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先刻現視研ZZ-1 【投稿日 2006/08/22】

先刻現視研ZZ


【2006年2月某日/現視研部室】
昼下がり。
部室の「会長席」に大野が一人で座っている。
彼女は先日、咲と2人で撮影した卒業記念のコスプレ写真を整理していた。厳選された写真のセットを咲に渡すためである。
机の上には、あられもない姿の咲が、インデックスプリントされて広げられている。
大野は時折、インデックスの1枚を手に取って眺めては、「うふふ」と満足そうな微笑みを浮かべた。

作業を始めてからしばらく経ち、大野は、「ふう…」と一息ついて、窓から階下の広場を見た。
サークル棟に囲まれた中央の庭木は、ついこの間まで冬枯れの寂しいたたずまいを見せていたのに、次第に芽吹いて、新しい葉を広げようとしていた。

もうすぐ、春が来る。
1年前、咲の胸で泣いた頃に比べると、不思議と哀しみを感じない。
現視研の会長として、やるだけのことをやり、荻上の件を含めて、多くの喜怒哀楽を皆と共にした。
去年ほどの涙が出ないのは、充実感が満ちているからだと、大野は自分の心に言い聞かせていた。


ガチャリ。

不意にドアの空く音がした。
大野が振り帰ると、そこには高坂がいた。

「やあ大野さん。今日は一人なんですか?」
「はい。高坂さんもお一人ですか?」
「うん、咲ちゃんは開店の打ち合わせがあってね。僕は自分の荷物を取りに来たんだよ」
「そうですか」

会話はこれ以上は続かなかった。
大野は再び咲に渡す写真の整理を続け、高坂はロッカーを開いて、私物の同人誌を2つ3つ取り出していた。
無言のまま時間が過ぎていく。
沈黙を続けるうち、大野は(苦手だな)と思った。

(考えてみたら、高坂さんと2人だけというのは初めてじゃないかしら。そうでなくても、話題がないのよね……)

単純に「この人とはそりが合わない」という問題ではなかった。
アメリカで生活していた大野だからこそ、他のメンバーよりも分かる感覚があった。
他人と向き合う時、日本人は最初から「自分」を見せることはない。オタクならなおさらだ。
大野自身も、比較的オープンな欧米人との付き合いには苦労したものだ。
それでも、現視研の仲間たちのように、長く付き合えば、やがてその人のパーソナリティが見えて来るはずである。
大野が田中と愛し合うようになったのも、「コスプレ好き」という共通点の奥に見える人柄を見い出し、認め合えたからだろう。

(でも、この人には何もない。いや、何も見えない…)


容姿端麗で完全無欠。プログラミングの勉強も1か月でマスターしたというまさに「超人」の高坂。
でも、その奥にあるはずの「人間味」を、誰も見たことがないのではないかと、大野は思った。

(もしかしたら咲さんでさえも、高坂さんの内面にふれたことがないんじゃないかしら?)

ふと、咲の写真インデックスに目を落とす大野。
再び上目使い気味に高坂の方を見た。

(高坂さん、咲さんのコスプレ写真には興味ないのかしら?)

机の上、大野の周りにはインデックスプリントが数枚無造作に置かれているのだ。
「これ咲ちゃん?」と、関心を持って話掛けてきてもおかしくないはずだ。
それなのに高坂は、棚の整理に黙々と時間を費やしている。

(そういえばあの時も……。コスプレ、嫌いってわけじゃないハズなのに……)

大野は、咲が初めて本格的なコスプレ衣装に身を包んだ学祭のコンテストを思い出した。


   ※    ※

【2003年10月某日】
「きょう3人目の律子・キューベル・ケッテンクラートさんです!」
場内アナウンスと共に会場中からフラッシュが焚かれ、注目を集めた咲の晴れ姿。大野はその時、舞台袖からその姿を感激の面持ちで眺めていた。
お立ち台インタビューの最中には、大野は袖から会場内にいるはずの現視研の面々を探した。
久我山、斑目、笹原は会場後方で顔を赤らめながら見物しているのが見て取れた。
だが、高坂は……。

