ヒグラシの啼く頃に 【投稿日 2006/10/21】
昔から一緒にいた私達だから、きっと分かり合えていると思っていた。
暑い夏が過ぎ、この地方の冷え込みは早く。
すでに長袖に変わった私達の制服は、その象徴でもあった。
「なぁ、中島ぁ。」
「ん?」
授業の合間に私のグループの一人であるおさげの少女は、
私に数枚のルーズリーフを渡してきた。
「これ、さ、荻上に挿絵頼もうかと思ってるんだけどぉ。」
「ふーん・・・?」
渡されたルーズリーフに興味もない私は、気のない返事をする。
この子の書く文章の稚拙さは分かっている。
いまさら読むまでもないのだ。
「・・・ほんだら、荻上にも見してみるよ。」
そういって、渡された紙束を机に押し込む。
「・・・そっか。よろしくお願いなぁ。」
その子はそろそろと自分の席に戻っていく。
放課後。
私はその紙束を燃え盛る焼却炉に放り込む。
あの子は気が小さいから、たぶん、こちらから何もいわない限り何もいわないだろう。
・・・荻上はこんなもののために絵を描く必要はないのだ。
私は、あの子をもっと大切にしたい。
「・・・あ、あのさ、中島?」
一週間も過ぎたころ、件のあの子がやってきた。
「ん?」
「わ、わたしてくれた?」
「・・・ああ。」
「なんだって?」
「今他の描いてるから忙しいって。」
「え、そうなんだぁ。じゃあ・・・。」
「でも、後で描くかも知れないから、借りておくって。」
「そ、そうかぁ。わ、わかったぁ。」
このいいわけも考えておいた。
「・・・なぁ、中島?」
「ん?」
荻上がやってきた。
「なんか、頑張ってねぇ、言われたんけど、何か分かるかぁ?」
「・・・ああ、まぁ、特に考えなくていいんでねぇか?」
ははっ、と私は笑うと、前に座った荻上の肩に手をかけ、そっと抱きつく。
「なんだぁ、どうしたべさ、中島。」
「まぁ、いいでない。ちょっとこのままでさ・・・。」
私とこの子は分かり合ってる。
この子はきっと知らないモノがたくさんあるから。
私はこの子を守らねばならない。
しかし、三年になっての初夏。
彼女は、男と・・・付き合いだしたのだ。
私は思った。
これは、いけない。
私はどうするべきか考えた。
あの男は荻上と何も分かり合っちゃいない。
荻上の真の姿を見せればいい。
あとは行動に移すだけだった。
・・・私のしたことは間違いだっただろうか。
いや、きっと間違いではないはずだ。
しかし荻上は教室で追い詰められることとなり・・・。
自殺未遂までするに至る。
私は・・・。
「んー、ナルホドっ。あなたは、何もしてはいないとぉ・・・。んーふっふっふっ。」
東京から来たという刑事が、この事件に興味を持ったらしい。
周りの情報を集めていることは私も耳にも入っていた。
数日前から付きまとっていたこの刑事が、なにを考えているのかは分からない。
「しかしですねぇ、中島さん?」
「はい?」
「あの本が出回る可能性があるのはあなたの所だけなんですよ。」
「なぜそういい切れるんですか?」
自信たっぷりのその口調が鼻につく。私も方便を抑えて返す。
「あの本の原稿が回収されたのは巻田君の家に投函されるつい3日前。
これは荻上千佳さんの証言からも確かです・・・。」
「はぁ。」
この刑事・・・なにを掴んだ?
「この原稿、他の部員さんは一応知ってはいたそうですが・・・。
肝心の中身自体は知らないと口をそろえていました。
荻上さんはあなたに渡した。他の部員は知らない。
ならだれがあの本を作れるというのでしょうか?」
「だから前もお話したでしょう?
