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斑目放浪記札幌編 【投稿日 2006/08/20】

斑目放浪記


 7月も後半にさしかかったある週末の晩、斑目晴信は現視研のドアを施錠しようとしているところだった。本来部室の鍵を持っていてはいけない身分だったが、まあこういうことはよくあることだ。
 昼間に食事をとりに部室に来て、夜も何をするでもなくしばらく腰を落ち着けてから、一人家に帰る生活。昼間は現メンバーの荻上千佳と世間話をしたが、今の時間は誰にも会うことなく夕焼けを眺めることとなってしまった。
「はー、こういう日が続くと我ながらナニやってんだって気になるわ。なんかこう、どっか旅行でも行きたいねー、できればタダで。ははは」
 ぶつぶつ独り言を言いながら鍵をかける。ボーナス時期は一般家庭からの修繕依頼が増え、忙しい日が多い。彼も営業課からの膨大な伝票整理に追われ、つい柄にもないセリフが口をついたと言ったところだった。
 が、運命の女神はけっこうこういう言葉を聞いているものだ。
 暗くなった廊下の向こうからバタバタとあわただしい足音が聞こえてきた。何事かとそちらを見た斑目の目に入ってきたのは……なにやら決死の形相の朽木学だった。
「斑目しぇんぱ~い!会いたかったにょー!」
 言うと同時に見惚れるような大ジャンプ。美しい弧を描いて彼めがけて跳んでくるのを、斑目は華麗にスルーした。廊下に長いブレーキ痕を残し、朽木は顔で着地する。
「朽木君……どうしたの一体」
「その前になぜボクチンの思いの全てを込めた抱擁を避けるのでしゅか!」
「あたりまえじゃあんなもん。で、どーしたんだ」
「そうなんですよ聞いてくだしゃい斑目先輩。そしてボクチンを助けてください」
「助けるかどうかはともかくまず内容を話せ、そんなら」


「実はですね。親戚の叔父さんに就職の世話を頼んだんですが……」
 彼の話によると、こうだった。受ける会社受ける会社ことごとく不採用となっている朽木は、母方の叔父に就職の斡旋を依頼した。叔父からはもちろん楽な道筋は示されなかったが、少なくとも面接から入ることだけはできると知人を通じて会社に口を聞いてくれたそうだ。
「なんだ、よかったじゃない。エントリーシートパスできるだけで相当楽だろ?」
「そりはそうにゃんですが……会社が身の丈を超えてるのですよ」
 朽木は携帯電話を取り出し、叔父から来たというメールを見せた。
「……おー。すずらん銀行にハマナス乳業にエア・ディー?うわ、超大手ばっかりじゃん。……あれ、しかも3社とも明日?」
「しょうなんでしゅ。クッチーいくら物怖じしない性格とは言っても、こんな恐ろしい企業の面接を1日に3社もブッキングされたら足の震えがおさまらないのです」
「いいじゃねえか。これも経験だ、どーんと当たって砕けて来い」
「斑目しゃんはカンタンにおっしゃいますがね。親戚に紹介されたとなればいつもみたいに入室即不採用コースとは行かないわけで。せめて叔父さんの人格を守るだけの印象を残さないとならないにょ」
「キミいつもは一体どういう……」
「そこで斑目しぇんぱいに、ゼヒ付き添いをお願いできないかと」
「はあっ?付き添い?」
「別に会社の中までついて来て欲しいとは言わないにょですよ。せめて尊敬する斑目しぇんぱいが近くで見守ってくれていると思えれば、ボクチンの空気読みスキルも上乗せされて、採否はともかくきっちり挨拶ぐらいできると思うですにょ」
「小学生かね、きみは」
「後生ですにゃ斑目しぇんぱい!この不肖の後輩クッチーを助けると思って、明日一日ボクチンに預けてもらえないかにょ?」


