※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

キモハラグロの城・1 【投稿日 2006/04/22】

マダラメ三世



深夜の東京。有明のビッグサイト…。屋根からロープを吊るし、フロシキを背に抱えた男2人がスルスルと降りてくる…。
一人はやせていて、覇気のなさそうな顔に丸メガネが光っている。もう一人は後ろ髪を束ねていて、必死にロープにしがみついている。
けたたましいサイレンが鳴り響き、2人はピッタリの呼吸で足並みを揃えて全力疾走。瞬く間に逃走していった。

早朝の東京。レインボーブリッジ。東京湾港の方から昇る朝日がまぶしい。
骨董品と言っていいスバル360に2人の男が乗り、レインボーブリッジを渡っていた。助手席に座っている髪を束ねた男は、“戦利品”が詰まった風呂敷を広げた。
「……どれも発行部数の少ないレア品だぜ。作者にゃ悪いが大漁だ。そらマダラメ、同人誌のシャワーだ、ほれ!」
「ウワー、熱い熱い!」

ハンドルを握りながら笑う彼は、「お宝」と化している年代物やレア物の同人誌やイラスト原稿を狙う自称義賊・マダラメ三世である。今回は相棒のタナカとともに、ビッグサイトで行われていた展示会から、貴重な同人誌を多数拝借したばかりであった。

「熱い熱い!、ある意味イタイイタイ!」とはしゃいでいたマダラメだったが、目の前にこぼれた同人誌の1ページに目を留めて顔色を変え、車速を落としはじめた。
タ「どうしたマダラメ」
マ「棄てっちまおう…」
驚くタナカに、視線を前に向けたまま答えるマダラメ。
マ「ニセモノだよ。人気同人作家やプロの作風そっくりの本を出して売る。これはおそらく……ゴート本だよ」
タ「幻のニセ同人というアレか」
マ「年代物にまで出回って来たとはな。タナカ~、次の仕事は決まったぜ。前祝いに、いっちょパアっとやっか!」
スバル360のドアやサンルーフから、大量の同人誌や萌え絵の原稿がばらまかれ、レインボーブリッジから風に乗って空へ、そして海へと舞い上がって行く……。


【マダラメ三世 キモハラグロの城】

♪…幸せを尋ねて 私は行きたい
  「イバラの道」も「最後の砦」も1人で抱えて生きたい
  キモオタのイタい心を 誰が抱いてあげるの
  誰が妄想を叶えてくれる
  悶々と萌え盛る 私のロリ愛
  春日部さんには 知られたくない
  部室で私を包んで…♪


はるばるヨーロッパまでやってきたマダラメとタナカ。スバル360は国境の検問を易々と抜け、中世の城郭都市の面影を残す門をくぐった。
マダラメがハンドルを握り、隣でタナカが縫い物をしている。彼にとってのパートナーであるオオノの変装やコスプレに使う衣装だ。
揺れる車内だが、タナカは器用に針に糸を通しながら、マダラメに問いかけた。

タ「キモハラグロ公国とは聞かない名だな」
マ「人口801万人の国連加盟国だ。だが、実はゴート本の根拠地と噂されているんだ……」

オタクの裏事情を話し始めると長いマダラメだが、今日は口数が少ない。
「ふー…」とため息をつくと、車窓から過ぎて行く風景に目を移す。
どこまでも広がる高原と明るい陽射し、雲の影がゆっくりと移動している景観美に気持ちが自然と和んでくる。
マ「平和だねぇ…」

マダラメが呟いた矢先、後方からけたたましい爆音を響かせて、2台の車が追い抜いて行った。
前を行く車には、白いドレスを着て、筆のような髪型をした少女が、追いかける後ろのトラックにはサングラスとコートの男達が乗り込んでいた。

タ「どっちに付く?」
マ「女ぁ!」

マダラメがハンドル下のレバーを引くと、スバルのバックハッチが跳ね上がり、露出した特製エンジンのファンが急回転する。
マダラメのスバルは、「掲載誌のよしみで」という訳の分からない理由で、日本の猫実工業大学自動車部に依頼した改造車である。
彼らの車は、猛スピードで前の2台を追った。


3台の車は峠道を爆走する。
既に少女の車は崖の壁にぶつけられて半壊したまま走っていた。
スバル360が“追っ手”のトラックの後方に追い付いた時、タナカが愛銃44マグナムを手にして、ルーフから身を乗り出した。
タイヤを狙い撃ちする……しかし、タイヤにはダメージが与えられなかった。

