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アンジェラ(後編) 【投稿日 2006/08/06】

カテゴリー-斑目せつねえ


『……………何で俺はこんな所にいる!!!』
とりあえず叫んだ。個室の中で。

『アハハ、このベッド回るんだって。アハハハハ!!!』
アンジェラは上機嫌でベットをぐるぐる回している。

『アハハ、ちょっと目が回っちゃったわー』
『…そりゃあんだけ回したらな………』
この事態に頭がついていかない。とりあえず備え付けの小さいソファに座り込んだ。

『…で、その…あの…何でこんな所に?』
『そうそう、鏡のある所に来るのが目的だったんだわ』
『…………………鏡?』
アンジェラが壁の取っ手をガラガラと引くと、横長に大きい鏡が出てきた。
………本来アレなことをする時に使うものらしい。


『ホラ、この鏡のところまで来て』
『………………………』
よく分からないが、とりあえず鏡のところまで行く。

『この鏡の前に立って。そうそう。何が見える?』
『は?』
『鏡には何が映ってる?』
『…俺とアンジェラが映ってるに決まってるだろ』
『そうね。あなた自身が映っているわね。自分をもっとよく見て』
『………………………』

よく分からないままアンジェラの言うとおりに自分の姿を眺める。
朝に顔を洗うときなどに毎日見ている顔だ。アンに振り回されまくって、今日は特に情けない顔をして突っ立っている。

『………で?だから何なんだよ??』
『あなたは自分が好きかしら?』
『ええ?』
『鏡のほうを見ていて!あなた自身に向かって問いかけてみるの』
『………………あの~~?何で…』
『いいから、ホラ言ってみて。自分に”好きだ”って』

鏡の中の自分を見ていると、鏡の中のもう一人の自分がこちらをじっと見ているような錯覚に陥り、なんだか居心地が悪い。
(つーか、何かの変な宗教みたいなんですけど…)
怖くなってきたが、ここを切り抜けるいい言い訳も思いつかない。

『どうしたの?』
『…いや、その。何か変じゃない?こんなの………。』
『言えないの?』
『いや言えないっつーかその、普通わざわざそんなこと言わないって…』
鏡から目をそらし、下を向いた。

『だから自信が持てないのね。自分のことをちゃんと見れてないから』
『………………』
『自分の弱い部分を見るのが嫌?でも、それじゃいい所だって見えやしないわ』
『………………』
『まず自分が自分を認めてあげなきゃ。そうでなきゃ、自信なんて持てないわ。だから自分が好きって言えないのよ』
『………………………言えない』
『…誰かに好きって言われたことない?私以外で』
『………ないよ。モテたことねーし』
『だからかしら?私がどれだけあなたに、あなたの魅力のことを話しても信じてくれなかったのは』

鏡ごしにアンジェラのほうを見た。アンジェラはいたって真剣な顔でこっちを見ている。
『マダラメ』
『はい』
『私はあなたが好きよ』
『………………………………』
『少なくとも私にはモテてるわ。だから少なくとも、あなたは私に好かれるような人間なのよ』
『………………』
『だから自分自身にも言って。好きだ、って』
『………………………………………い、言えない』
『言って。ちゃんと自分の目を見て』

急に肩が震えた。ちゃんと自分の顔が見られない。
何故だろうか。春日部さんや、アンジェラに言うのとは訳が違うのだ。そんなに難しいことではないはずなのに。
ここを切り抜けるためにさっさと言ってしまえばいいのに。そうすればアンは納得するのに。