 とはいえ朽木の切迫感は解らなくもない。斑目自身も大手の面接を前に動悸がおさまらなかった記憶がある。それに実際明日の日曜日にはすることもなく、秋葉原あたりを流そうにも夏コミ前の追いこみ時期のため、同人誌ショップにめぼしい品物があるとも思えなかった。
「ま、まあ明日は休みだし、特に予定も入ってないからな、近所の喫茶店で時間つぶすくらいでいいんなら」
 朽木の瞳が輝く。
「斑目しぇんぷぁあい!」
 再び全身全霊の抱擁が迫ってくるのを間一髪で避ける。ピザ生地をシンバルにたたきつけるような音とともに、朽木の顔全体が現視研の鉄扉に貼りついた。
「だから襲いかかるなって!」
「……斑目しぇんぱい、そんなに身のこなし良かったでしたかのう?」
「人間、身に危険が迫ったときはいかなる動きでも可能なのだよ」
「まあいいですにょ。斑目しぇんぱい恩に着ます。叔父さんにお願いしてあるので交通費と食事代や諸経費は全部こっち持ちでOKっすよ」
「おお、ラッキー」
「ではボクチンはこれから就職課に寄って面接先の下調べをしてくるでアリマス。しぇんぱいは明日の朝7時半に駅の改札で集合っちゅうことで。では失礼しますにょ~」
 脱兎の如く走り去る朽木の背中を見送る。
「7時半?面接3件も掛け持ちすると大変だなあ」
 まあメシも出るそうだし、話のタネにはなるか。そう呑気に思う斑目だった。


 ****
 翌朝、斑目が駅の改札に着くと、朽木はすでに緊張の面持ちで彼を待っていた。リクルートスーツを着ているが、フレッシュな感じや落ち着いた印象は微塵もない。
「しぇんぱい!しぇんぱいなら来てくれると信じてたにょ!」
「すっぽかしたら呪い殺しそうな顔してたもん、朽木君。今回はタダメシにもありつけるし、大手企業の門構えくらい眺めても楽しいだろ」
「なんにせよありがたいでゴザイマス。さあ、まずは空港ですぞ」
 斑目の登場に勇気づけられたと見え、颯爽と改札口へ歩いてゆく。斑目もあわてて後を追った。
「あ、エア・ディーからだっけ。しかし今の就職活動は日曜日も面接かー」
「今年は去年に引き続きけっこうな売り手市場なのです。企業側も積極的に動いてるし、おかげでボクチンみたいなのがもぐりこむチャンスもあるというわけで」
「ふーん。なんでキミはその売り手市場でこんなに苦労してるんだ?」
 毒にも薬にもならない話をしながら歩いてゆく。
 ****
 ……そして3時間後、『機内シートベルト着用』のランプが消えた。同時に機長からのアナウンスが流れる。
『ただいまシートベルト着用のサインを解除いたしましたが、安全のためご着席の間はシートベルトをお締めになりますようお願いいたします』
「……な……」
『本機ADO709便は順調に飛行を続けております。新千歳空港への到着は11時35分の予定となって……』
「なぜ俺はこんな所にいるーっ!!」
「斑目しぇんぱい、声が大きいですにょ」
 ジャンボジェット機の広い機内は、乗客でいっぱいだった。今週から全国的に夏休みなのだ、家族連れがたくさん乗っている。朽木はたった今配られたお茶とお菓子をほおばりながら斑目をたしなめる。
「なんでお前そんなに落ち着いてるんだ!俺は北海道まで行くなんて聞いてねえぞ?」
「あれ?言ってませんでしたか?まあでも全部札幌本社の会社じゃないっすか、斑目しぇんぱいならご了解済だろうと」
「東京採用ぐらいにしか思ってませんでしたともよ、ああ!」


