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背中 【投稿日 2006/07/13】

未来予想図


七月

 ***

7月の始め。荻上さんは悩んでいた。
ここのところ、ずっとスランプ気味だったのである。

(う~~………うまくシチュエーションが思いつけね………。
今までは勝手にイメージが向こうからやってきて、描く手が追いつかないほどだったのに………。)

今回、夏のコミフェスに当選して、ようやくハレガンで同人誌が出せる!と気合いが入っていたのに。

(どうすっかなー…。とりあえず今まで書き溜めてたイラストとかのシチュを使いまわしで、もっかいネームにおこして………。
いやいや、駄目だ。コミフェスで売る本だべ?やっぱ自分の力を存分に出しきらねーと!!
前回は50作って11しか…そのうち2冊はあげちゃったし。ってことは、売れたのは9冊。)

(…今回は50作って、目標30冊は売りたいなァ…。そのためにもやっぱ、中身のクオリティを上げねぇと………。)

…力みすぎてプレッシャーがかかっていたのだった。


(………考えすぎて頭痛い………ちょっと休憩するべか。
…はっ。もうこんな時間!?笹原さんがもうすぐ来るのに!!)

慌てて部屋を片付け始めた。

笹「こんばんは、荻上さん」
荻「こんばんは。…どうぞ」

笹原が来たのは夜11時ごろだった。今日も大変だったらしい。
荻上さんが麦茶を入れてくると、笹原はスーツの上着を脱ぎかけたままで床に伸びていた。

荻「…今日も疲れてるみたいですね」
荻上さんがテーブルに麦茶を置くと、笹原はゆっくりと起き上がり、グラスを手に取った。顔がげっそりしている。

笹「ああ、まあねぇ………担当の漫画家さんがなかなかネームあげてくれなかったからね。
もう2回ネームの〆切延びてるのに………。」
荻「え、2回?そんなに〆切延ばせるんですか?」
笹「いや、もうそろそろ原稿に入らないとやばいんだけどね。さっきようやくOK出て、やっと帰ってこれたんだ。」
荻「へえ………。大変ですね」
笹「…担当してる先生、煮詰まってくると逆切れはじめるからねえ………。
『思いつかないものは仕方ないじゃん』とか、まあそんくらいならいいんだけど、昨日は『君達が見てると集中できない』とか言い出してさ。
でも見張ってないと逃げそうなんだもん。実際何度か逃げたことあるらしいし。
そのうち八つ当たりになってきてさ。」
荻「へ、へえ………」
笹「あんまり理不尽なことばっか言うから、ついこっちも腹立ってさ。
『漫画描きたくないんなら、漫画家にならなきゃいいじゃないですか!』って言っちゃったんだ………」
荻「………………………(汗)」

笹「あとで小野寺さんに注意されたよ。『先生も言い過ぎだけど、言い過ぎ』って。でもねえ………」
荻「…笹原さんってけっこうキツいですよね」
笹「えー、そうなのかな?よく言われるけど…」
荻「ほら、現視研で夏コミに当選したことあったじゃないですか。それで、〆切前になっても漫画全然できてなくて。
そのとき久我山さんに、けっこうひどいこと言いましたよね。」
笹「でもあれは久我山さんが………」
荻「ええ、久我山さんが言い訳ばかりしてて、責任とろうとしなかったんですよね。久我山さんが悪いです。それはわかってます。
………でも、あれは言い過ぎだと思うんですよ。」
笹「え?」
笹原は荻上さんのほうを見た。荻上さんは目線を下に落として考えながら話している。

荻「『だから久我山さん、マンガ家になれないんですね。マンガ家になろうとしたこともないじゃないですか。
安いプライドを守りたいだけでしょ?』………って。」
笹「………………」
荻「その言葉はひどいと思いました。いくら描きたい気持ちはあっても、描けないことだってあるのに。
自信がなかったり、思ったように描けなかったり、納得いくものができなかったり………。すごく悩むんです。
それを『安いプライド』って言葉で切り捨てられるのは、聞いてて辛かったです。」
笹「…そっか………」
荻「もちろん、だからって責任回避していいわけじゃないです。笹原さんが怒るのも無理なかったです。
でも。私には久我山さんの気持ちもわかるから………。」

言いながら、荻上さんは思っていた。

(………『描きたい気持ちはあっても、描けないことだってあるのに』って、それ今のわたすのことだァ………。
気持ちばっかり焦って、イライラして、どーしようもねぇ……………。)


