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時代 【投稿日 2006/05/26】

最終回に寄せて


「ところで荻上さんは何を着ていくの?」
卒業式前日。笹原さんの部屋。
それまで大野の『コスプレ教』を非難していたわたしに、笹原さんは唐突に尋ねた。
わたしは困惑する。
大野先輩を非難する自分に愛想が尽きたのか、とか
自分の普段の服装が気に入らないのか、とか
もしかしたら二人でペアルック的なものを着たいのか、とか…
さんざん悩んだ末、習い性になったきつい答えを返す。
「笹原さんの卒業式で、わたしには関係ありませんから」
言った瞬間に後悔する。
嘘です。
関係あります。
だから、『そうだね』なんて言わないでください。
「…ねえ荻上さん」
「なんですか」
「入学式の事憶えてる?」
笹原の問いに、わたしは昔に思いをはせる。
どうだったろう。
出席はした。式典の経過も憶えている。
でも、奇妙に遠い。
まるで幻のように。
ああ、でも憶えている。
これから始まるであろう新しい日々への期待を。

「荻上さんは何を着てた?」
「俺はあの時もスーツを着てたんだ」
「自分でも似合ってないってわかってさ」
「いっそのこと高校時代の制服で来たら良かったなんて思った」
「でもさ、今、卒業式を迎えて」
「少しでもスーツの似合う男になれたのかなあ、なんて…」
笹原さんの独白を聞きながら、自分を省みる。
自分はあの時から変われただろうか。
(変われたよ)
(こうやって他人と会話出来るじゃない)
自分の中のわたしが答える。
(そう?)
(過去を『忘れた』だけじゃないの?)
わたしが問い掛ける。
(わたしだって幸せになりたい。恋人を作って。デートして。・・・して。家庭をもって。互いに幸せだって笑いあえるような…)
(そうやって他人を犠牲にして自分の趣味を満たすの?一度でもそうしておいてまだ懲りないの?捨てられないのに、変われないのに、『彼が変わるかもしれないのに』)
心の中でわたし達が暴れる。
わたしを責める。
「荻上さん、大丈夫?」
気が付けば笹原さんが、心配そうにわたしの顔を覗き込んでいた。
「大丈夫です」
微笑みながらそう答える。
でもこの時は、笹原さんが微笑みに誤魔化されてくれたか自信がなかった。

卒業式当日。
いつもより三時間も早く起きて、わたしは服を選んでいる。
一度は、いつも通りの服装で出かけるつもりだった。
でも思ったのだ。
これはわたしの、もしかしたら一生に関わる大事な人のイベントではないのか、と。
そうと決まれば、そんな格好ではいけない。
タンスやクローゼットを引っ掻き回す。
自分の持っている服を脳内に列挙する。
高校時代の服は却下。いくらサイズが変わらないからといって、それはダメだ。
いつもの男物+オーバーサイズはダメ。これじゃ普段と変わらない。
いつか店員に押し付けられて買ったような服もダメ。あくまでわたしのスタイルで。
服という服を引っ張り出し、あーでもないこーでもないと見比べた挙句、悩みに悩んで決めた。

そしてその時。
「こんにちは!」
意気込んで話し掛ける。
気付いてください。
わたしを。
何か言って下さい。
否定でもいいですから。
でも、返ってきたのは
「こんにちは」
という挨拶だけ。

思わず不機嫌になる。
その後の会話なんて、わたしにとって無意味だと思った。

そして今、笹原さんと二人きりで部室にいる。
「部室に用事って…なんですか?」
「ん、いや…大した事じゃないんだけどね…」
わたしの問いにも、笹原さんは顔を向けてくれない。
それどころか、”お気に入りの同人誌(しかもエロだ)”を探し始めた。
わたしは凍る。
高校時代のように。
全てに興味がないかのように。
笹原さんが何か言う。
わたしは何か答える。
でも、ただ
「ただ」
聞きたくて
「何か忘れてないすか?」

笹原さんがいろいろ言う。
違います。
そんな言葉を聞きたいんじゃないんです。
でも確かにその通りです。
あの時の、出会ったときのわたしは。
自分の事しか考えられなくて、傷つきたくなくて、他人を傷つけて、孤立して…
ごめんなさい。わたしは初めて出会ったとき、あなたが…いえ、あなたも嫌いでした。
だってあなたもオタクだったから…

でも今は思います。あなたがオタクで…いえ、現視研で本当に良かったと。

だから、応えて下さい。
わたしに。
わたしを受け入れて下さい。
わたしを抱きしめて下さい。
わたしにキスして下さい。

そう思いながら彼に近づく。
彼がわたしの肩を抱く。
彼の唇が近づく。
彼が目を閉じ、わたしも目を閉じて、
互いに触れ合う唇の感触に全てを委ねようとして、
期待に胸を膨らませていると、
彼が不意に口を開く。
「大野さん、トイレにしちゃ長すぎねえ?」

「は?」
我ながら間抜けな声を出す。
(どうして?どうして大野先輩の名が出るの?どうしてわたしだけを見てくれないの?どうして?)
疑問だけが渦巻く。
笹原さんは窓の外を睨み、携帯を取り出す。
つられるように視線を追う。
手を振る高坂先輩。
ようやく気付く。
全て見られていたことに。

わたしはむくれる。
見られていたことに。
見られていたのでキスしなかった、笹原さんに。
「お姉チャンの方からせまってたよね」
そうです。
その通りです。
でも、だって、あの時は、普通なら…
大野先輩が何か言う。
”会長”
その言葉だけが残る。
皆が言葉を連ねる。
(やめて)
(わたしにはそんな資格ない)
(でも…)
否定しながら、どこかで思う。
(『わたしが会長になったあかつきには…』)
皆の推薦を否定する。そんな中、心のどこかで期待していた笹原さんの言葉。でもちっともわたしに響かない。
恵子さんが笹原さんをけなす。大野先輩まで否定する。
(やめて。わたしの所為で笹原さんを否定しないで)
「なんですか、もう」
わたしは口を開く。
もう止まらない。止まれない。
「やればいいんでしょう」
口に出してしまった以上。
「さあ。ほら。みなさん一度帰って着替えるんでしょう」
皆を見渡す。
皆がわたしを見つめている。
嬉しそうに、切なそうに、楽しそうに、くやしそうに…
笹原さんも見つめている。
「笹原さんもです!!…わたしも一緒に行きますから!」
その言葉を受けて笹原さんは笑いながら答えた。
「はい」

まわる まわるよ 時代はまわる
別れと出会いを繰り返し
今日は倒れた旅人たちも
生まれ変わって 歩き出すよ