 1社目の面接が航空会社なのだと油断していたのがよくなかった。
 空港でチェックインしたときにあれっと思ったのだが、朽木に「ちょっと手続きしてきますにょ」「連絡取るんでここで待っててくださいにょ」などとはぐらかされ、気づいたときには二人で搭乗口に並んでいたのだった。
 面接地が全て札幌だと聞かされたときにはすでに機内で、朽木の情けない期待顔とこのハイシーズンにチケットを出してもらっている負い目も手伝い、斑目は結局同行に応じてしまった。すでに7回ほど繰り返されている先ほどの叫びが、彼の精一杯の抵抗だった。
「なあ、この『拉致って飛行機でGO』ってシチュエーション、きみから借りたDVDで見たような気がするぞ?まさか向こうの空港に降り立った途端、サイコロ振って全国飛び回らされるようなことにならんだろうな?」
「ご希望とあらばそういうパターンもご用意してるでしゅが」
 朽木が鞄の中の厚紙のボードを見せる。『深夜バス』とか『謎のまち・臼杵』とかいう文字が見えた。
「でも今回はボクチンの面接が最優先ですにょ」
「ならなぜそんなフリップを持って来るんだ!ああまったく、こんなことならちゃんと準備してくりゃよかった。カメラとか」
「持ってきてマスよ?」
「あっちのガイドブックぐらい読んどきたかったし」
「さっき売店で買ったにょ。どぞ」
「……きみ何しに北海道行くの?朽木君」
「言ったじゃないスか。大企業の面接ですがな」
「そうは見えんぞぉっ!」
「しぇんぱい声が大きいですって。回りに迷惑じゃないっしゅか」
 ぶつくさ言い続ける斑目と必要以上にリラックスしている朽木を乗せ、飛行機は一路北の大地へ飛んで行った。


 ****
 二人が札幌駅に到着したのは12時半を回った頃だった。駅を出て、大通公園まで歩きながら話す。
「おー。北海道だ。俺生まれて初めてだよ」
「ボクチンもでアリマス。空港からほとんど外に出なかったですが、夏だっつうのにサワヤカな陽気ですな」
「ああ、噂には聞いてたが日影に入ると涼しいくらいだな。朽木君、面接はいつからなの?」
「13時半ですな。ほら、あそこのビルがそうです」
「うわ近っ!街のスケールが本州と違うというが本当だな、東京駅から霞ヶ関まで10分で歩いたみたいだ」
「さらにまっすぐ10分歩けば魅惑の街・ススキノですにょ。霞ヶ関から歌舞伎町までも10分で歩くようなもんですなあ」
 大通公園が妙に騒がしいのに二人は気付いた。機内で読んでいたガイドブックの写真とは違い、公園中が祭りのような飾り付けになっている。
「お、おい朽木君、こりゃあ……」
「しぇんぱい、特集ページに載ってたヤツでは」
「ビアガーデンか!」
「我々ツイてるでありますっ!」
 大通公園ではこの時期、公園の大半を利用したビアガーデンを催すのだ。5丁目公園から西へ、10丁目公園までの全てに各ビール会社ごとのブースが居並ぶ風景は、北海道の夏の風物詩とも言える。
 公園に入ると、祭提灯が並ぶ芝生に屋台がいくつか出ているのが見えた。
「お、朽木君、北海道名物『とうきび』だぞ」
「コッチではとうもろこしとは呼ばないんですにゃ。斑目しぇんぱい、ここでなんか腹に入れて、昼メシあとでもいいでしょかの?申し訳ないんですが時間がちょっと」
「おう、かまわんとも」
 一番手前の屋台で焼きとうきびを買い、さっそくかじりながらブラつく。札幌の夏の日差しは思ったよりは暑いが、湿度が低いせいか風が吹くと不快感がぬぐい去られるようだ。と、そのとき朽木が声を上げた。
「しぇんぱい!小生オモシロ食品発見したでアリマス!」


