現聴研・第九話 【投稿日 2006/06/01】
舞台の脇で司会のお姉さんがマイクを手に、明るく紹介する。
司会「次は、マイナー曲を広める使命を帯びたバンドだそうです。
それでは『げんちょうけん』の皆さん、どうぞー!!」
夏祭りの野外ステージに照明が灯り、現聴研のバンドメンバーが
白い光に照らし出された。
ステージの真ん中にはタンバリン片手の斑目が立っている。
暑いが細身のスーツっぽい、装飾の派手な衣装を着ている。
男性メンバーは全員、似たような感じで統一されている。
斑目の左側では、セミアコースティックギターを抱え、髪を下ろして
赤いノースリーブの、ロングのチャイナドレスに身を包んだ荻上が
緊張してモジモジとしている。
右側には笑顔で汗一つかいていない高坂が見える。その後ろにはキーボードが有り、
真っ青なサリー(インドの衣装)の大野が居る。顔を伏せているので髪で顔は見えない。
ステージの奥にはドラムセットがあり、久我山が座っているのが見えるが、既に汗が
だらだらと顔を伝って流れている。
観客の家族連れや中高生の集団が、ステージ上を見ながら軽くざわついている。
ステージ上から見ると、意外と人は多いが、近いうえにそう広くないので、
見に来ている人々の顔が良く見えて、どんどん緊張しそうになるが、最前列に
朽木と田中がカメラを片手に手を振っている。
田中は、衣装の出来栄えが気になるようで、かなり凝視している。
席に座らず横手に立っている、高柳の姿も見える。フォーク同好会も今日、
このあと演奏するので待っているのだ。
斑目「えー、ご、ご紹介に……あずかりました、げんちょうけんです…!!」
そう言うと、ぱらぱらとまばらな拍手を受ける。好意的な観客のようでちょっと安心する。
斑目「俺たちは、あまり知られていない名曲を、えーっと、掘り出して楽しんでまして、
今日は、皆さんにお勧めのマイナー曲をお届けしようと思います。
演奏はともかく、良い曲です。えー………それでは始めます。
1曲目は、ダバザックで『遠いメロディー』です。」
ちょっとグダグダ感のある自己紹介をなんとか終えて、久我山がスティックを打ち鳴らす。
久我山「ワ、ワン、ツー、スリー!」
バスドラムが響くリズムに合わせてギターのアルペジオが始まる。
キーボードの和音と、ベースのうねりも加わったところで斑目が歌いはじめた
斑目「♪そぉっと耳を澄ませて 遠い遠いメロディー…君の小さな胸に届く…」
すこし低い哀愁を帯びた歌声。まずまずの滑り出しだ。
上ずっていた歌声も、だんだんと潤って、伸び伸びとしてくる。
斑目「♪歯車にかき消され 人は何故 歌を失ったのーーー…」
淡々としたサビに合わせて荻上のギターはシンプルな伴奏を確実に刻み、
歌のメロディに絡まるように大野のキーボードもついてくる。
そして曲が終わると、パチパチと拍手が起こる。まずまずの反応だ。
特に目立った失敗も無く、1曲目は上手くいった。
斑目「どうだったでしょうか?続きまして、同じくダバザックで『星の誓願』。」
荻上は足元の切り替えスイッチを踏み、アコースティックギターのエフェクターに切り替える。
高坂のベースに合わせて、ザクザクした感じのギターストロークが響きはじめた。
斑目「♪僕はここにいる 君に遭う為に 数百年の時を越えて…」
だんだんと歌に入り込んでくる斑目。荻上のギターにも力が入る。
ズッチャ、ズッチャ、ジャーーン、ジャーーンとリズムパターンも変わる。
斑目「♪その時のためだけに 僕は生まれてきたのさ…」
間奏ではベースのソロもあったが、高坂はソツ無くこなす。
熱唱を終えた斑目は、曲が終わると少し肩が上下しているようだ。
露店や歩道を歩いていたお客さんも足を止め、立ち見したり、椅子の方に
入ってきたりと、徐々に空席が無くなってきた。
斑目「ハァ、ハァ…ありがとうございました。続きまして、宇佐実森『タペストリヰ』。」
そう言われて、荻上はビクリとしてから、その場に今まで使っていたギターを置くと
斑目が立っていたステージ中央にやってきた。
笹原が身をかがめて、横に立ててあったアコースティックギターを手渡す。
笹原「落ち着いてね。いつも通りに」
小声で言われて荻上はコクリとうなずく。
