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笹荻BADEND1 【投稿日 2006/04/15】

笹荻BADEND


帰宅一番、ポストの中を確認する。

先日申し込んだイベントの合否結果がそろそろ来る頃で、
最近の帰宅後の最初の日課はまずポストの中を覗き込むことだ。

待ち人来たらず。

ポストに入ってたのは、引越し以来一度も読んだことが
無い地区の会報誌と何通かのダイレクトメール。
その中、結婚式場のものを見かけた荻上は、そのハガキの中に写っている新郎、新婦に
自分と笹原を重ねて、にやけていることに気付いて自分の額を小突きながらそれらをゴミ箱に捨てる。


最後に残ったのは白い封筒に薄墨で書かれた文字で自分宛に届いた一通の封筒。
封筒の紙もそれらしい上品なもので、不幸の手紙にしても質が悪い。

実家の家族は健康そのもので、親戚縁者にも急逝しそうな人間は居ない。
お悔やみ事とは言え、わざわざ呼ばれる程の親交があった人間は、
中学以降、現視研に入るまで居なかったし、第一現視研の誰かに何かがあれば、
まずは携帯に連絡が入るはずだ。

質の悪いいたずらだと思ったが、開けて見ないことには捨てるわけにも行くまい。
封筒の中には数枚の地方紙の切抜きと住所と日付だけが印字された紙片。

いずれもある一つの事件、成人男性による両親の殺害、そしてその後飛び降り自殺。
今となっては全国紙では三面記事にもならないような、不幸ではあるが、ありきたりの事件。

見出しだけをざっと見た荻上にはこの記事が何を意味するのか、
何故自分に送られてきたのか理解できなかった。

やっぱりただのいたずらか…
そう判断して封筒に戻しかけた記事に見覚えのある名前を見つけ、その手が止まる。
「巻田…?」

一気に血の気が引いた荻上は、震える手で改めて全ての記事に目を通す。


「中学を中退後、引き篭もり」
「数年間、心療内科に通院」
「将来に悲観?両親刺殺後、飛び降り自殺」


自分が知る中で「巻田」と言う名前の人物は1人しかいない。
その人間が起こした事件の記事の切抜きが、自分宛に送られてきた。

改めて紙片に目を通す。
指定の日付は今日の深夜。場所は大学のサークル棟前。

「どうする…?」
間違いなく何らかの悪意を持って送りつけられて来た物には違いない。
1人でのこのこと行けば確実に身の危険にさらされるだろう。

だが、もしこの記事が本物であれば自分は人を死に追いやったことになる。
自分の身の危険への恐怖よりも、それを笹原に知られることの恐怖の方が打ち勝った。


時間はまだ6時を回ったばかりだが、深夜に1人で出歩くとなれば
笹原がその理由を問うだろうし、それを上手く誤魔化せる自信は無い。
本当のことを話せば、1人で行かせてくれる訳が無い。

出るなら今のうちだろう。時間はどうにでも潰せばいい。

携帯は相手に奪われてしまえば、笹原だけで無く、
自分の数少ない友人にまでこのことを広められるかもしれない。
その恐怖を思って、電源を切って学校用のカバンに放り込む。

『急用で実家に帰ります。数日中には戻れると思います。』
メモ書きを居間テーブルの良く目立つ所に置くと、自室の机の引き出しを開ける。

あまり笹原の目には触れさせたくない同人誌といくつかの小物。
そして、まだ箱に入ったままの、初めて買ったペア物のアクセサリー。

クリスマスに買ったそれは、未だに気恥ずかしくて二人で一緒に身につけたことは無いが、
荻上にとっては何より大切な笹原との繋がりの印だった。
箱の上から抱くようにそれを握り締めた。
「大丈夫。」

現視研での穏やかな生活、笹原との満たされた時間を思い出し勇気を奮い立たせる。
今は一人じゃない。自分の居場所と、自分を受け入れてくれる人がいる。

春とは言え、まだまだ夜は冷え込む。上着を持ってこなかったことが悔やまれる。
寒い構内を歩きながら、指定の場所にたどり着いたその場所にいたのは、
彼女にとっては意外とも思える、だが最も会いたくない相手だった。

「中島…。」
「久しぶり。」

距離にして10歩。
それだけの距離の向こうに立つ過去の自分のトラウマを象徴する相手。
面と向き合うだけで動悸が激しくなり、嫌な汗が出る。

その人間があの切抜きの記事をポストに投函し、ここに自分を呼び出した。
不快と嫌悪を隠すことなく、厳しい表情で中島をにらみつける。

「あの記事、面白かったでしょう?」
そんな荻上を意に介すことも無く、彼女は心底楽しそうにそんな言葉口にした。
「あんなもの送って、どう言うつもり?」
中島の言葉に答えること無く、荻上は激しい口調で事の真意を問い詰める。
そんな荻上の様子を見ながらますます中島は楽しそうに笑う。
「あはは。そんなにムキにならなくてもいいんじゃない?
せっかく一緒に告別式を楽しもうと思ってわざわざ来たのに。」
「!!じゃあやっぱりあの記事は!」
「疑ってたの?まぁそれも仕方ないか。」