 朽木が斑目に指差してみせる先には、一見普通の『じゃがバター』の屋台。
「ん?どこが面白……え、塩辛?」
 二人の前では先客のカップルがひとつ購入していたが、スチロールのトレイに載った巨大なふかしジャガイモの上に、イカの塩辛が山盛りになっていた。
「ジャガイモに塩辛ですよしぇんぱい!」
「うわ、あんなの見ちゃったら食わないワケに行かねーじゃねーか。よし朽木君、ソッコー買ってきたまえ!」
「ラジャ!」
 飛んでいった朽木は、両手にトレイを持って帰ってきた。
「なんで2個も買ってくるんだぁっ!」
「えー、1個は普通のじゃがバターでしゅよ?」
「ソフトボールほどもあるじゃんか、コレだけで満腹になってしまうわ。まーいい、食ってみっか」
 二人で同時に塩辛ジャガイモを口に入れる。
「……おや、うまい」
「うまいスけど……塩辛はごはんで食いたいですなあ」
「うーむ、それも解る」
 地元産のジャガイモ、バター、塩辛の渾然一体となった味は絶妙なバランスを保ったまま二人の胃袋に収まった。朽木が時計を見て、ネクタイを締めなおす。
「おおぅ。集合の時間でゴザイマス。しぇんぱい行ってまいります」
「よっしゃ、頑張れ、俺はこの辺ブラブラしてるよ。終わったら電話してくれ」
「しぇんぱいビール飲んでてもいいっしゅよ?」
「なに気ィ遣ってんの。全部終わってから盛大に打ち上げよーぜ。だいたい朽木君がスポンサーじゃない」
「斑目しぇんぱい、イイ人ですねえ」
「後輩にだまくらかされて北海道にまで来ちゃう程度にはな。行って来い!」
「イエッサ!」


 朽木の後姿を見送り、手近のベンチに腰を下ろした。太陽がかんかんに照り付けるのに、すがすがしいくらいの風が通り過ぎてゆく。目の前を通り過ぎてゆく人々の顔つきも、心なしか東京より穏やかに見える。
「はー、落ち着く。さて」
 ふと思い立ってガイドブックを開く。有名な観光スポットが公園のそばにあったはずだ。
「お、あった。時計台」
 地図を見ながら歩き出す。目的地へはものの数分でたどり着いた。道路の向かいがわに、手元の写真と同じたたずまい。
「……なんか……小っちぇえな」
 札幌時計台の観光写真が全て同じアングルから撮影されているのには理由がある。もともと広大な敷地に経っていたわけでもないこの建物は、そのものの保存は継続されているもののすぐ隣地に普通のビルが建っているのだ。
 たとえばカメラを普通に構えて横長の写真を撮ろうとするだけで、周囲に最新の建造物が映りこんでしまう。間近から見上げたアングルの、青空にそびえる時計台の文字盤という絵面は、幾多の写真家の苦労の末に完成されたものだった。
「まあいいか。記念に1枚」
 携帯電話のカメラで自画撮りする。その写真もやはり、観光ガイドのものと同じアングルになった。
 せっかく来たのだからと内部を見学して回り、そろそろ公園に戻ろうかという頃、携帯電話が鳴った。朽木からだ。
「もしもし、朽木君?終わったの?」
「しぇんぱい、大変であります」
「どうした?」
「また……入室即不採用コースに……」
「お前いったい何をしたーっ?」
 公園に急いで取って返し、肩を落とす朽木に会って理由を聞く。
「しょれがですね……エア・ディーって航空会社じゃないっスか」
「うん」
「だから航空業界に興味を持っているってことをアピールしようと、入室でバックフリップからコーク720のダブルエアーを決めたんでしゅが、着地するなり審判がボクチンの書類にでっかいバッテンを……」
「そのエアーはモーグルの技だ!そして審判じゃなく面接官だー!」