…そうか。不意に思いが至った。
自分には嘘をつきようがないからだ。というか嘘だとわかってしまう。当然のことだが。

もう一度自分の顔を見る。ひどい顔をしているのが分かった。
何故こんなに悲しそうなんだろう?自分に問いかけてみる。


さっきアンジェラに言われたことを思い出した。
”そうやって自分を傷つけるのはやめて。自分に対してひどいことしてるわ”
あの言葉が、今さらながら胸に来た。


『…どうしたの?何を考え込んでいるの?』
アンジェラがさっきよりも優しい口調で聞いてきた。

『………俺、ひどい顔してるな』
『そうね。すごく悲しそうだわ』
『………自分に対してひどい事してたから?だからこんな顔になっちゃったのか』
『そうね。でも目の奥を見て』
『………?』
『優しそうな目をしてると思わない?』
『………………………うん』
『本当は素直になりたいと思ってるんじゃない?』
『………うん』
『でも今までは素直になれなかった』
『…まずは、自分を認める………………』
『そうよ。あなた自身のことなんだから。まずはあなたが好きになってあげなきゃ』
『………………………』
鏡の中の自分を見つめる。さっきよりましな顔になったと思った。
アンジェラが何度も繰り返し言うくらいだから、少しは魅力とかいうのもあるのだろう。


『”自分が好き”………』

つぶやくと、鏡の中の自分の顔がぼやけて見えなくなった。
頬をつたって熱いものが流れる。体が内側から熱くなるのがわかる。


………………………


『………………………………………』
小さいソファーに体を沈めて、目をつぶりじっと考え込んでいた。
さっき鏡の前で”自分を認める”というやつをした後、頭がぼうっとなってしまって、不思議な気持ちでいっぱいになった。
興奮するような、それでいて安心するような………。少なくとも嫌な気分じゃない。

いつから自分に自信をなくしてしまったのだったか。昔はこんなんじゃなかったはずだ。
人を好きになって、その想いが強くなるたびに自分の弱い部分ばかり気づくようになって、自己嫌悪に陥るようになって、一人で落ちていたのだ。
そうやって落ち込むたびに自信をなくしていったような気がする。

アンは一体どんな魔法をかけたのだろうか?癒しの特殊能力でもあるんだろうか?
何故こんなことをしてくれるのだろうか?…そう問いかけると、好きだから、と言われた。
誰かに認めてもらうだけでこんなにも違うものなのだろうか。

ベッドではアンジェラが横になり、枕をかかえてごろごろしていた。
『窮屈だから』と言って、ぴったりしたワンピースを脱いでしまって下着姿になっている。
視界の隅でぼんやり見ながら、さっきから続いている穏やかな気持ちの余韻に浸っていた。

『マダラメー、今フロントに電話したわ、泊まりに変更するって。英語だったけど何とか通じたみたい』
『………………うん』
『ふふ。せっかくホテルに泊まるんだから、セックスでもする?』
『………………………………いや、いい』
『あら、いいの?』
『…今そういう気分じゃなくて………』

いつもの自分ならこの状況に頭が真っ白になって、うろたえるはずだが、何故かひどく落ち着いていた。
素直になって余計なことまで考えていないせいだろうか。

『じゃあ寝る?』
『うん』
『そっちだとゆっくりできないわ、小さいソファーだもの』
『いや、ここでいい………』
『こっちの方が広いわ』
そう言ってアンジェラはソファーまで近づいてきて、自分の手をとった。
そのままベッドへ連れて行かれる。

『ベッドで寝ましょう。元々、二人で寝られるようにしてあるんだし』
『………………………』
『襲いかかったりしないから、心配しないで』
アンジェラはクスクス笑いながらベッドに横になる。
自分も、ベッドサイドに眼鏡を置き、アンジェラに背を向けるようにしてベッドに横になった。

背を向けるのは失礼かと思ったが、さっき春日部さんと会ったばかりでアンジェラとそういうことになる方がアンジェラに失礼かと思ったのだ。意思表示のつもりだった。
目の前の壁をじっと眺める。今日は色々あって疲れた。瞼が重い。


うとうとしていると、後ろから手が伸びてきて自分の胴に回された。
『………………………』
『おやすみ、マダラメ』
すぐに後ろから寝息が聞こえ始めた。

ぴったり抱きしめられていると、何か背中に柔らかいのがあたっているのがわかる。
『………………………………………(汗)』

変に意地張ってもったいなかったかな、とか一瞬考えてしまう。
(いやいや。変な意地じゃなくてだな、ここは男としてだな。って誰に言い訳してんだ俺は。
いやいや。さっき素直なキャラでいくって決めたじゃねーか。言い訳はナシ!もったいなかったよな!!
でもカッコつけちゃったので今さら言えません。………変わってねーなー俺…)