笹「そうかあ………久我山さんにも、先生にも、悪いこと言っちゃったなあ………」
笹原はしょんぼりと肩を落とした。

荻「………………でもまあ、きつい言葉が必要なときもあるんですけどね。」
笹「そうなの?」
荻「あの時の久我山さんも、きっと一押し背中を押してもらいたかったんじゃないですかね?笹原さんに。」
笹「ええ?でもあの時久我山さん、喧嘩ごしだったじゃない。俺、『原口みたいだよね』って言われたし。」
荻「ああ…」
荻上さんは苦笑した。

荻「…まあ、なかなか素直にはなれないものなんですよ。
思ったように描けなくて、すでにプライドが傷ついてるときに、笹原さんにも指摘されて。
『何で描けないんだろう』って、自分でも思ってるのに、他人にも言われると腹が立つんですよ。
…もちろん、描くのを引き受けた以上は、そんな風に怒るのは理不尽なんですけどね………。」
笹「ふうん………。そうかあ…。俺、漫画ほとんど描いたことないからよくわかんなかったよ。
俺の担当の先生も、そんな気持ちだったのかなあ。」
荻「もしかしたら、ですけど、そうだったんじゃないですかねー………。」

荻「…あ、でも、後で久我山さん喜んでましたよ」
荻上さんはあることを思い出した。

笹「ええっ?」
荻「ほら、笹原さんが、斑目さんと印刷所に入稿しに行った日。
あの日、笹原さんたちが出てから久我山さん、力尽きて寝ようとしてたんですけど、その前に私にこんな風に言ってたんです。
『笹原がサークル申し込みして、俺に漫画描いてくれって言ってきてくれたから、ようやく漫画描いて残すことができた。
本当はずっと描いてみたかったけどなかなか勇気が出せなかったから。
最後、学生時代にいい思い出ができて良かった。笹原には感謝しないとなあ………』って。」
笹「………………久我山さん、そんなこと言ってたんだ」
笹原は驚いた顔をしていた。


(久我山さんがそういうの、分かる気がする。わたすも………。)

現視研で初めてサークル参加して、あの経験のおかげで自分も同人誌を出してみたいと思ったのだ。
いや、本当はずっとやってみたかったけど勇気が出なかった。
………趣味を隠していたし、あの当時、自分の801妄想を描いた本を出して誰かに見せるなんて、考えられなかった。


………でも本当は誰かに見て欲しかった。自分の描いたものを読んで、面白いと言ってくれる人がいたらどんなにいいだろうって、心の奥ではずっと思っていたのだ。
…なかなか自分に素直にはなれなかったけど。
…あの、中学時代のこともあったし。


笹「あ、そう言えば夏コミの原稿、進んでる?」
笹原に言われ、ぐっと言葉につまる荻上さん。
荻「いえ、まだ………」
笹「そっか。荻上さんいつも早いから、珍しいね」
荻「………………なんか、スランプになってるみたいです。うまく思いつかなくて………」
笹「うーーん。…そういえば、801ってどんなときに思いつくの?」
荻「ええ!?…そ、そーっスね。ハレガンとかだと、漫画読んでたりアニメ観たりしてるときに………。
あとは、急に思い出すんですよ。授業中とか、家までの帰り道とか、お風呂入ってリラックスしてるときとか。
『あのセリフ良かったなあー』とか、『あのシーンは使えるな』…って。
エドが、大佐と口論してるとことか。エドが大佐にどんだけつっかかっても、大佐は大人だから余裕なんですよね。
それでまァ、エドと大佐が口喧嘩してるうちにだんだんその………。
ええーと、ま、まあそんな感じです」
笹「ふーん、そうなんだ。」
荻「………………な、なんか恥ずかしいっすね、口で説明すると」
笹「あははは」
荻上さんは顔を赤くして下を向いてしまった。笹原はそれを見てつい笑ってしまう。

荻「わ、笑わねーで下さい!」
笹「いやいやゴメン、荻上さんが可愛いから」
荻「なっ………」
荻上さんは真っ赤になったが、ふと頭の中にイメージがよぎる。


(………………自分の辛い気持ちを大佐に吐き出すエド。『悪い、弱音なんか吐くつもりなかったのに…』
辛そうな表情で大佐を上目づかいで見上げると、大佐は何故かいとおしそうな目でエドを見つめる。
『そんな風に弱音を私に吐くなんて珍しいじゃないか』『悪い、もう言わないからさ…』
『いや、もっと聞きたいものだな』『え?』『その間ずっと、普段は見られない君の憂い顔を見つめていられるからさ』
『た、大佐…?何言って…』『すまない。君が可愛いからいけないんだ』『なっ………』