 ****
 気を取り直して2社目に向かう。大通公園から札幌駅の向こう側にタクシーで移動し、北大近くで降りる。時間が少しあるので、ここで昼食をとることにした。
「朽木君……今度はハマナス乳業か。くれぐれも余計なことしないでくれよ、俺がついててコレじゃあ、何しに連れてこられたかわかんないじゃない」
「申し訳ないっス!小生北国に来てハッスルしすぎておりました。でももう大丈夫っスよ、もう普段のボクチンですから」
「それは心配だ……ものすごく心配だ」
「それよりメシっスよメシ。タクシーの運ちゃんが言ってたとおりならガッツリ食える店でごじゃいます」
 二人は移動に使用したタクシーの運転手に、『疲れているのでばっちり元気になれそうな定食屋を教えてくれ』と頼んだのだ。面接場所に近く、美味しくて腹いっぱいになること請け合いと案内された店は、大学近くの『宝来』という中華料理屋だった。
 こぢんまりした店内は東京で見るラーメン屋と大差ない。平日なら学生でにぎわうであろうこの店も、休日のため空いている。
「おっちゃーん、チャーハンとあんかけ焼きそば各1コ、お願いするにょー」
 朽木は入店するなり声をかける。
「お、おい、メニューも見ないで」
「大丈夫っしゅよ、運ちゃんお墨付きの二品じゃないスか。元気出るスよー」
 運転手が請け合ったのは、実は『腹いっぱい』の部分だった。数分後テーブルに運ばれた二皿は、それぞれがパーティ料理かと見まがうばかりの大皿に盛られてきた。
「しぇんぱい……大当たりっスよ、ある意味」
「それはそうかも知れんが……この店はナニか、客の胃袋を破壊するのが存在意義なのか?」
 大学近隣と言う場所柄もあるがこの店、盛りのいいので有名である。チャーハンを注文するとライスを茶碗に山盛り三杯炒めるような店で、これで普通の値段なのが信じられない。食べればうまいが、もともと細身の二人はこれをたいらげるのに大変な労力を要することとなった。


「しぇ、しぇんぱい、クッチー北の地にて胃下垂で果ててしまうかも知れましぇん」
「コレで死んだら浮かばれねーし、胃下垂だけじゃ死なん。頑張れ。まだ時間あるんだろ?腹ごなしに歩こうぜ」
 北大キャンパスに足を踏み入れる。ガイドブックには、有名な『ポプラ並木』があると書いてあった。
「ほほう、これが北の帝大」
「いまどきそんな言い方するヤツいないっスよ」
「うわ、クッチーにツッコまれた」
「いま身体能力の大部分を消化に費やしてるんで面白いこと考えられないんでアリマス。ポプラ並木こっちみたいっスよ」
 ポプラ並木の観光写真が全て同じアングルから撮影されているのには理由がある。でもその理由は時計台と大差ないので省略。
「しぇんぱい……意外と短いっスね、並木道」
「100mねーな、こりゃ……ところで朽木君」
「はい?」
「きみさっき『身体能力の大部分を消化に費やしてるんで面白いこと考えられない』って言ったよな?」
「ええまあ」
「ならば行け」
「は?いずこへ?」
 斑目は朽木の両肩をつかんだ
「面接だよメ・ン・セ・ツ!腹ごなしなんかしないで今スグその状態で行って来い!」
 はたして面接はおおむねうまく行ったようだった。3社目の時間が迫るまで彼は戻って来る事はなく、それはとりもなおさず『つまみ出されなかった』ことを意味したのだから。