思わず笑いそうになる。
変わってない。自分はやっぱりこうなのだ。でも今はそれでいいと思える。無理してないと分かる。
だんだん視界がぼんやりしてくる。そのまま目をつぶった。


………………………


目が覚めると、派手な色の壁紙が見えた。
(………………?)
一瞬どこにいるか分からなかった。しかしすぐに思い出した。
自分のお腹に白い手が回されたままだ。

アンジェラを起こさないようにゆっくりと手をどけ、体を起こす。
ずっと下敷きにしていたほうの手が痺れている。眼鏡をかけ、しばらくベッドに座ったまま、頭が目覚めるのを待った。

「………………………」
アンジェラはあどけない寝顔で寝ている。淡い色の金髪の髪が頬にかかって、寝息をたてるたびにわずかに揺れる。
白い肌や、均整のとれた豊かな体つき。長く伸びた足。
綺麗な人だと思った。こんなに綺麗な人が、自分のことを好きと言ったのだ。

ふと、寝ている間じゅうずっと抱きしめられていたことに気づく。
何故か急に、胸が苦しくなった。

「………………………………………」
(………でかい胸だな。これがずっと背中にあたってたのか)

(………つーか、下着姿だし。あんまりじろじろ見んのも………(汗))
今さら妙な気分になってきそうだったので、とりあえずベッドから降りて顔を洗いに行くことにした。



アンジェラとホテルを出て、とりあえず歩く。今日は珍しく天気が良かった。少し暖かい。
『さて、これからどうする?』
アンジェラは相変わらずきびきびと歩きながら、笑顔で聞いてくる。
その笑顔に妙にどぎまぎしながら、答える。
『…とりあえず朝飯?』
『そうね!まずはご飯よね!』
『朝から元気だなぁ』
『だってこんなにいい天気なんだもの!気持ちいいじゃない?』
『…そうだね』
確かに今日は心が軽い。重い気持ちを、昨日の曇り空とともにどこかに置いてきたかのようだ。

目についたファーストフード店に入り、アンジェラと朝のセットを頼んだ。
『どうしたのマダラメ?私の顔に何かついてる?』
『へっ!?』
アンジェラが不思議そうにこっちの顔を覗きこんでくる。ビクッとなり、思わず目線を下にそらしてしまう。

『あ、あーいや………美味しそうに食べるなーって………』
『このハムエッグトーストがとっても美味しいから~~』
アンジェラはニコニコしながら言う。その笑顔を見ていると、何だかこっちも嬉しくなってくる。
『…そりゃ良かった』


店を出て、ぶらぶらと歩いた。日曜なので人が多い。
アンジェラはその中をきびきびと歩く。歩いていく先を人がよけるように道ができる。

(………いつ帰ってしまうんだろう?)
ふとそう思ったが、何だか聞けない。昨日とは全く逆のことを考えている。

さっきから変な気分だ。いったいどうしてしまったのか。
アンジェラの半歩後を歩きながら、自問自答する。足元がフワフワする。

『………アンジェラ』
ふと気づくとアンジェラと少し離れてしまっていたので、呼び止める。
アンジェラがこっちを向いた。
『ん?どうしたのマダラメ』
『あ、えーと…。今日はゆっくりできるの?』
『ええ、今日のところはね』
『…そっか』
聞きたかったことを聞けて、ほっとする。…浮き足立つような気分になる。

『さて、時間もあることだし。どうする?』
『うーん………。とりあえず歩くか』
『そうね。歩くのは楽しいものね~』
アンジェラは本当に楽しそうに歩いている。その早足に追いつくように足を動かしながら言った。
『………アンジェラは何をやってるときも楽しそうだな』
『何事も楽しまないとね。人生一度きりだもの!』
『そうねぇ………………』

