※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

笹荻BADEND2 【投稿日 2006/04/16】

笹荻BADEND


笹原がことに異常さを感じ始めたのは3日を過ぎた頃からだった。
平時から小まめに連絡を取ってくる荻上が3日間何の連絡もよこさない。

その直前、何か怒らせるようなこともしたからかと思い、
比較的荻上と会う斑目や、彼女が信頼を置く春日部や大野に聞いてみたが
それらしい様子は見られなかったと言う。

1週間。
意を決して荻上の携帯電話から、彼女の実家の電話番号を調べ学校の関係者を
装って電話をかけた笹原は殴られたようなショックを受ける。

実家には戻っていない。
電話で話す限り特に急を要する何かが起こっているような気配も感じれられない。


なんとか動揺を隠し通したまま電話を切った笹原は荻上が残したメモ書きを見つめる。


何かのトラブルに巻き込まれたことには間違いない。

常識的に考えれば、警察に相談するのが最良だ。
だがこんなメモ書きを残しているということは、巻き込まれることをある程度予測していた上で、
一人でそこに向かった。そこには何かしら知られたく無い事情があったのだろう。

とすれば、少なくとも自分と彼女をよく知る人間で彼女を探し出すしかない。

だがまだ入社したてで基本的な仕事すらままならない笹原が
仕事と平行しながら何の手がかりも無く消えた荻上を探すことができる訳も無かった。
他の現視研のメンバーにも協力してもらい、わずかに自由になる時間を全て費やして、
やっと集まった手がかりらしい手がかりは荻上が消えたその日の夜遅く、
見慣れないナンバーの車がアパートや大学の近くをうろうろしていたと言う、ただそれだけだった。


1ヶ月。
何の進展も得られないまま時間だけが過ぎていく中、
笹原は疲労から、出向いた先の作家の事務所で気を失ってしまう。

病院で気を取り戻した笹原を迎えたのは面接を担当し、
今は直接の上司となる小野寺のきつい一言だった。
「まったく。自分の体長管理一つできない奴が、他人のスケジュール管理ができるとでも思うのか、この馬鹿が。」
「すいません。」

締め切り間際に編集者の方が倒れると言う前代未聞の珍事に社内は大騒ぎであったらしい。


「すいませんで済むか。お前一つのミスが全体の足を引っ張るんだ。」
「はい…。」
全くだ。このまま完全に倒れこんでしまえば荻上を探すことすらできなくなる。
延々と続く小野寺の小言に詫びを入れながらも頭は荻上のことで一杯だった。
「本当にすいませんでした。」
「分かればいい。で、なにがあった?」
「はい?」
「はい?じゃない。厄介事を抱えてるんだろうが。
そう言うのは先延ばしにせずさっさとケリをつけて仕事に集中しろ。」
現視研のメンバー以外に話すつもりは無かったが、
こんな大事を起こしてしまった以上、正直にことの経緯を話すべきだろう。


「…成る程。全く。実に厄介な奴だな。」
ぼやきながら小野寺は上着からスケジュール帳を取り出すと、
そこに電話番号を書き込んで笹原に渡す。
「これは?」
「俺が良く世話になっている興信所。全額現金前払いだが腕は確かだ。」

曰く、締め切り日を前に逃亡した作家の身柄を取り押さえる為によく利用しており、
人探しだけに関して言えば、警察よりもはるかに優秀らしい。

一見の客であれば、笹原の給料3か月分は取られると言うことからも
かなり際どい手法を使っているであろうことは容易に想像が付いたが
それでも、少なくとも自分が知る中では初めて小野寺から出た他者を褒める言葉は
信頼に値するだろう。


小野寺からの紹介であれば、と言うことで提示された金額は
それでも笹原にとっては目を疑う金額だったが、笹原はその場でサインとした。


3日後。
1ヶ月、もがき足掻いていた自分が馬鹿らしくなる。

依頼からたった3日。
昼休みを利用して、興信所から受け取って来た調査結果の報告書と関連する資料は
ちょっとした雑誌並みの量がある。

笹原と「迷惑料として内情を知る権利がある」と言う小野寺は、
近くのファミレスでその報告書に目を通す。

資料として添付されているものは、関係者の戸籍、学歴、家族関係、病気の履歴、
おおよその生活の経緯等、広範に、明らかに重要な個人情報までもカバーされている。
個人情報を保護すると言う法律も、その手の業者にかかれば何の役にも立たないことが良く分かる。