 ****
「さあ3社目は超大物ですぞしぇんぱい。銀行なんてそもそもボクチンの進路のどこにもなかったでアリマス」
「すっかり元気になってしまったみたいだな、朽木君……俺はまた不安になってきたよ」
「ご安心めされい!さっきの面接でコツをつかんだにょ。ボクチンにも道産子気質が読めてきた気がするにょ~」
 二人は大通公園に戻ってきていた。最後の面接先はいま彼らの目の前にそびえ立っている。
「頼むぞ、地元大手の破綻で漁夫の利とか軒貸して母屋を取られかけてるとかしょせん無尽上がりだとか余計なこと言うなよ?」
「しぇんぱい……なんでボクチンにそんな素敵なフリを?」
「フリじゃねえっ!」
「大丈夫ですにょ。なによりコイツが終わればビアガーデンが待ってるであります。どうせ酒盛りするなら敗残者の気分でいたくはないっしゅよ、さしものボクチンも。きっちり採用ブン取るつもりで行ってまいるでゴザル」
「……よし、その心意気、買った!もう何も言わん、今日のうちに頭取まで会ってくるつもりで行って来たまえ!」
「サー!」
 意気揚々と歩いてゆく彼を見送り、斑目はベンチに腰を下ろした。まあ、地方銀行とはいえ北海道最大級の企業だ。一次面接程度の縁故でどうこうなるわけはないし、本人もそれを解ってのさきほどの大口だろう。
 気楽に待って、彼が中でどんな大技を披露してこようが酒のツマミにしてやればいい。叔父さんには悪いが、彼は甥っ子を買いかぶりすぎているとしか言いようがない。
 近所のメイド喫茶『プリムヴェール』で一服していると、朽木からの電話が着信した。慌てて店外へ出て通話ボタンを押す。
「もしもし、どうした?」
「しぇんぱい、大変であります」
「……」
 胃のあたりにいやな重みを感じる。


「……朽木君、今度はナニやらかしたの?」
「しょ、しょれが……二次面接に進んでしまいまして」
「何ィッ?」
 斑目の声が狸小路に響き渡る。
「すごいじゃないか朽木君!なんだ人間並みのことできるんじゃねーか」
「しぇんぱい、褒めてるようでむしろ酷い事言ってるでござるよ」
「おおう、すまんつい本音が」
 携帯電話を持つ手が汗ばむ。
「よしッ、燃えてきた!燃えてきたぞ朽木君!我らが現視研から上場企業の社員が出るなぞ快挙もいいところだ!いいかクッチー」
「ハッ!」
「君の任務は北海道札幌の市中・すずらん銀行に単独潜入、役員面接を確保して内定を奪取することだ。夏休みが終わる前に内定を取得しなければ大変な事になる」
 斑目の脳内にはミッション遂行もののゲーム音楽が流れ始めている。朽木にもそれは伝わったようだ。
「……!斑目しゃんは耐えられるのかにゃ?」
「俺ののどの乾きを考えてもタイムリミットは数時間。順調にいけば数十分で終るミッションだ」
「乾杯までには帰れそうだにょ」
「鳥になって来い!幸運を祈るっ!」
「行ってくるにょ!」
 通信、いや通話は途切れ、斑目は店内に戻った。メイドたちが迎えてくれるがそれどころではない。ほとんど強制連行ではあったが、ついて来てしまえば気分は彼の保護者も同然だ。
 結局、斑目は朽木を憎めないのだ。とんでもない人格を装備したダメオタだが、朽木の人付き合いの不器用さは斑目にそっくりだった。……ヤツは俺の縮小コピーだ。ヤツが大きく羽ばたけるなら、俺は喜んで彼を送り出そう。
「ひょっとしてひょっとしたら、現視研札幌支部?そして支部長がクッチー?……うわーダメそう……だがそれがいい!」
 わずかな期待とちょっとした野望と、そしてそれらよりはるかに大きい不安が胸に渦巻く斑目であった。