一回ためしに製本したあと、私の手元からなくなったって・・・。」
「そこです。」
「はい?」
「発見された原稿、いつ製本されました?」
「そりゃ、もらってすぐ・・・。」
「んー、ん、ん、ん、おかしいですねぇ。」
「なにがですか?」
「この近所でコピーを扱ってる場所は無い。
あなたの家にはPCはあれどもスキャナは無い。
となると、学校のコピー機しかありえません。」
「・・・。」
「しかも、その原稿が渡された日は学校のコピー機は修理中でした・・・。
となるとまず、その日には出来ませぇん。その上ですねぇ・・・。
あなたがコピーをしている姿を、見ている方がいたんですよ。」
「え?」
「んー、ふっふっふっ・・・。しかも、その投函された当日にね。」
「あー・・・。間違えました。そうです、その日に・・・。」
「・・・なるほどぉ。」
「だから・・・その日のうちに盗まれて・・・。」
「そこがおかしいっ!」
「え?」
「あなたがコピー機前で見かけられているのは夕方三時。
投函され、発見されているのがなんと夕方五時なんですよ?
明らかに早すぎます。これはどう考えても・・・。」
「しかし、そうとも限らない。」
「そうですねぇ。
しかし、この状況だと、仮にあなたではないとすると、行きずりの犯行ということになる。」
「そうなんじゃないんですか?」
「・・・となるとおかしいんですよねぇ。」
そういいながら、あごに手を当てる刑事。
「え・・・?」
「指紋ですよ。指紋、あなたと・・・巻田君のご家族のしか付いてないんです。」
「!!」
「行きずりの悪戯をしようとする中学生が、わざわざ指紋を気にするとお思いですか?
それは無いですよねぇ、どう考えてもおかしい!
やはり、どう考えてもあなたが犯人でないとおかしいんですっ!
・・・お認めなられてはいかがですか・・・?んーふっふっふっふっ・・・。」
ここまでいい捲くし立てられ、私は何も言えなくなった。
・・・そういうことか。
この人は全てを知った上でここに来て、私を論破するつもりだったのだ。
「そうですね・・・。」
「やったことは悪戯です。しかし・・・やりすぎです。」
眉を顰め、指を額に当てる刑事。
たぶん、この人は勘違いしてる。
「やった事を認め、反省するのがいいと思いますが・・・。」
この人は、私がここまで言われれば自供すると思っている。
私を、ただの中学生だと思っている。
反省をすると思っている。
人気が無いところを選んだのは、私への配慮だろう。
しかし・・・それが仇になる・・・。
「刑事さん?」
私は、懐に隠していたナイフを取り出し・・・。
「ん?・・・ちょっとお待ちなさい・・・。」
「私ね、自分のやったことに反省なんかしてないんですよ?」
「なにを・・・。」
「荻上はね、あんなのと付き合ってちゃいけなかったんですよ。」
「・・・待ちなさい。」
じわりじわりと刑事との間合いを詰める私。
一歩進むと、刑事は一歩下がる。
「だから、あなたは死ななきゃ。これはばれちゃいけないんですよ。」
刑事の顔が歪む。私は・・・満面の笑みを浮かべて・・・。
「男だから、苦しまずに逝かせてあげますね。」
ザシュッ。
「ねえ、聞いた、中島ぁ。」
藤本が私に話しかけてくる。
「東京から来てた刑事さん、行方不明だってさぁ。」
「へぇ・・・。」
「何か掴んだ風だったんだけども。」
「まぁ、忙しいから帰っちゃったんじゃねぇの?」
「でも、東京の他の刑事さんとかやってきてたよ?」
「まぁ、私達には関係ないべさ。」
「そうなんかな・・・。」
相変わらず、荻上は自分の席で音楽を聞き続けてる。
自殺未遂した時の怪我も癒えてきているようだ。
外には夏の終わりを告げるセミの声が聞こえている。
まるで、季節よ早く変われと急かすように。
最終更新:2006年10月27日 05:08