そう言うと、中島は持っていたバックから今日、荻上に届いたような白い封筒を取り出す。
「ほら、告別式の招待状。中2の時のクラスでこれ届いてなかったのあんただけ。
仕方ないわよね、何せあんなことになった当の原因だもん。」
当の原因、分かっていても、覚悟はしていてもはっきりと口にされたことで、
言葉を失う荻上と、そんな荻上を見てますます楽しそうにする中島。

「巻田、あの後、悲惨だったらしいわよ?
引き篭もり、家庭内暴力、自傷行為、向精神薬と睡眠薬漬け、挙句の果てに
ケンカで両親刺し殺した上に、半狂乱のまま投身自殺。
死体なんか顔面グチャグチャらしくて葬式の時も棺おけの中覗かせて貰えなかったっけ。
どうせだから記念に見せてくれればいいのにねぇ。」

あはは、とは笑いながらまるでお気に入りのドラマの話をする様に嬉々とした表情で語る中島に対し、
荻上は蒼ざめ、うつむき、震えていた。全身ひどい汗をかきながら肩で息をするさまはひどい熱病でも患った様だ。

「どう?自分がしでかしたことへの感想は?」

いつの間にかすぐそばまでに来ていた中島は、
一転、醒めた、冷徹な口調で、うつむいた荻上の顔を下から覗き込みながらそう問う。
瞬間的に顔を逸らそうとした荻上のあごをつかみ、強引に正面を向かせる。

「…私だってずっと苦しかった…。」
「そうね。それは私も知ってる。」
いつだって罪の意識は感じている。

「でも、あんたはまだ生きてる。」
「生きていて良いんだって…皆が教えてくれた…」
だけど現視研は居場所をくれた。

「あの時と同じことを未だにやってる。」
「笹原さんはそれでも良いって言ってくれた…」
私のどうしようもない所を受け入れてくれた。


「そう、良かったわね。」
だから罪を背負ってでも前向きに生きていこうと思った。

「でも巻田には誰もそうは言ってくれなかった。」
罪を背負ってでも生きていけると…。

「あんたとは違ってね。」

…思っていた。


最後の言葉と同時に中島は荻上のあごをつかんでいた手を離す。
既に自力で立つ力を失っていた荻上は、支えを失いそのまま前のめりに崩れ落ちると、
激しく嘔吐する。


「勝手なものね。自分だけ幸せになってるなんて。」
「違う…違う…。」
一歩離れた場所に立ち、露骨に嘲る口調で中島が言う。


明日になれば部室ではきっと、大野や朽木、相変わらず昼時だけ現れる斑目、
そして後輩の1年生達による賑やかな会話が繰り広げられるだろう。
アパートに帰れば、呆気に取られた顔できっと笹原が迎えてくれるだろう。

イベントに行けば、自分の本を楽しみにしてくれている人がいて
そんなやりとりを楽しそうに眺めてくれている笹原がいて…。

本当に、本当に毎日が幸せな日々だ。

「違う…ち…が…。」

その裏で、過去に自分が傷つけた人間が何一つ幸せを得ること無く、
絶望の中で、自らの手で人生を閉じた。

言葉では否定していても、何一つ違わない。

否定の言葉はもう出なかった。
代わりに出たのは、言葉にならない絶叫。

そんな荻上を満足そうに見下ろすと、トレードマークとも言える
後ろで束ねた髪をつかみ、サークル棟を見上げさせる。

「なんで私がこの場所を指定したと思う?」
「あ、あ…。」
涙で霞んだ視界の先には現視研のサークル部屋。
それは荻上にとっては幸せの象徴とも言える場所。

「あんたにここで聞きたかったの。まだここに“居られる”か?」

荻上はぐっと目を瞑り、首を横に振る。
「ごめんなさい…」
誰への、何に対しての謝罪かも分からなかった。


幸せな時間は終わったんだ。
そもそも最初から幸せになってなんかいけなかったんだ。

「そう。それでいいの。あんたが生きていて良い場所はここじゃない。
あんたが生きていていいのは、同じ罪を共有している私の元でだけ。」

荻上の姿が見えないことを特に不思議に思うものは居なかった。
原稿に集中しだすと数日間から長い場合は1週間以上、
現視研に顔を出さないことも多い彼女の行動パターンを皆良く知っていた。

笹原も笹原で、残されたメモを見て何も不思議に思うことは無かった。
荻上のことを信頼しているし、多少頼りないとは思うが、
今まででも、何かあった時はことの軽重に関わらず相談してくれていた。

実家に帰ると言うことで、親戚の不幸も考えたが、そう言うことであれば
事実上同棲しているとは言え、まだまだ他所の男である自分が
でしゃばることでもない。

携帯を忘れていっているから、数日間は声が聞けない、
少し引っかかる所と言えば、その程度だった。

荻上の姿が見えないことを特に不思議に思うものは居なかった。
原稿に集中しだすと数日間から長い場合は1週間以上、
現視研に顔を出さないことも多い彼女の行動パターンを皆良く知っていた。

笹原も笹原で、残されたメモを見て何も不思議に思うことは無かった。
荻上のことを信頼しているし、多少頼りないとは思うが、
今まででも、何かあった時はことの軽重に関わらず相談してくれていた。

実家に帰ると言うことで、親戚の不幸も考えたが、そう言うことであれば
事実上同棲しているとは言え、まだまだ他所の男である自分が
でしゃばることでもない。

携帯を忘れていっているから、数日間は声が聞けない、
少し引っかかる所と言えば、その程度だった。