荻上さんだね?」
荻上「はっはい。はじめまして、荻上です」
初代「はじめまして。さっそくだけどさっきの計画、OB会の方で資金を提供するよ」
ポケットをゴソゴソする初代会長。
やがてポケットから銀行の通帳と実印らしきいかつい印鑑を取り出した。
名義は「現代視覚文化研究会 OB会」となっていた。
斑目「OB会?」
笹原「そんなもん、あったんですか?」
初代「まあ一応ね。こんな時に備えて蓄えておいたんだ。(通帳と印鑑を差し出し)さあ荻上さん、これを使ってくれたまえ」
荻上「(通帳を開き)こっ、こんなに?」
初代「それだけあれば部室と鉄柵作っても余るでしょ?お金の問題をクリアした上で鉄柵なり金網なりまでこちらで作ると言えば、自治会も説得しやすいと思うよ」



荻上「でもほんとうにいいんですか?こんな大金…」
それを手で制する初代会長。
初代「現視研を頼むよ、荻上会長。僕はいつでも君たちを見ているから」
荻上「はいっ!」
純粋に感動する荻上さんや1年生たち。
だがOBたちは、言葉通りの意味に解釈して戦慄する。
特に咲ちゃんは「やはりあるのか?」と監視カメラを探してキョロキョロする。
荻上「みんな!お礼言うよ!(最敬礼で)ありがとうございました!」
一同「(最敬礼で)ありがとうございました!」
そして一同が顔を上げたその時、再び声を合わせて叫んだ。
一同「いないし!」

その後、新しい部室は夏を待たずに完成した。
自治会との交渉の際、荻上さんは屋上に現視研の部室を作る交換条件として、屋上に柵を作ることを提案したのが効いたのだ。
自治会でも前々から屋上に柵が無いことを気にしていたのだが、予算が無い為に放置していたのだ。
その為、まさに渡りに船とばかりに荻上さんの提案はすぐに承認された。

新しい部室は快適だった。
従来の部室の3倍近い面積になり、テーブルを2つ並べても全員が余裕で座れた。
エアコン付きの上、水道まで付いていた。
屋上の周囲は、高い金網で囲まれているので見晴らしは悪くなったが、安全性は高まった。
さらに部室の備品も、OBたちからの寄贈によって充実した。
ビデオ、ゲーム、漫画、同人誌、DVD、プラモデル、フィギュア、ポスター、そしてコスの在庫は、ちょっとしたアキバ系ショップ並みの品揃えとなり、展示スペースも広くなった。
難点と言えば、トイレに行くには下に降りなければならないことと、荷物を運ぶ時がたいへんなこと、それに何よりも部室に来ること自体にけっこう脚力がいることだ。
(サークル棟は4階建てだから、屋上は実質5階。エレベーター無しではチトきつい)
それでも部室そのものの快適な条件ゆえに、会員たちには好評だった。
いやサークル自治会内でも好評で、他のサークルからの来客も増えた。




かつての部室は、荷物を運び出された後でドアに板を打ち付けて、完全に封印された。
次の使用サークルが決まるまで、それは解かれることはない。
昔、椎応大学でも学生運動が盛んだった頃、大学側にロックアウトを宣告されたサークルが部室で篭城するという騒ぎがあった。
まあ今ではそんな心配はないだろうが、部室の不正使用を避ける為、この習慣はその頃から今日まで続いていた。
部室の封印が終わった後、荻上さんは旧部室のドアの前に「移転のお知らせ」の張り紙をした。その下には小さくこう書かれていた。
「オタ空間よいとこ1度はおいで」

こうして荻上新会長の初の大仕事は無事に終わった。
だがこの後にも夏コミに学祭、そしてスー&アンジェラ来襲とイベントは尽きない。
がんばれ荻上会長、オタクたちの自由と平和の為に。