タ「ただの車じゃねーぞ」
マ「ヤロー、まくるぞ!」

マダラメのスバルは、先にヘアピンカーブがあるにも関わらずスピードを落とさない。
減速したトラックをインから瞬時に抜くと、ガコッ!という音をたてて、カーブ内側の溝にタイヤを滑り込ませ、減速しないままヘアピンを曲がり切った。
ゴワァァッン!
マ「見たか“溝落とし”! 伊達にイニD読んでるわけじゃねーぞ!」

助手席で揺られながら、タナカがマグナムの弾倉を装填し直す。
タ「今度のはひと味違うからな!」
スバル360がサングラス男の車の前に飛び出ると、タナカが正面から銃撃。鉄甲弾がフェンダーごとタイヤを破壊し、男達の車はクラッシュした。
タ「ヤッターッ!」


少女が乗った車は崖の路側帯に止まった。
マダラメは近くに車を停めて、車を降り、「おーい、大丈夫か?」と声を掛けた。
しかし、マダラメはすぐに青ざめた。車を降りていた少女が、ガードレールをまたいで崖の淵に立っていたのだ。

「これ以上近付いたら…死にます!」

純白のウェディングドレスを身にまとった少女は、筆を思わせるような妙な髪形をしていたが、強い意志を感じさせる瞳でマダラメをキッと睨みすえている。

大汗をかきながら押しとどめようとするマダラメ。
「痛いだけだよ~。なんでそんなことするかな~」と尋ねると、少女は一言、「あてつけ」と答える。
「いやいやいや。おじさんたちは敵じゃないからさ~」と下手に出るマダラメ。
「敵じゃ…ない?」少女が少し警戒心を緩め、マダラメは彼女に触れることのできる場所まで近付くことができた。

マダラメの後ろに立っていたタナカが、半壊した少女の車の座席に目を移した。
「あ、同人誌が落ちてる。しかも801だぞマダラメ!」

自分の所持品を見られた少女は顔面を蒼白にし、目は大きく見開かれプルプル震え出した。
マダラメが「やべえタナカ黙れ!」と、相棒に叫んだとき、少女は崖っぷちからダイブした。

「!!!!ッ」
思わず少女に抱きつく様に飛び込んで一緒に落ちて行くマダラメ。
腰のベルトに隠しているワイヤーを投げ……た瞬間、マダラメは後頭部を岩場にクリティカルヒットした。

崖はそれほど高くはなかったようだ……。


「……う、うん……」
少女は、マダラメがクッションになり、「暗黒流れ星」の要領で落ちたために無傷だった。
「……もし……」

頭から血をドクドク流して気絶しているマダラメを見て、(やべエ)と思った少女だったが、川の向こうから汽船に乗って新たな追っ手が近付いてくるのに気付き、その場から駆け出して行った。
立ち去る際、彼女はドレスの懐に隠していたメガネを、マダラメの足下に落としてしまった……。

「大丈夫かマダラメ~」と、タナカが半ば呆れながら崖の上から降りてきた。

マ「う~ん、俺のロリキャラは?」
タ「何言ってんだ……」
マダラメとタナカは、汽船に乗った男達が少女を連れ去って行くのをただ見守るしかなかった。

マ「ちくしょ~……ん?」
マダラメの足下には、度の強そうなレンズの分厚いメガネが落ちていた。銀ブチの高価そうなメガネだ。
タ「あの娘のメガネか?」
メガネを拾い上げたマダラメは、「……まてよどっかで……」と、ふと何かに気付いて真顔になった。


マダラメ達は、城下町から離れた廃墟にやってきた。
豪奢であったであろう屋敷が、石畳や壁を残して崩れ、朽ちている。タナカをそっちのけで、何かを確認するかのように廃墟を歩きまわるマダラメ。
屋敷跡の裏手は、庭があり、その先へ歩くと大きな湖に出る。
湖の中ほどに、巨大な城郭が見えた。

マダラメはそれを睨みながら、「あれがキモハラグロ伯爵の城だよ」とタナカに告げて、また屋敷跡の方へと歩き出した。
「おいマダラメ、こんな所になにがあるってんだよ」と問い掛けたタナカは、朽ちた屋敷のそばで、足下の石炭を踏んだ。
「火事か…」

「あんたたちはここで何をしてるんだ!?」

掃除用具を抱えた青年が、2人を呼び止めた。いかにも素朴な、取り柄のなさそうな顔をしている。
マ「いやあ、ここって大公殿下の屋敷じゃなかったっけか?」
青年「今でもそうだよ……火事で大公夫妻はお亡くなりになった。だけど、伯爵がいるから困らないそうだ……」