「忘れろ。この手の類とは関わるな。」
珍しく、ひどく不快そうに眉間に深いしわを作った小野寺は開口一番そう言い放った。
その顔には面倒なものに目を通したことに対する後悔がありありと浮かぶ。

報告書は主に3人の人物について取り扱っていた。

一人は荻上、もう一人は以前夏コミであった事がある荻上の過去の知人であるらしい中島、
最後に巻田と言う彼女達の同級生であった青年。


荻上についての報告書は、笹原自身が彼女の口から聞いた部分とほぼ相違ない。

ただ違うと言えば、荻上の高校を卒業するまでの生活は
笹原が荻上から聞き、想像していた以上に暗く、重いものであったと言うことだ。

問題は残りの二人だった。


巻田…かつて荻上が好意を抱き、その後転校に追い込んだと言う青年の
その後の人生は悲惨極まりないものだった。

中島と言う人物のそれもお世辞にもまっとうなものとは言えなかった。
高校進学後から、今に至るまで、同姓・異性を問わず執拗な性的・精神的虐待を繰り返し、
多くは内外に一生癒えない傷を負わされている。

その事実は、地方の有力者である両親によってもみ消されている為、
表沙汰になることは無かったが、その方法や程度を見れば
まともな精神の持ち主だとは思えなかった。



決定的な証拠が無く、あくまでケースから判断する推測に過ぎないがと前提を置いた上で、
巻田の事件を利用して、中島が荻上を虐待目的で拘束したと判断するのが妥当と結論付け、
少なくとも死亡している事は無いが、拘束からの時間を考えれば何らかの重大な
傷害を負わされてる可能性が高いとされていた。


「どのみち手遅れだ。」
過去の経緯を見れば、虐待が開始されてからその相手はもって2週間。
荻上がいなくなってから既に1ヶ月が経っている。

「すいません。俺、諦めが悪いタイプなんではっきりとした結果を見ないと納得行かないんです。」
そう言いながら、報告書をまとめて自分のかばんの中にしまいこむと
共に用意されマンションの合鍵をポケットに収める。

荻上が居ると言うマンションの住所、
荻上の実家からさほど遠くない都市部のそのマンションは、
最後にそこから巻田が身を投げたと言う建物そのものだった。


そんな所に荻上が押し込められていると言うだけでも、
怒りとも悲しみとも憎しみともつかないどろどろしたものが湧き上がってくる。

「救い様の無い馬鹿だな。」
心底うんざりしたような長いため息の後、やはり心底うんざりしたようにそう呟く。
「今長期間休むとなるとやっぱりクビですかね。」
先にも仕事中に倒れて、周りに絶大な迷惑をかけている所に持ってきて、
新入社員の笹原が特に理由も無く休めば、解雇されても文句は言えないだろう。
「本当に馬鹿か、お前は。新人教育費として金と手間を突っ込んでるんだ。
その費用も回収しないうちはクビになる権利も無い。2日で済ませて来い。
それ以上かかるなら損害賠償を請求する。」

言うだけ言うと小野寺はこれ以上、馬鹿といられるかとばかりに、
伝票を持ってさっさと行ってしまった。


「馬鹿だろうな。」
このまま、このことに目を瞑れば、少なくとも自分は傷つかずに済む。
既に自分がどうしようもない程、時間を浪費してしまったことも分かっている。

荻上がどこか精神的にもろいのは過去の経緯によるものだ。
その経緯の詳細を自分以上に知った人間によって、
それを使って1月以上に渡って傷つけられ続けているとすれば。

そこに居るのは自分が知る荻上で無くなってしまっているかも知れない。

だがそうだとしても、そこに荻上が居るのなら行きたい。


会社に早退の連絡をいれると、そのまま一旦アパートに戻る。
荻上と暮らしていたアパート、この1月は殆ど寝るだけだった場所。


荻上がいた頃の穏やかな日々を思い出し、覚悟を決める。

例え、荻上が変わってしまっていても、戻ることを望まないとしても、
引きずってでも絶対に連れ戻す。

荻上が生きるべき場所はここだ。

このアパートでの、傍からは馬鹿ップルと言われるような甘い生活の間、
現視研で尽きることの無いオタク話をしている時、大野に押し切られコスプレさせられたり、
原稿の締め切りに追われ煮詰まってパニックになっている時ですら楽しそうだった。