 何分が経過したろう。陽が落ち始めた窓の外を眺める斑目の視線が、見覚えのある不審な影を捉えた。
「お!クッチー?」
「斑目しぇんぱぁい!」
 朽木が窓越しに駆け寄り、ガラスにべったりと顔を貼り付ける。店内ではメイドたちがどん引きだ。
「朽木君、そーゆーことをするな。本州のオタクがみんなこうだと思われたら困るだろ。……てゆーかナゼここがわかった?」
 汚れた窓ガラスを拭きつつ、朽木は店内に入ってくる。
「いやもうカンっスよカン。朽木学、無事任務を果たして参りましたッ!」
「え、もう結果出たの?」
「ああいや、次は電話来るそうっス。電話が来なきゃご破算ですな」
「ちゃんとこなしてきたんだろうね?面接。……いや、今は聞くまい!最大の賛辞をもって君を迎えよう。よくやったぞクッチー!」
「ありがとーございます斑目しぇんぱい!」
「そうとなったら打ち上げと行こう。さ、ともかくビアガーデンだ!」
「ラジャー!と言いたいとこですがしぇんぱい」
「ん?」
「大変残念なお知らせがございますんですが」
「なんだよ、残念な……って……え、まさか」
 はっと気づき壁の時計を見る。朽木はばつの悪そうな顔をしてみせる。
「タイムリミットでございます。千歳から出る飛行機で帰るには、札幌駅までダッシュして30分後の電車に乗らねばなりませぬ」
「何イィッ?」
 明日は月曜日で、この時期に会社を休むわけには行かない。今日中に東京に帰るためにはその飛行機を使うしかなく、そもそもこんな時期に他の便の空きが期待できないのは考えるまでもなかった。
「な……」
 呆然とする斑目をよそに、朽木はカフェの代金を精算している。釣銭と新規入会したメンバーズカードを右手に持つと、左手で斑目の手を引く。
「行きますぞ斑目しゃん。我々の光り輝く未来をこの胸に抱いて、あの懐かしいふるさと八王子へっ!」
「……なんて……」
 言うが早いか走り出す。斑目は勢いに負け、半ば宙を舞うように朽木に引っ張られてゆく。
「……なんてこったあああぁぁっ!!」
 斑目の叫び声は、薄暮の札幌の空に細く長く響き渡っていった。


 ****
 帰りの機内。二人はあらためて缶ビールで乾杯した。
「カンパーイ!」
「はいはい乾杯っと」
「しぇんぱいもちっと気合入れて欲しいにょ」
「はは。ワリ」
 空港までの列車の中でもヤケ気味の酒盛りをこなして来ていたが、北の大地を離れてようやくひと仕事終えた実感がわいてきたのだ。
「なあ朽木君。昨日きみがこの話持ってきた時にさ、俺ちょうど『旅行行きたいなー』って思ってたんだよね」
 斑目が朽木に言う。
「んで今日のコレだ。いま俺は確信したよ、運命の女神はたしかに居るのだと」
「そりゃまた……ボクチンが言うのもなんでしゅが、ずいぶん乱暴な女神しゃまですな」
「いーや違う、違うぞ朽木君。乱暴なのではないのだよ」
「と言うと?」
 斑目は朽木に顔を寄せる。
「俺の運命の女神はな、『ちょっぴりドジっ娘』なのだ!」
「斑目しゃん……あんた本物のダメオタですな」
「お前に言われとうないわあっ!こうでも思わにゃやっとれんのだ」
「あ、でもあながち間違ってないっすよ、たぶん」
「は?」
「飛行機が出る直前に、今度は父方の伯母からメールが来たんですが、来週の土日に福岡で面接を7社ブッキングされまして」
「……知らん……俺はもう知らんぞ」
 どうやら彼のドジっ娘女神は着々と活動しているようだ。二度と余計なことなど言うものか……と、心に誓う斑目なのであった。


おわり。


【その1】
「あっこんにちわ、斑目先輩」
「や、荻上さん。お?笹原もいるのか、どうしたんだ月曜なのに」
「振替休日とれたんです。やー久しぶりっスよ、休めたの」
「そか、ご苦労さん。ちょうどいいや、これやる」
「……とうきびチョコ?斑目さん北海道行って来たんですか?」
「そのチョコは羽田空港で買ったヤツだがな、ハハ」
「?」


【しょにょ2】
「それで朽木君、例の会社のほうから連絡は?」
「1社目はもちろんのこと、2社目も3社目もナシのつぶてでございます」
「ありゃ、やっぱ無理だったか」
「まったくガッカリっスよ!」
「まあ、そんな気を落とすな」
「せっかくプリムヴェールのメンバーズカード作ったのに」
「そっちの話かぁっ!」