大野はその時のことを思い起こして背筋がゾッとした。
あのコンテストで、咲が最前列の盗撮者を発見してシバいた騒動もあって、今まで忘れていたのだ。

高坂の目を。

コンテストの最中も時折(それは咲と視線が合った時なのだろうが)いつもの笑みを見せるものの、大野は、感情の表れを感じない高坂の無表情の瞳を見たのだ。

大野はさらに記憶をまさぐる。
咲が盗撮犯を見つける前に、咲の側に近付きはじめていた高坂のことを。
(北川さんたちが収拾に動いた時、高坂さんはすでに舞台近くまで来ていた。後方の混雑からすれば、何かが起きることを予見して動いていたとしか……)

   ※    ※

【2006年3月某日/現視研部室】
「大野さん、大野さん?」
「……っ、ひゃい?」

ビックリして思わず間抜けな返事をしてしまった大野。高坂が覗き込むような視線でこちらを見ていた。
うろたえる大野を優しく見守りながら、高坂は話し掛ける。

「これ、咲ちゃんのアレ……?」

高坂はインデックスを一枚取り上げて笑顔で眺めた。
大野は少しホッとした。
さっきのコトはただの杞憂だと思った。
高坂はちゃんと咲のコスプレ写真に気付き、興味を持って話し掛けてくれたじゃないか。

「そうだ。高坂さんにも写真を1セット差し上げますよ。咲さん燃やしちゃうかもしれませんから、記念に持っていてください!」
「うん。ありがとう!」

しかし、高坂は続けて、意外なことを口走るのだった。

「大野さん、もう一人、咲ちゃんの写真を見せたい人がいるんだけど」
「へ?」

高坂は、自分のカバンからiPodを取り出して、大野に差し出した。既に動画がスタートしている。
ディスプレイには、見慣れた景色が、見慣れないアングルで映り込んでいた。
そこは現視研部室。
本棚の上あたりから見下ろすようなアングルで、広角レンズが部屋全体を映し出していた。
テーブルの一角に、咲が一人タバコをくわえながらマンガを読んでいた。

大野はディスプレイから一瞬顔を上げて高坂を見た。
「コッ、高坂さんコレは一体?」
「初代会長の……置きみやげとだけ言っておきます」

(初代会長って……何をしていたの?)
自分が学祭や新人勧誘のたびにこの部屋で着替えをしていたことを思い出し、軽く動揺する大野。
(そういえば咲さん、部室での着替えに凄く神経使ってたような……)
大野は判然としないながらも、ディスプレイに目を向けた。
すぐに、広角で歪んで映し出されたドアが開き、リュックを重そうに抱えた斑目が入ってきた。

斑目は、読書に熱中する咲に声を掛けてはシカトされ、ジュースを買って来ては断られる。
その挙動不審ぶりに、大野は見入っていく。
やがてディスプレイの中では、「何か(←実は鼻毛)」に気付いた斑目が、咲に近付いて殴られた。
斑目は謝る咲を不自然なくらいに穏やかになだめながら、やがて姿を消していった。
斑目の一人芝居を俯瞰して見てみれば、まるで気になる女の子に自分の存在を気付いてほしいと動き回るいじらしい姿に映っていた。

「……斑目さん、まさか……」


大野は呆気にとられながらも、ディスプレイの中の意外な展開に目が釘付けとなった。
そして動画が終了すると同時に高坂の方へと向きなおり、「高坂さんは、いいんですか?」と、いぶかしげに尋ねた。

高坂は、いつもの笑顔で事も無げに応える。
「僕も初めてコレを見せてもらった時は驚いたよ。でも、咲ちゃんが卒業しちゃう今、斑目さんにも悔いのないようにしてもらいたいと思ったんだ」

高坂の答えに、(……スゴイ自信。なのかしら……)と驚かされる大野だった。


数日後のサークル棟。
大野は、マスクにサングラスという怪しい姿で廊下の陰に立っていた。
斑目を待ち伏せて、咲のコスプレ写真を渡そうとするが、残念ながら、斑目の拒否と、咲に見つかったせいで受け渡しはかなわなかった。

同じ頃、プシュケの事務所内には、作業に追われる高坂の姿があった。
ふいに手元の携帯電話が振動する。

『斑目君は写真を受け取らなかったよ』
電話先からはその一言だけが聞こえてきた。
「そうですか。では卒業式が『最後』になりますね。はい。よろしくお願いします」

高坂は、静かに通話を切った。
椎応大学の卒業式は、間近に迫っていた。

<つづく>