こんな人とずっと一緒にいられたら、本当に楽しそうだな、と考えた。
そして、そんなことを考える理由にようやく思い至り、妙に納得してしまった。


(…ああ、そうか………。だから………………)

『………アンジェラ』
『ん?』
アンは笑顔のまま振り向いた。まっすぐな視線に、妙に気恥ずかしくなる。

『………………今から行きたいトコがあるんだけど』
『あら、どこかしら?』
アンはニコニコしながら問いかけてくる。その顔から視線を逸らさないようにしながら言った。


『………春日部さんの店に』


昨日も来た場所に、俺は再び立っている。
あと数メートルも歩けば店に着く。

数分前、アンに、再びここに行きたいという話をした。
『あら、ようやく決心が固まったのかしら?』
『ん、まぁ………』
『じゃ、すぐにでも行きましょ。「オモイタッタガ………」えーと?』
『「吉日」』
『そうそう、それ!』
アンジェラは嬉しそうに笑う。

『…じゃ、行ってくる』
昨日のように少し離れた先から、アンと店の中をのぞいてみた。
まだ午前中だからだろうか、開店直後だからか、店内は昨日より空いているように見えた。

『マダラメ』
『ん?』
『今日は、昨日よりずっといい顔してるわ』
『…そっか』
『行ってらっしゃい』
『うん』

小さく深呼吸して、店に向かって歩き始めた。
心の中に、はっきりとした一つの決意があった。そのために今、こうして歩いているのだ。

昨日アンジェラに言われたことを思い出した。
(………”自分を認める”………自分に嘘をつかない………)
今日はごまかしはナシだ。

店に入ると、また「いらっしゃいませー!」と大きな声をかけられる。
昨日もいた店員の人がこっちに気づき、「あれ?」という顔をする。顔を覚えられていたようだ。
「あ、かす…。店長さんいますか?」
その店員の人に声をかける。

「はい、今店の奥に…。呼んできましょうか」
「お願いします」
店員の人は少し小走りで店の奥へと入っていった。

ほどなくして、春日部さんが出てきた。
「や、やあ」
「あれ?あんたどーしたの?また新宿来てたの?」
「いやその、えーと…」
春日部さんは不思議そうな顔でこっちを見る。
どう説明したものか。思わず店の外のアンジェラのほうを見る。昨日と同じことをしている。

「あれ、もしかして昨日は泊まったの?」
春日部さんはこっちの服とアンジェラのほうを交互に見ながら言った。昨日と同じ格好だから気がついたのだろう。
「あー…、まぁ………」
「ふーん、朝帰り?ほーーー…やるじゃん」
「…うん、まあ」
「へーーー!ほーーー!」
相変わらず、こういう話題の時はすごく嬉しそうな顔で食いついてくる。
春日部さんらしいと思った。

「…春日部さん」
「ん?」
春日部さんは嬉しそうな顔の余韻を残したまま、こっちの顔を見てきた。


(…もう覚悟は決めたはずだ。言うぞ!!)


「………………俺」
「うん」
「アンジェラと付き合うことにしたんだ」
「は?」

春日部さんは目を丸くした。
「へえ…あ、そう」
「うん。それだけ!仕事頑張ってくれたまえ!!」
「は?ああ、ありがと…」
「じゃ!!」
そう言ってさっさと店から出た。長居は無用だ。


………我ながら変な人だと思いながら、アンジェラの元までまっすぐ歩いていった。
『言いたかったこと、言った?』
『言った』
アンは笑顔を作ったが、ふとその笑顔に憂いが混じったように見えた。

『そう…すっきりした?』
『うん』
『よかったわね、マダラメ』
『うん。それで、あの………………』

さっき言ったことをアンにも言おうとすると、アンはさっさと歩いていってしまった。

『アンジェラ?』
『………………………』

アンは返事をしてくれない。急に変化した態度にびっくりしながら、アンジェラの後を急いで追いかけた。
『アンジェラ?ど、どーしたの?』
『良かったわね、マダラメ』
アンはさっきと同じことを繰り返した。歩くスピードが緩まらない。