その青年は、悲しい表情を見せた後、「見たら早く帰ってくださいよ……」と言い放って去って行った。


キモハラグロ公国の城下町。
通りは観光客でごった返している。街の一角の宿屋兼パブで食事をするマダラメとタナカ。店内もお祭り騒ぎのように多くの客で賑わいを見せていた。
マダラメは川岸で拾った銀のメガネを飽かず眺めている。

「お客さん熱心ね~何を見てるの?」

マダラメが顔を上げると、髪を赤く染め、ちょっと化粧の濃いウェイトレスの女の子が立っていた。
彼らのテーブルにスパゲティをドンと置くと、マダラメの手元に顔を近付ける。マダラメは思わず赤くなる。
カウンターの方から、「ケーコちゃんこっちも頼むよ」と声が掛かるが、女の子は振り向きもせず、「ちょっと待ってよ!」と返事をした。

ケーコ「……これ、オギウエ様のメガネと同じよ」
マ「オギウ…エ?」
「そうよ、あの写真の方」と、ケーコが指した壁には、セピア色の肖像写真が掛けられていた。マダラメが手にしているのと同じメガネをかけている少女の姿。

ケ「大公様のお嬢様よ。火事の後、最近まで“衆道”院に入っていらしたの。きっと奇麗におなりよね~。お客さんたちも伯爵様とオギウエ様の結婚式を見にきたんじゃないの?」
マ「結婚式。そーかあ…それで客がいっぱいいると思った~」
マダラメが自分の後方に目を向ける。こちらをチラチラ覗いていた男が目をそらした。

ケ「でもオギウエ様かわいそう。伯爵って有名なキモオタなのよ!」
マダラメはおどけて、「あらそう、俺みたい~!」とまでは言うが、(今晩どお?)とは聞かないし聞けない。基本的にはヘタレである。

ケーコは、もう一度マダラメとメガネを見つめた後、踵を返してカウンターの方へと帰って行った。その顔色が険しいものになっていたことに、マダラメは気付かなかった。
タナカがスパゲティを平らげながら問いただす。
「お前、廃墟のことと言い……あの筆頭の娘のこと、知ってたな?」
「あれ~、言わなかったっけか?」


パブの上階の部屋に泊まったマダラメとタナカ。マダラメは手製のバーナーを使って何かを鋳造していた。部屋のベッドにはタナカが寝転がっている。
マ「パブのあの客、伯爵のスパイだな」
タ「メガネをねらってくるか……な?」
マダラメが手早く工作機器を片付ける。部屋の周囲に何者かの気配がするのだ。

部屋に飾ってあった戦斧を構え、ドアが開くのをまちかまえる2人。しかし来客はいきなり天窓を破って天井から落ちてきた。侵入者は黒尽くめで、鉄製の鋭い爪を備えている。
反射的に銃を発射するタナカ。しかし相手は生きていた。
弾丸は頭に命中したが、顔を覆うマスクの下に、鋼鉄製の兜が覗き、致命傷を与えていないことが分かった。
「こいつらマグナムが効かねえぞ!」

呆気にとられるうちに、ドアから大勢の黒尽くめの男達が入ってきた。
「うわあ~、コスプレさんのおなりだあ。…タナカ!」
マダラメは一声叫んで閃光弾を投げた。黒尽くめが怯んだ隙に、2人は窓から隣家の屋根に飛び移り、さらに駐車場に停めてあるスバル360へと飛び下りる。

しかし、すでにスバル360はエンジン部分が破壊されていた。

タ「やばいぞマダラメ。ここまで手を回してやがったとは…」
マ「普通ここで車に乗り込んでテーマ曲が流れる中、脱出じゃなかったか?あわわわ!」
もうすぐ追っ手が飛び込んでくることだろう。逆境に弱いマダラメは、想定外の出来事に動揺した。

その時、2人の姿をヘッドライトの光が照らし出した。
若い女の声で、「あんたたち、早く乗ってッ!」と指図され、マダラメとタナカは光の方へと駆け出した。


飛び込むように乗り込んだワゴン車の後部座席で、ようやく一息ついたマダラメは、声の主がパブのウェイトレス(ケーコ)であることに気が付いた。
ケーコはマダラメに、「あんたの持ってたメガネ、アイツ本人がかけてたところを見た事あるんだ」と語りかけた。
マ「あ、あいつ?」
ケ「オギウエ様とか呼んでるけど、あれは一応大公のムスメだから。みんなオカシイよね~、あの髪型変だって言ってやればいいのに…」

一人でしゃべり出したケーコに、運転席の男が、「ケーコ!うるせー」と叱る。
ケーコはハッとして、「あ、そうそう、メガネのことをアニキに話したんだよ」と言う。
後部座席から前へと身を乗り出したマダラメは、運転席の男を見て、「あんたは確か…」と呟いた。そこにいたのは、大公の居城跡を守っていた使用人の青年だった。