あの姿こそ本来の彼女の姿のはずだ。



過去に囚われ、暗く陰鬱な世界で暮らすのは彼女に相応しくない。


拒絶の言葉を掛けられるは怖い。彼女が変わってしまっていた時、
それを自分が受け入れられるかどうかも自信があるかと言えばそれも無い。

「強気でいかせて頂きます。」
弱気になりそうな自分に発破をかける為、そう呟く。
彼女はそう言って何かにつけて迫る自分を困ったような嬉しそうな笑顔で受け入れてくれた。


あの笑顔を取り戻す。
例えどんな代償を払ってでも。


今から出れば今日の夕方には現場につけるはずだ。
「いってきます。」
明日の夕方には2人でここに戻る、その決意を込めて誰もいない
アパートに向けてそう言うと、笹原は駅に向かった。


そこはただ暗かった。
常にカーテンは締め切られ、部屋を照らす明かりといえば、
ここに来てから毎日のように行われている汚らわしい行為を
記録した映像が流されるテレビだけ。


体を拘束されている訳でも無く、
外側から鍵を掛けられている訳でも無い。

流されているビデオだって、それがマスターテープであることは知っていた。
ここに来る時に着ていた服は、綺麗に洗濯されいつも目の届く範囲に畳んで置いてある。

立ち歩き回れない程、衰弱してもいない。

いつだって逃げようと思えば逃げられた。
それでも逃げる気が起きなかった。

あの時、現視研から、笹原から背を向けた時点で自分は死んだんだ。

ここは墓地。死体に意思は無いし、罪人の死体に尊厳は要らない
だから思考を捨て、考えることを止め、思い出にもふたをして、
与えられる状況にただ流されることを選んだ。そこに苦痛は無かった。


中島が楽しそうに、今の汚れた荻上を見れば、
笹原がどれくらい傷つき絶望してくれるか、そんな話をする時以外。


笹原がそのマンションに着いた時は、日が傾き始めていた。

その一角には新しい花と供え物、壁には消しきれなかったのだろう
茶色く変色した、飛び散った血の染みが残っていた。


笹原はその前に立つ。
彼の幸薄い人生には同情する。だがそれだけだった。
謝罪も祈りも必要ない。手を合わせる必要も無い。

「荻上さんは連れて帰るよ。」

ただそれを告げた。

その姿を中島が、マンションの最上階の廊下から見ていた。
小さくて顔までは見え無かったが、おおよその雰囲気から笹原であることを
察した彼女は、口元をゆがめる。

謀らずして向こうから来てくれたのだ。

いずれは呼びつけるつもりだった。

笹原に堕ちた荻上を見せつけ、傷つけ、去らせる。


本来は、荻上自らに電話を掛けさせるつもりだったが、
彼女があの日携帯を持ってきていなかったことから、
どうやって呼び出すか、どう見せ付けるかを考えていた。


荻上は自分が全てを諦めていると思っている。
そこまで追い詰めるのはまで容易かった。

だが彼女自身気付かないうちに、笹原と言う僅かな救いに縋っている。
その僅かな救いが、中島には目障りだった。

その救いを完全に打ち砕き、全て奪い取って、
そうして初めて荻上は自分と同じ場所に立ってくれる。

後ほんの僅かな時間でその瞬間が訪れることを知った中島は
嬉々とした足取りで部屋に戻っていった。


10階建てのマンションの最上階の一番端。
そこが、荻上が居ると言う部屋だった。

笹原は緊張した面持ちでその前に立つ。一応、念の為、呼び鈴を押す。
万一、この報告書が間違っていて、住人と出くわした場合、
不法侵入で通報される可能性もある。

ここまで来て出直しを要求される訳には行かない。

しかし呼び鈴はならない。電源が切られているのか、スイッチが死んでいるのか。
数回押して諦めた笹原はポケットから合鍵を取り出し、鍵を開けようとしたが、
意外なことにドアは鍵が掛けられていなかった。