『本当に良かったわ!すっきりして』
『はあ…おかげ様で』
『じゃ、私の役目は終わったことだし、もう帰ろうかしら』
『ええ?か、帰るの?』
『そうだ、昨日マダラメの部屋にネックレス忘れたから、取りに行くわ。その後に帰る』
『そ、そう…』
アンは早口で一気に言った。聞き取るのに苦労する。


(………つーか、何か怒ってる???何で?)
駅へと向かうアンの早足に必死についていきながら、首をかしげた。

電車に乗り、駅で降りる間、アンはずっと不機嫌だった。
何か話しかけても投げやりな相槌を打つばかりで、会話にならない。

自分の家へと向かう間、急に気持ちが焦り始めた。
(そうだ、忘れ物を取りに行ったら、その後は帰ってしまう気なんだ)
伝えなければならないことがあるのに。

………歩いているうちに橋に差し掛かった。昨日アンとダイブした橋だ。
川の水は相変わらず濁っている。ただ、今日は天気がいいので、水面は日光を受けて少しキラキラしていた。

『アンジェラ!ちょっと待って』
橋の上で、少し大きい声で呼び止めた。
アンは振り向く。表情が硬い。やはり何か怒っている。

『…何か怒ってる?』
『怒ってなんかないわ』
『怒ってるだろ。さっきから態度が変だし』
『………………………』
『何でそんな嘘つくの?ていうか何をそんなに怒ってんだよ??』
『…嘘なんかついてないわ』
『じゃ、何でそんなに悲しそうなの?』
アンジェラは顔を歪めた。怒っている顔というより、何か悲しんでいるような顔だと思った。

『………自分に嘘つくな、って言ったのはアンジェラじゃねーか』
そうだ。それを教えてくれたのはアンジェラだったのに。
どうしてごまかす必要があるのだろう?

『…だって、私はもう必要ないもの………』
アンジェラは小さい声で言った。
『え?必要ない、って…?』
『マダラメがすっきりして、前に進んでくれたら、私の気は済んだの。それで良かったのよ』
『………………………………』
『明日にはアメリカに帰るし。もう思い残すこともないわ』
『え………』

頭が一瞬真っ白になる。
(………アメリカ帰っちゃうのか)

(また失恋??いやちょっと待て…でもアメリカ帰るんじゃ…いやだから!
今言っとかないともう言えなくなるんだぞ。また同じパターンに!そーすっとまた悩むんだぞカンベンしてくれよ俺(汗))

混乱したまま、とりあえず聞き返す。
『あ、アメリカ帰るの………?』
『ええ。明日の朝には』
『え…今度はいつ………』
『わからないわ』
『………………そうか』

(いや違う。そんなことが言いたいんじゃない。状況がどうとか、タイミングがどうとか、どうでもいい。)
…もう、自分をごまかすのはたくさんだと思った。


『………さっき、春日部さんに………』
『え?』
『春日部さんに言ったんだ』
『好きだって?』
『………いや』
『…いえ、やっぱり聞きたくないわ』
『アンジェラと付き合うって言った』

アンジェラは驚いた顔でこっちを見る。その顔が、不意に………。
また悲しそうな顔に戻った。
(あ、アレ?)

『………どうして?』
アンジェラは悲しそうな顔をする。少しは喜んでくれるかと思っていたので、アンジェラの表情に焦る。

『え!?いやその、どうしてっていうかその』
『もう明日にはアメリカ帰らなくちゃいけないのに』
『えーとでも、さっきはそれ知らなかったからつい………じゃなくてだな!』