小柄な荻上に似合う、やや小ぶりなギターを抱えると、マイクに向かった。
荻上「今から歌うのは、私が小学生の頃にCMでやってた曲です、ではよろしく……。」
語尾が小声で消えていったが、それをかき消すようにギターを弾き始めた。
3拍子のリズム。ドラムのスネアも加わり、ハイハットで一旦締めると歌が始まる。
穏やかな歌い出し、だがサビに差し掛かると歌も、ドラムも情熱的だ。
荻上「♪時を載せてタペストリヰ 雛罌粟の華も 出会った空の蒼と一つになって往く…!!」
左足も細かく踏んでリズムを刻んでいるが、上体も大きく揺れている。
身をよじり、熱唱する荻上。今日の赤いチャイナドレスはこの曲のPVを意識したものだ。
コーラスに入りながら、斑目もタンバリンを叩く手に力がこもる。
間奏が終わり、最後のサビに差し掛かると転調して半音上がったが
ここで荻上はギターを弾くのを止めるとマイクをスタンドから外して
しゃがみこむように、マイクを抱え込んで強く歌い上げる。
荻上「♪時を載せて 描いてゆく タペストリヰーー… ah――― ohw―――」
歌のパートが終わり後奏に合わせて荻上の歌声がさらに響く。
今日はスタジオでの淡々とした様子と違い、実に情熱的である。
大野も長い髪を振り乱しての熱演であった。荻上の情熱パルスが伝染したようだ。
荻上「…どうも、ありがとうございました。」
パチパチパチ……(ピィーーーッ)強い拍手に混じって口笛も聞える。
その様子に驚きつつ、曲紹介をする。
荻上「次で、最後です。」
客席から「えーーっ」と聞える。お約束の返答だが、見ると高柳だ。
少し落ち着く荻上。落ち着くと、席の前列でGJポーズの朽木も見える。
それからは、とりあえず目を逸らした。
荻上「川島英六さんといえば演歌っぽいお酒の歌が有名ですが、フォーク歌手で、
アルバムを聴いていると代表曲以外にも良い曲が多いです。
その中から『月と花のまつり』、聴いてください。」
落ち着いたことの効用で、長い紹介を無事に述べることが出来た。
荻上「♪あの空の上の月 今は欠けてるけれど 生まれ変わってまた満ちてくる――」
斑目「♪あの空の上の月 今は欠けてるけれど 生まれ変わってまた満ちてくる――」
上のパートを荻上、下のパートを斑目が歌うデュエット編成だ。
曲調は川島本人の原曲を元にしているが、歌部分は実の娘のユニット、マキ&アナムの
バージョンでいく模様である。
荻上のギターはこの曲ではリズムを刻むのみ。キーボードの比重が大きい編成に
なっている。笛の音は笹原の打ち込みである。
久我山はドラムセットでなく、ボンゴを叩いていた。
荻上「♪何もかもが生まれ変わる 月も花も繰り返す波も―――」
斑目「♪ 何もかもが~アーーー 繰り返す波も……」
一部、斑目が主旋律に引っ張られそうになるが、特に違和感無く歌は続く。
荻上「♪命は遠く 空から降りた 地上に咲いている幾千万の花―――」
斑目「♪ラララ ラララ…………。」
曲が終わると、お客さんの拍手の中、全員で立って舞台の前に出て並んだ。
「「どうもありがとうございました!!」」
挨拶に合わせて大きくなる拍手。
そこで司会のお姉さんが出てくる。
司会「はい、げんちょうけんの皆さんでした。初めて聴く曲ばかりでしたが
良い曲はたくさん有るんですねぇ。それではありがとうございました。
では次のバンドに入れ替えです、少々お待ち下さい―――。」
その声に合わせて、客席がガヤガヤ、ざわざわとし始める。
席を立って食べ物や飲み物を買いに行ったり、トイレに行ったり、あるいは別の
イベントを見に行ったり岐路に着く人も居るのだろう。
暗くなった舞台の上で、興奮に包まれながらも、係の人たちに急かされて
大急ぎで機材を撤収する現聴研の面々だった。
その日は一旦大学に帰ると、夜遅くなっていたが某大手チェーン居酒屋と
カラオケ屋のハシゴで朝までコースだった。
皆、疲れているはずなのに大盛り上がりであったが、カラオケ屋では
「あの曲が無いのがおかしい!」「うぉぉ、例のバンドが消えてる!?」
と、毎度繰り返されるマイナー曲迫害意識に、熱意を新たにする現聴研であった。
最終更新:2006年06月03日 00:52