やってることにしては随分無用心だ。息を殺してドアを開け、中を覗き込む。
電気はついておらず、窓と言う窓は遮光カーテンで遮られている。

廊下の奥、居間らしい空間から僅かに光が漏れている。

途切れ途切れに聞こえる声。
それは忘れようも無い声、荻上が弱弱しく喘ぐ声だった。
頭が真っ白になった。靴のままあがりこみ、扉を開け放つ。


そこには、ダブルサイズのベッドに腰掛けた、
「ほら、オギ。あんたの愛しい王子様の登場よ。」
中学の時と同じ髪型に、眼鏡をかけ首輪をつけられた裸の荻上と、
「…あ?」
その鎖を握り楽しそうに笑う中島がいた。

暗い部屋の中には十数台に及ぶテレビとビデオデッキ、
その全てはこの密室で繰り広げられた行為が流されており、
壁中にはポラロイドカメラで取られたであろう写真が所狭しと貼られている。

「感動の再開でしょ?ほら、あんたの汚れた面見せてやんな。」

荻上の目はかつて、笹原が見せてもらった荻上の中学、高校時代のどんな写真よりも虚ろだった。
笹原の姿を認めた荻上の目に一瞬だけ光がともり、その後大きく見開かれる。


「いやぁあああああああああああああああああああああああああああ!!」

絶叫を上げ、荻上がベッドにひれ伏そうとするが中島の鎖がそれを許さなかった。
ここに連れ込んで以来、どんなことをしてもこれ程取り乱した荻上は見ることができなかった。
それが楽しい反面、この男の存在一つでここまで追い詰められる荻上に苛立ちも覚えた。


「どう?王子様?汚れたお姫様の姿は?絶望した?失望した?それとも欲情した?」
「嫌…嫌…。」
「っ!!」

想像はしていた。覚悟もしていた。
だがやはり面と向かって見せ付けられた、この光景は笹原にとっては耐え難い苦痛だった。


「勘違いしないでね。別に私はこの子を強制的にここに押し込めた訳じゃない。
いつだって逃げようと思えば逃げられるようにして置いてあげた。それでもこの子は、逃げなかった。」


高慢な言い回しがいちいち鼻につく。
笹原は黙って、中島をにらみつける。相手が女で良かったとつくづく思う。
どんなに憎くても、腕力に訴えることに対してはブレーキが利く。
今そうなったら、恐らく相手を殺しにかかりかねないだろう。

「ねぇ。王子様?何でだと思う?この子はね…」
「ナカジ!!やめて…お願い。どんなことでもするから…。
笹原さんにだけは…そのことは言わないで…。」
「そう?」

懇願する荻上、その荻上を楽しそうに見る中島。

吐き気がする。前言撤回だ。こいつが何の躊躇も無く腕力に
訴えることのできる男だった方がはるかにましだ、そう笹原は毒づく。

その歪んだ顔が自分に対する嫌悪だと取ったのか、
荻上の表情がいっそう暗くなる。

「じゃあね、オギ。あんたの口で王子様にお別れの言葉をいいなさい。
『こんな汚れた私をどうか捨ててください。』ってね」
「…はい…。」

消え入りそうな声でそう答えた荻上はのろのろと立ち上がり笹原の前に向かう。
荻上は笹原の顔を直視する事ができない。あの嫌悪感に満ちた視線で見られるのが耐えられない。


「笹原さん…どうか…」
言われた通りの台詞を言うだけ、それでこの人は去って、
私はほんの少しの苦痛も感じることも無くなって、本当に全てが終わる。

笹原の右手が上がる。殴られるのか。それでも仕方が無い。
それだけのことを私はしたのだから。

だけど、その手は決して振り上げられることは無く、
私の首についた戒めの道具をはずし、それを床に投げ捨てた

「え?」
「帰るよ、千佳。」

汗でぬめつく革に代わり、そこには冷たい金属の感触。

2枚葉のクローバーを模したトップがついたネックレス。初めて買ったペア物のアクセサリー。
笹原の右手には対になる、2枚葉のクローバーのデザインがあしらわれたバングルがはめられていた。

2つ合わせて初めて、4つ葉のクローバーになる『2人で一緒に居て初めて幸せになれる』、
そんな意味合いを込めたものだと店員に言われて、購入を決めた2人の思い出の品。