アンジェラはこっちの顔をじっと見てくる。
『………………自分に素直になったら、思わずそう言っちゃったんだよ………』


(………や、やっぱ見切り発車はマズかったかな………)
沈黙が痛い。さっきからずっと変な汗が出てくる。

『………アンジェラ』
『………………………』
アンジェラは横を向いてしまった。複雑な表情をしている。

『えーっと…急で申し訳ないんだけども、昨日までは春日部さんが好きとか言ってたから信用できないかも知れないけど、でも本当に今は自分に嘘ついてないから…俺と』
『無理よ』
『………ぐ』

アンジェラに瞬殺されて言葉を失う。
『だって…』
『………………アメリカ帰っちゃうから?』
『それだけじゃなくて………』
『…好きだって言ったのは、あれは………嘘なんか?』
『………嘘じゃないわ』
『じゃあ、何で!』

アンは相変わらず悲しそうな顔をしている。悲しそうなのに、何で拒まれるのか分からない。
『…何で無理なの?別にしばらく離れてしまうのはいいけど仕方ねーけど…。
でも断られちゃうんはキツイっつーか、また失恋かよ!っつーか、あーもーーーーー!
アンジェラに振られたら俺、また凹むぞ!
また悲しい顔するぞ!!何年でも引きずるぞーーー!!』


拳を握って殺し文句を…いや、脅し(?)文句を………力説する。
他の女の人に言ったらどっ引きされそうだが、アンジェラには伝わるんじゃないかと思ったのだ。

『………また凹むの?私に振られたら?』
『そうね………………』
『………ちょっと待ってて』
アンジェラは胸の谷間からすっと携帯を取り出し、操作して電話をかけ始めた。
そんなところに携帯入れてたの?と、心の中でツッコミを入れていると、アンジェラの電話がどこかへ繋がったようで、元気に会話し始めた。

『ハイ、パパ元気?私は絶好調よ!
ところでパパ、明日からの予定なんだけど、もうしばらく日本にいることに決めたから!
え?そうね、ええ、わかってる。…ごめんねパパ、今回のパパの誕生日には帰れそうにないわ。旅行もキャンセル。
…だってモナリザはルーブルから逃げないもの。生きてるうちに会いに行けばいいわ。
あと、例の社長の息子だけど、私の趣味じゃないのよね。ええ、たくましいしモテるみたいだけど、私は苦手なの、あの男。
たった今ステキな彼ができたところだから!そう、前に言ってた人。早くパパにも見せたいわ!
………ええ?どうしても無理なのか、って?ごめんなさい。マイハニーは寂しがり屋だから、目が離せなくて。
ええ、埋め合わせは必ずするわ。パパの娘なのよ、信じて!じゃ、愛してる。それじゃーね!』

早口で一気に言うと、電話を切った。
『ふう!これで大丈夫』
『………………………………………………………………………………』


(何か今、聞き流せないワードがいくつもあったような)
固まっていると、アンジェラはにっこりと笑いかけてきた。

『これで当分日本にいられるわ!』
『…いいの?その………パパの誕生日がどーとか………』
『今回は仕方ないわね!』
『………………本当にイインデスカ(汗)』
『私が残りたい、って思ったのよ。他に必要な理由があるかしら?』

アンジェラはまたニコニコしている。その顔を見ていると、こっちも思わず笑ってしまう。
『…はは』
『どうしたの?』
アンジェラは不思議そうに聞いてきた。

『いや、アンジェラ見てるとこっちも楽しくなるからね』
『そう?………さて!明日の予定もなくなったことだし、これからどうしましょうか?』
『んーーー…と?…とりあえず家まで歩くか?ネックレス取りにいくんでしょ?』
『そうね!家まで行って…ついでに昨日の続きでもする?』
『え?昨日の…って、何?』
『フフッ』

アンジェラは含み笑いをする。
『?????』
『さあ、行きましょうか!』
『え?ああ、うん』

アンジェラは颯爽と歩き始める。
自分も、追いつこうとして早足になる。
横に並んで二人、歩いてゆく。



今日は珍しくいい天気で、風も少し暖かく感じる。
橋を渡りきる前に、相変わらず濁っている川の方に目をやった。
冬のわりに強い日差しを受けて、川の水が少しだけ透き通って見えた。

                    END