そんであーなってこーなって………………………)


笹「………さん、荻上さん?」

荻上さんははっと我に返った。笹原が困ったような笑顔をこちらに向けている。
笹「またワープしてたね」
荻「いえその………………(汗)」
笹「どうですか先生?そのネタ、原稿になりそうですか?」
荻「え、ええ、まあ………………」

返事をしながら、
(うわーでもこのネタ絶対笹原さんには見せらんね、恥ずかしい!!)
…と思った荻上さんであった。


お風呂で浴槽につかりながら、荻上さんは考えていた。
乗り物に乗っているときとか、寝る直前とか、お風呂に入ってるときなど、気持ちがリラックスしているときに漠然とイメージが沸いてくる。
そんなとき、好きなカップリング同士が話してる所を想像すると、勝手にキャラが動いて会話が進んでいくのだ。
色々シチュを想像している間にいつの間にか漫画のネタができてくる。
そうやって想像しているときが一番楽しいかも知れない。実際にネームに切ってみると、イマイチってことも多いのだが。

頭の中で、コミフェスに出す本のイメージがだんだん固まってきた。


風呂から上がると、笹原はくじアンの新刊を読んでいた。
笹原は先に風呂に入ったので、スーツからラフなTシャツ姿に変わっている。
頭にタオルを載せたまま、床にぺったり座って真剣に読みふけっている。

荻「………………………」
荻上さんは、とりあえずドライヤーで髪を乾かした。

(…この耳の横の髪がいつもハネちゃうんだぁ。真横にぴーんと。やだなぁ。髪下ろしてると目立つなァ…。
寝癖で後ろの髪の毛まで逆立ってるときがあるし。)
できるだけ下にまっすぐになるように念入りに乾かした。

髪を乾かし終えると、笹原のほうをちらっと見る。
笹原は真剣な顔で、ページを遡って読み返しているようだ。


(………時間かかるんかなぁ。そういえば、今回の新刊、卒業した会長が出てくる話があったっけ?笹原さん会長好きだから………。)

(………………………。)


ふと思い立って笹原の背後のほうに寄っていき、後ろに座る。
(…何やってんだァ私)

(んでも、こっちに気づかんねぇかな………。)
笹原の背中を横目で見ながらしばらく待ってみるが、笹原はこっちを振り向かない。

(………………………………。)
一言声をかけてみればいいのだが、何となく声をかけづらい。


(………なんで声かけられねんだろ?)
心のどこかで、笹原さんのほうから気づいてこっちを振り向いてくれないかな、と考えているのだ。

(というか、何を期待してんだろ?私。い、いやそーでねぐて!)
一人で赤くなる。


笹原の背中を眺めた。
(男の人の中では笹原さん、小さい方だけど、私よりずっと肩とかがっしりしてて…。骨格とかも…。)
後ろから抱き付いてみたい、と思ったが、数センチ先の背中になかなか手を伸ばせない。

(………何で素直になれないんだろ?)
さっきから自問自答ばかりしている。

(………………卒業式の日は、服に気合い入れて行ったどさくさで勇気出せたんだけどなァ…。でも大野先輩の罠にかかるところだったんだっけか。くそー大野先輩………)
思い出して腹が立ってきた。

(…って、そんなことはいいや、今は…。)
また背中のほうへ目を向ける。


(………………………………………。)
気づいてもらえないのが、だんだん寂しくなってきた。自分から手を伸ばせないことが、勇気を出せないことが切なかった。
何故だろう?好きなのに。付き合ってるのに。

何で素直になれないんだろう?と、もう一度考える。
………恥ずかしいから?
そうだ。自分から手を伸ばすのが恥ずかしい。そしていつも、照れ隠しのためにきつい口調になってしまう。

素直になれないのは、………自分に負けてるようで、なんだか悔しい。


…でも。
(悔しいとか、恥ずかしいとかでねぐて…、ただ笹原さんが好きだから、でいいんじゃないだろうか?
それが素直な気持ちなんだから、素直に伝えたらいいんじゃないだろうか?)
急に胸がいっぱいになる。思わずそのまま手を伸ばしていた。