「はじめてだね。下の名前で呼んだのも、2人でこれつけたの。」
私を抱きしめて、そう照れくさそうに言う
笹原の顔は、いつもの少し抜けた笑顔だった。

「あ…。」
顔が熱い。落ちてくる涙すら熱湯のようだ。


一方の中島は、まるで悪い悪夢を見ているように青ざめている。
「そんな…あんたは。オギ、あんたは…。」
その後に続くであろう言葉を察し体をこわばらせる荻上。

「巻田君とその家族を死に追いやった。」
何食わぬ顔でそう笹原は言った。


「……!!」

荻上の体が硬直する。中島も固まっている。
「ごめん。全部知ったんだ。知った上で迎えに来た。」
「…そ…そんな…だって私には…幸せになる権利なんか…人を…殺して。」
「うん。だから俺が幸せを押しつける。要らないって言っても聞かない。
幸せの押し売り。ワンクリック詐欺。叩き売り。クーリングオフも認めません。
逃げたって地の果てまで追いかけて売りつけます。」
「そんな…」
無茶苦茶だった。今まで強気攻めの名を借りて散々無茶を通されてきたが
こんな無茶苦茶な理屈を振り回されたのは初めてだ。
「強気でいかせて頂きます。」
この台詞を言われたが、最後だった。
この台詞後、荻上が笹原に打ち勝てたことは無い。

「無茶…苦茶…です。」
その無茶苦茶が嬉しかった。
一人で勝手に立ち去った自分を、自分の罪を知った上で、
ここまで追って来て、汚れた自分を抱きしめてくれて、
こんな無茶を押し付けてくれる笹原の存在が嬉しかった。


「いかれてる…あんな達、いかれてる!!」
さっきまでの余裕の態度は消え失せ、青ざめた顔で金切り声を上げる中島。

後少しだった。荻上が完全に絶望し、
自分と同じ場所に立ってくれるまで後少しのはずだった。
ここに現れたこの男が、ここまでいかれた人間でなければ!!

「こいつは人を殺してる!滅茶苦茶にして追い詰めて殺している!
なのになんでそんな人間を受け入れられるの!?」

「俺は千佳が好きだから。だから受け入れられる。」
その言葉が中島にではなく、自分に向けられたものであることに気付いた
荻上は笹原の背中に手を回す。


それで、中島は、何かが切れたようだ。
「は、ははっ…。」

ベットに倒れこみ、大声で笑い転げる。その様は壮絶なものだ。


ここまで来て、笹原にもようやく分かった。
中島も、荻上と同じ。巻田のことで深い傷を負っていた。

ただその結果として、荻上は自分自身を責めることを選び、
中島は他者を傷つけることを選んだ。


他人を傷つけ続けることで、その行為を正当化しようとしたのか、
傷つけても壊れないことを確認して、あの事件がただ巻田が弱かったからだけであると
結論付けたかったのか、あるいは全く他の理由か、それは分からないし、笹原には興味も無い。

その選択の結果、中島は一人で、荻上には笹原がいる。
その差が、受け入れられない。


「帰ろう。もうここに居る必要は無い。」
2つに分けて結ばれていた髪を解き、くしゃくしゃとかき回す。
見慣れた髪を下ろした姿。それでようやく本当に自分の知る荻上に戻ったような気がした。


本来であれば中島を警察に突き出したい所だが、どうせ揉み消されるに決まっている。
そうとなれば必要以上にこの空間や、ここで行われたことをさらけ出すことも無い。


その言葉を聞いて中島の笑いがピタリと止まりベッドから跳ね起きる。

「あんただけは…。」
そう低くつぶやくと、笹原と荻上の脇をすり抜け部屋から飛び足して行った。
扉を乱暴に閉める音が部屋に響く。笹原はぞっとした。全身から嫌な汗が噴き出て、
一瞬、抱きしめている荻上の体温すら感じられなくなった。荻上も唇が青ざめ、体を固くしている。


その声も表情も完全に常軌を逸したものだった。


「笹原さん…彼女を…追わないと…」
「うん…。」
追わないとまずい、そう分かっていても荻上に声を掛けられるまで体が動かなかった。

「行こう。」
自分の上着を脱いで荻上に着せると、笹原はその手を引いて部屋から出る。

廊下の逆端、そこには件の事件で立ち入り禁止となった屋上へと続く階段があった。
急ごしらえのバリケードを払いのけ、屋上へと駆け上がる中島の姿が見えた。

恐らく、その様子に巻田を重ねたのだろう、荻上の体が強張る。
「大丈夫?残る?」
「大丈夫…です。」

震える声でそう言う荻上の手を強く握り締め、屋上への階段に急いだ。