ケーコは、「うちのアニキのササハラ・カンジだよ。ほらサル、何か言いなよ」と乱暴に紹介する。
ササハラは、「うるせー!こんな面倒なことは嫌なんだ。……だけど、オギウエさんを助けられるかもって言うから来たんだぞ」と怒る。

ササハラ青年は、運転席でまっすぐ前を向いたまま語りはじめた。
彼は、大公家の使用人として働きながら、オギウエの成長を見守ってきた。
マダラメが感じたという、強い意志を感じさせる瞳も、彼女の内面を隠すベールでしかないという。かたくなな言動の奥に、少し触れただけでも崩れそうな脆い心が包まれているのだと、ササハラは語る。

人の機微には鈍感なマダラメだが、ササハラの言葉に、(ただの使用人として、主筋の心配をしているわけじゃあなさそうだ…)と気付いた。
ケーコも無関心そうに窓の外を眺めているが、ドアガラスに映し出された瞳は、兄の心を案じるように不安げに虚空をさまよっていた。

マ「分かったよ、ササハラ…だっけ。オギウエさんを取り戻そう。俺もそうしようと思ってたんだ」
サ「でも…どうやって?」
マ「もう布石は打ってあるさ。ササハラ、大公さんの屋敷跡へ走ってくれ!」


城下町を見下ろす様に、キモハラグロ伯爵の治める城がそびえ立っている。
城は天然の堀ともいうべき湖に四方を囲まれている。城と陸地を結ぶのは、城下町に連なる城門橋と、遠く湖の向こう、大公邸跡地まで連なるローマ時代の遺構の水道橋しかない。

天守にあたる塔とは別に、独立してそびえている北の塔。そこにオギウエは監禁されていた。いまオギウエは、薬を嗅がされて眠っている。
彼女の牢ともいうべき部屋から、ずっしりとした恰幅のいい男性が出てきた。
金ブチの丸メガネをかけ、その奥に細く光る目。彼こそ大公家亡き後、公国の実権を握っているキモハラグロ伯爵である。

伯爵が北の塔のロビーから、エレベータに乗る間、その入口で召し使いの女性が頭を下げて見送っていた。伯爵が去ると、召し使いは顔をあげる。
彼女は周囲の気配を気にしながら、ロビーを出た。カーテン裏から秘密の通路をくぐって移動する。
この城に召し使いとして採用されて数か月のうちに、彼女は中世以来のこの城の仕掛けや秘密路を暴いて、自分の移動に用いていた。

彼女の名はサキ。キモハラグロ伯爵を探りにきた女スパイである。

やがてサキは、伯爵のオフィスを覗くことのできる小部屋までやってきた。伯爵自身がこの部屋の存在を知っているのか、サキには分からない。


キモハラグロは、オフィスのデスクで熱心にマンガ原稿らしきものに見入っていたが、フンと鼻息を荒くして、その原稿を放り投げた。

伯爵「だめだめ~こんなの。吉○観音のキャラの柔らかい線が再現されていないぞ!」
執事が青ざめ、「しかし、工期が短い中ではこれが限界です」と答える。
伯爵「オギウエが描くようになれば、もっと楽になる。それまでは工期も遅らせてはならん!」

そこに、マダラメ達を襲った黒尽くめの暗殺者の一人が、音もなく現れた。
伯爵「ナカジーか……、失態だったようだね」
暗殺者がマスクを脱ぐと、それは美しくも冷たい表情の女性だった。
彼女は納得のいかない様子だったが、「申し訳ありません」と頭を下げた。
キモハラグロは、ナカジーの背中に張り付いた紙切れに気付いた。

紙を手にしたナカジーに、伯爵は、「読んでみろ」と促す。
「え~、キモイオタの伯爵殿、花嫁はいただきます。近日参上、マダラメ三世……」
覗き穴から部屋の様子を伺っていたサキは眉をひそめた。
(マダラメが……?)