漫画に夢中になっていた笹原は、急に背中から抱きつかれてびっくりした。
笹「うわ、びっくりした!…荻上さん?」
荻「…笹原さん」
荻上さんは笹原の背中に顔を押し当て、しがみつくように笹原の胴に腕を回した。
小さい声で名前を呼んだ。

笹「ん?…どうしたの?」
優しい声で荻上さんに言葉を返す。その声を聴いて、荻上さんの強張っていた体から力が抜けた。


荻「…大好きです」
さっきよりも小さい声で、ようやく一言つぶやいた。


笹「………うん」
荻「………………………………。」


(………言葉が続かない。どうしよう)
やっぱり恥ずかしくて、一人で内心焦っていると、笹原が話し始めた。

笹「…荻上さんから好きって言ってくれたのって、初めてじゃないかな?」
荻「………そうですか?」
笹「うん。」

荻上さんは抱きついたまま、笹原の背中ごしに上を見上げる。
後頭部しか見えないので表情は分からないが、耳が赤くなっているのがわかった。
それを見て、胸の奥に暖かいものが広がる。

荻「…そ、そうですか?前にも一回言ったじゃないすか」
笹「え?そうだっけ」
荻「そうですよ。もしかして忘れちゃったんですか?」

…本当はこれが初めてだと分かっているのだが、照れ隠しからか、ついこんなことを言ってしまう。
困らせてみたくなったのだ。

笹「ええーーー?えーと、いつだったっけ?」
笹原の焦る声が聞こえる。そうやって焦ってくれるのが嬉しかった。自分のことを本当に好きでいてくれてるんだな、とわかるから。
我ながらイジワルだなァとも思うけど。


笹原が真剣に悩んでいるようなので、だんだん申し訳なくなってきた。
冗談ですよ、すみません、と荻上さんが言おうとしたとき、笹原が急に大きい声を出した。

笹「あ!もしかしてあの時かな?」
荻「へっ!?」
荻上さんはびっくりした。今回初めて言ったはずなのに、笹原は何を思い出したのだろう。

笹「えーと、ホラ、そのー…初めてしたとき………」
荻「ふぇッ!?」

(えっ!?そうだったっけか!?え?え?あの時!?でも記憶にないし…)
荻上さんが内心めちゃくちゃ慌てていると、笹原は聞いてきた。

笹「確かそうだったんじゃないかな?どうだっけ、荻上さん?」
荻「え、や、その…ち、違います!」
笹「あれ?でもあの時………」
荻「言ってません!絶、対、言ってません!」
笹「あれ~~~?」
荻「も、もういいです、その話は………」
笹「じゃあ正解教えてよ」
荻「教えません!」
笹「ええ~~~?気になるなあ」
荻「きっ、気にしないで下さい!!」


笹「あ、じゃあさ」
荻「…何ですか?」

笹原は自分の胴から荻上さんの手をゆっくりとどかし、荻上さんのほうに向き直った。
笹「答えの代わりに………もう一回、言ってくれないかな?」
荻「………………何をですか」
笹「や、だからそのー…大好き、って」
荻「もう言いません!」
笹「頼むよー」
荻「言いません!」

笹原は困ったような笑顔で荻上さんの顔を見る。
荻上さんは赤くなってうつむいてしまう。

笹「…荻上さん」
笹原が荻上さんの肩に手を置く。
顔がすごく近くにあるのを視界の隅にとらえながら、荻上さんはうつむいたままで言った。
荻「ま、また今度!…き、………気が向いたら………?」
笹「はい」

荻上さんがふと顔を上げると、嬉しそうな笹原の顔があった。
その顔がだんだんと近づいてゆく。


………その後、恋人同士がすることは一つでしたとさ。

               END  続く。


おまけ4コマ的な。

【そっち方面でも強気攻め】
小「笹原君って意外とキツイな。顔に似合わず」
笹「はは…。昔サークルの先輩にも言われました。やっぱ直したほうがいいですかねぇ…」
小「いや…そういうのもアリなんじゃない?面接で言ってたことと逆だけどね」
笹「え…そうでしたっけ?」
小「『作家のやる気を無くさせること』が一番してはいけないこと、って言ってただろ?」
笹「そうでしたかねぇ。でも、自分が言いたいと思ったことを言わないのは、自分を否定することになりますからね…。」
小「ほーー。」
笹「だから原稿をもらいに行くときは、強気でいかせていただきます!!」
小「あ、そう。まあ頑張れ」