伯爵は、動揺することなく細い目をさらに細めて笑った。
「良かったなナカジー、獲物が向こうからやってくるぞ」
ナカジーは険しい顔で、「伯爵様、婚礼が終わったら……」と意見する。
伯爵は(またその話か…)と呆れた表情で、「分かっている。私はオギウエが管理下にあって絵を描いてくれればそれでいいんだから。あとはお前の自由にすればいい」と答えた。

(何だか事情は複雑そうね…)サキは、自分の持ち場へと帰るべく、静かに小部屋から出て行った。


翌朝、霧のけぶる農道を、ワラを積んだ馬車がゆっくりと移動している。荷台には、ワラの上に座った日本人の女性の姿があった。
馬車は、大公邸の跡地に止まる。

邸宅跡地の裏庭、伯爵の城に連なる古代ローマから遺された水道橋の入口がある。
タナカは、ここにキャンプを張っていた。そこに、馬車で移動してきた和服の女性が現れた。日本刀を手にしたオオノだ。
タナカの表情がパッと明るくなる。
「オオノさん早かったね」
「ええ、仕事ですか?」

タナカは足取りも軽やかに、キモハラグロの城を見渡すことのできる高台へと向かった。
水道橋の大公邸側の岸には、巨大な時計台がそびえている。時計は今は動いていないようだ。
時計塔のそばで城を監視していたササハラが「あ、タナカさんですよ」と、双眼鏡を覗き込んでいるマダラメに話しかけた。
タナカが、「オオノさんが着いたぞ」と伝えると、マダラメも「こっちもお着きだぞ」と、双眼鏡をタナカに渡す。
双眼鏡で城の橋を見たタナカは驚愕した。母国で見慣れたモノが城内に向かって走っていた。
タ「ありゃ日本のパトカーだ!」
マ「キタガワだよ」

城内に停車したパトカーと機動隊トラック。
中からぞろぞろと日本に警官たちが降りてきた。屈強な男達がブーツでドカドカと駆ける中、一人だけヒールで脚線の美しい足首が混ざっている。
タイトスカートにトレンチコート。インターポールのマダラメ専任捜査官、北川警部がメガネを光らせた。

マダラメは、北川警部らの車が城門をくぐった際、「さてと、役者が揃ったな」と呟いた。


「インターポールはこんなことで人の朝食を騒がすのかね…」
キモハラグロ伯爵はスクランブルエッグを食べながらため息をつく。
ピク、と口元をひくつかせた北川警部は、「伯爵、マダラメをあなどってはいけません!」と反論する。

北「ところで伯爵。マダラメはなぜ花嫁をねらっているのでしょう?奴は二次元が専門のはずですが…」
伯爵「それを調べるのも君たちの仕事じゃないのかね?」
のらりくらりとしたキモハラグロに、北川は少々腹立たしくなり、「いやぶっちゃけ私はあのロリコン捕まえることができれば理由はどうでもいいんですがね!」といきり立った。

「それは オ ナ ニ ー だよ。捜査の裏付けによる立件の否定かい?」
伯爵の一言に思わず周囲が凍り付く。北川は真っ赤だ。
「あ……女性でしたね、失礼」と語る伯爵は、続けて、「しかし、こんな大勢で押し掛けておいて、マダラメが捕まらなかったら悲しいよぉ~。日本に帰るとき空港で荷物を出すのに行列するんだ、アレは悲しい!これがまた進まねえんだアハハ」と笑った。
伯爵は食事を終えると、チリチリンと呼び鈴を鳴らした。
「この国にも警察はあってね。もっとも優雅に衛士と呼んでいるがね…」

伯爵の部屋を後にした北川警部は、城の庭園へと足を運んだ。
背中に無線機を背負った機動隊員の一人、朽木巡査長が駆け寄る。
「警部、この庭、対人レーダーの反応がありますニョ。素人にしては警備が厳重すぎますヨ」
北川は、「…いけすかん城だな…」と呟いた。
長時間の乗車で足もムレている。痛みと痒さにいら立ちを感じ始めていた。


その夜、ローマ水道橋の入口前で、マダラメが黒いウェットスーツを身にまとい、小型酸素ボンベをチェックしていた。
水道橋の水路を潜って城に潜入しようというのだ。

そこにササハラとタナカが歩み寄ってきた。
「ササハラお前、その格好…」マダラメはササハラがウェットスーツを着ているのを見て驚いた。
タナカが、「実はオオノさんに事情を話したら、彼女が盛り上がっちゃって…。“ササハラさんにはオギウエさんを絶対幸せにしてもらいます!ササハラさんも城へ行きなさい!”とか言い出して…」と説明した。

ササハラにとっては、オオノに勧められなくても城へ行く覚悟はしていた。
大公家の使用人として、昔からそば近くでオギウエを見てきたのだ。今回の結婚が彼女にとって幸せなはずがないとは思っていた。
ササハラは、(俺に足りないのは覚悟だ)と、何度も心の中で繰り返し、「俺も連れて行ってください」とマダラメに直訴した。
マダラメは、「わかったよ」と苦笑いした。

やがて2人は水に腰まで浸かり、ローマ水道の入口へと歩み始めた。

(つづく)